960話 隠し球
モルガンが俺の前にやって来た。
「お話中失礼します。
ご報告したいことがありますので、お時間を頂けますか?」
「構いませんよ」
モルガンは無個性にうなずいた。
そして珍しく
「アラン王国の血筋は絶えていないようです」
ミルとキアラが驚いた顔をする。
誰しもが、アラン王国の血筋は途絶えた……と思っていた。
俺もそうだ。
「誰から聞きましたか?」
「元同志であるボドワン・バローからです。
当然直接ではありません。
複数の元同志を介して伝わりました。
故にバローの居場所は分かりません」
思わず腕組みをしてしまう。
モルガンに伝えるのはオマケだ。
伝わらなくてもいい……と考えていただろう。
複数の人間を経由など普通はやらないはずだ。
これには、明確な意図がある。
「つまりこの情報は、故意に漏らす意図がある……と考えるべきでしょうね」
モルガンは満足気に目を細める。
「恐らくは。
今更バローの居場所を知ったところで、すぐに手はだせないでしょうから。
隠す意図はないと思われます。
そうなれば、情報の拡散を意図したことは明白でしょう」
「しかし……寝耳に水ですね。
誰も存在を知らなかったのでは?」
「先王トリスタンの
高級娼婦が王族の親では、聞こえが悪いですからね。
厳重に存在自体を隠したようです。
ただ……生活の支援だけは続けていたとか。
先王が崩御してからは、サロモンが支援を継続していたようです」
先王の非嫡出子か……。
母親が高級娼婦なら、非公式の愛人として囲う例があったはず。
それが出来ないのは、王妃が騒いだのか……。
王位継承者にはなれないから、ライバルにはならない。
王妃が拒否する理由としては薄いが……ダメだな。
今となっては分からない。
アラン王家でもごく一部しか知らない情報だろう。
仮にロマンが知っていたら、あちこちで暴露しているはずだ。
この様子だと、サロモン殿下のみが知っているようだな。
もしかしたら先王はサロモン殿下にだけ打ち明けたのかもしれない。
王族のなかで一番マトモだと思うからな。
それより気になるのは……。
「何故この情報が出回ったのですか?」
「サロモン自身が漏らしたようです。
そもそも人類連合に出席するあたりから、誰も知らない少年を側用人として連れてきていました。
サロモンに長く仕えている執事が認めていたので、誰も文句は言わなかったそうです。
執事の遠縁ではないかと思われていました。
ロマンからはじまり……
サロモン殿下は、ゾエに好意的だったな。
性的な好意ではなく、ゾエが自分の
ゾエが未だに感謝していることからも、それは明白だ。
ゾエを手厚く保護していたのは、ロマンのやらかしだけが原因ではないかもしれない。
先王の仕打ちを嘆いたのか?
父のみならず弟までも……と
サロモン殿下の動機を探っても無意味だな。
それよりモルガンの話を聞かなくては。
そう言えば……モルガンは、サロモン殿下の屋敷に出入りしていたな。
見たことはあるのか?
「会ったことがあるのですか?」
「断言は出来ません。
ただ条件に合う男を見たことはあります。
サロモンの屋敷を訪ねたときに、場違いな青年がいたことを思い出しました」
モルガンの観察眼は信頼が置ける。
印象に残る相手なら、必ず覚えているはずだ。
となれば……。
「使用人としての所作がなっていなかったのですね」
モルガンは満足気にうなずく。
「ご明察。
ただ……次見かけたときは見違えるようになっていました。
それも使用人には収まらない所作だったので、記憶に残ったのです。
周囲の話を聞くと、作法は執事が叩き込んでいるとの話なので……頑張りすぎたのではと。
そのときは、あまり気にとめていませんでしたが……。
今考えると、サロモンは自身の後継者か信頼する一族にしたい……と考えていたのかもしれません」
サロモン殿下にも一本取られたな。
人類連合出席時は、あくまで王位継承者のスペアを用意したかったのだろう。
あとでクレシダが他の継承者を消すとまで予測していなかったろうが……。
「厄介な話ですね。
通常なら王位継承権を持ちませんが、誰もいないなら……話は別です。
消滅したアラン王国を切り取る話が、どうなるか。
後継者のいないことが前提でしたから。
傀儡国家としてアラン王国の再建を認める方向にいくかもしれませんね。
当然サロモン殿下亡きあとの話ですが」
モルガンが皮肉な笑みを浮かべる。
「プライドだけは高いアラン王国民が飲み下すのは難しいでしょう。
しかも彼は、ランゴバルド王国で育ったと聞きました。
母親がランゴバルド王国の高級娼婦でしたからね。
正当性も求心力も
強硬な態度にでる可能性も高いでしょう。
しかもサン=サーンスあたりは、熱心に世界主義の素晴らしさを刷り込んでいるかと。
彼の存在は、将来の禍根にしかなりません」
ああ……他国の高級娼婦か。
それなら無理だ。
この程度の問題でランゴバルド王国に貸しを作りたくはないだろう。
先王がその気でも、周囲が反対する。
王妃あたりは大反対だろうな。
まったく……厄介な伏兵がいたものだ。
理想はサロモン殿下が公表する前に、
しかも俺が考える程度のことは、誰もが考えるだろう。
「でしょうね。
案止まりだと思います。
すぐに現実的ではないと思い直すでしょう。
直接関わっていなくてよかったですよ」
モルガンは重々しくうなずいた。
「汚れ仕事は受益者にやらせるのがよいでしょう。
ラヴェンナ卿が関わる必要はないかと」
キアラは困惑顔でため息をつく。
「必要とあれば……お兄さまならやるでしょうね。
しかも他人は、お兄さまに押しつけようと考えますわ。
注意が必要ですわね」
ミルが不機嫌な顔で俺の袖をつまむ。
「ちょっと……。
話が見えないわ」
犬も食わないような
「将来の禍根であれば、その少年を殺す必要があるってことです。
本人にはなんの罪もありませんがね」
ミルが引き
感情的に受け入れられない話なのだろう。
「あぁ……そうなるのね。
しかも確率は高いってこと?」
どう考えても邪魔なのだ。
その少年に罪はない。
だが……置かれた立場が悪すぎる。
誰からも歓迎されない次期国王。
不憫だが、同情など意味はない。
「恐らくは」
「なんだか
その少年が気の毒だわ。
もしかして……サロモン殿下は最初から利用するつもりだったのかしら?」
俺がサロモン殿下と呼んでいるから、ミルも意識して同じ呼び方にしている。
細かいところまで俺に合わせようとしてくれるのは嬉しいが、ちょっと気恥ずかしい。
「元々は
ところが状況は悪化の一途をたどる。
王位継承者は悉くクレシダ嬢に消された。
しかも力を持つためには、自分が魔物化するしかない。
自分が道筋を付けて、あとは
サロモン殿下は、自分を犠牲にしてもアラン王国の存続を願ったのでしょう」
少年が今まで生かされてきたのは、生かしておいても害がないからだ。
だからこそ先王の感傷かは知らないが、生活の支援を受けられていたと思う。
本来なら、それだけで人生を終えるはずだった。
だがアラン王国の崩壊がすべてを狂わせる。
王国の安定には有力な王族が欠かせないからな。
これを機に少年を手元に置いて、安全な場所で教育をするつもりだったのだろう。
見込みはあると思ったのかもしれない。
その計画すら狂ってしまったわけだ。
「その少年はよくサロモン殿下についていったわね。
普通なら逃げない?」
いい着眼点だな。
そう……普通なら逃げる。
「ええ。
ただ……サロモン殿下の人柄からして、支援は手厚く誠実だったのだと思います。
でなければ連れてくることなど出来ません。
どう考えても火中の栗ですからね。
大きな恩義がないなら普通は逃げるでしょう。
母親が存命だとしても、サロモン殿下が人質をとって強要するとは思えません。
サロモン殿下の善意に
ただ……その善意は、被害を拡大させるにすぎない。
なにより面倒な火種を落とすことになるでしょう」
ミルが不思議そうに首をかしげる。
「面倒な火種?」
サロモン殿下は自覚しているのだろうか。
身分秩序を破壊するのは、常に貴人からなのだ。
現状の打破を考えての行動であっても、破壊のはじまりでしかない。
「今後誰でも、その気になれば……
今までは王宮で育って、芸術に精通することが、王族としての証でした。
ところがアラン王国民からすれば、何処の馬の骨とも知らない少年が、いきなり次期国王だと言われるようなものです。
正当性を欠いていますが、サロモン殿下の保証でギリギリ飲み下せるでしょう。
ただし今までの身分秩序が崩壊します」
「芸術に精通していなくても良くなるの?」
「その面もあります。
なにより大事なのは、王位継承のルールが変更出来る……と知らしめたことでしょう」
「ああ……。
サロモン殿下が変えちゃったのね。
一度変更すると、それが先例になって、変更のハードルが下がるんだっけ?」
「ええ。
固守したくても大義名分がありません。
ただ表だって変える必要はない。
サロモン殿下が変更したルールに乗っかればよい」
「誰も知らない人が、いきなり次期国王だものね。
サロモン殿下の知らない
「ご名答。
今後は、力さえあれば、誰でも、
ミルは納得した顔でうなずいた。
「話を遮って御免なさい。
続けて」
モルガンは生真面目な顔で窓の外を見る。
「ラヴェンナ卿に酷評されましたが……。
サロモンには他の選択肢はなかったでしょうな」
珍しいな。
驚いたことに同情的な響きが混じっている。
この
意外な一面だ。
だからこそトマ・クララックを毛嫌いするのかもしれない。
「だと思いますよ。
恐らくクレシダ嬢は、
他の後継者を全員消せば、
そうなればサロモン殿下が勝手に追い詰められますからね。
サロモン殿下は
ミルは驚いた顔になる。
「出し抜く?
ふたりは協力関係でしょ。
実態はクレシダが利用していただけでしょうけど」
サロモン殿下がクレシダを出し抜くのが想像出来なかったのか。
逆なら、すんなり理解出来たと思うが。
「サロモン殿下は
旧来の価値観ではね。
だからクレシダ嬢が、なにか別の思惑で動いていると、気が付いているでしょう。
ただ……社会の破壊までとは想像出来ない。
それでもアラン王国の存続には無関心だと思っているでしょう。
手を貸してくれるけど、アラン王国の存続が危うくなるものばかりですから」
「ああ……。
だから次期国王がいれば、アラン王国は生き残ると思ったのね」
「臆測ですがね。
サロモン殿下も虚構の反省ではなく、本物の反省をしていれば打てる手は変わったでしょうに。
よかれと思ったことが裏目にでたわけです。
ただただ不憫ですね」
モルガンがわざとらしく驚いた顔をする。
「サロモンに同情されますか。
そう言えば……常々不憫と言っておられましたな」
サロモン殿下は不憫な人だが、もっと不憫な人がいるだろう。
「もっと不憫なのは
傀儡の王になった場合、ひとつ間違えたらアラン王国民に殺されるでしょう。
でなくても……邪魔と思う人たちから暗殺されるかもしれません。
なにせ貴人の
しかも邪魔に思うのは国内の人間だけとは限らないでしょう」
キアラは皮肉な笑みを浮かべた。
赤の他人に同情するタイプじゃないからな。
反面……身内と認識すれば、ものすごく情が深くなる。
二面性は激しいと思うが、
下手に同情する性格だとつけ込まれてしまうからな。
ただ冷たいだけでは信頼されない。
エテルニタを溺愛していることなどは、キアラの印象をよくしている。
「そうですわね。
一度王族を名乗ってしまえば、運命は個人から王族のものになりますもの。
王族の
「この件をニコデモ陛下とディミトゥラ王女に伝えてください」
「あら。
よろしいので?
陛下たちには知らせなくても耳に入ると思いますわ」
ここで一手間怠けると、後々面倒なんだよ。
隠す情報は吟味しないとな。
「バローがルルーシュ殿に伝えたとなれば、私も知っていることになります。
それで知らんぷりをしていたとなれば、後々攻撃の武器を与えることになりますからね。
あくまで伝聞と付け加えておいてください」
「分かりましたわ。
それにしてもクレシダが漏らしたのでしょうか?
サロモンが後継者を匂わせるために流したとも考えられますわ」
「キアラのいうとおりですね。
ただ……クレシダの仕業だろうな。
直感なので口には出来ないが。
サロモン殿下なら手順を踏むはずだ。
噂レベルから先行させることはないだろう。
公表するのは、国家間の地位がある程度確定してから。
これは消去法だからなぁ……。
突然、腕を小突かれる。
ミルが俺を睨んでいた。
あとで自分にだけは教えろ……と言っている。
◆◇◆◇◆
ランゴバルド王国の放送責任者イルデフォンソ・セッテンブリーニから書状が届いた。
所謂泣き言だ。
代表の口出しは多いし、朝令暮改は当たり前。
理屈で説明しても無理。
介入の結果、いい放送になるならいいが、程度の低い政治宣伝だ。
しかも貴族である自分を、平民の下男と勘違いしているかのような
殺したくなるほど腹が立つ。
実行に移す前に何とかしてほしいと、俺に泣きついてきた。
放置するのはあれなので、陛下を経由して釘をさしてもらおう。
他人事なので、ついホッコリしてしまった。
殺ってもいいぞ。
ケツは拭いてやるから。
まあ……イルデフォンソは殺らないだろうが。
殺る気だけではなく、仕事のやる気もなくなるだけだ。
それでは困るな。
イルデフォンソの泣き言を追いかけるかのように、リディア・アッリェッタからお礼の書状が届く。
ラヴェンナからアッリェッタ家に、融資を済ませたからな。
どうやら支援がはじまったらしい。
廷臣たちは貴族たちから恨まれて大変のようだ……と記してあった。
ついでイザイア・ファルネーゼの動向も記されている。
やはり、怪しい付き合いが多い。
反体制派とのつながりばかりだ。
俺に負担を押しつけようと画策した連中とも、付き合いが深い。
だが……この程度では、追求する材料に乏しい。
そしてアラン王国を分割する話が進みはじめたらしい。
はじめた直後に、次期国王の噂か……。
傀儡にするのは難しい。
そもそも安定するとは思えないからだ。
不安定な傀儡政権では、ランゴバルド王国とシケリア王国の代理戦争の場になりかねない。
それだけならまだいい。
ニコデモ陛下は別世界からの使者の存在を考えるだろう。
当然、ラヴェンナが防波堤だと考えているはずだ。
それでも他のルートがない……とまで断言出来ない。
予想外の軍事侵攻をされては困る。
別世界に備える必要がある以上、可能な限り軍事力の消耗は避けたいだろう。
そうなるとシケリア王国が、どう動くか……。
俺の存在が、シケリア王国の軍事的野心を
頼みのフォブス・ペルサキスを封じ込められたことが、トラウマ《心的外傷》になっているらしい。
当然、アントニスが権力を維持する限りはだ。
ラヴェンナの安全のために、親ラヴェンナ派のアントニスに失脚してもらっては困る。
経済面でも縛っているから、理性を保っている間はラヴェンナに喧嘩を仕掛けてこない。
喧嘩を仕掛ければ損になる。
少なくとも民衆にとっては損だ。
だが競合商会の人間は違う印象を持っているだろう。
しかも心理的解決を最優先にする使徒教徒が相手だ。
油断は禁物だな。
一度対外的な条約を締結すれば、律義に守るが……。
ラヴェンナとシケリア王国で、不戦条約など結びようがない。
ランゴバルド王国とシケリア王国で結んでくれないとダメだ。
この場合は、ラヴェンナの特殊性を根拠に、超解釈をして攻撃しかねないが……。
和平条約では寛大すぎると思われる内容にとどめてある。
現時点では大丈夫だろう。
考え事はキアラの入室で中断された。
かなり焦っているようだ。
「お兄さま。
大変ですわ」
ただならぬ様子だが、俺まで緊張するとマズいな。
「シルヴァーナさんとペルサキス卿が別居でもしましたか?」
キアラは一瞬ムッとした顔になるが、すぐに苦笑する。
俺の真意に気が付いたようだ。
「それなら焦りませんわ。
先だってアラン王国に支援を行いましたが……。
支援を受けた町が何者かに襲われました。
町は壊滅して、住民は一部を除いて皆殺しに。
生存者の証言では、魔物の襲撃ではないようですの。
人間の仕業と言っていますわ」
支援はランゴバルド王国とシケリア王国がそれぞれ実施したはずだ。
物資輸送なので、武装しての輸送になる。
しかも将来の支配を考えて、地理の確認もしながらだ。
当然不審がられる。
そこに襲撃となれば……。
実際そのような事実はないはずだ。
なんらメリットがないからな。
だがサロモン殿下は黙っていることが出来ない。
いよいよこのときが来たか。
クレシダがサロモン殿下の尻を蹴飛ばしたな。
思わずため息が漏れた。
クレシダが実行犯なら、第5拠点を襲撃した手勢だろう。
誰もが第5拠点の襲撃を忘れているときにだ。
手勢は多くないだろうが、火を付けるなら大軍は不要。
お見事だよ。
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