952話 想定外の存在
視察ついでにアレクサンドルの教会に赴く。
自然になるように、今回は、オフェリーを連れてきている。
キアラは同行すると言い張ったが……遠慮してもらった。
キアラまで視察に同行すると、アレクサンドルに警戒されるからだ。
キアラはラヴェンナの耳目を統括する立場であり、外交の取り次ぎ役。
教会に赴けば、なんらかの意図があると思われるからな。
茶番なのだが……まあ小細工と軽視しても仕方ない。
適度に街を見て回るが、特に問題となる様子は感じられない。
予定通りアレクサンドルの教会に立ち寄る。
いつもの通り裏口をノックすると、使用人が顔をだす。
俺の訪問を知らなかったらしい。
驚いた顔をしたものの、オフェリーを見て納得したようだ。
俺がオフェリーに気を使って、教会に立ち寄った……と勘違いしてくれたらしい。
応接室に通されると、アレクサンドルが待っていた。
そこで一通り、世間話をする。
アレクサンドルが、オフェリーの仕事ぶりを知りたがった。
隠すことでもないので、正直に答えよう。
仕事ぶりは熱心で申し分ない。
時折、空気を読めずに失敗するが……触れずにおいた。
本人が改善しようと思っていることを、人前で
公的な人事評価であれば違ってくるがな。
俺が褒めると、オフェリーは顔を赤くして妙にクネクネしだす。
普段から褒めているのだが……。
それを見たアレクサンドルは穏やかにほほ笑む。
そのまま和やかに雑談は続く。
そろそろいいか。
アレクサンドルも俺の様子に気が付いたようだ。
穏やかにほほ笑んでいるが、眼光は鋭い。
では本題に入るとするか。
「ところで……。
教皇
教義では魔物の存在を認めてはいないでしょう。
国王不在とは言え、残った唯一の王位継承者が魔物化する。
アレクサンドルはやや、下を向く。
「
私個人の考えで言えば、アラン王国は、過去になったと思います。
教会は人間が統治する国しか認めません。
亜人が国王になったら議論が巻き起こるでしょう。
ましてや魔物の支配領域を国と認めるのは無理筋で、議論にすらなりません」
曖昧な回答が来ると思ったが、かなり突っ込んできたな。
アレクサンドルの個人的見解だ……と保険を掛けていてもだ。
ジャンヌもそう違いはないはずだ。
ただしこれだけでは、示唆にならない。
だからと
アレクサンドルは一角の人物で信用
「なるほど。
教会が魔物の国を認めては大問題でしょうね。
ただ……現状のアラン王国はどうか?
黙認なのか、内心でのみ拒否なのか……俗人には窺いしれません。
アレクサンドルの目がわずかに鋭くなった。
この問題について俺の関心は強いと察したようだ。
「拙僧は立場上、ラヴェンナに赴任している司祭にすぎません。
その身分で、
ですが……それでは当教会にお越しいただいたラヴェンナ卿に対して非礼にすぎます。
なので拙僧の考えでご容赦を。
オフェリーの名前をだして逃げないのは流石だ。
その瞬間、アレクサンドルの評価は下落するし、オフェリーも肩身が狭くなる。
俺が気にするなと言っても、オフェリーが気に病んでしまう。
だから回答するしかない。
考えがないとは言えないからな。
もうひと押ししたいところだ。
「今は魔物の侵攻を招きたくはないと」
教会は教義において、魔物支配を認めていない。
だからと声高にサロモンを非難すれば、サロモンは教会を攻撃する。
教会にサロモンの攻撃を単独で防ぎきる力はない。
そして困ったことに、ランゴバルド王国とシケリア王国が教会を守る保証などないのだ。
よしんば助けたとしても、教会が限界寸前になってから。
それでは両国に借りを作るだけでなく、勢力の弱体化は決定的だ。
つまり現時点の最適解は沈黙を守ることしかない。
敢えてそれを指摘する。
これがなにを意味するか……アレクサンドルなら十分察するだろう。
ランゴバルド王国はサロモン討伐に動くのだ。
ラヴェンナ単独で動くことはない。
最低限スカラ家と協力する形になる。
ただスカラ家は王家の後見人だ。
つまりラヴェンナが動くとは、スカラ家も動く。
当然ランゴバルド王国も動くサインだ。
いざとなれば教会は腹をくくれ。
そして現状変更を追認せよ。
現状維持を拒否したいなら、教会が主力となってサロモンを討伐すべきだ。
俺には、教会のためにと自ら血を流すような信仰心などない。
これは公然の事実だ。
さて……手並み拝見といこうか。
アレクサンドルは渋面を作る。
軽々な発言で、俺に言質を取られたくないからだ。
それではジャンヌからの信用を失いかねない。
板挟みなのは少々気の毒だが、これも仕事のうちだ……と諦めてもらおう。
「……どうでしょうか。
私個人としては……教会を残すことこそ優先すべき……と思います。
仮に信仰のみであれば、信仰に殉じて滅ぶのは正しい。
実際は世俗と関わっていますからね」
あくまで個人的見解に留まっているが……。
アレクサンドルの率直な思いだろうな。
でなければラヴェンナとの協調を主導しなかったはずだ。
この位でいいだろう。
これ以上言質を取るような行為は、アレクサンドルの不信を招く。
アレクサンドル自身の言葉しかもらっていないが……。
世俗の意向を無視しないと明言したのだ。
つまり現状変更について、耳を傾ける可能性がある。
この程度が限界だ。
実際の決定はジャンヌがするのだから。
アレクサンドルは、俺が動く前触れとして……ジャンヌに報告するだろう。
今回は示唆に過ぎないので、これで十分だ。
「その柔軟性があったから、今まで世界を支えられたのでしょう。
それは今も失われていないと思いますよ」
アレクサンドルは自嘲気味に苦笑する。
俺がこれ以上追求しないと、察して
質問ではなく自分の見解を述べたからな。
「お褒めいただいたと解釈しましょう。
ただ……柔軟性を優先するあまり、建前を捨て去ることは出来ません。
それでは世俗権力となんら変わりありませんからね。
お分かりかと思いますが、教会は世俗権力を下に見ているわけではありません。
受け持つ部分が違うだけのこと。
世俗権力と共存共栄でありたいのは、
もし世俗権力も同じ考えで……教会を尊重する意図があるのでしたら、喜んで相談に乗りますよ」
仮に現状変更を認めたとしても、教会の意向も含めよと釘を刺してきた。
元々そのつもりだが……。
教会が要求して認められることこそ大事なのだろう。
ランゴバルド王国とシケリア王国が、姿勢だけでも教会を尊重することになるからな。
なかなか食えない御仁だ。
まあ当然か。
念押ししないと、アレクサンドルの立場がなくなる。
俺を信じて念押ししなければ、ラヴェンナとの関係が近すぎる……と非難されかねない。
アレクサンドルは、あくまで教会の代理人なのだ。
「当然、教会は民にとって心の拠り所で、世俗権力にとっても大切な存在です。
無視するなど有り得ないでしょう」
アレクサンドルは満足気にほほ笑む。
内心どう思っているかは分からない。
『世俗権力にとっても大切な存在』と言った口で、教会から荘園を横領しろと
俺がアレクサンドルなら、どの口がいうのだ……と思ったろう。
嫌味ではない。
現状変更について、教会抜きですべてを決めるつもりはない……と言いたかっただけだ。
「それなら結構です。
ところでニコデモ陛下は、如何お考えなのでしょうか?」
俺が動くとなれば、ニコデモ陛下から指示があったと考えるのは当然だ。
「少なくともこのままでよい……とはお考えではないかと」
「なるほど。
最近は魔物の活用などの話など耳にします。
一過性なら見過ごすことは出来ますが……。
これが定着などしようものなら、嘆かわしい限りです。
ラヴェンナ卿は魔物の活用について、どのようにお考えで?」
俺の見解か。
実態が分からないので、なんとも言えないな。
ただひとつ言えることは……。
「どのように活用出来るのかによります。
今でも素材を活用していますからね。
一律で禁じるべきではないでしょう。
ただ……人の労働を代行させるのは感心しません。
とりわけ身の安全を魔物に頼るのは大反対です。
人同士でさえ、他者に身の安全を委ねれば……待っているのは破滅でしょう。
ましてや魔物ですよ。
目論見が外れたときに、一体どれだけの代価を払うことになるのか……」
アレクサンドルは目を細めた。
俺が魔物の活用については、従来のやり方を維持すると知ったからだろう。
意外と心配していたのかもしれないな。
都合良く戦力として活用されては困る……と思ったのかもしれない。
これで話は一段落したかな。
アレクサンドルは穏やかにほほ笑んでいる。
オフェリーが小さく首をかしげた。
「叔父さま。
少し疲れていません?」
そうなのか?
アレクサンドルは苦笑する。
「いや。
気のせいだよ」
オフェリーは無表情にうなずいた。
「そうですか……」
これは納得していないな。
だが追求しても無駄だと知っているようだ。
あとは軽く世間話をして、訪問が終わった。
俺とオフェリーは馬車に乗り込む。
馬車の中でオフェリーが難しい顔をしている。
「オフェリー。
どうしました?」
「叔父さま、絶対に疲れていましたよ。
アルさまと話す前は普通でした。
もしかして……。
アルさまとの会話で疲れたのでしょうか?」
まさか……。
アレクサンドルは教皇に上り詰めた古強者だろうに。
「そこまで疲れる話をした覚えはないですよ……」
オフェリーは頰を膨らませている。
「前に叔父さまがこぼしていましたよ。
アルさまには隙を見せてはいけないし、不思議と圧を感じるって。
まるで年長者に試されている気がするそうです」
アレクサンドルよ……お前もか。
◆◇◆◇◆
パトリックが戻ってきた。
翌日に面会の予定をねじ込んだ。
優先度は高いからな。
翌日、パトリックが応接室に通されたと報告が届く。
では会いにいくか。
今回はキアラとカルメンが同席する。
応接室で待っていたパトリックは少し痩せたようだ。
挨拶は不要だろう。
パトリックも挨拶に重きをおかない。
「ではクノー殿。
まず報告をお願いします」
「魔力に関してですが……。
王都プルージュ一帯には結界が張られており、侵入出来ませんでした。
魔力の乱れはそこから来ていると推測しましたが……。
これ以上の調査は難しいと断念しました。
残った地域を可能な限り調べたところ……結界は各地に出現した塔によって強化されているようです」
クレシダのことだ。
ただの塔ではあるまい。
「やはり大事な部分は、結界で隠されていますか……」
「ただし塔の場所は、すべて確認しました。
どれも多数の魔物がおり、警護は厳重です」
「場所が分かっただけでも有り難いですよ。
サロモン殿下の本拠地プロバンは見てきましたか?」
たしか、聖
どうなっているのか、単純に興味があった。
パトリックは静かにうなずく。
「瓦礫の山……と言いたいところですが、王都プルージュにそっくりな町が出来上がっていました。
流石に中には入っていませんよ。
入ったら最後、こうやって報告出来ない体になりそうでしたから。
なにせ魔物が頻繁に出入りしているだけでなく……。
内部にも相当数の魔物がいると思われます。
人の出入りはなかったので、町に大勢の人がいるとは思えません。
ここまでプルージュに思い入れがあるなら、サロモンの本拠地ではないかと」
たしかに有力だが……これだけで断定するのは早計だろう。
「わざわざ町を作ったとなれば、魔物を使役したのでしょう。
ただの予行演習だったかもしれません。
なにかの重要拠点でしょうが、サロモン殿下がいるとまで断定出来ないのでは?」
パトリックは皮肉な笑みを浮かべる。
「魔物を使役すれば、民の負担を肩代わり出来ると、自信をつけたわけですか。
どちらにせよ重要拠点には違いありません。
プロバンは結界の強化を担っているようですから。
であれば……サロモンがいてもおかしくありません」
パトリックにしては珍しく飛躍しているな……。
カルメンが微妙な顔で首をかしげる。
「断言するのは早計ではありませんか?
サロモンは自分が狙われると考えて、別の場所にいる可能性もあります。
話が飛びすぎて……らしくありませんよ」
パトリックは苦笑して肩をすくめる。
「これだけならそうだ。
だが別の情報と合わせればどうかな?」
「隠し球があるなら、最初に言ってくださいよ」
「まあまあ。
私だって苦労したんだ。
少しくらい勿体ぶらせてくれ」
思わず笑いそうになった。
それだけ苦労したのだろう。
「それで別の情報とは?」
「その前に……ひとつ前提が。
アラン王国は実質崩壊しており、無政府状態です。
つまり町や村などの共同体は、自衛するしかない。
余所者に対して極めて、警戒心が強くなります」
無政府状態の行く末だな。
まあ……実態を聞けば分かるだろう。
「よく入り込めましたね。
スーラ殿とふたりで動いていたのでしょう?」
「私が旧冒険者ギルドに在籍していたときの顔見知りがいた町には入れました。
ただスーラは、町の外で待っている状態でして……。
私もコネがない場所には入ることが出来ませんでしたよ」
共同体の内部統制が強まるとは、余所者を排除することにつながる。
それでもパトリックが入れたのは、なにかを期待したのだろう。
「かなり深刻ですね。
つまり近隣との争いが頻発していると思いますか?」
パトリックは無表情にうなずく。
「一時期までは。
サロモンが魔物を派遣して、強制的に止めさせたようです。
関係者を皆殺しにすることでの解決らしいですが」
そりゃ魔物が、調停なんて考えられないからな。
つまりサロモンが出馬しての調停より、恐怖による平穏を選択したのだろう。
魔物化した姿を見せたくなかったのか……。
魔物化による弊害で動けないのか?
明確な動機は分からない。
「前々から疑問だったのですが……。
農作業や建築などに魔物を使うとして、細かな制御が出来るのですかね?」
結界の塔や、町の建設は出来たのだ。
だが俺の知る魔物は、そこまで高度な動きは出来ない。
魔物は本能が強い。
戦うことに特化しているのだ。
知性はあれども、地道な作業には不向き。
パトリックは苦笑してうなずいた。
「現場で魔物に、指示をだすものがいたそうです。
具体的に声をだすわけではありませんが」
カルメンが不思議そうに、首をかしげる。
「それは人ですか?」
人間の現場監督など想像出来ない。
だからこその疑問だろうな。
魔物の現場監督がいるとも思えない。
パトリックは一瞬
「話を聞くと……どうやらホムンクルスのようです。
聖
それ自体初耳ですが……。
話を聞くと、どう考えてもホムンクルスなのです。
ただ容姿は我々が作るものと違ったようで……。
顔が平面。
体は極めて細身で、肌は極端な白との噂でした。
我々の作るホムンクルスは、我々と外見が酷似する仕組みで……異なる人種の姿は作れません。
つまり作製者は、別の人種と考えるべきでしょう」
クレシダの呪文で停止しないとなれば、別の製法だろう。
過去に作られていたものとしても、外見の不一致が気になる。
可能性として有力なのは、
だがいきなり飛躍するべきではない。
「どこに隠されていたのでしょう。
新たに創造したものではないでしょう?」
パトリックは真顔でやや背中を丸めた。
「実は……古代人の神が作ったようなのです」
キアラとカルメンは目を丸くした。
パトリックでなければホラだと思ったろう。
俺も同感だよ……。
「何故そう判断しましたか?」
「実は調査中に、野良ホムンクルスと出会いました。
服は見たことのないもので、体は部分的に損傷していたようです。
話で聞いたホムンクルスかと疑いましたが……。
決定的な違いがありました」
「違い?」
「自我が存在したのですよ。
話で聞いたホムンクルスは、決まった受け答えしか出来ません。
敵対意思は感じられなかったので、応急処置を施しました」
自我のあるホムンクルスなど聞いたことがない。
教えられたことしか出来ないのだ。
そして野良のホムンクルスは、現在の技術だと実現不可能。
まず自我が存在しない。
そして所有権の概念が、ホムンクルスを縛り付ける。
所有者が死ねば、活動を停止するはずだ。
ただし所有権の譲渡をすれば、その限りではない。
もしくは所有者と血縁があるものに限り停止を解除出来る。
これらの前提に囚われないホムンクルスなど存在するのか?
少なくとも古代人の技術では不可能のはずだ。
そのようなものを作るなら、人を改造したほうが経済的だからな。
ただし
「野良ホムンクルスですか?
理論上存在しないでしょう」
「私も初めて見ましたよ。
最初は魔物の擬態かと疑いましたが……。
スーラは魔物と判断しませんでした。
かなり驚いていましたがね。
魔力の反応はホムンクルスに酷似していましたので……。
野良ホムンクルスと分類するしかなかったのです。
幸い意思疎通は出来ました」
意思疎通と表現したのであれば……言葉ではないのか?
「つまり言葉が通じたわけではないと?」
パトリックは首をふった。
まさか言葉が通じたのか?
「ホムンクルスは
ただし相手の言葉は頭に響いてきましたね。
暫くすると、我々の言葉を理解したようです。
同じ言葉で話し始めました」
頭に響くのは、アイテールとの会話と同じか。
ここまでの能力を有するとはホムンクルスの枠に収まるのだろうか。
それにしても、何千年も劣化せずに活動していたのか?
カルメンが、目を輝かせて身を乗りだす。
未知なる太古の技術に、興味を刺激されたらしい。
「それで? それで?」
キアラですらドン引きだ。
ここに来て想定外の存在が現れたか……。
ホムンクルスに自我があれば、それは俺たちと同じ生命なのだろうか?
難しいな……。
心が自我を形成しているのか?
それとも膨大な知識を駆使して、疑似的な自我に見えるだけなのか……。
現時点で判断は早計だろう。
ただ……見極めずに深入りするのは危険だ。
これはパトリックの話を詳しく聞く必要があるな。
少なくとも単純な自我ではないのだろう。
パトリックですら自我をもつと判断するほどなのだ。
しかも……あらゆる質問をしたことは想像に難くないのだ。
受け答えや反応が自然だったと考えるしかない。
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