950話 閑話 昔は美味だった肉
ニコデモは軽く手をふった。
考え込むと固まるアルフレードを笑っていたが、まさか自分も同じことをするとは思わなかったのだ。
「さて……卿らも知っての通りだが……。
我が友は人類連合の代表だったときに、我が国のため働いてくれた。
少なからぬ資金の持ちだしもあったろう。
そこにきて、この火遊びはなんだ?
さぞ機嫌を損ねたであろうな。
それだけでは済まさぬであろう。
なにせ我が友の腹黒さは新月の闇より深い。
ところが我が友は余を腹黒いと思い込んでいる。
客観的に比べれば……余など生まれたての赤子のように
そうであろう?」
ティベリオとジャン=ポールは、曖昧にうなずく。
どっちもどっちだと思っていたのだ。
ただそれを口にだすほど愚かではない。
ティベリオは話題を変えることにした。
「先には経済圏への具体的参加を認めさせました。
彼らは実体のない取引と言っていましたが、詳細を知らないようですね」
貴族階級は平民を見下している。
それは近視眼的に目先の利益と感情に支配されているからだ。
だが廷臣たちの言動は馬鹿にしている平民のそれと同じ。
アルフレードが『
たしかに同じだと。
「まあ……無理もない。
あれを理解出来るほど優秀であれば封土していたからな」
ティベリオが渋面になる。
「にしても少々頑迷に過ぎます。
凶作にかかわらず、我が国の餓死者が少なかったのは、小麦市によって取引が活発化したからでしょう。
あれがなければ餓死者は10倍以上に及んでいたかと」
流通が滞るか、必要な場所に行き渡らないことも大きな要因だ。
経済圏内での流通は担保されていた。
パニックや投機の対象として買い占められるなど、流通を阻害する要因は多岐にわたる。
小麦市には比較的正確な情報が届くので、パニックが起こりにくい。
つまり投機のチャンスも減ることになる。
そもそも小麦市では投機目的の大量購入は禁じられていた。
値上がりはしたものの、王都に買い入れる小麦が不足することもない。
あわせてアルフレードからジャガイモの栽培を教えられたので、王都での餓死者が大きく増えることはなかった。
ニコデモたちは小麦市の存在が、餓死者減少に大きく寄与していたと考えている。
これはランゴバルド王国の安定につながる。
庶民にとって飢えずに済むことは、あらゆることに勝る信頼要因なのだ。
ただし飢える心配のない上流階級にとっては無関係。
だからこそ嫉妬に狂う余裕があるのだった。
ましてやジャガイモを食わされるなど屈辱であり、これをニコデモに教えたアルフレードを逆恨みしたのである。
ジャン=ポールが無表情にうなずく。
内心アルフレードの手腕に感嘆したのである。
負けた気がするので口にはしないが。
「たしかシケリア王国の餓死者は我が国の50倍でしたな。
リカイオス卿の自滅に等しい強制挑発も一因ですが……。
正直なところ、シケリア王国がウェネティア小麦市への参加を求めてくるのではと思っていました」
ニコデモはワインに口をつける。
もしウェネティア小麦市がランゴバルド王国に属していなければ参加しただろう。
「それではシケリア王国がラヴェンナの風下に立つことになるからな。
易々とは出来ない。
出来ることはラヴェンナとの交易を活発化させる程度だろう。
ラヴェンナはシケリア王国とも関係が深いからな。
同じ仕組みを真似しても……すぐ軌道に乗せるのは難しい。
だからこそ世界七不思議のひとつにもなったのだ。
いずれにせよ……我が友との付き合いには慎重を期す必要がある。
ところが今回の世まい言で、地道に積み上げてきたものが、ご破算になりかねない」
ウェネティア小麦市は実務を知る者たちからは、不可思議とされていた。
実現が難しいのだ。
突出した力のある領主が、中立的な立場で運営する必要がある。
突出すればするほど傘下の人間関係が複雑になり、中立など夢物語。
王家なら可能だが、各地に封土している関係上、突出した力を持っていない。
特殊なラヴェンナのみが実現可能。
数年前まで無学な野蛮人と蔑まれていたラヴェンナの民が、ここまで高度なシステムを運用出来ることが謎なのだ。
皆がアルフレードだから出来たとして、世界七不思議に加え、考えることを止めたのである。
ただし世界七不思議が七つもあるのかは別の話であった。
ティベリオは厳しい顔になる。
ご破算となれば被害に遭うのはティベリオなのだ。
「では現時点でシケリア王国の動きは注意する程度にいたしましょう。
ラヴェンナ卿に対して、如何致しましょうか?」
ニコデモは小さく肩をすくめる。
ここは手垢のついた茶番であっても演じる必要があった。
ニコデモから焦って動けば、足元を見られかねない。
アルフレードは現時点で無茶な要求は決してしないが……。
将来歯がみするような提案をしてくる恐れがあった。
「
我が友は余の真意を問うてくるだろう」
「ラヴェンナ卿ひとりに、責を負わせないと回答しますか?」
ニコデモは小さく首をふる。
アルフレードはこの世で1番頼りになるが、1番油断ならない男なのだ。
ニコデモは祟り神と同居するような気分で、玉座に座っていた。
祀り方を間違えれば祟りが起こる。
少なくとも、自分ではそう信じている。
他人から見れば、そう思えないが……。
ニコデモとて人間だ。
被害妄想と無縁ではなかった。
「そこは明言しないほうがいい。
この世で1番食えない男だ、下手な言質を与えると、
ティベリオは
ニコデモとは被害妄想仲間だ。
下手な返事では危険な目に遭うと信じていた。
「では……。
曖昧ながら期待を持たせる内容にしますか?
それだけで納得するとは思えませんが」
ニコデモは唇の端を歪める。
「宰相の懸念は尤もだ。
だからこそ見える成果が必要になる。
まず火遊びに及んだ
ジャン=ポールが怪訝な顔をする。
「陛下。
その
惚けるなり曲解して既成事実作りに走られたら、どうされますか?」
実際新代表には、『ランゴバルド王国の不利益になるようなことはするな』と言い含めていた。
今回の支援の相談も、明言こそしなかったものの、『現実的な案でいくように』と指示していたのだが……。
この有様だ。
無視することは考えられる。
「故に複数の書状を用意する。
最初の制止を
最終的には王命無視として、自裁を求める内容まで。
これで無視など出来まい。
文字が読める限りはな」
ジャン=ポールが感心した顔でうなずく。
使いを近場で待機させて、状況に応じて事前に用意してあった書簡を送りつける作戦だ。
普段であれば、往復に1カ月程度要する。
それで誤魔化せると思い込んでいるところで、即座に次の書状が届く。
余程の馬鹿でなければ、どれだけ重たいものか理解するだろう。
そして噂は嫌でも広がる。
なにより『お前を信用していない』というメッセージにもなるのだ。
つまり新代表は人類連合での立場を失うことになる。
ジャン=ポールは皮肉な笑みを浮かべた。
「なるほど……。
有り得ない速度で、数度も書状が届けば震え上がるでしょうな。
元々小心者の癖に、危険な挑発行為をするのは度し難い限りですが。
ただ……そこまで悪知恵が働くとは思えませぬ。
それだけが引っかかります」
ニコデモの仕掛けは誰でも思いつく。
知られようがまったく問題はない。
新代表を脅す意味もあるが、アルフレードに対してのポーズでもあった。
むしろ、
新代表と共犯関係を疑われては、甚だ厄介なのだ。
ニコデモは冷静になったのか、いつもの
ジャン=ポールに言われるまでもなく、新代表の人柄は熟知していた。
「単独では思いつくまい。
そこで……警察大臣は分かっているな?」
新代表が思いつくとは思えない。
誰か唆したヤツがいるのではと疑ったのであった。
ジャン=ポールは恭しく一礼する。
「御意。
身辺を探らせます」
アルフレードが代表を交代したときに、ラヴェンナの耳目も全員引き払っていた。
本来ならジャン=ポールの部下を送り込むところなのだが、大したことは出来ないと踏んで後回しにしていたのだ。
そもそも人類連合など実権のない茶番だと思っていた。
注視すべき要人はいない。
他の調査ですら人でが不足している。
当然ながら優先度は限りなく低かった。
この点はジャン=ポールの失策だが、咎める者はいなかった。
「宜しい。
では宰相よ。
卿にも働いてもらう。
シケリア王国にも支援を要請するのだ。
共同支援と洒落込もうではないか」
ティベリオは怪訝な顔で首をかしげる。
そもそもこの支援は新代表の暴走で、シケリア王国まで巻き込まれる謂われはないからだ。
「先方が承諾するでしょうか。
ラヴェンナ卿を通しても難しいかと」
ニコデモは苦笑する。
「ただの支援ならそうであろう。
余が同じ立場でも断る」
「つまり見返りがあると」
ニコデモは唇の端をつりあげた。
「それは直接的すぎるだろう。
我が国とアラン王国は長きにわたり共存してきた。
腐れ縁であっても旧友のようなものだ。
旧友への手向け……としておこう」
ティベリオとジャン=ポールは顔を見合わせる。
ニコデモがアラン王国は明確に滅亡した……と判断したことになるからだ。
これは今までの方針が変わることを意味した。
だがティベリオは拡張主義に反対の立場である。
「アラン王国が消滅したとして……。
その国土は広大です。
それをシケリア王国と折半ですか?
広げることは出来ても維持は困難かと。
今暫くはサロモンの統治に任せておくべきではありませんか?」
ニコデモは機嫌を損ねた様子もなく首をふる。
「宰相の懸念は尤もだ。
恫喝で無心する輩は、それを繰り返す。
なぜ我が子でもないのに、面倒を見なければいけないのだ?
アラン王国はもはや消滅した。
3国が併存している前提で話をしても実情に合わないだろう」
ジャン=ポールが難しい顔をする。
「陛下はたしか領土拡張には、慎重な立場だったのでは?
たしかに3国並立の前提は崩れましたが、拡張した際の問題は変わらないかと」
領土の拡張は広げた地の問題を抱え込むことになる。
治安維持を担当しているジャン=ポールにとっては、面倒事を抱え込むのは避けたかった。
「あれはアラン王国が形だけでも残っていた場合だ。
アラン王国が消滅したのなら、相手の立場は弱いだろう。
サロモンの動向は読めないが、無主の地と隣接した揚げ句……定期的に無心されるよりマシだ。
魔物すべてがサロモンの支配下ではないのだろう?」
ジャン=ポールは驚いた顔をする。
これだけ積極的に動くニコデモは珍しい。
基本的に受け身で無為の王。
そこまでの決断をするとは予想外だった。
「陛下はサロモンと対決をお考えですか?」
「魔物と共存が出来ると思うかね?
棲み分けが出来れば理想的だが、理想にすぎない。
そもそも本能と衝動でしか動かないのが魔物だ。
サロモン個人がどれだけ特殊な力を持っていようと、すべての魔物を制御下に置けまい。
我が友に言葉を借りれば『魔物に支配されて、気まぐれに殺されるのをよしとすれば話は別』だ」
ジャン=ポールが眉間に
「たしかに……。
ですが長い混乱で民は疲弊しています。
怪しい魔物を密かに運用している者たちを筆頭に対決に難色を示すでしょう」
旧冒険者ギルドマスターであるピエロ・ポンピドゥが黄金を生み魔物になったのは有名だ。
多くの者が血眼になって、ピエロを探すも見つかっていない。
ところが銀を生みだす魔物が現れ、領主の数名が捕らえたと聞いている。
領主たちは情報を秘匿しているので伝聞レベル。
簡単に尻尾はつかめない。
商人たちは出所不明の貴金属を警戒しているのだ。
だから急に羽振りがよくなることはない。
目立つからだ。
だが急に安価な銀製品が出回りだすなど、王家に動きはつかまれていた。
欲に網を張るジャン=ポールの面目躍如である。
彼らは熱心な魔物との共存派だ。
つまりサロモンとの間に密約が存在する可能性は高い。
それ自体問題だが、さらに大きな問題が存在する。
銀を産むには、人を食わせなければいけないらしい。
そして要求量が増え続ける。
つまり急に下層民や浮浪者が減っているようなのだ。
それが加速すると……平民が減り、反乱待ったなしの状態となる。
仮に生みだした銀が永続したとして、希少性に立脚する貨幣価値が崩壊してしまう。
どのみち認めることは出来ないのだ。
ニコデモは厳しい表情で首をふった。
「放置しては無視出来ない被害になろう。
結局魔物との共存は、人が家畜になるだけだ」
すべての武力は魔物に委ねて、人間は平和な暮らしをすればいい。
人間同士の問題は話し合いですべて解決出来る。
そのような吹聴する声はニコデモにも届いているのだ。
自分の身を他人に委ねるとは、隷属か破滅しかない。
そもそも話し合いで問題が解決出来るなら、争いなど起こらないのだ。
そのような夢物語は子供ですら信じない。
子供同士でも喧嘩は起こる。
大人同士であれば、拳ではなく剣が武器になるだけなのだ。
困ったことに大人であるほど夢物語を信じる輩が増えるのは皮肉としかいいようがない。
大人と子供は別の生き物だと信じているようだ。
しかも夢物語を信じる者ほど、自らの手で理想を実現しようとしない。
面倒事は他人に押しつけて自分たちだけは楽な場所で理想を声高に叫ぶ傾向がある。
内乱後ですらこのような有様だ。
内乱後だからこそであろうか。
人同士が争うのは武器を持っているからだ……と思いたいようだ。
ティベリオは基本的に平和主義だが武力を否定しない。
適度なイザコザは仕方ないが……大規模な戦いに発展しないように制御すべきと考えていた。
ティベリオは恭しく一礼する。
「御意に御座います。
ところが一部の領地では、魔物が人間の作業を肩代わりしているところがあるとか。
労役から解放された土地では、魔物との共存を歓迎しているようです」
アラン王国内にそのような土地があると聞いていた。
実情までは分からないが、ニコデモたちはかなり疑っている。
「ご利益があればそうなるだろうな。
詐欺でもそうだが……。
最初に美味しい思いをさせ、引きずり込む。
気が付いたときは戻れない。
分断工作としても原始的だが有効な手段だ。
人間が自立を止めて、魔物に依存すれば……待っているのは隷属の道だけだろう。
将来誤りに気が付いたとき、それを正すために必要な血は?
今解決を目指したときの1000倍以上流れる。
その覚悟があるのか……と聞いてみたいものだな」
ニコデモは仮に聞いたとしても……相手は目を開けながら夢を見ているのだ。
寝言が返ってくるだけだと知っている。
『そのように考えるから関係が悪化する。
誠意を持って話し合えば隷属などしないだろう』
夢を見ているだけあって、実際汗を流すのは
寝ているのだから何も出来ないのは仕方ないが……。
内乱で傭兵に頼り自滅した兄王子たちは、傭兵が歯向かうなど有り得ないと信じ込んでいた。
学のない傭兵に国など作れるはずがない。
教会や世間がそれを認めないと。
結果としていきなり教会にハシゴを外された。
この件にアルフレードが関与していたらしいとの噂もある。
これも廷臣たちがアルフレードを憎む理由のひとつだが……。
教会がハシゴを外さなくても、傭兵が牙を剥くのは時間の問題だったと考えている。
王族に貴族、騎士階級まで、あまりに無能を
これでは虚構の権威が消えるのは時間の問題なのだ。
こんな連中に国が統治出来たなら自分でも出来る……と思うだろう。
ティベリオは小さく首をふった。
「シケリア王国はそれに気付いているでしょうか?
我が国単独で切り抜けられるか……。
教会とて自己防衛が限度でありましょう」
「シケリア王国も馬鹿ではあるまい。
ただ……背中を押す必要があるな。
そのときの説得は我が友が適任であろう」
「御意。
ではラヴェンナ卿と協力することにしましょう。
仮にサロモンを打倒した後は如何致しましょうか?
完全に折半することも現実的ではないと臣は愚考致します。
ましてやアラン王国の復活は不可能かと」
ニコデモが大方針を決めた以上、ティベリオは逆らえない。
だが実現不可能な案であれば? 再考を求めるのは臣下としての義務であった。
ニコデモはワイングラスを回す。
ティベリオが懸念している問題は当然であり、ニコデモも不可能な領土拡張を行う気などなかった。
「そこはシケリア王国と相談になるが……。
昔は美味だった肉も、今やほとんど食べられないのだ。
食べられる部分だけを折半するしかあるまいて」
ロマンが毒肥料をばら撒いたので、アラン王国の農地はかなりのダメージを受けていた。
半分以上の農地が不毛の地と化したのだ。
しかも統治の及ぶ広さには限度がある。
アラン王国で土地として有効なのは実質3割程度。
残った7割は食べられない肉だ。
無理に食べると反乱という名の腹痛が待っている。
食べられる3割をシケリア王国と分けあう。
それなら統治範囲としても現実的だ。
仮にシケリア王国が食べられない肉に手をだしても、ランゴバルド王国は構わないというスタンスである。
「もうひとつ懸念が。
そのような現状変更を教会が認めるでしょうか。
今までは半ばアラン王国と一体化することで、安全を維持してきました」
ティベリオの心配は拡張だけではない。
教会がそれを認めるかであった。
石版の民と教皇ジャンヌの密約は知る由もない。
ただ教皇の護衛を石版の民が担ったのだ。
なんらかの取引があったと考えている。
だからこそ現状変更は認めるし、石版の民の建国も容認するだろう。
問題はどの土地を誰が取るかだ。
こうなれば教会も土地を欲しがる可能性がある。
教会を無視した場合、シケリア王国が手のひらを返す可能性があった。
教会を支持して、自分たちだけは拡張する。
こうなっては最悪のケースなのだ。
だからこそ教会の同意は取り付けておきたかった。
その場合、教会が手のひらを返さないような重しが必要だ。
ニコデモが意味深な笑みを浮かべる。
「そこも我が友に任せようではないか。
幸いラヴェンナには、元教皇が赴任しているのだ。
しかも教会には大きな貸しがある。
宰相が説教をじかに聞きたいとあれば、我が友を頼らなくてもいいがな」
石版の民が祖国再建を望んでいることは知っている。
当然後見人であるアルフレードもなんらかの同意をしていることも。
だからこそ教会対応をアルフレードに任せればよいと考えている。
重しとしてはこれ以上の存在はない。
アルフレードとの合意を反故にするほど、現教皇が愚かと思えなかった。
ニコデモは石版の民に食べられる肉を与えるほどお人好しではない。
だからこそ認める土地についてアルフレードと交渉するつもりだった。
ティベリオは珍しく
「いえ。
ラヴェンナ卿を頼るとしましょう」
ティベリオにとって、教会は厄介な相手だった。
面倒な相手を、アルフレードに任せられるならこれ以上有り難いことはない。
当然、この借りは高くつくだろうが……。
教会の相手をするよりはマシだった。
「承知致しました。
してあの代表は、如何しましょうか。
更迭しては、人事の失敗を認める形となります」
ニコデモは外を眺めて苦笑する。
「実際の支援事業には関わらせない。
ただ心労は祟るであろうな。
病で静養するやもしれぬ。
何事もなければよいのだが……」
新代表には静養という名の軟禁が待っている。
パーティーなどに出席して、また余計なことを
シケリア王国に、政治的亡命を画策するかもしれない。
当然シケリア王国は受け入れないが、その場合シケリア王国に貸しを作ることになる。
小人ひとりのために他国に借りを作っては、割に合わない。
ジャン=ポールが酷薄な笑みを浮かべる。
「陛下。
もしものときは?」
つまり無視して動きだそうとしたら、どうするのか……と聞いているわけだ。
ニコデモはジャン=ポールに、穏やかな笑みを浮かべる。
「警察大臣も心配性だな。
余の臣であれば……かような軽挙妄動に及ぶまい。
もし及ぶようであれば、余の臣ではないだけだ。
臣を自称しても、余が永遠の暇を与えるだけのこと。
なんら心配には及ぶまい」
一時的な暇であれば、あくまで休暇扱いだ。
だが君主が、永遠の暇を与えるとは、主従関係の解消を意味する。
ニコデモは新代表を保護する義務がなくなり、新代表がどうなっても関知しない。
事実上の死刑宣告である。
つまりそうなれば殺せと示唆しているのだ。
「御意に御座います。
そういえば……、進歩派の某かは、都合よく心労でなくなりましたなぁ。
人類連合とは実権がないのに、心労ばかりは重なるようで」
ニコデモは
進歩派の重鎮だったソフォクレス・ノミコスが急死した件を思い出したのだ。
「ああ……。
臣下の分際で、好き勝手に私利私欲を追求していた不届き者がいたな。
たしか病死だったか。
まあ……死因など些末なことだが」
他国の一役人の死など、いちいち記憶していられないのであった。
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