947話 信頼のおける王

 閣議で新代表からの書状を、キアラに読み上げてもらう。

 当然好意的な反応はゼロ。


 軍事大臣チャールズ・ロッシは冷笑。

 チャールズらしいな。


 警察大臣トウコ・プリユラは激怒。

 筋の通らない話は大嫌いだからな。


 法務大臣エイブラハム・オールストンは呆れ顔で、天を仰ぐ。

 法的根拠などがない要求だと思っていそうだ。


 公衆衛生大臣アーデルヘイト、教育大臣クリームヒルト、秘書のオフェリーは、明らかに不快な顔をしている。

 俺がいつものように無表情だから爆発まではしない……といったところか。

 

 水産大臣ジョゼフ・パオリ、農林大臣ウンベルト・オレンゴは困惑顔。

 お偉方の無茶な要求だと思っているのだろう。


 開発大臣のルードヴィゴは、恐る恐る俺を見ている。

 俺が怒っていないか心配らしい。


 冒険者担当大臣のジラルド・ローザは、腕組みをして考え込む。

 冒険者に及ぼす影響を考えているのだろう。

 ラヴェンナに金が有り余っていると誤解されれば、冒険者が殺到しかねないからな。


 商務大臣パヴラ・レイハ・ヴェドラルは頭を抱えている。

 今後の商売における影響を心配しているのだろう。


 科学技術大臣オニーシムは我関せずと無関心。

 まあ……オニーシムは、いつものことだ。

 『ラヴェンナ中のウオツカを支援のため差しだせ』と言われれば、真っ先に怒り狂ったろうが……。


 共通規格省大臣のアデライダ・パウラ・フーゴ・ラローチャは無の表情。

 なにも考えたくないようだ。


 顧問役であるプリュタニスとオリヴァーは思案顔。

 裏の意図を探っているのだろう。


 キアラが読み終えると、部屋が沈黙で包まれる。

 

 チャールズはフンと鼻で笑った。


「いい気なものですなぁ。

金や食料は、何処どこかに落ちているとでも勘違いしているのか……。

内乱でそのような夢想家は息絶えたと思いましたよ」


 プリュタニスが冷笑を浮かべる。


「小動物のように、危険を察知して……穴に隠れていただけでしょう。

それでアルフレードさまは、どうされるおつもりですか?」


 答えは分かりきっているだろう。

 答えは話の取っ掛かりだな。


「当然ですが受け入れません」


「それは分かりきっています。

なぜ我々にも話したのか。

それが知りたいのです」


 当然気になるよな。


「ひとつは内部攪乱を避けるため、意思統一がしたかったこと。

もうひとつは、外交について皆さんに知ってもらう必要があるからです。

一見理不尽な要求も、実態を知れば見える景色が変わってきます。

私が決めたから納得しろと言われて……納得する人は、ここにいないでしょう?」


 チャールズは腕組みをして、鼻を鳴らす。


「まあ……ご主君の薫陶による賜ですな。

他所とは真逆ですがね。

それで受け入れないにしても、どうされるので?」


 奇抜なことをするつもりはない。

 あくまで、正攻法でいく。


「まず陛下の真意を確認します。

恐らく新代表の独断なので、撤回なり変更があるでしょう」


 チャールズは意味深な笑みを浮かべる。

 この程度の回答では納得しないだろう。

 疑問があれば口にする。

 答える側も、しっかりと根拠を示すべきだ。


 これが面倒臭いと、他所からは大変不評だが……。

 多民族である以上、これを避けて通るわけにはいかない。


「万が一にも、この呆れた要求を突きつけてきたら?」


 当然、そこまで確認してくるだろう。

 これを考えずに、ただ確認しては、問題となる。

 最悪で極端であろうが考慮すべきだ。


「王命なので拒否は出来ませんが……。

果たして実現するとは、何十年後になるのでしょうね。

期日までは指定されていませんから」


 チャールズの笑みが深くなる。

 どうやらお気に召したようだ。


「期限まで指定して来たら、どうしますか?」


「善処するとだけ答えます」


 チャールズは、笑って肩をすくめる。

 納得したようだ。


 全員納得……ではないな。

 モルガンが渋い顔をしている。


「ラヴェンナ卿。

そのような対応を取ると、王家との関係悪化につながりませんか?」


 関係維持には前提があるからだ。

 山は山で川は川……のような使徒教徒的思考を俺は採用しない。


 山が崩れ去れば、山でなくなる。

 干上がった川は川とは呼べない。


 前提が崩れたとなれば、話は変わってくる。


「不可能事を義務として押しつける関係なら不要です。

現在王家との関係を重視しているのは、それがラヴェンナにとって有益だから。

まあ……陛下は信念の人ではないので大丈夫ですよ」


 トウコが渋い顔で、首を鳴らした。

 俺の判断に、納得はしているものの……どこか釈然としないのか?


「そもそもだが……。

このような無理難題を押しつけられてまで、ランゴバルド王国に所属する意味があるのか?」


 腹の探り合いをするなら殴り合うのが虎人族だからな。

 当然の考えだ。


「トウコ殿の意見は最もです。

ただ……関わりを断つと誤解が深まり、いずれ血を見るような争いになるでしょう。

ラヴェンナは強力なのですからね。

恐れも誇大妄想にはならないのです」


 トウコは腕組みをして苦笑する。

 同族に説明するときに、俺の考えを知りたかったようだ。


「ふむ……。

将来の流血を避けるためには、断絶を避けるか。

そうしてラヴェンナを作っていったのだからな。

納得した。

それにしても……相変わらず丁寧な説明だな」


「皆さんに期待しているからこそ、丁寧に説明すべきですよ。

これは蛇足となりますが……。

関わることで、マイナスにしかならない相手なら断絶すべきです。

隣人と必ず仲良くする必要はありませんから。

むしろ隣人同士は仲が悪い。

それでも言葉が通じれば、落とし所は探れます。

言葉すら通じない隣人は、滅多にいませんからね」


 チャールズは唇の端を歪める。

 なにか変なことを言ったかな……。


「アルカディアがそうでしたな。

見事に自滅したようですが」


 ああ。

 存在を忘れていたよ。


                  ◆◇◆◇◆


 予想以上に早く、ニコデモ陛下から書簡が届く。

 最速と言ってもいい。


「随分早い返信ですね。

陛下もそれだけ重大事と捉えているのでしょう」


 書簡を届けに来たキアラは、呆れ顔で首をふった。

 内容が曖昧で、どう転んでもおかしくはないからな。

 心配も当然か。


「お兄さまは相変わらず暢気ですわね。

『ラヴェンナにのみ負担を掛けるつもりはない。

決して悪いようにしないので、領民の反発を抑えるように望む』だけで安心する気になれませんわ」


 確かに曖昧だが……明示など出来ないだろう。

 何処どこから、内容が漏れるか分からないのだ。

 何方どちらにも取れる内容にしておく必要がある。


「まあ陛下のお手並み拝見といきますか」


 キアラは苦笑してうなずく。

 不安を述べたが、現状どうしようもないことは理解しているのだろう。


「これで新代表は、元代表になりますわね」


 そう単純な話で済まない。

 なにせ対外的な人事に関わる話なのだ。

 安易に更迭しては、権威低下を招く。

 恐らく代表を更迭せずに、実権を奪う方法で動くだろう。

 こと陰険さには信頼のおける王だ。


「いえ。

それでは人事の失敗を認めたようなものです。

陛下ならもっと、スマートにやりますよ」


 キアラは皮肉な笑みを浮かべる。


「それは残念。

まさか新代表は、そのままとお考えですの?」


 時期や大義名分を整えてから更迭。

 誰もが、表だって反対出来ない理由など捻りだすだろう。


「時期を見て更迭しますよ。

ただまぁ……ラヴェンナだけが、無関係では済まないでしょう」


 新代表が国としての支援を口走った以上、なかったことには出来ない。

 大なり小なり後始末の手伝いはさせられるだろう。


「なんだか腹立たしいですわね」


 まあ余計な暴走で、迷惑を被ったのは確かだ。

 だが嘆いていても始まらない。

 陛下の仕掛けをどう利用すべきか、それが肝心だろうな。


「仕方ありませんよ。

ただ都合のいいだけの国王は、物の役に立ちません」


 キアラは複雑な表情で、ため息をついた。

 珍しいな。

 なにか変なことを言った覚えはないのだが……。


「お兄さまは、私より外交向けの性格ですわね。

忍耐強く決して流されない。

多くの人に嫌われていますけど、同じくらいだけ信用してくれる人もいますから」


 その点か。

 俺だって、直接接していたら腹を立てたろう。

 そうならないための取り次ぎ役だ。

 胃の痛い立場だろうが……。

 いないと大変困る。


「忍耐強く見えるのは、キアラが、緩衝役になってくれているからです。

私も最初に報告を受けたら、腹が立つと思いますよ。

まあ……皆が、私の代わりに怒ってくれますからね。

私まで怒ったら大変でしょう。

もし私が独り身で、誰にも責任を負わなければ、かなり短気に振る舞うと思いますね」


「なんだか想像出来ませんわ」


「それだけ私の演技がうまいことにしておきましょう。

恐らく陛下は根回しをされるので、時間は必要でしょうが……。

さぞ粘着質で、陰険な喜劇の脚本を書いてくれますよ」


 なぜかキアラは、ジト目で俺を睨む。


「褒めているのか貶しているのか……まるで分かりませんわ」


 両方だよ。


                   ◆◇◆◇◆


 放送の内容が変化した。

 人類の団結を求めるものと、魔物は敵ではない……と教育するかのような内容に。

 そして少数派の救済を説く。


 一見良いことに聞こえるが……。

 救済は容易に優遇となる。

 社会に不和をもたらすには、これほど便利な手段はない。

 少数を優遇して、多数に我慢を強いるのだから当然だ。

 これは世界主義の得意手段。

 残党が蠢動しているようだな。


 加えて、アラン王国への支援を訴えた。

 問題なのはジャン=クリストフ・ラ・サールが、前面に出てきたことだ。

 相変わらず光っているが、なかなかしぶといな。

 見た目からして特別なヤツの言葉は、なんとなく説得力を持ってしまう。


 しかし……ランゴバルド王国の放送に出てきたとなれば、新代表の肝いりか。

 放送を見ていたミルは、露骨に不機嫌な顔をする。


「なによこれ。

外堀を埋める気なの?

あからさますぎて萎えるわよ。

陛下からなにも来ていないのかしら?」


 この様子では届いていないか、しらばっくれているか……。

 俺に出来ることは現時点でない。


「時間のズレがありますからね。

突然内容が変わったら、なにか届いたってことでしょう」


「ホント……アルは動じないわね」


「私が怒れば、皆さんの歯止めが利かなくなりますよ。

不本意ですが、上位者の振る舞いは伝わりやすい。

それは個々を尊重するラヴェンナにおいても」


 一緒に放送を見ていたオフェリーが、ため息をつく。


「なんか大変ですね……。

上に立つって大変だと実感します。

でも……アルさまは、誰に癒やしてもらうのですか?

ミルヴァさまや私たちは、アルさまに癒やしてもらっています」


「私は皆さんが幸せなら、それで報われます。

それ以上は高望みしすぎですよ」


 オフェリーは不満げに、眉をひそめる。


「うーん。

私はアルさまを、癒やしたいです。

ミルヴァさまも同じですよ」


 ミルがうなずきかけて、渋い顔をする。


「そうだけど……。

ゴメン。

癒やし隊って聞こえて、あの筋肉軍団を連想してしまうわ。

それは『癒やし』じゃなくて『嫌死』よ」


 オフェリー感心した顔で、しきりにうなずいている。


「あ~。

そうですね」


 皆は俺を暢気だというが……。

 皆も負けず劣らず暢気だと思う。

 焦っているより、ずっといいがな。


 数日経過してから急に放送の内容が変わった。

 サロモン殿下との協調を求め、魔物の制御を任せては……というものだ。

 

 陛下からの書状が届いたらしい。

 そして人類連合に出席している教会代表のシスター・セラフィーヌから、書状が届く。

 キアラはこの件について、関心は薄いらしい。

 それにしても本来なら一顧だにされない要求のはずだが……。


「ラ・サール殿が聖地としての領土を求めているねぇ……。

光っているからか、妙に権威があるようです。

人は光り物に弱いようで」


「光り物が好きなのは否定しませんけど……。

どうもラ・サールには、意味不明な戯言をつぶやく癖が目立つようですわ。

その一環ではありませんこと?」


 ジャン=クリストフの妄言なのか、誰かに唆されたのか……。

 何方どちらなのだろうか。

 これ自体悪い話ではない。


「どうでしょうね。

さすがに分かりません。

でもまあ……ラ・サール殿が死ぬときは、ろくな死に方をしないのです。

いっそ土地を与えて隔離したほうが幸せかもしれません」


「確かに質を問わなければ、土地は一杯ありますけど……。

どうするつもりでしょうか?」


 俺が口をだす話でもない。

 そもそもこの程度のことが思いつかないようでは、話にならないだろう。

 その心配はしていないが……。


「アラン王国に対する支援と引き換えで、アラン王国の何処どこか……。

今は放棄されている土地でしょうか」


「普通に考えたら、そうなりますわね。

サロモンが魔物を制御出来ているなら安全なはずですもの」

 

「それならラ・サール殿が、どのような最後を迎えても、迷惑は掛からないでしょう?

現時点では誰も不幸にならない名案です」


 キアラは怪訝そうに眉をひそめる。


「現時点では?」


 確定した未来ではないが、可能性は高いと見ている。

 だがそれを警告しても聞き入れられないだろう。

 教皇ジャンヌにはそれとなく教えたので、教会の代表を引き上げさせるとは思うが……。

 その前に危険人物が勝手に移動してくれれば、なんの苦労もない。


「ラ・サール殿が爆発でもして、周囲が悪魔の地になったら不幸でしょう?」


 キアラは意味深な笑みを浮かべる。

 爆発の可能性まで考えていなかったらしい。

 まあ……爆発なんて、突拍子もない話だからな。


「人生最後の輝きですわね」

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