946話 前後からの宿題

 ニコデモ陛下から書状が届く。

 サロモン殿下の話だと思ったが……まったく別件だった。

 キアラは困惑顔だ。

 

 経済圏に隣接していた家が、聖ひつ騒動でやりすぎた結果、取り潰しとなった。

 ホムンクルスを作るのに夢中になりすぎて、苛斂誅求かれんちゅうきゅうが可愛く思えるほど搾取しまくったらしい。

 税は9割と信じられない率だとか……。

 なにをするにしても税が取られる地獄だったらしい。

 住宅税にはじまり、人が死んだら死亡税。

 雨がふったら降雨税。

 他家のことなので呆れて済むが、領民は地獄だったろう。


 税金を払えなくなると家族を人質に取り、拷問の果てに虐殺までしたらしい。

 この話を聞いたとき皆は絶句していた。

 無理もないな。


 たしかに酷い話だが……他家のことだ。

 俺には干渉する権利も義務もない。


 封建領主の自治に王家は干渉しないのが原則。

 被害が近隣に及ぶと、はじめて王家は統治不行き届きとして介入出来る。

 今回は小規模ながら反乱が起こったことで、他家にも害が及んだ。

 ことさら無関心なのは被害に遭ったのが経済圏ではないから。


 そこの領主は見栄を張るためか、裕福な人たちは経済圏側に住んでいた。

 自分も経済圏に負けないほど富んでいる……と見せかけるためだ。


 水面下で経済圏への参加を打診してきたが、スカラ家と相談した結果無視することになった。

 正面は立派だが、裏に回ると悲惨なのは周知の事実だからだ。

 下手に経済圏に入れてもいいことはない。

 経済格差が大きな領地を混ぜても、此方こちらが一方的に損をするだけ。

 入りたいなら入れればいい……とはならないのだ。

 法整備の差など諸問題をクリアすることが最低条件だ。

 

 それが理解できないようで、一層見栄を張り続けた。

 領主のお膝元は経済圏より発展しているように見えたが……。

 当然苛斂誅求かれんちゅうきゅうにも限界がある。

 反乱が起こるのは必然だろう。

 

 王家の沙汰として領主は改易どころか斬首刑。

 自裁すら許さず、異例中の異例とも言える処置だった。

 しかも遺体は領内にさらされて、怒りに燃える領民たちが原形を留めないほど破壊したらしい。

 ガス抜きをしないと、次の統治が難しかったからだ。

 それ自体は、問題にならない。


 たしかに胸糞むなくその悪い話ではあるがな。 

 ただなぁ……。


「取り潰したあとは、王家が代理で統治していましたが……結局直轄領にすると。

宰相の家臣が派遣されて、代官になる……。

経済圏の会合に代官の参加を求めてきましたか。

建前は王都と経済圏の連携を、より密にするためと。

本音は疲弊しきった領地の立て直しに経済圏を利用するつもりなのでしょう」


 キアラは小さなため息をつく。


「それにしても嫌らしいですわ。

アミルカレお兄さまの結婚話で、足元を見てきましたわね。

立て直しに利用するだけならまだしも……。

経済圏を乗っ取るつもりなのでしょうか?」


 あの陛下が、そこまで焦るとは思えない。

 布石を打って、あとは機を待つのだろう。

 機が来なくても、別に損をしないからな。

 ひたすら待ちに徹されると、我慢比べしかない。


 さすがは世界一粘着質で、腹黒い陛下だ。

 どちらが先にヘマをするか勝負だな。

 あ~嫌すぎる。


「経済圏が独自の行動を取らないように、睨みを利かせるつもりなのでしょう。

あとは王都の商人を保護する目的もあるでしょう。

経済圏と繋がれば、没落は避けられますから。

タイミング的に今しかない。

困ったものです」


「でも断れませんわね。

そのうち経済圏の会合も、代官が主催するのではありません?

今はスカラ領のウェネティアで開催していますけど……」


「残念ながら断る大義名分がありません。

現時点では布石に過ぎませんよ。

ただ……将来揉める危険はありますね」


「では釘を刺しておきますの?」


 それこそ悪手だ。

 ここは座視を選択すべきだろう。

 断った際のリスクと将来のリスクを計算すれば、将来のリスクが小さい。


「いえ。

それこそ陛下の思惑に嵌まりますよ。

ここは黙っているべきです」


 キアラはいぶかしげに、眉をひそめる。

 さすがのキアラでも、あの陛下の思考を追い切れないか。

 あの若さでこの老獪さ。

 本当に傑物だよ。

 ただ王にならない限り、その才知を人に知られることはない。


「思惑?」


 罠と言ってもいい。

 露骨に俺の足を引っ張るためではなく、王家の権威確立を優先としたものだ。

 前はクレシダ。

 後ろは陛下。

 前後から宿題をだされるのは、少々胃がもたれる。

 そこまで、悪事を働いた気はないのだが……。


「もし釘を刺せば……どうなると思いますか?

あたかも此方こちらに貸しを作るかのような態度で引き下がるでしょう。

そのあとが問題ですよ。

別の機会に、借りを返せと言われます。

魔物対策の矢面に立たされるとか。

しかも私から志願するような形でね」


 キアラは険しい顔で首をふる。

 心底辟易していると言ったところか。


「可能なら陛下から要請してくれたほうがいいですわね。

そのほうが条件をつけられますし」


 俺が目先の不利益を恐れて拒否しようものなら、陛下にすれば儲けものだ。

 元々俺がこの場は座視すると読んでいる。

 嫌な信頼関係だよ。


「なにより私から志願となれば、ラヴェンナの出血が大きくなります。

それなら経済圏の干渉には、目をつむるべきでしょう。

ラヴェンナ市民の感情的にも出血のほうが、不満をため込みますから」


 キアラは珍しく額に手をあて……大きなため息をつく。


「クレシダと戦いながら陛下の罠にも対応ですか?

胃に穴があきますわね。

これでお兄さまが失敗したら、どうするつもりなのでしょうか」


 陛下は俺が失敗するとは思っていない。

 だが無意味な罠を仕掛けるほど、無邪気な性格でもないだろう。

 個人であれば……だ。


「迷惑なことに、私が失敗すると思っていないのでしょう。

陛下自身はそこまで楽観視せずとも、廷臣たちが楽観視していては無視出来ません。

絶対的権威の確立には至っていませんし……。

過去の王すら意向を尊重されども、領主たちにとって都合が悪ければ無視されがちです。

いきなり専制的にふるまいっては、命がいくつあっても足りないでしょう」


 辟易した顔で、話を聞いていたミルが驚いた顔をする。


「内乱で勝っても、その程度なの?」


 まあ陛下が主力となって戦ったわけではないからな。

 失敗した2人の兄王子は勝ったあとを考えて、自らが積極的に動いて自滅した。

 陛下のやり方は、勝率がいいものの……。

 まず勝つことを優先した現実的なものだ。

 つまりリターンが小さい。


「実際はスカラ家の力で勝ちましたからね。

王家独力なら状況は変わりましたが……」


「それもそっか。

しかも内乱があったのに、外の人は王が替わった程度の認識だものね。

それにしても……。

国王になってもしがらみだらけね」


 しがらみは言い換えれば安定になる。

 そして人は基本的に、安定を求めるものだ。

 ただ変革が必要なとき、しがらみは壁となって立ちはだかる。

 しがらみがないと、劇的に社会制度の変革は出来るだろうが……。

 崩れ去るのも早いだろう。


「領主なんてしがらみの塊ですよ。

まあ……今のところ打てる手はありません。

陛下は厄介で手強い相手ですよ。

目立たない傑物と言ってもいいでしょう」


 キアラは何故か口元に手をあてて笑いだす。


「お兄さまが目立ちすぎていますものね」


 ミルまで小さく吹きだす始末だ。

 まあ……否定出来ない。

 目立ちすぎて、モルガンから釘を刺される始末だからな。


                  ◆◇◆◇◆


 モルガンが戻ってきて、報告を受けた。

 名代の役を申し分なく務めてくれたので満足だ。

 いろいろと考えることはあるが、まずは足元を固めることが先決。


 そう思っていたが……。

 俺個人の想像力など、大したことはない。

 モルガンの報告がおわり、なにか別のことを話そうとしたのか口を開きかける。

 突如キアラが執務室にやって来た。

 極めて不機嫌だ。


 モルガンは一礼して、自分の席に戻った。

 あとで続きを聞くとしよう。

 キアラが差し出してきた書状を受け取りって一読するが……。

 失笑を禁じ得なかった。


「人類連合の代表からと聞いて、ろくなものではないと思いましたが……。

予想の斜め上ですね」


 キアラはジト目で俺を睨む。


「笑い事ではありませんわ。

なんですの? この巫山戯ふざけた内容は!」


 まあ巫山戯ふざけているな。

 隣のミルに、書状を手渡す。

 ミルは読み進めるほど表情が消えていく。

 あ……これ本気で怒ったな。


「新代表は馬鹿なの?

これはちょっと、教育的指導が必要だと思うわ」


 あの内容ではなぁ。

 新代表は俺が反抗的な態度を見せていないから、勝手に増長したな。


『ラヴェンナは余裕があるから、サロモンの要請に応えてアラン王国の支援を期待する。

人類連合の会議で表明したので、これは決定事項となる。

陛下も内々で承認されているので、確認は不要。

ランゴバルド王国の名誉をけがさぬよう、ラヴェンナ卿は誠意を尽くされるように』


 こんな高圧的かつ無茶な要求をされて怒らないのは難事だ。

 そもそもいくらラヴェンナに余裕があったとしても……。

 単独でアラン王国を支えるのは不可能。


 なにより新代表の思惑がつかめない。

 不可能と分からないほど馬鹿なのか……。

 不可能でもやる気を見せろというタイプかもしれない。

 無理難題を吹っかけて、それを貸しのような形で撤回するためか?

 それで王家の権威を誇示出来ると信じているなら、救いようがない。

 

 何方どちらにしても、俺の不信感を増幅させてまでの価値はないぞ。

 俺が王家との協調は不可能と判断したときはどうする気だ。


 そのような短絡的な手段を、陛下は選択しない。

 認めもしないだろう。

 これは新代表が点数稼ぎのつもりで暴走したと見るべきか。

 ただ火事には必ず火元が存在する。

 安直に考えれば、クレシダだ。

 だがクレシダがここまで不格好な火の付け方をするとは思えない。


 いきなり結論に飛びつくのはやめよう。

 まだ判断する材料が足りない。


「決定事項として通達してきましたね。

人類連合としてはサロモン殿下の要請を無視も出来ず、解決も出来ない。

だから私に丸投げしたのでしょう」


 キアラは苦笑する俺に呆れたようだ。

 小さなため息をつく。


「それは分かりますが……。

こんな内容を、陛下が認めたとは思えませんわ。

それだけではありません。

シケリア王国や教会が賛成したとは思えませんもの」


 陛下は認めるどころか激怒していると思うぞ。

 まあ……表面上は穏やかだが、目は粘着質な怒りの炎が燃えたぎっていそうだ。

 今まで細心の注意で積み重ねてきた俺との駆け引きがご破算になりかねない。

 自分のミスではなく家臣の暴走ではな。


 だが……新代表がどれだけ愚かであっても本当に独断でやるとも思えない。

 内々に陛下の意向は確認するだろう。

 ただ……どうとでも取る内容で、確認をしたらどうなるか。


「代表の独断かもしれませんね。

もしくは陛下の意向を曲解したか……」


 思わず含み笑いが漏れる。

 キアラはミルと顔を見合わせて、ため息をつく。


「お兄さまが笑うときは、不吉なことばかり起こりますわ。

どうしますの?」


 人聞きが悪いな。

 そう悪い話でもないさ。


「まず陛下の意向を確認します。

これは思わぬ拾いものかもしれません」


「陛下の責任を問いますの?

表だって問うと、陛下の権威失墜になりますわ」


 新代表もそれを見越して、俺に無理難題を吹っかけて来たのだろう。

 新代表の面子を保つ義務など存在しないのだが。


「陛下の意向を無視したにせよ……。

私が明確に反発すれば、対応を変えてきますよ」


 ミルが微妙な顔でため息をつく。

 新代表の振るまいが理解出来ないようだ。


「それにしても勝手に約束するなんて、なにを考えているのかしら。

アルを舐めすぎよ」


 なにかを考え込んでいたモルガンが顔をあげる。


「失礼ながら……。

スカラ家に名代として赴いたときに、妙な噂を耳にしました」


 キアラが来たことで中断していた話だな。


「それは一体?」


「ラヴェンナ卿は陛下に対して、ひたすら恭順の姿勢を取っていますが……。

廷臣たちがラヴェンナ卿を、甘く見ているのでは……と。

スカラ家ですらそう見ています。

ならば陛下の周辺ではどうなのか……。

簒奪さんだつや独立を恐れながらも、甘く見ているような複雑なものかと。

もしかしたら代表と廷臣たちの間で、なにか伝言の書き換えがあったやもしれません」


 大人しくしていたら、図に乗る。

 だからと強硬な姿勢を取れば、不安に支配されそうだ。

 面倒な奴らだな。

 これは陛下も大変だよ。

 同情しないけど。


「なるほど。

まあ……無茶な要求に従う義理はありません。

いずれにせよ、単純な理由でこのようなことをしでかしたわけではないかと。

人類連合内でもなにかあったと見るべきでしょうね」


 モルガンは満足気にうなずく。


「私も同意見です。

ひとつ気になるのは、シケリア王国や教会が賛同したのか……。

ラヴェンナを挑発するかのような行為に荷担するとは思えません。

新代表の独断かと思われます。

当然知恵を付けた者はいるでしょう」


 モルガンが続きを言いそうになったので、手で制する。


「続きは閣議で」


 モルガンの目が鋭くなる。

 なにか気に入らないようだ。


「このような外交的問題を、閣議に諮るのですか?

私は反対です。

余計収拾がつかなくなるでしょう」


 ああ。

 俺ひとりで決めるべきと思ったようだ。

 だが俺の考えは違う。


「その危険性は、覚悟の上です。

それでも将来的には、外交方針も相談したいですからね。

大臣であればラヴェンナ内のみならず、外の情勢を知る必要があります。

見識を期待するなら、情報を共有すべきでしょう。

陛下から内密の書状ではなく、新代表からきた公的なものですからね」


 モルガンは嘆息して首をふる。


「仕方ありませんな。

ところで……。

新代表と連呼されていますが、よもや名前をお忘れですか?」


「忘れました。

名前によってなにか、動きが変わるわけではないでしょう?

それに名前をだせば、ミルの怒りが余計燃え上がりますよ。

取るに足らない相手なら、名前を覚える必要などないでしょう」


 ミルがジト目で俺を睨む。


「アル……。

私のせいにしていない?」


 なにか言い訳を考えていると、執務室にアーデルヘイトがはいってきた。

 珍しいな。


「おや? 珍しいですね」


 アーデルヘイトは微妙な顔で、書状を差しだしてきた。


「旦那さま。

人類連合の役人から、公衆衛生省の役人に私信が届きました」


 医療技術の伝授のために、アーデルヘイトは部下の役人を数名連れてきたな。

 それで人類連合の役人と、個人的なコネが出来たわけだ。

 私信か……。


「私に見せる価値のあるものと判断したわけですね」


「はい。

なんだか人類連合内部が、おかしなことになっているみたいです」


 書状を一読する。

 今回の無理難題に関わる裏話か。

 アーデルヘイトは、まだ知らないからな。

 役人から報告を受けたアーデルヘイトが俺に報告してくれたわけだ。


「なるほど……。

どうやら新代表が、点数稼ぎをしようと暴走したようですね」


 新代表が突然『サロモン殿下の要求は、ランゴバルド王国が受け持つ』と宣言したらしい。

 当然、他国の代表は、懸念を示したものの……。

 代案があるわけでもないので押し切られたようだ。

 あくまで私信という形を取って、俺に知らせてきた。

 

 他国が及び腰なのに強行したとなれば、唆した奴がいるな。

 クレシダの差し金か、世界主義の残党か……。

 いずれにせよ……前座の踊りがはじまったらしい。

 ただの乱心で片付けるわけにはいかないな。


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