943話 少々深刻な問題

 帰途は静かだった。

 ミルは俺の隣にいても、あまり口を開かない。

 喧嘩したわけではなく、ただ隣にいるだけ。

 気持ちの整理をつけているのだろう。


 たまになにか問いかけられるが、俺はそれを聞くだけ。

 理屈で解決など出来ないからな。


 数日たって、ある程度折り合いがつけられたようだ。

 今日はふたり並んで海を見ていたが……。

 ようやく笑顔を見せてくれた。


「なにもないなら、ここまで護衛を連れてこなくてよかったわね」


 そうだといいのだが……。

 クレシダは、相手が自分の予想を下回ると怒りだすタイプだ。


「もし私がしてこない……と高を括れば、癇癪を起こして攻撃してきますよ」


 クレシダは自分なりの美学を持っている。

 その基準で、すべてを決めているからな。


「アルが警戒したから、なにもしなかったの?」


「クレシダにとってはダンスのようなものです。

相手の技量を期待して、わざと下手なステップを踏めば、相手は怒るでしょう?」


 ミルが重苦しいため息をつく。

 クレシダのことを考えるのは、気が重たいのかもしれない。


「それは踊りならね。

クレシダの感覚が理解出来ないわ。

出来ないほうが幸せな気はするけど」


 クレシダの本質を知るには、常識や良識を捨てないと無理だからなぁ……。

 理解出来ないなら普通の人だ。


「それが賢明ですよ。

まあ……本当に待っていたのかは謎ですけど」


「ええっ!?

実は準備が間に合わなかっただけ?

ただの負け惜しみじゃない」


 可能性に留まる。

 だがその可能性は高いと見ている。


「聖ひつの地を、アイテールが処理したでしょう?

あれはクレシダが予想したとしても、最悪の問題です。

しかもサロモン殿下の動きがずっと止まっている。

つまり動くに動けない……可能性もあったわけです」


「それを逆手にとって誘い込むのは……。

危険が大きいわね」


 もし違った場合、取り返せない損害を被る。

 的中していても、クレシダのコマを削れる程度。

 話にならない。


「ええ。

リスクとリターンが見合いません。

しかも戦闘力の回復差は歴然です。

血も涙もない話ですが……。

ラヴェンナ兵の消耗は最低限に抑える必要があります。

死なせるなら効率的に死なせなくてはいけない。

なにより……死ねと命令出来る以上、いい加減な判断をしたくありません」


「アルらしいわね。

それで……このあとどうする気?」


「ラヴェンナにつく頃には、なにか、報告が届きますよ。

それを聞いてから決めましょう」


 ミルはなぜか、ジト目で俺を睨む。


「また……いつもの秘密主義?」


 参ったなぁ……。

 惚けて済む話でなくなってしまった。


「仕方ありませんね。

では……ただの臆測を、数パターン教えます」


 ミルは複雑な表情をしながら、俺に寄りかかる。


「すべてを話せと言わないけど……。

私はパートナーよ。

政治の話で隠しごとはなし。

お願いね」


 モルガンのお陰だ。

 食い下がれば俺が口を割る、と学習してしまったらしい。


                  ◆◇◆◇◆


 ラヴェンナについたときの出迎えは静かだった。

 毎回、俺が戻る度に騒いでいるほど皆暇じゃない。


 要人ではキアラだけが出迎えてくれた。

 ところが……さも当然のように、俺たちと同じ馬車に乗り込む。

 ミルが『空気を読め』と言わんばかりに睨むも、キアラは涼しい顔。


「お兄さま。

報告がありますわ」


 ミルがわざとらしく、舌打ちをする。

 キアラの真似をしなくていいのに……。


「急ぎとなれば良くない話ですね。

聞かせてください」


「サロモンが再び、放送で、声明を発表しました。

アラン王国の民に、支援を求めるものです。

もし支援が滞れば、魔物を制御する余裕がなくなるかもしれないと」


 魔物を支配下に置けたとしても、人の生活には寄与しない。

 それが、如実に表れてきたのだろう。

 ただ……それにしても強引すぎる。


「らしくない恫喝ですね」


 キアラは怪訝な顔で、眉をひそめる。

 俺とは違う印象を持っているのだろう。


「そうですの?

アラン王国って気持ちのいい人は、とてもいいですけど……。

それ以外は、プライドの高い乞食体質の人ばかりだと思いますわ」


 印象最悪だな。

 まあ……アラン王国出身で有名なのは、ロマンとトマだからなぁ……。

 オフェリーやアレクサンドルは、教会の人間。

 世俗でマトモなのは、イポリートとゾエくらいか。


「見てきた例が悪すぎるのでしょう。

まあ……プライドの高さと乞食を両立したがる人は絶えないものです。

なにせとても魅力的ですからね」


 俺は人にものを恵んでもらうことはしない。

 生まれで恵まれているが、どうも落ち着かないからだ。

 他人からなにを言われても、気にしないための必要な犠牲……とでもいうべきか。


「サロモンは違う……とお考えですの?」


 そのような発想が、そもそもないだろう。

 やせ我慢をしてでも、他人になにかを乞うことも出来ない。


「殿下は義務感が先にたつ人ですから。

待つことが出来る自信を持たないまま、後始末の役目が回ってきた。

もう冷静に考えることが出来ません。

それでもあのような下品な恫喝をする発想はないでしょう。

誰かに煽られたと考えるべきです。

その誰かは……分からないですが」


「それでどうされますの?

今の人類連合代表に、対処する能力があるとは思えませんわ。

しかも魔物の襲撃は、既に発生しているとの噂もあります」


 今焦って反応する必要はない。

 そもそも俺は、ラヴェンナの領主だ。

 現時点では関係ないからな。


「陛下の判断次第……ですね。

現時点で此方こちらに、問題を押しつけることはないでしょう。

まずは私に、意見を求めてくるくらいですかね。

そもそも魔物の襲撃は、サロモン殿下の制御されたものか……。

それすら分かりません」


「そうですわね。

サロモンがどのような動機で、このような恫喝をしたのかも謎ですわ。

今は待つしかありませんわね」


 キアラも同感となれば、俺不在の閣議での意思統一がなされた結果だろう。

 現実的で、極めて有り難い。


「正直言って、サロモン殿下に付き合う暇はありません。

なにかのついでに対応する程度ですね」


 隣に座っているミルが、俺の袖をつかむ。


「ねえ。

それだとクレシダが暴れださない?」


「さあ……。

知りませんよ。

クレシダ嬢のヒステリーをなだめるために、市民を、危険にさらす権利はありません。

なにより興醒めしますよ。

クレシダ嬢が私を、何処まで理解しているか……。

それで分かるでしょう」


 クレシダが一番恐れるのは、俺を興醒めさせることだろう。

 つまり普通の人と同列に思われることだ。

 これを、心底恐れている。


「アルって線を引いた外は、本当に割り切っているわね。

そうじゃないと精神が持たないけど。

それを壊れているって自称するのは違うと思うわ」


 俺が、マトモな精神の持ち主なら持たないよ。


「実際壊れていますよ。

そう自覚しているから、皆の助けを借りてここまで来たのです」


 ミルが救いを求めるように、キアラを見た。

 またふたりして連携する気かよ。

 ところがキアラは苦笑する。


「たしかにそうですわね。

『私が力にならなくちゃ』って思わせますわ。

マトモな人相手に、そこまで助けたいとは思いませんもの。

だからあれだけ、癖のある人たちが、多く手助けしてくれるのでしょう?

それも人徳ですわ」


 ミルが大きなため息をつく。


「それ……アルに言ったら否定するでしょ?」


「最近は少し、考えを改められたようで否定しませんわよね。

ルルーシュのお陰……と言えば、釈然としませんけど」


 ミルが問い詰めるような目で、俺を睨む。

 なぜ睨むのだ……。


「まあ……。

そう思ってくれるのは、有り難いことですよ。

少なくても見限られるよりはいいでしょう?」


 俺が、人を見限ることがあるように、他人も、俺を見限ることがある。

 それだけのことだ。

 ミルは大きなため息をつく。


「そう簡単に、性根は変わりそうにないわね……」


 ミルとキアラが、顔を見合わせて笑う。

 いいけどさ。

 突然キアラは、真顔になった。


「そう言えば……。

ひとつルルーシュに関して報告が」


「なんですか?」


「明確な叛意は見せていませんが……。

どうも自伝を書いているようです。

その内容も、『自分の諫言で、ラヴェンナ卿は誤りを正している』とか……。

臣下の分際を超えていません?」


 キアラの意を汲んだ耳目が、モルガンを監視していたのか。

 耳目の活動は、キアラの管轄で俺は口を挟めない。


「私生活まで熱心に監視せずともいいでしょう」


「そう言いますけど、お兄さまへの態度は不敬ですわ。

それに憤慨した耳目が、熱を込めて探っているようですの」


 モルガンの態度に納得しないのは耳目もか。

 それもそうか……。

 キアラと考えの近い者が、自然と出世する。

 諜報機関は仲間意識が強くないと成り立たないからなぁ……。

 だが……いい傾向ではない。


「なら……止めさせてください。

人なら誰しも認められたい欲求があるでしょう。

それに事実です。

なんら咎めるに値しませんよ」


 キアラは小さなため息をつく。


「ルルーシュが調子に乗って、自伝を出版してもいいと?」


 なにか不都合があるのか?

 検閲なんて御免被る。

 検閲はする側の精神を腐敗させるだけだ。

 だからとデマの拡散を許す気はないが……。

 こればかりは、単純に押さえ込んで済まない。

 地下に潜られると、対処が面倒だ。


「ええ。

嘘ばかりなら笑いものになります。

事実なら否定するほうが大変ですよ。

私への忠誠は貴重ですが、行き過ぎると害になります。

そのような人たちを不幸にしたくはありません。

いいですね?

部下の暴走を抑えられるのはキアラだけですから」


 キアラは大きなため息をつく。

 俺の答えは分かっていたのだろう。


「分かりましたわ……。

そうなるとは思っていましたけど。

普通の人なら、失敗して謙虚になったときの反応ですわ。

お兄さまはそれが平時なのはちょっと……」


 ミルが口元に手を当てて笑いだす。


「アルは失敗しても、人への対応は変わらないでしょ。

八つ当たりを死ぬほど嫌っているもの」


「お兄さまの論評は、あとにしましょう。

もうひとつ……。

少々深刻な問題がありますわ」


 キアラの深刻となれば……聞き流せないな。

 しかも根の深い問題だろう。


「問題ですか?」


「サロモンの放送を見て『またラヴェンナの力を、当てにしているのか』と、不満を持つ人たちがいます。

『支援して当然と思われたら無視してやれ』と公言すらしていますの。

お兄さまへの扱いが、不満の元のようですわ。

一見すると当然の不満に思えますので、たしなめる者は少ないです」


 思わず、ため息が漏れる。

 ついに来たか……。

 これは、防ぐことなど出来ない。

 だからこそ可能な限り起こらないことを望んでいたが……。


「やはり恐れていたことが起こりましたか。

これは布告を出しても、どうにかなる話ではありませんね」


「どうされますか?」


 やれることは限られる。

 まあ、茶番劇が必要になるだろう。


「無理に抑え込める話ではありません。

外部に多少強硬的な姿勢を見せる必要がありますね」


 キアラは納得顔でうなずいた。

 同じ考えだったのだろう。


「別件ですが、アリーナが無事男子を出産したようですわ。

本当に出産祝いは、お金でいいのですか?」


 出産祝いはいろいろ考えて、金貨1000枚とした。

 金額的には破格だろう。

 『俺がなにを贈るか……スカラ家臣団が、神経をとがらせている』とパリス家が知らせてきた。

 つまり普通の贈り物は困るのだ。


「ラヴェンナ独自のものを贈られても困るでしょう。

それこそ子供を、ラヴェンナ側に引き寄せる気かと、疑心を持たれます」


「それはそうですけど……。

お金だと、非礼に思われるのではありません?

お父さまたちは理解してくださるでしょうけど……。

スカラ家臣団がどう思います?

非礼だ……と不満を溜め込みかねませんわ」


 スカラ家は裕福だが、これから出費が嵩む。

 それを見越して出産祝いという口実で、資金援助をする。

 スカラ家臣団も金額の多さは配慮故と考えるだろう。

 相手の面子を傷つけずに援助する。

 家が大きいと、面倒な配慮は欠かせない。


「ラヴェンナの力は、スカラ家と拮抗きっこうしています。

そしてスカラ家は、王家以外の下風にたったことがありません。

だからこそ、スカラ家家臣たちは、神経過敏になっているでしょう。

しかもアミルカレ兄上の結婚相手にまで、口を出したと思われています。

なにを贈っても、不満を持ちますよ。

それなら万人にとって、有り難いものを贈るのがいいでしょう」


 ラヴェンナは、魔物の侵攻による被害がない。

 だからこそ発展を続けており、財政的余裕がある。

 大きな出費だが、可能な出費だ。


「仕方ありませんわね。

シルヴァーナの結婚などもあって、ラヴェンナが外交的地位においてスカラ家を超えてしまいましたもの。

それで誰を名代に派遣しますの?」


「婉曲な遠回しで、私とキアラは断られましたからね。

結婚式のように親衛隊を引き連れられても困る。

かといって、魔物の動向が読めないから、スカラ家から護衛を割けない。

仕方がないことですよ」


 平時なら俺かキアラでよかった。

 だが今は平時ではない。

 しかも俺かキアラでは、歓迎の宴も盛大になる。

 将来の混乱を見越して、出費を削ることは出来ない。


「そうですわね。

人選が難しいですわ。

ラヴェンナでの地位と、他所の地位は、一致しませんもの」


 他所から見て軽輩を名代にすれば、侮辱と受け取られる。

 いろいろと面倒なのだ。

 地位で考えたとき無難なのはオフェリーだが……。

 繊細な交渉には不向きだ。


「そこでルルーシュ殿を私の名代にします。

アミルカレ兄上に気に入られていますし、上手いこと此方こちらの考えを伝えてくれるでしょう」


 キアラは眉をひそめて嘆息する。

 賛成しがたいようだ。


「あの慇懃無礼を、スカラ家で発揮されたら関係悪化待ったなしですわ」


 それは偏見だろう。

 場面に応じた振る舞いはしてくれる。


「元々密使として働いていたのです

当然、相応の振る舞いをしてくれますよ」

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