942話 敬意に見合う対応
シルヴァーナの結婚式に出席するために、シケリア王国に向けて出航する。
プリュタニスを領主代理に使命したとき、皆は一瞬驚いたが……。
すぐに納得顔になる。
俺ならそうする……と考えたらしい。
当のプリュタニスが一番驚いていた。
すぐに生真面目な顔でうなずく。
大丈夫だろう。
なにかあれば、俺が後始末をすればいい。
機会を与えるとは、リスクを取ることでもあるからな。
失敗は悪でないと言い続けてきたことも、ここで役に立つ。
失敗が悪となれば、成長のため経験を積ませることもなくなる。
自分の劣化コピーを量産することにしかならない。
失敗が悪の文化で進歩する要素があるとすれば、責任転嫁と出る杭を打つ技術だ。
保身は人の本能だが、保身が認められるならその程度の地位に留まる。
社会的に認められるとは、本能をどれだけ御せるかも要求されるのだから。
代理の問題は、これでいい。
別の問題で忙しかったからな。
シケリア王国とすこし揉めたのだ。
俺を乗せた船は、単独でなく護衛がつくこと。
単独は有り得ないにしても、大船団では威圧になりかねない。
ただ俺は命を狙われやすいので、ラヴェンナから護衛艦が5隻。
これで決着がついた。
折居の加護で海賊に襲われなくても、意図的に狙ってきたら?
そう考えると、護衛は必要だった。
相手に与える印象ばかり気にして、道中襲われては、元も子もない。
魔物の襲撃に関しては、心配ないだろう。
すくなくとも、上空から襲われることはない。
飛べないからだ。
水中の魔物に関しては、折居の力を期待するとしよう。
夢の中で、なぜかバランと一緒に現れてポージングしていたからな……。
悪夢でも加護なら有り難い……と思うことにした。
バランは愛の神とか言っていたから、結婚式関係で加護が出来るのだろう。
暑苦しいが……。
そして親衛隊をどれだけ連れていくかも揉めた。
親衛隊は50名。
出席は出来ないが、会場の外で待機となる。
船にはもしものときに備えて、ラヴェンナ兵300が待機。
結構な戦力で、交渉窓口のゼウクシスはかなり渋ったが……。
ディミトゥラ王女の口利きで認められた。
貸しにするつもりだな。
ミルの安全が最優先なので、有り難く借りにすることにした。
それだけだと皆は心配したが……。
ライサが身辺警護として立候補してくれた。
シケリア王国の要人にも顔がきく。
モデストの師匠なので、腕は折り紙付きだ。
これで大体の人は納得してくれた。
ヤンも出席したがったが……。
式で乱痴気騒ぎに及ばれては適わない。
ヤンが新婚であることと、礼儀作法を指摘すると渋々引き下がった。
ただヤンの直感は軽視出来ない。
不安があるのかと聞いたところ……違うようだ。
単に俺を殺せば得をする連中がいる。
それだけが心配だったらしい。
たしかにシケリア王国の反体制派が、俺を襲えば得られるメリットは大きいだろう。
自分たちで襲撃しておいて、体制派に大ダメージを与えられる。
しかもランゴバルド王国内の反ラヴェンナ派と結びつく可能性もあった。
警察大臣のジャン=ポールも、成功率が高いと見れば、見て見ぬふりをするだろう。
警察大臣になったとき、妻子は返還しているからな。
世界主義が壊滅して、ジャン=ポールは自分の価値が落ちている……と考えているはずだ。
俺がいなくなれば万々歳。
それでも自ら手を下すことはしないだろう。
リスクが大きすぎるからな。
敵が多いと大変だ。
よく分からない動機で、勝手に恨むこともある。
本人にとっては一大決心でも。
などと船上で、ぼんやり考え事をしている。
ミルはシルヴァーナと話し込んでおり、ライサはいつものように寝ている。
かくして暇なわけだ。
数日暇を満喫していたが、ミルとシルヴァーナが俺に話しかけてくるようになった。
さすがに話すネタが尽きたらしい。
3人集まれば思い出話ばかりだ。
いまは10の未来よりひとつの思い出を確認したいのだろう。
だからこそ思い出話に付き合うことにした。
甲板の一角で、3人丸テーブルを囲んで、思い出話に花を咲かせる。
このような日も悪くはない。
突然、シルヴァーナが難しい顔をする。
「あのさぁ……。
昔話をしていたら、ちょっと気になったのよね」
気になる?
なにか変なことでもあったかなぁ……。
恨み言や愚痴ではないようだ。
「なんですか?」
「ミルとアルの出会いよ。
あの最悪の光景だけど……。
いま思えば引っかかるのよ」
出会ったときか……。
もうぼんやりとしか覚えていない。
ミルがすこし眉間に眉を寄せる。
「なんか変なことあった?
たしかにアルの行動って信じられないほど大胆だったわね」
シルヴァーナはちいさく舌をだす。
「最初同行しようとしたときは、世間知らずでいい人そうだから……安心かな~なんてね。
そんな感じに思っていたのよ。
書斎で勉強ばかりして世間ズレしている感じ。
いいカモだってね」
その思惑を踏まえた上で、同行を認めた。
今更白状されてもなぁ……。
ミルは妙に納得した顔でうなずく。
「あ~。
分かる。
だから助けてくれたかなって」
思わず頭をかいてしまう。
そこまで浮ついていたかなぁ……。
「そんなにズレていましたか?」
シルヴァーナが白い目で、俺を睨む。
「そりゃぁねぇ……。
貴族なのに使徒の
普通しないわ。
常識よ常識。
アタシがどれだけ、肝を冷やしたと思っているのよ!!」
たしかに、常識として学んでいたはずだが……。
なぜかそのときは、すっぽり頭から抜け落ちていた。
「ああ……。
言われてみればそうですね。
正直自分でもよく分からないですよ。
それにしてもよく覚えていますね」
あのときはどうしたのだろうな。
戻ってきた記憶と、元の記憶が混ざって混乱していたような気がする。
「ふと思い出したのよ。
常識知らずのお坊ちゃんかと思ったら、なんか違うし……。
あのときだけは、すこし変だったわ。
いま思えば、珍しく興奮していたのかもね。
ミルはそう思わない?」
ミルが苦笑して肩をすくめる。
「たしかにそうかも。
冷静ならもっとスマートに解決したような気がするわ」
いつもと違っていたのか……。
自分ではいつもと同じだと思っていた。
自分の主観など当てにはならないからな。
シルヴァーナだけなら兎も角、ミルまで同意しているなら違うのだろう。
「あのときの感情は、今一思い出せませんね。
ただ……あの手の振る舞いが嫌いなことはたしかですけど」
たしかにあのときは感情的になっていたかもしれない。
使徒の力は、人を引き寄せると思ったが……。
自分自身もその波に飲まれていたのかもしれないな。
だからと後悔はしていない。
後悔はミルへの
これが、本当の愛情なのか?
自分の内心は、自分にしか分からないが……。
自分のことは、自分に分からない。
深く考えたくないものだな。
他人には考えろと言っておいてこれだから、大いなる矛盾だ。
まだまだ俺も未熟だな。
そう自嘲気味に振り返ったとしても……。
俺の人生そう悪くないだろう。
いまのところは……だが。
◆◇◆◇◆
思い出話も尽きた頃、船は、シケリア王国に到着する。
港ではゼウクシスが、出迎えに来ていた。
「ガヴラス卿自ら出迎えとは。
ご丁寧な配慮に痛み入ります」
俺の本心は『暇なのか?』だがな。
心の声が聞こえたのか、ゼウクシスの頰が引き
「ラヴェンナ卿と奥さまの出席です。
私が出迎えなければ、非礼にあたりましょう」
つまり、誰も来たがらなかった……と。
ミルが俺の袖をつかむ。
「紹介します。
妻のミルヴァです」
ミルはゼウクシスに一礼する。
「初めましてガヴラス卿。
アルフレードの妻、ミルヴァです。
シルヴァーナの面倒を見るのが大変だと思いますけど……。
私の親友でもあります。
是非とも見捨てないでやってください」
ゼウクシスは毒気を抜かれたような顔になったが、慌てて一礼する。
「い……いえ。
見捨てるなどとんでもない。
噂には聞いておりましたが……。
奥さまは大変優しい方ですね。
まるで聖母のようです。
ラヴェンナ卿にとてもお似合いだ……と痛感しました」
魔王だから聖母しか釣り合わないと言っていやがる。
ここぞとばかりにミルを盾にチクチク攻撃してきやがって……。
あとで見ていろよ。
ミルはただのお世辞と受け取ったらしい。
「あら……お上手ですね。
ガヴラス卿は美男だけど生真面目すぎて女性にモテない……と主人から聞いていました。
主人の言葉もたまに間違うようですね」
俺はわざとらしく
ミルシールドを展開されては攻撃出来ない。
いまはやり過ごそう。
「それで準備はどうなっていますか?」
ゼウクシスは生真面目な顔でうなずくが、一瞬だけ『してやったり』と言わんかのように目が笑っていた。
覚えていろよ。
俺はニコデモ陛下ほどではないが執念深いんだ。
「式の準備は、つつがなく進んでおります。
その日まで迎賓館でお休みください。
ただ……」
ゼウクシスの言いたいことは分かる。
「分かっていますよ。
町を出歩いたりしませんから」
俺が出歩くと危険だと思われているらしい。
買いかぶりもいいところだが……。
無理に出歩く必要はない。
「それは助かります。
どうもラヴェンナ卿にかかれば……民衆扇動など児戯に等しい……と思い込む輩が多いのです」
「不可能を可能には出来ませんよ」
「それは重々承知しております。
ですがラヴェンナ卿を過大評価するものは多いのです。
それと祝辞は……」
俺に
俺は魔法使いではない。
いいけどさ。
俺がするつもりはなかったし。
「ご心配なく。
ミルヴァにやってもらいますよ」
結婚式当日までは何もなかった。
この平穏が逆に怖い。
クレシダが、なにかしてこないか……。
当日になっても平穏なまま。
ミルがほほ笑む。
「
「まだ結婚式は終わっていませんよ」
ミルは心配そうな顔をしたが、すぐ表情を切り替えた。
大事な結婚式で浮かない顔は出来ないからだろう。
結婚式がはじまる。
俺たちは、嫌でも目立った。
なにせエルフのミルとダークエルフのライサが、仲良く同席しているのだ。
ライサは場を
肝心の主役は……。
シルヴァーナは、すこし照れた笑みを浮かべている。
花婿のフォブス・ペルサキスは、処刑を待つ囚人のように諦観した様子だ。
チャールズが見たら『気持ちは分かるが、結婚なんてするから自業自得さ』と、鼻で笑ったろう。
なんか感慨深いな。
花婿側の祝辞は、アントニス・ミツォタキスが述べた。
非の打ち所のないユーモアも交えたものだ。
さすがだな。
ミルが緊張した面持ちで、祝辞を述べる。
平凡だが……親友への思いのこもったものだ。
出会いと俺たちの縁を結んでくれたことの感謝。
その上でシルヴァーナの結婚を祝福して、将来の幸せを祈るものだ。
シルヴァーナが柄にもなく、目頭を押さえている。
最後に取って付けたように、ラヴェンナとシケリア王国の友好を願う言葉で締めた。
本来はこれが最優先。
だが……その注文をしなかった。
ミルからアドバイスを求められたので使ってはいけない単語だけ。
ただそれだけを教えたからだ。
その位の我が儘は叶えさせてやりたい。
俺のエゴだが。
ミルは嬉しそうに笑ってくれたのが俺にとって最高に嬉しかった。
元々政治に関わるより、ふたり小さな家で、静かに暮らすのが望みだろう。
それを叶えることは出来ない。
だからこそ……。
こんなときくらいは、等身大の幸せを叶えさせたくなった。
ミルの祝辞が終わると、拍手がおこる。
政略抜きの祝辞は珍しかったのだろう。
ミルは、すこし涙ぐみつつも照れた顔で、俺の隣に戻ってきた。
すこしはミルの献身に報いることが出来たろうか。
そんな問いかけは野暮だな。
ミルの笑顔が答えだ。
ライサは興味深そうに俺たちを見る。
「へぇ。
夫婦って悪いものじゃないね」
新郎新婦が挨拶回りで、俺たちの席にやって来た。
他愛もない挨拶をしたが、俺になにか特別なことを言え……と、ミルが小さく肘打ちする。
困ったな。
「いまの幸せなときを……また会えるときまで大事にしてください」
シルヴァーナが小さく吹きだす。
「似合わないわよ。
でも……アリガト」
フォブスは俺の言葉に、政治的な意図が隠されているのでは……と深読みしている。
なんでもかんでも企んでいるわけではない。
外交的な場で会うかもしれないだけだ。
かくして結婚式は、つつがなく終わる。
夫婦を見送って、各々が帰途につく。
迎賓館に戻って、明日はラヴェンナに戻らなくては。
馬車に乗り込もうとしたが、思わず足が止まる。
殺気を感じたからだ。
ライサの目が鋭くなった。
振り返るとメイドが立っている。
クレシダのメイドが、なぜここに?
たしかアルファと言ったな。
誰も気が付いていない。
ライサが俺とミルの前に立つ。
アルファは無表情に一礼する。
「クレシダさまからの伝言です。
『そろそろダンスを再開しましょう。
まずは前座と踊ってね』
くだらない結婚式などを待ってくれたのは、クレシダさまの敬意です。
その敬意に見合う対応を見せてください。
そうでなければ、ラヴェンナ卿に真剣になってもらうしかありません。
ようやくクレシダさまからお許しがでましたから……今までのような挨拶で終わりません。
では……これにて失礼いたします」
ライサが手をふるより先に、アルファの姿は消えていた。
つまり反応が平凡だと周りの人を殺す……ってことか。
ライサが舌打ちする。
「やってくれるじゃないか……。
まさか白昼堂々やって来るとはね。
済まないね。
感知の網を張る余裕はなかったよ」
クレシダはそれを見越したから、伝言役として寄越したのだろう。
折角のいい気分が台無しだ。
「十分ですよ。
ライサさんがいたから、手をだせなかったと思います。
祝賀気分がもう終わりなのは……。
少々残念ですがね」
これは偽らざる本音だ。
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