941話 理の限界

 カルメンが退室しようとすると、モルガンが俺の前にやって来た。


「ルルーシュ殿。

どうしましたか?」


「カルメン嬢の態度は頂けません。

主の前で欠伸など、君臣の礼に外れるものでしょう。

ラヴェンナ卿は、寛大さと放縦をはき違えているのではありませんか?」


 部屋をでようとしたカルメンの足が止まる。

 部屋の温度が、一気に下がったような……。

 カルメンは冷たい目で、モルガンを睨みつける。

 殺意とまでいかないが、敵意は籠もっているな。


「ルルーシュこそ、アルフレードさまにたいして慇懃無礼じゃない。

どの口で君臣の礼を説くのよ」


 モルガンはカルメンの敵意にも涼しい顔だ。


「私は形式上礼に外れる行為をしておりません。

慇懃無礼に見えるのは、あくまで内心のこと。

ラヴェンナの礼儀は、内心という不確かなものは問わない。

ただ形を守ればよい……と聞いております。

私はカルメン嬢が、ラヴェンナ卿を軽視しているとは思いません。

ですがそれを見た者は、礼儀など守らなくてよいと、勝手に誤解するでしょう。

私は、将来起こり得る規律の乱れを憂いているのです」


 カルメンがなにか言おうとしたが、俺が手で制する。

 これ以上言い合いにさせるのはよくないだろう。

 それに認めている俺の問題でもある。


「たしかにルルーシュ殿の言は正論です。

ただカルメンさんはラヴェンナ市民ではありません。

預かっているので、君臣の礼儀には収まらないでしょう」


 モルガンは、厳しい顔で首をふる。

 まあ……この程度の理屈で引き下がることはない。

 だが周囲に前提のひとつとして聞いてもらいたかった。

 だから苦し紛れのような言い訳を、口にしたのだが……。


「そうはいきません。

カルメン嬢は公的な役目を、果たしておいでです。

その意味では、君臣も含まれているでしょう。

それならば君臣の礼を意識すべきではありませんか?

ラヴェンナ卿とカルメン嬢の間には、明確な信頼関係があるでしょう。

ですが人とは自分に都合のよい誤解を、好んでするものです。

無用の誤解を避けるためにも、主としての自覚をお持ちください。

これではラヴェンナの流儀と相反するでしょう」


 カルメンが困惑の表情を浮かべる。

 モルガンの攻撃対象が俺に変わったので、急に梯子を外された気分になったのだろう。

 カルメンは転生経験者で、人並み以上に社会に揉まれてきた。

 それでもモルガンのしたたかさには、一歩及ばないか。

 なにせ才能を別の方向に全振りしているのだ。


 さて……ここからが本題だな。


「それも正論です。

ただしこの方法でやって来て、急に梯子を外されては……。

外された側は、たまったものではないでしょう。

そうなれば……私を信じかねて中途半端になります。

なによりカルメンさんの貢献は多大ですよ。

もし他の人が誤解したとして、カルメンさんほどの功績をあげてくれるなら……。

好きに振る舞ってもいいと思っていますよ」


 モルガンはいぶかしげに、眉をひそめた。

 当然だろう。

 何事も明確化してきた俺が使徒教徒のような融通無碍むげな判断を下した。

 俺を理の信奉者と思っていたはずだ。

 それは事実だが……。

 理を突き詰めるほど、情の必要性が見えてくる。


 人は単純な生き物ではない。

 時代や環境で必要とされる、理と情の配分が変わる。

 根幹に関わる部分から理を除外出来ないが、些末なことまで理によって物事を決めるのはよくないってことだ。

 決める側にとって、些末なことまで理を要求すれば楽だろうが……。

 決められる側にとって耐えがたい窮屈さになれば、決める側の自己満足にすぎない。


 モルガンは俺の言葉を、どう捉えるか。

 お手並み拝見といこう。

 モルガンの目が鋭くなった。


「つまり功績があれば、非礼は気にしないと?」


 多少を強調したのは、俺の線引きを問うているな。

 あくまで、理の規定にこだわるようだ。

 理で規定出来ないものを、無理に規定するのはナンセンス。

 だからこそ人の判断が必要になる。

 これを計算出来るようにするには、世界を単一化するしかない。

 世界主義のように。

 

 モルガンが世界主義的思想から脱皮するには、理の限界を知る必要がある。

 今までは情が7で、理が3の割合だった。

 ラヴェンナは理が6で、情を4にしただけ。

 これが現時点の限界だと思っている。

 

 ただ……どれだけ進んでも、理は7が限度だろうな。

 人が人である限りは。


「それだけではありません。

カルメンさんの欠伸は、多忙の結果ですよ。

生理現象なので、礼儀で無理に押さえ込める話ではないでしょう。

一義的な責任は、多忙を解消していない私にあります。

しかも急に呼びだした。

これで君臣の礼を一切外れるな……とはおかしな話だと思いませんか?

下になにかを求めるときは、上が環境を整える。

これはラヴェンナの流儀ですよ」


 人の心理とは面白いものだ。

 文章のみならず話も、用いる言葉の選択で決まるが……。

 順番の選択も極めて重要だ。


 先にカルメンの多忙を口にすれば、露骨な贔屓と受け取られかねない。

 そのあとで功績の話をしても、後付けの理由として受け取られる。

 ラヴェンナの流儀に外れていないと言っても、聞き入れてもらえない。

 最初の反感ですべてが決まるからだ。


 功績がある事実を示し……多忙の原因が俺にあり……呼びだしが急であることを示す。

 これで説得力が増すだろう。

 

 つまりカルメンは、悪いことをしていないと思われる。

 しかもラヴェンナの流儀に外れていないとトドメを刺す。


 同じ内容でも、順番次第で受け手の印象が変わる。

 逆用すれば……気に入らない相手の印象を悪化させることも可能だがな。


 反論は難しいだろう。

 ただ反論を封じたわけではない。

 ひとつの問いをモルガンに投げかけた。

 すべてを理で律することの困難さをどう考えるか。

 理においてモルガンの諫言は正しい。

 だからこそ理だけが通らない現実を突きつけた。

 

 モルガンは珍しく、個性的な困惑顔をする。

 流石のモルガンでも、すぐ答えにはたどり着けないか。


「なるほど……仕方ありません。

カルメン嬢に限らず、君臣の礼を厳守せずとも、よい人がいるわけですな。

ラヴェンナ卿は人の内心など知りようがないと公言されている。

だからこそ結果で判断すると。

そう言いつつも、寛大に振る舞うときは内心を考慮しておられる。

カルメン嬢を咎めないのは、内心で信頼関係があるからこそ。

これは大いなる矛盾ではありませんか」


 勝算なしとして、撤退に入ったか。

 勝てない戦いと判断したら迷わず撤退するのは流石だな。

 ただモルガンの人間らしいところは、撤退が惜しくて、なにかひとつでも反撃したいと思ったことだ。


 情だけの壁は弾力性ばかりで、壁たり得ない。

 理だけの壁は固いが故に、もろく強い理の前には砕け散る。

 ところが情と理の配分が適切な壁は、非常に強靱きょうじんだ。

 理だけでは崩せない。



 隣にいたミルが、突然苦笑する。


「ルルーシュは分かっていないわね。

それがアルの魅力よ。

だからこそ皆が力を合わせているの。

力や利益だけで……こうならないでしょ?」


 モルガンは丁重に一礼する。


「それは存じております。

ただし……それが通じるのは、ラヴェンナ卿の側近が同質であればこそ。

側近が多様化したときは、その魅力がいさかいの種となります」


「皆が同じだって言っている?」


 モルガンが俺を一瞥して、無個性な含み笑いを浮かべる。


「私は信用がないので、ここはラヴェンナ卿にお答えいただくとしましょうか。

私の言葉を否定されなかったので、概ね同意されているかと」


 なるほど。

 撤退したものの悔しいと思っているな。

 この男でも、根に持つことはあるようだ。


「そうですね。

創業時は維持する贅沢が許されない。

個性の差はあれど、皆が成長を目指します。

だからこそ細かな規律を守るより成果優先。

創業に向けて一致団結します。

なにより規律を守らなくても、団結は維持されるでしょう?」


 ミルはなにか思いだすような、遠い目をする。

 苦楽を共にしてきたからな。

 思いだすことは沢山あるだろう。


「そうね。

内輪揉めしている余裕なんてないもの。

合わない人は、捨てられるか自分から出て行く……って、イザボーから聞いたわ」


 フロケ商会のイザボーか。

 婦人会でよく話すのだろう。

 イザボーはフロケ商会を建て直し発展させた功労者だ。

 一種の創業を経験している。

 似たような経験をしているから話す機会も多いのか。


「創業が成って守文となれば、皆が同質では多様化する問題に対処出来ません。

創業は川で、流れだけを考える。

守文は池です。

流れることだけではなく、問題は複雑化します。

川より池にいる生物の種類が多いようにね。

必然的に考えが多様化していくでしょう?

多様化するからこそ、規律を守らなくては、団結が維持出来ません」


 ミルは自然に例えれば通じやすいだろう。


「あ……そっか。

守文になると、規律の維持が必要なのは分かっていたわ。

でも不満が溜まるから……としか思わなかったもの。

そっかぁ……。

団結を維持する努力が、必要になるのね」


「そうです。

一見すると同じ方向を向いているようで、自然と多様化します。

ある人は、とにかく現状の維持を考え……。

ある人は、ひたすら自分の責任にならないことを考えます。

ある人は、憂いや不満から問題の改善を試みる。

とにかく色々な人が混じり合います。

多様化しなければ守文はならず……多様化するが故に守文は困難になるでしょう。

ただ規律を守っていればよい……とはなりませんからね」


 ミルは少し考えてから、モルガンを見て苦笑する。


「でもアルは、アルらしさをなくしたらダメだと思うわ。

似合わないことはしない……でしょ?

ルルーシュの言葉が正しいとしても、皆で考えていけばいいと思うわ。

アルは徐々に権力を委譲していくつもりだし。

なんでもアルひとりに背負わせたらダメよ」


 俺ひとりの問題ではなく、全体の問題としたか。

 礼儀に関しては、合意がなければ無意味だしな。

 モルガンは妙に感心した顔で一礼する。


「奥さまの見識がそこまでとは……感服いたしました。

奥さまは玉の輿こしに乗ったと思われていますが……。

ラヴェンナ卿こそ、得がたい補佐役を見いだしたかもしれませんな。

本当に得をしたのはどちらなのか……野暮な疑問はおいておきましょう。

これなら私の老後の展望も明るい。

大変結構なことです。

では今回の諫言は皆の宿題……ということにいたしましょう」


 カルメンは微妙な顔で頭をかく。


「ルルーシュが世界主義で、うまく立ち回れた理由はコレね……」


 非礼を指摘されて怒ったものの、話が変わってしまったからな。

 これでカルメンは根に持てない。


                  ◆◇◆◇◆



 スカラ家から書状が届いた。

 アミルカレ兄さんの結婚話についての報告だ。

 本来なら教える必要はない。

 俺がニコデモ陛下に相談してはと話したので、伝えるのが筋と考えたのだろう。

 書状には『陛下からある女性を紹介された』とある。

 はじめて聞く名前だ。


 ナタリア・アッリェッタ。

 16歳。

 適齢期ではあるがやや遅れ気味だ。


「アッリェッタ家? 記憶にないですね……」


 書状を持ってきたキアラが苦笑する。


「お兄さまがご存じないのも、仕方ありませんわ。

陛下の熱心な支持者ですが、家格的には中の下で力も強くありません」


 危険でも重要でもない家か。

 すべての家を覚えることは出来ない。

 家令なり執事の役目だからな。


「王家の忠実な支持者だけど、家格の低さで目立たなかったと」


「なにより当主の能力は、誠実さだけが取りえのようですから。

役に立たないけど危険ではない……。

この程度の家を報告していたら、すべての家を報告することになりましたもの。

ただ……陛下との関係は、かなり前からあるようですわ」


 それでは俺の耳に届かない。

 かなり前と言っているとなれば……。

 内乱前からか。

 それでも話題に上らないほどの、平凡な家と。


「家柄の低さから……後継者候補でなかった陛下にしか相手にされなかったと。

そのような家の次女を兄上の結婚相手として斡旋……。

一見するとアッリェッタ家への論功行賞ですね」


 キアラは真顔でうなずく。

 憤慨していないのは、単なる論功行賞で終わらない、と考えているからだな。


「ただスカラ家を侮辱していると受け取られかねませんわ。

たしかに王家の優越性を示すことは出来ますけど……。

後見役に対する処遇としては愚策だと思いますもの」


 このアッリェッタ家に、陛下の相手がいる……と考えるべきだな。

 一応確認するか。


「つまり欠けている情報があると。

次女が16の適齢期なら……。

アッリェッタ家の長女は、どこに嫁いでいますか?」


 キアラが、別のメモを取りだす。


「それが18歳でも未婚のようですわ。

ただ陛下の私設親衛隊に連なっています」


 陛下に私設の親衛隊がいるのは知っている。

 武芸にけた貴族の子弟で構成されているまでしか知らない。

 だが誰がそうかまでは隠されていた。

 当然だ。

 陛下の安全に関わる問題だからな。


 それを耳目に探らせたのか?

 いくらなんでも不可能な早さだ。

 あの警察大臣ジャン=ポールの目をかいくぐるのは、耳目でも難事。

 可能だが1年以上かかるぞ。


「はて……。

注目していなかった家の情報なのに早いですね。

しかも極秘中の極秘でしょう」


「耳目の力……と言いたいところですが……違いますわ。

別便でアリーナから、私に書状が届きましたの。

実家のパリス家は、多少アッリェッタ家と親交があるようですわ」


 なるほど……。

 やはり、この結婚話。

 かなり手の込んだ計画だ。

 それだけ陛下が本腰をいれている……と考えられる。

 ここまでくると……アミルカレ兄さんも、ようやく独身卒業か。

 一応目出度いことだ。


「なるほど……。

パリス家がスカラ家への説明役になったと。

陛下から内々に、指示を受けたようですね」


 独断でパリス家が動くとは考えられない。

 スカラ家への義理立てにしても、姉の情報まで明かさない。

 裏で陛下が糸を引いているな。


 キアラが苦笑してうなずく。


「だと思いますわ。

これだけ細心の配慮をしているなら、単に優越を示すためではありません。

王家の優位を示す見せ物だとは思いますけど。

それも計画の一部ですわね」


 隣で話を聞いていたミルが、首をかしげる。


「見せ物?」


 一芝居打ったのだろう。

 スカラ家に飲ませるために、もうひとつの条件も提示して。

 だからこそ書状は、報告に留まるのだ。

 内心面白くなければ報告ではなく……相談になる。


「スカラ家に思惑を明かしたうえで一芝居打たせるつもりでしょう。

此方こちらにも知らせたのは、私への政治的配慮ですね」


 陛下にしても、俺の不快感を刺激したくないだろう。

 芝居だから怒るなと。


 ミルが唇に人さし指を当てて考え込む。


「ええと……。

スカラ家にもメリットを与えるってことよね。

陛下が実利を与えると思えないし……。

権威も危険よね?

陛下と私的に連絡出来るのがメリット?

なんか釣り合わないような……」


 正しい認識だな。

 まあ……家格秩序の頂点に位置する王家だ。

 しっかり手順を踏んでいる。

 奇抜なようで手堅い手段だ。


「あの陛下らしい……粘着質で、手の込んだ話ですよ。

まずアミルカレ兄上とナタリア嬢が結婚する。

そうすれば陛下が個人的に信頼しているアッリェッタ家の家格は上昇します。

これは論功行賞的側面が強いでしょう。

中の下から、上の下にはなれますよ。

それだけスカラ家の家格は高い。

パリス家が中の中から、上の下になるほどにね」


「そうよね。

上中下には大きな隔たりがあって、簡単には乗り越えられないって聞いたわ。

パリス家も実力はあったのと、デステ家討伐時にアルと関係を持っても……。

中の上になるのが限界だったわね」


 秩序の壁を越えるのは大変難事だ。

 無理に越えさせたら、誰のためにもならない。

 そもそも……俺は旧来の秩序に対して、権威がないからな。


「そうです。

私に壁を越えさせる力はありません。

でもスカラ家と縁戚関係になって大きな壁を越えられた。

上の仲間入りを果たせたのです。

それでも上の最下層。

逆に最下層だからこそ、周囲に飲ませることが出来たとも言えます」


 ミルが微妙な顔で苦笑する。


「一番下からい上がれってことよね。

ランゴバルド王国の家格秩序って怖いくらい強固だと思ったわ。

アリーナは再婚ってことと、バルダッサーレ義兄 にいさんが次男……。

これがマイナスになったのかしら?」


 それが原因で上の下に留まったわけではない。

 それがあったから飛び越えることが出来た……と考えるべきだ。


「むしろ……そのマイナスがあるからこそ、上の人たちが飲み下せたのです。

スカラ家に対して、一種の貸しにもなりますから。

相対的に家格の差が縮まると考えたのでしょう」


 ミルは額に手を当てて大きなため息をつく。


「このあたりの機微は複雑過ぎて……。

未だにピンと来ないわ」


 こればかりは、あの世界で生まれたときから教育されないと分からない。

 だからこその特権意識であり、成り上がり者が滑稽に映る。

 かくして成り上がり者は努力して、暗黙の常識を学ぶわけだ。

 正式に一員として認められるのは、子の世代から。

 成り上がった家は熱心な体制維持派になるだろう。

 そうでないと努力の成果が水の泡になるからだ。

 これが家格秩序を維持する、強固なシステムとなる。


「母上も意図的に、スカラ家の力を微妙に弱めたのでしょう。

このままいくと、王家を凌駕しかねませんでしたからね。

父上もそれは不本意でしょう」


「じゃあスカラ家のメリットは、もう少し力を弱められること?」


 長男と次男では、意味が変わってくる。

 そう単純な話ではない。


「いえ。

次期当主の結婚相手が中の下では、兄上の跡継ぎの立場が弱くなります。

だからスカラ家のメリットは、別にあります」


「それはなに?」


 アミルカレ兄さんの立場が強固になるメリットがあるからだ。

 大貴族がすることはまず後継者の権威固めから。

 そのためなら、多少格が落ちても問題にならない。

 高い家は、時間と共に自然と高くなるのだ。

 それだけの余裕がスカラ家にはある。


「陛下としてはアッリェッタ家の家格が、上に入れば……。

ようやく妃として、長女を迎え入れることが出来ます。

そのためにスカラ家を、ダシにしましたが……。

スカラ家も陛下と縁続きになれます。

家格秩序の面で頭ひとつ抜けますよ。

最初に少し損をして、あとで大儲けするわけです。

陛下にしてもこの程度なら問題ない。

兄上の子は王位継承権を持ちません。

母系ではつながりますが、それでは継承権たり得ませんから」


 アミルカレ兄さんに子供が出来ても、継承権を持ない。

 これが陛下にとっては大きいだろう。

 そこまで考えての茶番劇だ。

 ミルは納得顔でうなずいた。


「つまり陛下はスカラ家を利用して、アッリェッタ家を強化出来る。

アッリェッタ家の家格は、上の上までいくのね。

そうすればスカラ家の面子は傷つかない。

縁続きというメリットが得られる……。

陛下とアミルカレ義兄 にいさんは、義兄弟になるわけかぁ。

これって陛下が、一番得をしていない?」


 よく気が付いたな。

 俺が手を貸した形になるが……。

 陛下が未婚ではなにかと困る。


「だから腹黒いのですよ。

まあ……陛下がスカラ家に与えられるメリットとしては、これが限度でもありますが。

しかもスカラ家は、アッリェッタ家を守る義務が生じます。

陛下自身が動かなくてもいいのは、大きなメリットですね。

ただ……スカラ家にも実質的なメリットあります。

茶番劇に付き合うほどのね」


 粘着質で腹黒い。

 狡猾な王だよ。

 近くにいると胃もたれしそうだ。

 絶対宰相なんてやらないからな。


「スカラ家のメリットって?

アミルカレ義兄 にいさんがアルに、嫌味を言わなくてよくなるくらい?

なんか割に合わない気がするわ」


 それはメリットではない。

 思わず苦笑してしまう。


「きっとそれはデメリットですよ。

薄情な兄は、弟を虐めることで、心の平穏を保っていますからね。

まったく酷い話ですよ」


「ほんと仲がいい兄弟ね……。

それじゃあなに?」


「スカラ家は一度も、王家と縁続きになったことがありません。

次期当主が、スカラ家初の快挙を成し遂げたとあれば、スカラ家内の安定に寄与します。

だからこそ父上も反対しなかったのでしょう。

これなら代替わりしても安定しますよ」


 ミルが大きなため息をついて、椅子にもたれかかる。

 これは知恵熱がでたようだ。

 久しぶりに見たな。


「御免なさい。

アルの言葉が、右から左に抜けていくわ……。

権威のさじ加減って分からないもの」


 すぐに理解出来たら怖いよ。


「それは仕方ありませんよ。

ルールが明文化されないゲームですからね。

これは成り上がりには、習得が困難です。

だからこそ既得権層にも歓迎されて、今に至る。

不確かで曖昧でありながら強固。

よく出来たシステムですよ」




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