940話 勿体ない話

 祭りが終わっても、俺は忙しい。

 ヤンの結婚式当日になった。

 花婿の介添人として、ヤンは俺を希望したのだが……。


『領主という立場上、出席が限度です。

序列が出来てしまい、介添人がステータスになってしまいますからね。

それでは別の人にやってもらうべきものが、私に頼むべきとなりかねません』


 建前論で断った。

 そもそもエミールに頼むべきだろうと思ったからだ。

 だが俺から譲られては、モヤモヤするだろう。

 建前論で断れば、そのような不満はないはずだ。


 モルガンもこの建前論に、諸手を挙げて賛成した。


 かくして結婚式で花婿ヤンの介添人はエミール。

 ゾエの介添人は、イポリートとなった。


 ヤンは最初こそ緊張しており、周囲から笑いが飛び交っていた。

 だが段々慣れてくると、客席を回って騒ぎだす始末だ。

 ゾエは楽しそうに見ているが……。

 エミールは困惑顔だ。


 俺がなんとかするか。

 俺は来客と肩を組んで下手な歌を歌っているヤンに近寄る。

 俺に気が付いたヤンは満面の笑みを浮かべた。


「お! ラヴェンナさまじゃないか。

どうだい。

一緒に歌って踊らないか?

俺っちが下手だから、ラヴェンナさまは目立たないよ」


 ヤンに悪意はない。

 皆と楽しみたいだけだ。

 だがなぁ……。


「それも悪くないですが……。

今日はロンデックス殿の結婚式です。

つまり花嫁と一緒に祝われる席だと思いませんか?」


 ヤンはバツの悪い顔をして頭をかく。


「あっ……。

すまねぇ」


 俺がゾエに視線を向ける。


「いえ。

それをいう相手は私ではないでしょう?」


 ヤンは慌てて、ゾエの元に駆け寄った。


「ゾエ。

すまねぇ! 俺っちが皆に祝われるって……。

どうにも分からなくてなぁ」


 ゾエは穏やかにほほ笑む。

 夫婦ってより親子だなこれは……。


「いいのよ。

ヤンが楽しければ」


 ヤンは笑いかけて、腕組みをする。

 ならいいか……とならないのは、ヤンのいいところだな。

 儲からない傭兵隊長でも、部下は逃げないはずだ。


 才能だけなら大軍を率いさせたいところだが……。

 性格は不向きだろう。

 小部隊を率いて、ゲリラ戦を展開する。

 もしくは作戦を練る際の相談相手としては、得がたい男だ。


 祝いの席でも、人材活用の方法を考えてしまうな。

 俺の内心を知らないヤンは、ゾエに両手を合わせて謝罪のポーズを取る。


「い……いや。

だからって俺っちが、ひとりで騒いでいたらダメだよな。

ふたりの結婚式だ。

ラヴェンナさま、感謝するよ」


 そのあとヤンは、ゾエに気を使いおとなしく席から動かなかった。

 豪放磊落らいらくさはかけたが、これでいいだろう。

 ヤンがゾエの寛大さに甘えていたら、あとで悔やむだろうから。


 そして来客の数人が、祝辞を述べる。


 結婚式の祝辞を頼まれたが、政治的理由から断った。

 周囲に序列を意識されては困るからな。


 これまた、モルガンは諸手を挙げて賛成する。

 ヤンもエミールに頼むべきと、ゾエに諭されたのだろう。


 祝辞はエミールとイポリートなどが行うことになった。


 ヤンはエミールを軽視したわけでもないだろう。

 ただ舞い上がってしまっただけだ。


 身近にいる、大事な人ほど忘れがちになる。

 ただその行き違いが、決定的な亀裂を生む。


 俺の存在が、人を不幸にしては笑えない。

 自業自得で不幸になるなら……知ったことではないが。

 かくして結婚式は、つつがなく終わる。


 ただヤンが、俺から特別に祝ってほしいことは確かだ。

 だから終わり際に声を掛けた。


 ヤンはうれしそうに破顔大笑する。

 ゾエが深々と俺に頭を下げた。

 これでよかったらしい。


 そもそも領主である俺が、あまりに出しゃばると却って皆を不幸にする。

 面倒な立場だよ。


 まあ……地位に伴う、必要な配慮だ。


                  ◆◇◆◇◆


 人類連合の代表が変わってから、放送の質が露骨に低下している。

 イルデフォンソが介入を排除しきれないのだろう。

 新任の代表が、存在感を示そうと、不要な介入をした結果だ。


 新しい代表に大局観はないが、目の前の謀略にはけている。

 そもそも大局観など、必要ないのが使徒教徒だ。


 そのうちイルデフォンソが、俺に泣きついてくるな。

 その前にロレッタ・リーヴァ・アドルナートから、面会の要請が届く。

 アドルナート家の実質的な当主だ。

 今後の情勢について、俺から直接話を聞きたいのだろう。


 面会の受諾を返答したので、日程の調整に入る。

 移動してくる日数などがあるからな。

 

 皆を前に俺の考えていることを伝えると、モルガンは渋い顔をする。


「人質を返すのですか?

必要はないでしょう。

私は反対です」


 俺が人質として預かっているヴェスパシアーノの返還を皆に伝えたからだ。

 ヴェスパシアーノに友人も出来て人脈作りは出来た。

 これ以上ラヴェンナに留め置くと、此方こちらの慣習に慣れすぎる。

 戻ってから孤立しかねない。

 それでは人脈も無駄となる。

 ラヴェンナとアドルナート家の橋渡しを期待されるのだ。

 実家に戻って異邦人扱いされては困る。


「ルルーシュ殿の言いたいことは分かります。

アドルナート家が此方こちらの制御を離れるのでは……と心配しているのでしょう?」


「それだけではありません。

向こうが言いだす前に返せば、気前はよいでしょうが……。

今後他家から人質を取ったとき、此方こちらから返す必要がでてきます。

まずはアドルナート家から、代わりの人質をもらうべきでしょう」


 常識的な観点では間違っていない。

 だが前提が常識とは異なる。


「ルルーシュ殿の言には、聞くべき点があります。

でも事情が異なります。

あくまでアドルナート家は、ラヴェンナと同化する意図はありません。

勢力を伸ばすために、人質をだしているだけですよ。

人質をラヴェンナに同化させるメリットはありません。

そもそも裏切るのは愚策です。

経済的な結びつきが強くなりました。

そこで裏切れば破滅まっしぐらですよ」


 それだけではない。

 アドルナート家が裏切ったとき、苛烈な処置をしても周囲は納得する。


 人質とは受け取った側の行動にも、制約が掛かるからな。

 明確に裏切られてから行動せざるを得ない。

 後手に回るのが人質の問題点だ。


 国内の権力闘争が激化する前に、選択肢を多く用意したい。

 それにロレッタほどの才女なら、俺の真意を悟るだろう。

 より行動は慎重になる。


 モルガンは涼しい顔で一礼した。

 決定が覆らないことは承知しているようだ。

 ただ今後のために注意喚起したかったのだろう。


「仕方ありませんね。

それなら今後人質を受け入れることもお控えください。

留学という形が限度でしょう。

現在も形式上はそうですが、誰も留学とは考えていません。

親族を他家に預けることは、人質に他ならない。

それを返すとは、手切れの合図だと周囲に受け取られかねません。

時折ラヴェンナ卿は、基本的なことをお忘れになる悪癖があります」


「そうならないように、アドルナート家との関係は保ちます。

今後は自由意志で退去出来る留学という形としましょう」


 モルガンは慇懃無礼に一礼した。


「それで結構です」


 不機嫌な顔のキアラが、モルガンを軽く睨む。


「待ってください。

ルルーシュの態度は、あまりに慇懃無礼で、君臣の粋を超えている気がしますわ。

それでいて常識的な話をするのは、可笑しいのではありませんこと?」


 モルガンは、涼しい顔だ。

 まあ……この程度の指摘では動じない。


「非礼は承知の上です。

ですが君主を奮い立たせるのは、穏便で礼節に適う言動では難しいかと。

君主に必要なのは、その可否を図ることのみ。

ですがもしラヴェンナ卿のお怒りに触れて、私が処断されても構いません。

死ぬ日が私の生まれる日と思い、お聞き入れいただければ幸いです」


 なんとも芝居臭い態度だ。

 それを指摘しても始まらない。

 付き合うとするか。


「諫言で処断などしませんよ。

キアラは私が子供扱いされている……これが不服なのでしょう?

そもそも諫言されるようなことをしなければよいだけです。

憤慨する気持ちだけで十分ですよ」


 キアラが大きなため息をつく。


「分かりました。

それにしても本当に、お兄さまは甘いですわ……。

臣下には寛大で、ご自身には厳しすぎると思いますの」


「逆よりはいいでしょう?」


 突然、隣にいたミルが大きなため息をつく。


「アル。

物事には限度ってものがね……」


 今度はこっちかよ!


                  ◆◇◆◇◆


 マンリオから、早くも書状が届く。

 書状を持ってきたキアラは、少し厳しい顔だ。


「宰相はなにを考えているのでしょうか」


「病気の治療ですか……。

ただの病気の研究をさせるとは思えません。

カルメンさんを呼んでください」


「分かりましたわ」


 カルメンは、すぐにやって来た。

 俺の前で、大きな欠伸をする。

 また睡眠時間を削って、仕事をしていたな。

 本当にタフだなぁ……。

 休むように注意しても、柳に風だ。


「どうしました?」


「ラヴェンナに留学していたサモリ殿について、ひとつ分かりました。

あくまで表向き……ですが。

治療薬の研究です。

なにかは分かりません。

見解を聞かせてください」


 カルメンはボサボサになった頭をかく。


「宰相が難民の健康状態を留意するとは思えませんね。

恐らく陛下も黙認しているでしょう。

もしくは内々に、承諾をもらっている……。

この見解はどうですか?」


 前提の予測が合っているかから確認してきたか。

 俺との会話は、慣れたものだ。


「さすがカルメンさん。

話が早くて助かります」


「この位当然ですよ。

つまり権力者が、必要性を認めた……。

あるとすれば半魔ですね。

サモリが半魔治療を研究したいと申しでれば? 黙認する可能性は高いです。

なにより……」


「どうしましたか?」


 カルメンが苦笑して、肩をすくめる。


「自惚れていると思わないでほしいですけど……。

私が半魔治療を研究しないことで、やる気をだしたのかもしれません。

サモリにとって当面の目標は、私を超えることですから。

恐らくサモリは、私に失望して自分ならやれる……と思ったのかもしれません」


 知識欲だけの怪物ではないようだ。

 行動の源は、ほかにもある……か。


「難儀な対抗意識ですね。

どれほどの天才でも、この世の因果を曲げることは出来ないでしょう。

性質が変わったものを変えるのは不可能ですよ。

焼いた肉を、生には戻せません。

仮に戻ったよう見えても、それは違う肉でしかありませんよ」


 それでも構わないという人はいるだろう。

 それは嫌だという人も。

 幸いなことに実現していない。

 実現したときは、定義の問題が持ち上がりそうだ。


「そうですね。

サモリには明確な成算があるとは思えません。

ただ自分の才能と、薬学の可能性を信じているだけでしょう。

なにより私への怒りですね」


 それが、行動の根源かもしれない。

 歪んだ執着とでもいうべきか……。


「カルメンさんの才能を認めているからこそですね。

薬学にすべてを注がないことから怒ると」


 カルメンは疲れたような苦笑を浮かべる。


「多分は。

キアラと仲良くしていることやエテルニタに世話を焼くことなど……。

すべてでしょうね。

私は虚像を売る商売なんてしていないのに……。

サモリは、勝手に妄想して……その通りに動かなければ『裏切られた』と怒りだすタイプですよ。

理想の押しつけは面倒臭いです」


 放送の娯楽枠として、美少女に歌って踊らせる内容が増えてきた。

 カルメンは虚像を売る商売と称していたな。


 美少女の言動すべてが計算されていた。

 好かれるよう作られた虚像に、人々は熱狂する。

 演劇より、直感的に楽しめるからこそ……のめり込む人が多い。

 受け手が勝手に、理想を作れるからだ。

 抽象的な理想像だからこそ、商売として成り立つ。

 個性を完全にだすより、そのほうが幅広く受けるからな。

 抽象的だからこそ、勝手に思い込める。

 思い込んだ熱狂は危険と隣り合わせだが……儲かるのは確かだ。

 

 そのような商売をしていないのに、勝手に思い込まれるのは、迷惑千万ということだな。


「難儀な人に見込まれたものですね」


 カルメンがフンと鼻を鳴らす。


「アルフレードさまよりはマシですよ。

サモリの夢は、私を毒殺することですからね。

本人はうまく隠しているつもりでしょうけど。

丸わかりでしたよ」


 クレシダよりマシか……。

 否定しようがない。

 それにしても毒殺願望か。

 平気な顔をしているのは殺されない自信があるのだろう。


「毒殺することが、勝利の証となるわけですか」


「現実的にそれは難しいでしょう。

代替手段としての半魔治療を、成功に飛びついたと思います。

多分人体実験にのめり込んでいるでしょう。

ただ実現するには薬学で収まりません。

別人として生まれ変わらせるまでしないと無理ですね」


 そうだな。

 極端な話をすれば、人の頭脳をホムンクルスに移植させるなどすればいいかもしれない。

 実現出来ても別人だろう。

 ラヴェンナも、人は魂の池とつながっていると言っていた。

 頭脳を移植しても、魂のつながりまで残るとは思えない。


 人体実験か……。

 いろいろな制約で出来ない人は多い。

 許されたらやる人は確実にいる。


「なるほど……。

それにしても人体実験ですか。

ここはひとつ無邪気な好奇心に乗っかるとしましょう」


 隣にいたミルは、引きった笑みを浮かべる。

 だがカルメンに、その手のためらいはない。


「なにかサモリに、助力をするのですか?」


「いえ。

危険すぎます。

発覚したら、彼の記録を手に入れたいですね。

研究者の端くれなら、記録は残すものでしょう?」


 カルメンは邪悪な笑みを浮かべる。

 俺の意図に気が付いたのだろう。


「非道な実験は、実験されないからこそ、価値が高いですからね。

そこはモデストさんに頼みましょうか」


 モデストならうまいことやってくれるだろう。

 もし、サモリが切り捨てられるなら、研究結果は、すべて捨てられるはずだ。

 それならもらっておきたい。


「そうしてください。

人体について我々は、あまりに無知ですからね。

それを調べることは、教会が認めていません。

生きている人の体を、魔法で調べることはおろか死体の腑分けもね。

ではアンデッドならどうかと言えば……認められない。

死霊術士が嫌われるのは、教会によって刷り込まれた倫理感に抵触するからでしょう」


「そこまで考えても、ラヴェンナでの死体活用は禁止しているのですね」


 パトリックに市民権を与える際に、制限をかけたからな。

 職としての死霊術士を差別しない。

 だからと……市民が死体活用を一方的に受け入れる義務はないだろう。


「まずラヴェンナ市民が感情的に受け入れられない。

そして教会の神経を逆なでする行為です。

時期尚早だと思いますよ」


「いずれは解禁する気ですか?」


 なんとも言えないな。

 そこまでの必要性があるか?。


 ひとつあるとすれば、死刑囚の遺体を、単純労働に使うくらい。

 賃金も掛からず、安全への配慮も不要。

 コスト的には魅力的。

 犯罪への見せしめ的行為で問題ないように思えるが……。

 大きな矛盾が生じるな。


 そもそも死によって罪をあがなったことになる。

 つまり前科はあれど、罪がない状態だ。

 これが通れば、遺族が反対しない条件で死体を使ってよいことになる。

 むしろ金欲しさに、死体を売り渡す不届き者が現れるだろう。

 議論が必要になる。


「それより先に、人体を調べる魔法を開発したいですね。

皮膚の下を透かして、内蔵の動きなどが見えれば、医術のみならず、治癒術の発展に寄与すると思います。

まあ……教会にバレると、面倒なことになりますが。

教義で禁じられていますからね。

『人の体は創造主たる神の御業で、人が知ろうとしてよいことではない』と。

いくらラヴェンナに干渉出来なくても、露骨な教義違反は見過ごせないでしょう?」


 カルメンが皮肉な笑みを浮かべる。


「なるほど。

もしサモリの実験が有意義なら、先に手に入れたいわけですね」


「もし人体実験が発覚したら?

使徒教徒の理論では、すべてをなかったことにします。

けがれは水に流してしまうのが必然。

つまり関係したものを、すべて焼き捨てるでしょう。

法治であれば許されませんが、和を保つには最善の方法ですからね。

過去の忌まわしい事件として無かったことになる。

積極的に原因究明を求める者は白眼視されるでしょう。

それで社会の機能が低下するのは教義違反です。

私は部外者なので止めることは出来ませんが……勿体ないでしょう?

捨てるくらいならもらいますよ」

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