939話 閑話 理解不能な存在

 元はアラン王国だった土地。

 今は魔物が闊歩かっぽしており、人はいない。

 かつて人がいたとされる名残は、廃虚となった村や町だけ。

 廃虚には、かつては人だった存在が蠢いている。


 そのような光景を、死霊術士アイタと狂犬チボー・スーラは、飽きるほど見てきた。

 端から見れば有り得ない取り合わせだが、見事に互いを補完し合っている。


 彼らは人なので、休息の場所が必要だ。

 そこでチボーの知識が役に立つ。

 人が住めないような場所でも、寝床や飲食物を探す術にけている。

 ただチボーとて人の子だ。

 休息が必要になる。

 見つからない前提なので場所は限定された。


 そこでアイタの死霊術が、力を発揮する。

 アンデッドに監視させればよい。

 弱い魔物なら撃退も可能だ。

 警戒しながら休息を取るが、その警戒に必要な負担の軽減が大きかった。

 そのお陰で効率的な調査が可能となる。

 

 アイタの行き先を、チボーは知り得ない。

 だが文句ひとつ言わずついてきていた。


 アイタは不要な戦闘を避けるが、それにも従う。

 チボーひとりなら、確実に殲滅していたろう場面でもだ。

 狂犬と呼ばれたチボーに心境の変化があったらしい。


 アイタは内心意外に思ったが聞かなかった。

 なんでも知ろうとしないのは、旅を円滑に進める秘訣なのだ。


 ふたりはプルージュを調べに向かったが、目に見えるほど強力な結界が張られていた。

 それどころか周囲には、大量の魔物が徘徊はいかいしている。

 無理をせずに引き返した。


 次の場所を考える必要があり、とりあえず休憩となる。

 突然アイタが頭をかく。


「どう思う?」


 チボーは腕組みをして考え込む。


「ど……どうも、おかしい。

本来いるべき場所にいない……。

いないはずの場所にいる。

こんなのは初めてだ」

 

 ふたりで旅をするうちに、チボーの吃音きつおんは軽減されていた。

 会話も魔物に関することばかりなので、主語を省いている。

 

「やはりか。

魔物は場所に居着かない。

魔力の強い場所に集まる習性がある」


「そ……そうなのか」


「スーラは経験則で、魔力の強い場所を探し当てていた。

今まで問題なかったのは、その法則が当て嵌まっていたからだ。

全体的に感じられる魔力は強まっているが……。

全部が強くなったから、場所での強弱は変わらない……はずだった」


 チボーは怪訝な顔で、アイタの様子をうかがう。


「な……なにか、気になることがあるのか?」


 アイタは腕組みをして嘆息する。


「どうも不自然だ。

もしかしたら人為的に制御されている可能性があるな。

プルージュ付近は魔物が多かった。

加えて結界が張られていたろう?

昔からプルージュは魔力が比較的弱かった。

魔物が寄ってこないからこそ……町として選ばれたはずだ。

なにかあるのは間違いない」


「あ……あれほど、強力な結界は見たことがない。

もし誰かが生みだしているなら、とんでもない力の持ち主だ……。

そんな魔物を俺は見たことがない」


 アイタは苦笑するが、仮面なので表情は窺いしれない。


「伝説上の魔王でないと無理だな。

だが……そのような存在は聞いたことがない。

それより他の可能性を調べにいこう。

どうも魔力の流れがおかしい。

それを辿れば見えてくるだろう」


「またプルージュにいくのか?」


「いや。

結界を生みだすなら、もうひとつの方法がある。

それを確認したい」


「わ……分かった」


                 ◆◇◆◇◆


 数日後、ふたりはある山の麓に来ていた。

 アイタは山の頂を眺めて、ため息をつく。


「やはりか……」


 チボーの目が鋭くなる。


「あ……あれは塔か?

あんなものはなかったぞ」


 山の頂に塔が見える。

 ただし霧に包まれていて、全容は見えない。

 以前はなかったものだ。


「作られたのだろう。

しかも魔物が群がっている。

遠目からも分かるほどだ……。

同じものが数カ所あると考えて間違いない。

これが結界を作っているのだろう」


 チボーは鋭い目で塔を睨む。


「な……なるほど……。

ところで……プルージュにサロモンはいるのか?

サロモンを殺して魔物がいなくなるなら……。

迷うことはない」


 チボーは『プルージュに潜り込んで、サロモンを殺せば解決するのか?』と聞いていた。

 アイタは頭をふる。


「分からん。

サロモンは魔物を使役出来る点で脅威だが、本人の強さは分からない。

そもそも戦いの経験がないだろう。

何方どちらにしても、私は情報を集める係さ」


「い……いいのか?

裏切られる心配をしなくて」


「その心配はない」


「ど……どうしてだ?

死霊術士は疑り深い。

散々利用され、最後は裏切られたろう。

俺と同じだ」


 アイタは、肩をすくめる。


「それは否定しない。

だがそれは、他の連中だ。

あの人は違う」


「そ……損をするのが平気なのか?

皆、損をしたくないから嘘をつき……裏切りもする。

だからこそ正直者は歓迎される。

利用できても、利用されないからだ。

誰も自分が損をしたくないだけだろう」


 アイタは思わず笑いだす。


「損得には人並み以上に敏感だよ。

裏切らないのは、そのほうが楽だからと言っていた」


 チボーが首をかしげる。


「か……考えずに済むからか?」


「いや。

裏切ることや、嘘を長期的視点で考える。

だから長い目で見て裏切らないほうが得……と考えたら、決して裏切らない」


「何故だ?

偉い奴らにとって、俺たちは使い捨てだ。

幾らでも代わりはいるだろう」


 アイタはチボーに、アルフレードが主人だと言っていない。

 その必要もないからだ。

そもそもチボーはアルフレードのことを知らない。


「そうは考えない。

使い捨ては人的資源の無駄遣いと言っていた。

それを取り繕うために、嘘を重ねても、いつか破綻するだけだと」


「む……無駄遣い? 意味が分からない。

その場だけ取り繕えば、よくあることとして流される。

だから皆が使い捨てる側になるために偉くなりたがるのだろう」


 アイタは再び笑いだす。

 チボーは仮にも王として担がれただけに、いやでも世情に詳しくなったのだろう。


「そうだな。

行き当たりばったりだと……そうなるだろう」


「お……俺が、国を作るときは、使い捨てにしないと、皆で誓い合った……。

行き当たりばったりだったつもりはない……。

で……でも事情が変われば、誓いが邪魔になる。

み……み……皆変わってしまった」


 チボーの言葉には、やりきれなさが滲みでている。

 変わることを拒んだから、居場所を失った。

 チボーは感情の動きが激しくなると、吃音きつおんが酷くなる。

 アイタは敢えて気づかないフリをした。


「そうだな。

人は変わるものだ。

見えていなかったものが見えると、事情が変わる」


「誰だって、昔の約束が重荷になる。

だから約束を捨てる。

し……し……仕方がなかったと、言い訳をしたり……。

な……なかったことにしてだ。

最後には俺が使い捨てられた」


 アイタはパトリック・クノーとして、旧ギルドの幹部でもあった。

 組織の理論は理解している。


「そうか……。

だが何事も、例外がある。

そうでなければ、死霊術士が人のために動こうとしない。

お前の経験が事実なら、私の行動も事実だろう?」


 チボーは複雑な表情になる。


「う……羨ましいな。

俺にそんな人との出会いはない。

誰も彼も、俺から奪っていく。

俺を助けてくれた人ですら……、お……お……俺に唯一残された……。

に……憎しみを奪おうとした」


 アイタは、小さく肩をすくめる。

 きっと助けた奴は、善意で恨みを捨てさせようとしたのだろう。


「出会いはほぼ運で決まるからな……。

ただその運も、強く握らないとこぼれ落ちる」


 チボーの目が鋭くなった。


「な……なにが言いたい?

お……俺が、なにか間違っていたとでもいうのか?」


 アイタは小さく笑って肩をすくめる。


「それは分からないさ。

ただ今手にしかかっている運なら分かる。

もうひとりが嫌なら……お前も私と一緒に来るか?」


 チボーは驚いた顔になる。


「ば……ば……馬鹿をいうな。

お……お……、俺を受け入れる奴なんていない。

王として担がれたのだぞ。

それだけで危険人物だ。

そ……危険な奴を受け入れる馬鹿は、何処にもいない。

それにお前に、なんの得もないだろう」


 

 アイタは苦笑した頭をかく。

 損得が動機ではなかったからだ。


「まあ……得がないと言えばそうだな。

だがこのまま死なせるには惜しいと思ったのさ」


「は……は……話がうますぎる。

お……お前は、死霊術士の癖に、随分お人好しだな……」


「かもしれないな。

昔の私はもっと現実的だったが……。

信じるフリがうまい人に感化されたかもしれん」


 チボーは不思議そうな顔になる。

 チボーにとっての人間関係は、単純なものに限られるからだ。


「し……知っていて利用されているのか?

つまり……いつ捨てられるか分からない。

意味が分からないぞ」


 アイタは小さく笑う。

 利用=捨てるとは限らない。

 だがチボーの経験では等価なのだろう。


「違うな。

多分フリだと思う。

そうでなくてはあれほどのことは出来ない。

だが演技は完璧だ。

きっと最後まで演じ続けるだろう。

本心から信じて、途中で心変わりするより……ずっと信用出来ると思わないか?」


 チボーは不可解といった顔で首をふる。


「それは心の底から信じているのと、なにが違うのだ?」


「まあ……違いは、人から不純と言われるかどうかだな」


「お……俺は、言葉など信じない。

純粋なんてどうでもいい。

それを言い訳にするのはウンザリだ。

だから俺は、結果しか信じない」


 それが、チボーの処世術なのだろう。

 ひとつの真理でもある。


「そうだな。

純粋な心で利用する奴ほど、タチの悪い者はない」


 チボーは勢いよくうなずく。


「……その点に関しては同感だ。

だから言葉や表情は信じない。

『目を見ればわかる』という奴はいたが……。

その気になれば、目ですら誤魔化せる。

ただ顔つきや手は誤魔化せない。

これも……そいつが積み重ねてきた結果だ」


「善良そうな顔をしている奴ほど、無邪気に、悪意を振りまく。

ヤバイ奴ほど、顔で分かるのもそうだ……。

手もそう。

自慢する冒険者で、手が奇麗な奴は口だけだ。

よく知っているじゃないか」


 チボーは怪訝な顔で、アイタを見つめる。


「それを知っていて、お前は信用しているのか……。

お前の申し出は……考えておく。

そう簡単に決められる話ではない」


「好きにするといい。

明日から他の塔を探しにいくぞ」


                 ◆◇◆◇◆


 外民げみんの友と呼ばれているタツィオ・サモリは、熱心にメモをとっていた。

 味も素っ気もないテントの中で、目を引くものはなにもない。

 寝台に横たわる死体ですらありふれた光景なのだ。

 そのテントは外民げみんたちの住みの近くにある。

 タツィオはそこに泊まり込んでおり、それが外民げみんたちから信頼される要因となっていた。


 そんなタツィオのテントにある男がやってくる。

 身なりは平民だが、動きに隙がない。

 来客は死体に目もくれず、タツィオの隣に袋を置く。


「これが頼まれていた材料だ。

調子はどうだ?」


 タツィオは振り向かずにメモをとり続けていたが、やがて手を止める。


「まずまずです。

今回の件でまた、ひとつの実例が積み上がりました。

もう少しで、次の段階にいけますよ。

彼らの死を無駄にするわけにはいきませんから」


「そう願おうか。

そうだ……ひとつ忠告がある」


 タツィオは顔を上げずに、メモをとり続けている。


「なんでしょうか?」


「毒蜘蛛が戻ってきた。

しかもなにか下種げすな手駒まで引き連れてだ。

その下種げすは、このあたりを嗅ぎ回っている。

注意しておけ。

君は毒蜘蛛の怖さを知らないだろうからな」


 タツィオが顔を上げて笑みを浮かべる。


「知っていますよ。

僕の友から聞いていますから。

僕はいつか、その友を超える。

この研究は、そのためですよ」


 タツィオが友と呼ぶ人間は、この世でひとりしかいない。

 カルメンである。

 そのカルメンは、タツィオを友と呼んではないが……。

 タツィオにとって、どうでもよいことなのだ。

 自分と対等に、毒の話が出来る。

 それであれば友なのだ。


「たしかに半魔の治療は、誰もがなし得ない偉業だ。

君の名も、不朽のものとなるだろう」


 タツィオが危険人物として注意されていたにも関わらず、このような怪しい動きが出来る理由。

 半魔の治療法を研究するためだった。

 アルフレードは半魔化しないよう、予防に意を用いている。

 それだけでは安心出来ない。

 仮に半魔化が進んだとき治療出来ないのは問題だ。

 

 タツィオが半魔治療の研究を希望したとき、ティベリオは却下した。

 人体実験が必要になると知っていたからだ。

 王都の平民を実験動物にすることは許可出来ない。

 一度発覚すれば暴動必至なのだ。


 だが外民げみんと呼ばれる難民が集まりだしてから、話が変わる。

 タツィオが外民げみんの支援を希望してきた。


 外民げみんの不満をなだめることは必要。

 だが有力者が、外民げみんを支援すれば、謀反を疑われる。

 国王が支援すれば、平民への保護が先だろう……と王都の平民が不満を爆発させ、政情不穏につながってしまう。

 ティベリオは、タツィオの背後に黒幕がいるかと疑うも、証拠は見つからなかった。

 だからと……疑いが晴れたわけではない。

  

 それでもティベリオに放置する時間はなかった。

 王宮でも対処の必要性が議論されはじめたからだ。

 やむなく支援を認める。


 タツィオは、ある程度の名声が高まってから、半魔治療研究を希望してきた。

 ティベリオは、支援を認める際にニコデモから内諾をもらっている。

 だが半魔治療の研究となれば、話が変わる。

 ティベリオは『拒否しても続けるなら、いっそ手綱を握るべき』と考えた。

 最悪の事態になれば切り捨てるつもりで。


 改めてニコデモから内諾をもらい、認めることにした。

 独断で話を進めた場合、政敵である警察大臣ジャン=ポールに、弱みを見せることになるからだ。

 ジャン=ポールは位人臣の頂点である宰相の座を狙っている。

 しかも極めて有能だ。

 そのような政敵相手に隙を見せるほど、ティベリオは間抜けではなかった。


 ティベリオは極秘にする条件で、研究を認める。

 これが発覚しては、外民げみんが暴動を起こしかねないのだ。


 訪ねてきた男は、ティベリオの密使である。

 必要な材料などを提供し、研究の進捗しんちょくを確認するのが目的。

 タツィオは、密使が監視役も兼ねていることは知っている。

 それを問題視しない。

 好きな研究が出来ればどうでもよかった。


 タツィオは密使の言葉に首をふった。


「僕は名声を得るに足る人間ではありません」


 密使はやや意外そうに、眉をひそめる。

 タツィオが極めて危険な人物であることは知っているからだ。

 人としての常識などが抜け落ちている。

 薬学にすべてを捧げているようにしか思えなかった。


「幾らかは良心の呵責かしゃくを感じたのか?」


 人体実験を揶揄しての言葉だ。


「そうではありません。

僕に良心があると言えば、偽善となるでしょう。

僕の魂は空っぽで、なにも感じることはないのですから」


 密使は鼻白んだ様子だ。


「学者という人種は、なにかズレているな。

恥や倫理などは、知の探求を前にすれば、塵芥程度の価値しかないわけだ」


 タツィオは表情を変えずに首をふる。


「僕にも恥の概念はあります。

彼を傷つけたのは恥じていますよ。

彼は本当にいい奴だし、友人に近いと思っています。

だからこそ彼には回復してほしい。

これは本心です」


 タツィオは仲良くなった外民げみんでも、実験台にする。

 密使は、タツィオにとって外民げみんは『ただの実験動物でしかない』と考えていた。

 回復を願うなど、理解不能で気味が悪い発想だ。

 密使は力なく首をふった。


「恥と思いつつ傷つけ、回復を願うのか?

理解不能だ」


「いい人に、恐ろしい最期を遂げさせるのは、恥ずかしいことですが……。

僕が心に決めた以上、止めることは出来ないのです」


 密使はなにも言わずに、テントから出て行く。

 タツィオは気にせず、メモを書き上げた。


 それを読み返して、笑みを浮かべている。

 内容は日記帳だった。

 普段から肌身離さず持っている。

 外民げみんに見られても、彼らには読めない。

 タツィオにしかわからない暗号で書かれているからだ。


 1月11日

「乙に強めの薬を投与した。

明日どうなっているのか楽しみだ」


 1月12日

「乙は寝込んでいる」


 1月15日

「乙は重篤だ。

麻痺と失明が進行している。

あと数日で、最後を迎えるだろう。

そのほうが、乙には救いとなる。

仮に生き延びたとしても、一生消えない障害を抱え込む。

死んだほうがいいのだ」


 1月20日

「乙はまだ生きている。

なんという強靱きょうじんな体力だろう。

生きていると厄介なことになりかねない。

誰にとっても」


 1月27日

「乙の治療が、効果を上げている。

手こずらせる奴だ。

僕と張り合おうとしているのだろうか?

あまりに哀れな生への執着だ。

もし生き残ったとして、その後なにが残るのだろうか。

だからと慈悲を与えるのはフェアではない。

乙の執着を最後まで見守るべきだろう」


 それ以降、乙の記述は出てこない。

 別の丙に対する記載に変わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る