915話 閑話 除け者同士
逃亡を図ったギルド幹部は、パトリック・クノーに処理された。
死霊術士の技によるものなので、公にはされないが……。
アルフレードへの報告だけは済ませた。
これほど容易に処置出来たのは、教皇庁の外は死体が多かったからだ。
内乱による動乱で、教皇庁に逃げ込む前に力尽きた者が多い。
パトリック程の術者になれば、アンデッドを駆使した広範囲な網が張れる。
ギルド幹部もパトリックが敵になる可能性は予期していたろうが、事態の急変で対処する余裕がなかったのだ。
パトリックはそのまま、本来の目的である魔力の調査に赴く。
最初の行き先は、狂犬のいるマルティーグ。
マルティーグに用事があったわけではない。
聖
かくしてマルティーグ近郊にたどり着き、魔物の死骸を調べ始める。
マルティーグ周辺はホムンクルス生成のため、周囲の木は伐採されていた。
人目につくと面倒なので、夜に調査をする。
予想通り、通常と違う痕跡が見受けられた。
アルフレードへの報告は、明確な根拠が必要なのだ。
しかもかなりの自由裁量を任せられている。
だからと……いい加減な報告をして失望されたくなかったのだ。
気分転換と休憩を兼ねて木々のある場所に移動した。
火をおこしてから座って目を
周囲はアンデッドに警護させているので、奇襲を受ける心配はない。
突如人の気配を感じた。
敵意はないようだ。
「誰かは知らないが……。
私に用か?」
パトリックの前に、ボロボロのローブを羽織った男が現れる。
顔は見えないが長身
気配からして只者ではない。
「お……お……お前は死霊術士だな。
こ……
外を出歩いていたなど予想外だ。
下手な回答は命取りだと悟る。
「魔力の調査だ。
君たちに、害をなすつもりはない」
チボーは黙って、パトリックの向かいで胡座をかく。
襲う気はないとの意思表示だろう。
それでも目を合わせようとせずに俯いている。
焚き木の炎を見ているようだ。
パトリックは内心困惑していた。
このようなことをする男だと思っていなかったからだ。
なにより狂犬は、見知らぬ相手に姿を見せることなどない。
アルフレードは、狂犬がコミュニケーションに難のある人物だろう……と評していた。
パトリックもその予想に異存はない。
ただアルフレードは、疑似家族が出来たことで多少は変わっているかもしれない……とも評していた。
判断を保留したが、こうして面と向き合うと……アルフレードの予測が正しいのだろうと痛感する。
チボーは僅かに体を揺した。
「そ……そ……それはわかっている。
て……きなら、とっくに殺していた。
ま……魔力を調べて、どうする気だ」
昔の狂犬なら、疑わしきは殺していたはずだ。
パトリックの甘い見積もりは、狂犬の変化に助けられたらしい。
もしやアルフレードはこれを見越して、特に注意しなかったのでは……。
そうだとしても……驚くに値しない。
変化が事実だとしても、嘘をつけば命の保証はない。
観念して正直に話すことにした。
パトリックはチボーを甘く見ていない。
学はないが頭の切れる男だ。
なにより……話しても問題ないからだ。
「魔物が増えているだろう。
これは対処しなくてはいけない問題だ。
大量発生には、魔力の異変が関係していると考えたのさ。
その証拠を探しているだけだ」
チボーは俯いたままだ。
「ど……ど……、どうして
こ……
や……やって来るのは、と……遠くからだ」
「もうひとつあってね。
聖
チボーは僅かに顔をあげる。
顔が一部見えた。
顔には傷が数カ所残っている。
それが凄みを増していた。
「な……な……なにか……も……問題でもあるのか?」
「ああ。
聖
聖
それを知りたかった」
チボーは沈黙する。
どうやらパトリックの答えを吟味しているようだ。
「ひ……ひとつ聞いていいか?」
吃音だが、普通に意思疎通が出来る。
多少どころか、かなり変化しているように思えた。
「構わないさ」
「お前ひとりで、魔物を討伐する気なのか?」
期待が籠もった口調だ。
もしそうなら手伝う……と言いだしそうな感じさえする。
昔の狂犬なら有り得ない話だ。
だが……いまの狂犬ならありそうな気がした。
「私は君程、魔物討伐に熟達していない。
不可能だよ。
ただ魔物を本格的に討伐するときに、判断材料が必要だ。
総数や分布……。
兎に角情報が足りない。
それを集めているだけだ。
君だって昔はそうしていたろう?」
チボーはかぶりをふる。
やや落胆したようだ。
「そ……そうか」
パトリックは大きな疑問を感じる。
知っている狂犬チボー・スーラと人物像が余りに異なるのだ。
噂での狂犬は、冷徹無比で感情なく魔物を仕留める。
目の前にいる男は随分人間味があるのだ。
別人とすら思える。
なにより……。
「なんだ。
妙にあっさり信じるのだな」
誰も信じないはずなのだ。
見ず知らずの人間を信じるなど有り得ない。
チボーは、肩を震わせた。
笑っているらしい。
「お……お……俺とし……死霊術士は除け者同士だ。
し……死霊術士は、お……俺を騙したことがない。
だ……だから信じる。
ふ……ふ……普通の奴等は、何時も……う……そをつく」
チボーなりに信用する基準があったことに、パトリックは驚く。
たしかに死霊術士は基本的に嘘をつかない。
素性を隠して人間社会に紛れ込むのは、やむを得なくであって、騙す意図などない。
騙して利益を得るような積極性はなく、消極的なものだ。
かりに冒険者仲間を騙しても、メリットよりデメリットが上回る。
騙して恨まれた場合、命を狙われる率が高くなってしまう。
死霊術士が殺されたとして、誰も気にとめないのだから。
信じた理由に違和感はなかったが……。
チボーが、自分を除け者と称したことに違和感を覚えた。
「なるほどな。
死霊術士が除け者なのは間違いない。
アンタは噂の狂犬なのだろう。
私に気づかれずに目の前にやって来る手練れとなれば限られる。
狂犬なら国王だろう?
除け者とは違う」
チボーは再びかぶりをふる。
苦悩を振りほどくかのような動きだった。
「ま……前はそうだった。
い……いまは違う。
お……お……、俺がいなくても関係ない。
か……家族だった仲間は、あ……あ……争ってばかりだ。
も……もう自分のことしか考えていない。
か……か……か……家族など幻だ。
お……俺だけが信じていたと思い知らされた。
お……俺は、も……も……元通りのひとりだ」
パトリックにとって予想外の回答だった。
すべてを掌握して、意のままに動かしていると思っていたからだ。
「おいおい。
皆好き勝手にやっているのか」
チボーは、深く俯いた。
そして重苦しいため息をつく。
恨みと絶望が籠もった、普通の人なら聞きたくないような……ため息であった。
「そ……そうだ。
み……みんな変わってしまった。
あ……あ……あの聖
も……もう、俺が顔をだすと……め……迷惑そうな顔をする。
ま……魔物を退治するより、金に目が眩んで……、ふ……普通の人間になってしまった」
持たざるときは家族として寄り添い合った。
満たされると我欲がでてしまったわけだ。
パトリックにしては珍しく、つい同情してしまった。
「そうか……。
ひとつお節介を焼いておく。
あの聖
自分の身を滅ぼすぞ」
この位なら教えても、問題ないと考えた。
アルフレードにも聖
かりに話したとしても、誰も聞きはしないが……。
「そ……それはわかっている。
お……俺は捨てるように言ったが……。
み……み……み……皆に反対された。
す……捨てたら、ま……また、苦しい立場に逆戻りだと。
こ……これさえあれば、せ……世間を見返せると言われた」
聖
だがチボーひとり冷静では、意味がなかった。
これ以上かける言葉がなくなったパトリックは、疑問をぶつけることにした。
「私には君にかける言葉が見つからない。
ところで……。
なぜ私を見つけて、話をしにきたのだ?」
「お……お……俺には……い……居場所がない。
だ……だ……だから……い……何時も……こ……このあたりをぶらついている。
た……
パトリックはため息をついてしまう。
「そうか。
ならこのまま見なかったことにしてくれると助かる。
まだまだ調べないといけないことは多いからな。
君の利益とも相反しないはずだ」
「ま……待て。
お……お……お前は、本当に魔物を殺すために調べているのか?」
「ああ」
「ど……どうしてだ?
ま……魔物が増えれば、し……死体も増える。
し……死霊術士にとって、ど……道具が増えていいことだろう」
パトリックは苦笑して、頭をかく。
死体ばかり増えてもいいことなどない。
アンデッドの軍団で、世界征服でもやる気がないならばだ。
「それより大量発生した謎を知りたい。
あとは……まああれだ。
義理のある人がいてな。
その人は、少なくとも魔物を元の水準までは減らしたいと考えている。
色々と恩義のある人でな。
恩返ししたくなったのさ」
チボーが僅かに顔をあげる。
「そ……そいつは、え……偉いヤツなのか?」
パトリックは苦笑する。
名前を教えることは出来ないが、否定しても無駄だろう。
「まあ……そうだろうな」
「お……お前が死霊術士と……し……知っているのか?」
「変なところを気にするヤツだ。
当然知っているし、知ってからも態度はなにひとつ変わらない。
普通の人と同じ扱いをしてくれる。
それがどれだけ大きな恩義か、君ならわかるだろう?」
チボーはかぶりをふる。
「え……偉いヤツは……。
し……信用するな。
ギ……ギルドやサ……サロモン。
み……皆噓つきだ」
パトリックは苦笑して肩をすくめる。
チボーにすれば裏切られたのは事実だ。
旧ギルドは意図的に、サロモンは不本意ながら。
どちらも結果は同じ。
チボーにとって、権力者は常に裏切る存在なのだ。
それどころか家族と信じていた仲間からも裏切られている。
権力は魔物だと思っているかもしれない。
「それは否定しないさ。
ただ私の手伝いたい人は別だよ。
騙されたことは、一度もない。
言葉ではなく結果でそれを示してくれているからな。
だが……君に信じろというつもりもない。
知らないのだから当然だ。
ただ私はやるだけさ」
チボーは俯く。
暫く沈黙が続いた。
パトリックはなにも言わない。
チボーが静かに顔をあげる。
「そ……そうか。
で……では……。
お……お前に……つ……ついていっていいか?
ま……魔物を倒すために動いているのだろう。
お……お……俺は、か……かなり……や……役に立てる」
パトリックは内心仰天した。
たしかに狂犬がついてくれば、調査は容易になる。
土地勘もあるだろう。
だが国王なのだ。
しかも狂犬は、群れて行動などしない。
もしや影武者なのではと疑ってしまった。
「おいおい。
一応国王だろ。
いくら居場所がないからと……。
いなくなったら大問題だろう」
チボーはかぶりをふる。
「い……いや。
も……もういないほうがいい。
ま……魔物を狩ることが出来ないなら、いても仕方がない」
「そうか……。
ならいままで、なぜ我慢してきたんだ?」
チボーは深いため息をつく。
「む……昔はひとりだった。
そ……そ……それが普通だ。
こ……子供たちを拾って、か……家族になった。
ど……ど……どれだけ幻でも……な……なにもないよりはいい。
も……もう、ひとりには戻りたくないんだ」
パトリックは思わず、腕組みをしてしまった。
孤独が当然と思っていたろう。
だが……違う世界を知ってしまうと戻れない。
チボーほど極端ではないが、パトリックもラヴェンナ市民権を捨てる気などなかった。
想像すらしたくないのである。
「わかった。
なにか忘れ物を取ってくるなら待つぞ」
「い……いや。
い……い……何時も……ひ……必要なものは持ち歩いている。
い……いつでも消えられるように」
パトリックは思わず天を仰ぐ。
国王に祭り上げられたのは、チボーにとって不幸なことだったようだ。
「そうか……。
では旅の道連れに名乗っておこう。
私は死霊術士のアイタだ」
「お……俺は、チ……チボー・スーラだ。
ア……アイタは、聞いたことがある。
す……凄腕の死霊術士だと。
い……一度組んでみたかった」
パトリックは、社交辞令まで身につけたチボーに哀れみを感じた。
すぐに苦笑して肩をすくめる。
自分はチボーを哀れむ資格などないことに気が付いた。
自嘲混じりの苦笑である。
「まあ……ひとりで調べる程度の腕はあるってことだ。
それでも君が来てくれれば……いける場所はずっと増える。
あてにさせてもらう」
チボーはぎこちない笑みを浮かべる。
フードを被っていても、口は見えるのだ。
「ま……まかせてくれ……。
ア……アイタのいう、偉いヤツは……せ……聖
「ああ。
真っ先に疑っていた。
高い代価を払わされるだろうとね」
「ず……随分冷静だな……。
お……俺の知る限りは、ぜ……全員浮かれていた。
も……もし伝える機会があれば……。
『ク……ク……ク……クレシダには、き……き……気をつけろ』と、偉い人に伝えてやってくれ。
う……う……生まれてはじめて、た……他人に恐怖した。
お……お……俺でも、か……か……勝てる自信が……な……ない」
パトリックは内心驚いた。
クレシダが、名前をだしてチボーに接触したのは予想外だからだ。
「あのクレシダ・リカイオスか?」
チボーは小さく
そしてゆっくりと顔をあげる。
「す……済まない。
こ……こんなに長く話したのは……。
は……はじめてなんだ。
じ……じ……実は、一度あったことがある」
「疑うわけではないが……。
接点などあったか?」
チボーはまた俯く。
「あ……あの偽使徒に、クレシダが会いにいったときだ。
お……俺が、家族を戦えるように鍛えていたときに……。
や……や……やって来た」
パトリックは驚きを隠せずにいた。
クレシダが狂犬に会っていたなど初耳だったからだ。
「詳しく聞かせてくれ。
チボーは顔をあげる。
はじめて
クレシダの脅威を共有出来ることに
一体クレシダとチボーの間になにがあったのか……。
パトリックも興味があった。
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