914話 馬鹿の螺旋

 教皇庁にばら撒いた噂が、此処ここにも届いた頃、教皇庁から急報が届く。

 内容は教皇ジャンヌを退位させる陰謀についてだ。


 見込み通りジャンヌは対処を誤らなかった。

 証拠をつかんでも動かず……動いた瞬間に捕らえる。


 当然抵抗はあった。

 それでも明確な勝利を示すには効率のいい方法だろう。

 未然に防ぐより、効果が大きいのだ。


 とくに教会内での権力基盤が強固でない。

 強固なら未然に防いで問題はないが……。

 そうでなければ、反対派に濡れ衣を着せて粛正したと思われる。


 それを示す言葉があるのだ。

 誰が言ったかは忘れたが……。


『多くの権力者は哀れなものだ。

陰謀があっても……。

それが本当に陰謀であったかどうかは、自分が殺されない限り証明されないのだから』


 ジャンヌが今後も正当性を保つためには、陰謀が実行されるまで待たなければいけない。

 証明が必要なのだ。

 それでも教皇庁内で、大っぴらな流血ははじめて。

 大混乱に陥る。

 すぐにジャンヌは、事態を沈静化させた。

 首謀者は捕らえられ、裁きを待つ状態。


 加えて旧ギルドの首脳陣が多く関与していたことから、旧ギルド本部を閉鎖させた。

 依頼はすべて、新ギルドが受けているらしい。

 これは一時的な措置ではないとしている。

 事実上の認可取り消しだ。


 旧ギルドが従った理由は、抗議すべき首脳陣がいないからだ。

 首脳陣の一部は逃走を図ったようで、消息が不明とのこと。


 本部がいきなり閉鎖されたので、残党が合議する場所すらなくなった。

 各地の支部は、混乱状態になるだろう。

 どこかの支部に転がり込んで、今後の対策を考えるだろうが……。


 この件に関する声明を発表したいので、放送の時間を取ってほしいと付け加えられていた。

 断る理由はない。

 受諾を伝えて、日時の調整に入る。


 行方不明の首脳陣については、パトリックから報告があるはずだ。

 新ギルドがどう動くべきかの話は、既に終わっている。

 ただ一応、最終確認をするために、マウリッツオを呼ぶ。


 マウリッツオはすぐ来たので、現状を説明した。

 事前に意識合わせは済んでいたので、さしたる問題もなく終了する。


 ただマウリッツオは、今一浮かない顔だ。


「ヴィガーノ殿。

なにか懸念でも?」


 マウリッツオは腕組みをして、ため息をつく。


「これで旧ギルドは壊滅するとは思えません。

それこそ名前を変えて、新組織だと開き直るでしょう。

ラヴェンナ卿は、壊滅を想定していたかと。

小生もその思いでした。

聖下せいか暗殺計画が実行される直前に鎮圧したのでしょう?

罪の重さにしては……いささ手緩てぬるいと思いませんか?」


 ジャンヌの措置から、即時壊滅を狙っていないことは明白だ。

 新ギルドだけを残すより、手札を多く揃えたいだろう。

 俺への牽制にもなる。

 ただし……それは、俺がしくじったときだ。

 期待などしていないだろう。


「穏便に済ませる姿勢は必要ですからね。

実際はそうならないでしょう。

名前を変えて逃げようとした場合、新たな組織として、認可を求める形になります。

いきなり旧ギルドと同等の権利など認められない。

そもそも認可されることはないでしょう。

なぜなら……絶対に飲めない条件を聖下せいかに要請するからです。

私の要請を、聖下せいかは拒否しないでしょう」


 マウリッツオは怪訝な顔で、首をかしげる。


「たしかにラヴェンナ卿の要請を断ることは出来ないでしょうが……。

聖下せいかがラヴェンナ卿に屈服したように見せるのは得策ではないと思いますぞ」


 高圧的かつ理不尽な要請でも押し切れる。

 マウリッツオはそれを懸念したのだろう。


 だが……それは得策と言えない。

 もっとスマートにやるものさ。


「ああ……。

そのような馬鹿な手は使いません。

新たな組織を作ろうが、再度の認可を求めようが、条件は一緒。

『組織内での責任、権限を明確化すること。

それを文章にして、その内容が妥当であると認められれば、認可をする。

さらには定期的に、監査を受けること。

監査結果次第で、認可は取り消される』

至極当たり前の要請ですよ。

認める責任が伴う以上、監視する義務が生じますからね」


「本能的に反発する内容ですが……。

組織の生死が掛かっているなら受けると思いませんか?

誰も反対などしないでしょう」


 たしかに反対は難しい。

 1000年も、ナアナアでやってきた組織だ。

 それを否定する要求が突きつけられると、どうなる。

 いつもの面従腹背になるだろう。

 骨抜きにするのは目に見えている。

 使徒教徒の組織は、面従腹背がしやすいのだ。


 ジャンヌの面子は立てて、建前として受け入れる。

 だが実務をするのは自分たちなのだ。

 うまくいかないと困るから、骨抜きを追認するに違いない。

 つまり……なにも変わらない。

 そこまで計算するだろう。


 ただし……それは使徒教徒の常識人が監視した場合だ。


「いいえ。

無理ですよ。

彼らにとって、私は非常識で融通の利かない余所者です。

見過ごしてくれると思わないでしょう。

それは人類連合でのやりとりから明らかですよ。

原理原則を振りかざして一歩も退かないのですから。

平気で取り消しを要請してくると考えます。

それどころか、すべての支部の閉鎖を迫ってくる……と考えるでしょう」


 マウリッツオは苦笑して頭をかく。

 俺が結果だけで判断しないことを痛感しているからな。


「そうでした。

ではどうすると思いますか?」


「ギルドとそれを取り巻く状況。

これを考えてみてください」


「全体ですか。

旧ギルドへの認可が取り消され、支部間の連絡は絶たれて、孤立状態になるでしょう。

支部も連鎖して認可取り消しになりますが……。

存続は各領主が黙認するでしょう。

新ギルドがある地方はわかりません」


 正しい認識だな。


「支部はどうすると思いますか?」


「理不尽な要求だと憤ります。

本部の失態のせいで、自分たちが連座することに納得しないでしょう。

それでも本部は必要です。

独立心の強い支部とて、単独で存在し得ません。

本部がないと大変困ります。

冒険者を有効に手配するための頭脳が本部ですからな。

各領主もそう考えるでしょう。

支部は関与していないからと抗議してきますぞ。

『悪かったのは本部だけなので、本部に関してのみ明確化を受け入れる』

このあたりでしょうか」


 そのような理屈など想定済みだ。

 これを認めたら、今度は本部を形骸化して、支部の中に隠れて決定するだろう。


「そんなことは知りません。

支部は以前に問題を起こしたでしょう。

サボタージュ事件を忘れてなどいませんからね。

だからこそ支部も明確化は必須です。

火事の教訓が、引火した所だけ注意すればよい……で済むはずがないでしょうに」


「支部も指示系統の明確化を強いられますか。

到底受け入れられないでしょう。

大まかな枠を作って、あとは現場でうまくやるのが慣習ですからなぁ……。

それを受け入れては機能不全になるでしょう。

いつものように意味不明の訓令だから、と骨抜きにしようとしますが……。

出来ないなら拒否するでしょうね。

つまりは認可を求めてこないかと」


 権限や責任が曖昧だからこそ、うまくやっている。

 使徒教徒ならではの特性だな。

 だからこそ明確な線引きは窮屈だし、うまくいかない。

 ただし現在の状況は、その融通無碍むげがマイナスに働く。

 状況の変動には、極めて脆弱ぜいじゃくなのだから。


 興隆期は最強だ。

 安定期は、長期にわたり維持出来る。

 その反面、衰退期や混乱期は、御覧のとおりだ。

 徒に、成功体験や先例を固守する。


 行動を変えようにも、指揮系統が明確ではない。

 どれだけ正しい方針でも、骨向きにされる。

 組織のみならず部門ですら存在することが目的だ。

 全体を衰退に導こうが、自己の権益拡大ばかりを考えるだろう。

 それでないと和がたもてないからだ。

 結局、外部から強制されない限り、変えることは出来ない。


「無理もないのですがね。

もともと旧ギルドに、組織とはどうあるべきかの考えはないでしょう?

葡萄の粒が集まった組織で、粒を束ねるのが本部。

本部は、粒の中に口をだすな。

その程度の認識だと思います」


 マウリッツオは大きなため息をつく。


「そうですなぁ……。

結果よければすべてよしが、ギルドの文化でしたから。

このような責任と権限の明確化など考えたこともないでしょう。

ラヴェンナ卿の要求も『おっしゃることはわかるが、それではギルドが回らない』と思うでしょうね」


 それが機能すること最優先の思考だ。


「かなり窮屈に感じるでしょう。

しかも自分たちの蒔いた種とは考えない。

ヴィガーノ殿の予測通り、正面から認可を求めず……根回しで特権を復活させようと考えますよ」


「それを潰すわけですか」


 潰す気はない。

 現実的ではないからな。

 新ギルドが各地に支部を作れば、勝手に潰れていく。


「それでは新ギルト支部のない地方が困るでしょう。

それなら旧ギルド支部は、独立した存在として黙認する。

内々で結束するかもしれませんが、それも黙認します。

公認されたければ、条件を守らせる。

面従腹背など許しません。

それなら黙認を選ぶでしょうが……。

かなり不便ですよ。

認可特権は知っていますよね?」


「冒険者の移動は、通行料が掛からないことですな。

ただ……両属を認めています。

新ギルドの所属として移動可能なのでは?

厳しく管理することは、事実上不可能ですぞ」


 マウリッツオのいうとおりだ。

 不可能なことはしない。

 だが……併存している地域で、旧ギルドに問題がないかと言えば違う。

 教会が公認している組織に仕事を頼む。

 自然と旧ギルドは衰退するだろう。

 地域で尊敬されている司祭が、新ギルドを頼ればどうなるか。

 民衆もそれに倣う。


 一見すると、黙認は温い判断だ。

 支部もしてやったりと思うだろう。

 だが……旧ギルドが気付いたときには手遅れというわけだ。


「そこも黙認します。

ただし新ギルド支部のない土地は?」


 マウリッツオが破顔大笑する。


「なるほど。

通行料が掛かりますなぁ……。

それこそ新ギルド支部を設立してくれと、要望が強まります。

ただし、そうならない可能性もあるでしょう。

冒険者であれば通行を認める……となりかねませんぞ」


「それは教会の認可を否定することになります。

特権として明記しているのですからね。

そこまでして、旧ギルドに肩入れする領主はいません。

そこでひとつ妥協案をだします」


「原則にそぐわないからと拒否されないのですな。

その妥協案には当然罠があるのでしょう?」


 杓子しゃくし定規では、世間から余計な反感を買う。

 それではよろしくないだろう。


「旧ギルド支部が、新ギルドに認可料を支払うことです。

新ギルドの下部組織として旧ギルド支部がある状態です。

これはプライドがかなり傷つきますよ。

しかも旧ギルド支部への依頼料に上乗せされるか、利益を削るしかない。

果たして旧ギルド支部は耐えられますかね?」


 マウリッツオは皮肉な笑みを浮かべる。

 散々旧ギルドに煮え湯を飲まされたのだ。

 そうなればしてやったりだろう。


「難しいでしょうな。

旧ギルドの連中は、我々を見下しています。

そのくらいなら、新ギルドに所属する道を選ぶでしょう。

同格なら、下風に立たされるよりはマシですから」


 それなら条件は、明確に決まっている。


「所属する場合は、新ギルドの規則に従ってもらいます。

新ギルド設立に際して、私は責任と権限の明確化を、必須としたでしょう?

つまり認可を求めるのと変わらないのです」


「最初は抵抗がありました。

それでもラヴェンナ卿の意向を無視出来ませんからな。

ようやく慣れてきましたが……。

旧ギルドとは違うと、皆が実感しておりますぞ。

だからこそ劣等感も払拭ふっしょく出来て、いまや我々のほうが仕事は出来ると、自信がついています。

このような真意があったのかと、小生内心で感服しましたぞ」


 それは真意ではなくオマケなのだがなぁ……。

 まあ……同じ仕事の仕方では、旧ギルドに軍配があがる。

 だからこそやり方を変える必要があった。


「自信がついたなら、大変結構です。

ひとつだけ忠告しておきますが……。

新ギルドが処置を怠れば、いずれは必要性から旧ギルドが復活します。

これは時間稼ぎですよ。

それでも十分すぎる利点でしょう?」


「潰すのはラヴェンナ卿がやるのではなく、我らが主体となれ……。

そうおっしゃっているのですな」


 俺が潰したら依存してしまうだろう。

 それでは困る。

 俺がいなくなったら、誰か別の頼る人を探すだけなのだ。


「自分たちの力で手に入れたものでないと、真剣に守る気などしないでしょう?

また誰かにもらえると思っては困ります。

誰かの顔色を窺うだけの冒険者ギルドなら、ないほうがマシでしょう。

自主独立勢力であり、国家に属さない組織ならね。

いまは私が後見しています。

ですが……将来的には完全独立してほしいのです」


 マウリッツオは真顔でうなずいた。


「肝に銘じましょう。

しかし……窮屈に思えたことが、いまや強みとは。

世の中わからないものですなぁ」


「これだけには留まりませんよ。

このような組織論は、他にもメリットがありましてね。

だからこそ私が、強くこだわったのです」


 マウリッツオが首をかしげる。

 想像すらしたことがない話だろうからな。


「組織論ですか。

しかもまだメリットがあると?

お恥ずかしながら、小生はそうあるべき……と思い賛同しました。

是非ご教示いただきたい」


「恥じる必要はありません。

そもそも組織論など誰も考えないでしょう」


「それをラヴェンナ卿は、ひとりで考えたわけですな。

小生の浅知恵など及ぶべくもありません」


 ズルだがな。

 転生前の知識をフル活用しただけだ。


「必要性からでた話ですよ。

メリットとしては、法と同じで……劣った能力の持ち主でも、大過なく運営が出来る。

当然自由な判断が出来る領域は狭まります。

それでも暴走は防げるでしょう」


 マウリッツオは苦笑して頭をかいた。


「これは盲点でした。

なるほど……。

たしかに主観のみで判断すれば、過ちを起こすことは増えますなぁ。

ただ気になることがあります。

少々立ち入ったことをお伺いしても?」


「構いませんよ」


「ラヴェンナ卿は『子孫に選択肢を残す』とおっしゃっているでしょう。

それでいて子孫たちの能力に懐疑的なのですか?」


 選択肢を残すのは、なにも縛らないことと同義ではない。

 道は作る。

 そのうえで行き先を自分たちで決めろ、と言いたいのだ。

 すべて放り投げて、自分たちで決めろ……はあまりに無責任すぎるだろう。


「わかりません。

だからこそ事前に準備しておくのですよ」


 マウリッツオの片側の眉があがる。

 なにか引っかかる部分があったようだ。


「決めたことが、法や組織論にそぐわないときも……。

従わないといけないわけですかな?」


「私は石に刻んだ法を渡すつもりはありません。

必要に応じて変えるべきです。

組織論にしてもそうですよ。

特定の目的のために、組織は存在します。

目的が果たせないなら、新たな組織を作るべきでしょう。

もし組織を改編して実現出来るなら迷わず改編すべきです。

そのための根拠は渡しておりますよ」


「なるほど。

組織改編をやりやすい仕組みではあるわけですか。

組織の目的と責任権限が明確化していますからな」


 本質的に、使徒教徒は明文化を嫌う。

 窮屈で仕方ないのだ。

 それには別の理由もあるのだが……。

 俺が組織を作らせるなら、そのような曖昧な形では作らせない。


「新ギルドの組織は、現在の状況に合わせた、合理的な組織です。

ただし明日も、そうとは限りません。

状況次第では、組織を改編する必要が生まれるのでは?

もし旧ギルドのような融通無碍むげだと改編出来ますか?」


「旧ギルドの場合は……。

部門の権限や人員を減らすことは、抵抗されて骨抜きになります。

それを罰することも出来ないのが現実ですな」


「世界が固定されているか、正解がわかっているなら、細かいことを言わずに、部門に任せるほうが楽です。

ただし幾つかの副作用が起こるでしょう」


「副作用ですか?

しかも複数あると……」


「まずひとつ。

存続することが、目的の家族的組織に変貌しますよ。

不必要になったからと廃止や削減は出来ません。

だからこそポンピドゥ一族の専横を許してしまったでしょう?

権限や責任が明確化されていれば、経理を一族だけで独占など許されないのですから。

ましてやギルドの方針に口をだすなど……もっての外でしょう」


 マウリッツオは感心した顔で、しきりにうなずいている。

 弊害を散々見てきたからな。


「なるほど……。

それを防止するために、新ギルドでは明確化したわけですな。

他には?」


「出世するほど馬鹿になります」


 マウリッツオの目が、点になる。


「馬鹿ですと?

たしかに現場は優秀ですな。

それも因果関係があるわけですか」


「ありますよ。

現場は権限や責任が明確化されていないので、自然と優秀な人が増えます。

当然優秀な人がいれば、そこに負荷が集中するでしょう。

組織内のタダ乗りを許す温床にもなります。

なにせ曖昧なのですからね。

仕事をしたフリでも平気なのです。

大声をだして、無意味に動き回っていれば評価されるでしょう。

誰かがそれを必死に穴埋めしてくれる。

やりすぎると発覚して首を切られますけどね。

その程度の自浄作用しかないのです」


「耳の痛い話です。

新ギルドで、そのようなことはありませんぞ。

責任と権限が明確化しているので、負荷は分散されています。

そこまで優秀な人材に頼らずとも運営出来ていますからな」


 大変結構な話だよ。

 優秀な個人に頼る属人化は、怠惰な管理者にとっては好都合だ。

 それでは人材を使い潰してしまう。

 結局使い潰すしか知らないので、馬車馬のように働いたことだけが評価される。

 頭を使って効率的に働くとズルいとすら思われ、評価されないだろう。


「すこし話はれましたが、旧ギルドで出世に必要なものは優秀さではない。

世話人的な資質か、上司に気に入られることが重要視されるのでは?」


 マウリッツオはため息をついて頭をかく。


おっしゃるとおりです。

現場に適当になげれば、なんとかしてくれますからな。

それこそ下手に首を突っ込めば、現場は混乱します。

多くの優秀だった者が、それで晩節をけがしていますからなぁ……。

調整にけたものか、部下を酷使した者だけが評価されています。

ラヴェンナ卿の仕事を見ると、それが如何に愚かなことか痛感しますぞ。

なかなか深い話ですなぁ……」


 使徒教徒の組織は、評価が情実で決まる。

 責任や権限が明確ではないからだ。

 そこに成果主義を持ち込むと、悪いところ取りでやらないほうがマシ……となるだろう。

 情実ベースで、減点主義の最悪な評価方法になるのだから。


 地位に見合った尊敬を求めるなら、相応の能力を求めるべきだ。

 それを目指すからには、そうなる仕組みを考える必要があった。

 それだけのことだ。


「当然、新ギルドでも実務と管理は別の技能です。

現場とは違う適正を求められますが……。

すくなくとも上司の機嫌を取る人ばかりが評価されるよりはマシ……と思いませんか?」


 マウリッツオは、ほろ苦い笑みを浮かべる。

 冒険者ギルドの腐敗と無能を、散々見てきたのだ。


「たしかに出世するなら……。

馬鹿になってご機嫌取りに終始するのが効率的です。

警戒されない程度の能力であれば、出世は容易ですからな。

それでも現場は優秀だから、組織は回るわけですか。

歴史を重ねる毎に、その差はどんどん乖離かいりしていく……。

利口な者から見た馬鹿を取り立てても、その後を継ぐ馬鹿は、自分より馬鹿を取り立てると。

馬鹿の螺旋とでも称すべきですか」


 まあ……そうなるだろうな。

 ただし限度があるから、ある程度で螺旋を下る余地はなくなるだ。

 その代わりに地面を踏み固めて、強固な伝統になるだろう。


「いままではそれでよかったのです。

ただ環境が激変すると、現場でやれることは限られます。

ところが、現場の意見を吸い上げる文化はない。

精神論で努力を強いるしか方法を知らないでしょう。

あとは場当たり的な対処しか考えられない。

出世に先を見据えた能力は求められないのですから」


「まったく見てきたかのようなお言葉ですな。

小生に反論の余地がありませんぞ」


「組織内の和を保つことなら達人でしょうが……。

『いまを凌げば、必ず夜は明ける』と信じる。

それ自体は間違っていませんが……。

夜が明けても、明日は今日と違うのです。

喉元過ぎれば熱さを忘れ、なにも変わらない。

サボタージュ事件からなにも学ばずに、暗殺未遂にまで手を染めた。

これが旧ギルドの末路ですよ」


「小生は異端でしたからな。

たしかに旧ギルドは和を第一としています。

だからこそピエロがマスターになれたわけですが……。

あのポンピドゥ一族ですら、一族内の和を保つことが第一でしたな」


「だからこそ面従腹背には、内輪での正当性があります。

支部のある領主などに、根回しをして新ギルドに圧力を掛けてくるでしょうね」


 正当性があるから、面従腹背に皆協力するだろう。

 ただそれは内輪の正当性だ。

 尊重する義理はない。


 マウリッツオは皮肉な笑みを浮かべる。


「それに負けてしまっては、ラヴェンナ卿に見切られてしまいます。

怖い後見人がいるのは幸いですな」


「面従腹背など断じて許しません。

たとえ領主の要請があっても受け入れる必要などありませんよ。

それで新ギルドに圧力を掛けてくるなら引き払えばよろしい。

領民は困るでしょうが、そのような善意につけ込む行為に付き合う必要はありません。

面従腹背を許すのなら、新ギルドを作った意味はありませんからね」


 思わず笑みがこぼれた。

 マウリッツオは真顔で一礼する。

 俺が脅しで済ませるほど温和でないことは理解しているだろう。


「承知しております。

しかし……。

ラヴェンナ卿は、小生より冷徹に正義を追求されますな」


 正義って言葉は嫌いなのだがなぁ……。


「正義ではありませんよ。

必要性です。

もし面従腹背を押し通したいなら、私が納得する結果をだせばいいだけです。

出来れば……の話ですがね」

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