913話 ユーモアのセンス
新たな情報が届いた。
シケリア王国の若い貴族ふたりが、決闘沙汰に及んだらしい。
理由は、女性を巡ってのトラブル。
渦中にいる女性はキャサリン・ガタキ。
魔性の女と呼ばれている彼女が、本領を発揮したらしい。
しかもふたり揃って、アイソーポス・セレウキア卿の傘下ときたもんだ。
キアラに、アイソーポス配下と聞かされたとき、皆は『誰だっけ』という顔をしていた。
覚えていないのも当然か。
最初のパーティーで、俺に話しかけてきた老紳士。
シケリア王国内では高名な騎士だ。
プライドが高く、内心でフォブス・ペルサキスに、対抗意識を持っている。
それでも話の通じる常識人という印象を持っていた。
これまた、頭の痛い話だろうな。
俺には関係ないが。
などと思っていると、アイソーポスから面会の要請が届く。
クレシダのヤツ……。
面倒事はすべて俺に押しつける、と決めたようだな。
他国問題だぞ?
どうして俺が関わらなくてはいけないのだ。
俺が憮然としていると、モルガンが
「ラヴェンナ卿は、ただの代表に収まらないのです。
しかも人類連合内で、実質的な最高決定権を持っている。
他の方々がいくら望もうとも、ラヴェンナ卿が首を縦にふらない限り、なにも決まらないのですから。
ラヴェンナ卿が欠席しただけで、最高会議は開催出来ない。
そこまで権威は高いのです。
国を越えた騒動が持ち込まれるのは自業自得でしょう」
ある程度は覚悟しているけどさぁ……。
「それにしても、痴情のもつれでの決闘沙汰でしょう。
モルガンは無表情に首をふる。
「若い貴族となれば進歩派でしょう。
そしてセレウキア卿にすれば、ペトラキスは進歩派のリーダーですが、一役人にすぎない。
身分差から呼びつけるのが正しいです。
それをやると進歩派から恨まれる。
連中は情熱と思慮の不均衡が取り柄ですからね。
全面肯定以外は敵対行為……と受け取る程度の頭脳しか持っていません。
これは獣が如き存在でしかない。
結果として双方から恨まれるでしょう」
さもありなん。
なにをどう選択しても恨まれる。
しかも進歩派が徒党を組んで攻撃してきたら……たまったものではない。
それにしても……獣かよ。
「獣とはなかなか手厳しい」
「これでも遠慮したのですがね。
異なる意見や不満すら許容出来ないのです。
幼児なら許されます。
獣と大差ありませんが、それは当然だから許されるでしょう。
大人になるまでに、躾けられて人になるわけです。
人の社会はそれが大前提で作られているでしょう。
その前提から外れているなら、獣でしかないと思いませんか?」
やれやれ……。
冷厳たる事実を突きつけてくるな。
俺よりとんでもなく過激だ。
同意するとより過激になるだろう。
それでは困る。
「どうでしょうね。
獣として扱うのも危険だと思いますよ。
かみついてこない限りはね。
一応話は出来るでしょう?」
モルガンは無表情に首をふった。
「そのような獣は、人間になり損ねた生き物です。
人が人たり得るのは、理性があるからでしょう。
言葉を使うことが人たる理由にはなりません。
意思の疎通が出来ないなら、獣の咆哮と変わらないでしょう。
だからこそ私は、クララックを人間未満と呼んだのです。
己の欲望にだけ忠実で、話が通じないなら、獣と大差ありません」
相変わらず正直だな。
残念ながら、モルガンの言葉を否定する気にはなれない。
だが全面的に、肯定も出来ない。
その理屈だと、どれだけの数が人間なのだ?
だからと良識的な人と同じには扱わない。
相応の対応をするだけだ。
人ですらない……とまでは思わないだけで。
「それ以上はやめておきましょう。
たしかにセレウキア卿が自力で仲裁した場合……。
余計な連中から恨まれるでしょうね。
そもそも仲裁を受け入れるか……怪しいですね」
モルガンは意味深な笑みを浮かべる。
俺が過激さを咎めず、話を逸らしたことに、なにか思うところがあったようだ。
「これは失礼。
ラヴェンナ卿の立場では、同意など出来ない話でした。
では話を戻しましょう。
問題は色恋沙汰です。
片方から激しい恨みを買う。
しかも……お相手は、あのガタキ。
仲裁したとしても、お相手は捨てられるでしょう。
これほど無意味な行為はありません。
それなら……ペトラキスに会ったラヴェンナ卿に頼むのが、近道となりませんか?」
嫌な事実を指摘しやがる。
俺は相談窓口ではないぞ。
「せめてそれ以上の問題が起こらないなら……。
やる価値はあるでしょうがね。
それにしても、どうしようもない理由で、私に仲裁を丸投げですか」
「色恋で盲目になった若者ですが……。
ラヴェンナ卿の仲裁を無視する度胸はありません。
セレウキア卿にとって、傘下の貴族がラヴェンナ卿を逆恨みしても、自分に痛手はない。
陰口をたたく程度ですからね。
厄介な進歩派からの恨みも回避出来るでしょう。
本来なら傘下にある家の問題を、他国の貴族に丸投げすると、名声に大きく傷は付きます。
ただしシケリア王国でガタキ絡みであれば……。
かえって同情されるでしょう」
シケリア王国でキャサリンの評価は最悪だ。
それでいて騙される男は、後が絶えない。
だからこそか。
だがキャサリンの悪評は、他国にはあまり届いていない。
そこまで他国からの名声を犠牲にするのだろうか。
「対外的な名声の低下より、シケリア王国内だけの名声を考えるのですか?」
「他国の評価まで、深刻に捉える貴族は少数です。
国外でいい顔をして、国内で嫌われては立場が危うくなるでしょう。
国外との関係まで視野にいれるのは、王家とラヴェンナ卿くらいですよ。
外交的な取り次ぎに関わるほどの名家になって、はじめて他国での名声を気にするものです。
セレウキア卿の地位はそこまで高くはありません」
不機嫌な顔で話を聞いていたキアラが、胸を張った。
「当たり前でしょう。
だからこそ、陛下にすら頼りにされて
お兄さまを嫌っているモローですら、それを否定しませんからね」
頼りじゃなくて……。
単に面倒だから俺にぶん投げたと思うぞ。
モルガンは、重々しくうなずく。
「私見ですが、ラヴェンナ卿は、この世で最も公正な裁定を下すと思っています。
ラヴェンナ卿を嫌う信念の持ち主以外には、共通した認識でしょう」
そう言われても困る。
単に情実で判断を変えられないだけだ。
絡みそうなら放棄する。
それにしても、また嫌な現実を突きつけるな。
嫌いが信念になるか……。
そうなると世のあらゆる問題が、俺のせいに思えるだろう。
思わずため息が漏れる。
「私を嫌う人は多いですが……。
信念にまでなっているのですか。
信念ねぇ……」
「御意にございます。
そもそも信念ほど……よい意味で使われるが、中身が醜悪なものはないでしょう。
いかなる愚行も、信念の元に正義となるのですから。
この世で信念ほど独善的かつ好戦的なものはない……と思います。
ハッキリ言えば、有害無益でしょう。
厄介な正義すら……信念から生まれるのです」
これまた反論出来ない事実を突きつける。
しかも大っぴらに否定するのは難しい話だ。
社会的によいものと認識されているからな。
「まあ信じる念ですからね。
理性の入り込む余地はありません。
信念を補強する話しか聞こえませんからね。
正義との親和性は、極めて高い。
だからと信念の人を否定する気にはなれません。
成功している人もいるのです」
モルガンは唇の端をゆがめる。
俺の口ぶりに、なにか刺激されたのだろうか。
「ラヴェンナ卿ほどの立場だと、言論の自由がありませんな。
信念の人と評価されている者は、
ところが世の中『信念を持て』と押しつけてくる。
人間の愚行
諫言と世の中に対する愚痴が混じった男だなぁ。
思わず苦笑してしまう。
まあ……俺の前で、愚痴の発散をする分にはいいさ。
本人も
「人はもともと不合理な生き物ですよ。
だからこそ不合理ほど安心し、合理には、心の奥底で嫌悪を持ちます。
合理的が行き過ぎると、確実に嫌われるでしょう?
だからと不合理を追求しては、社会が成り立たない。
我慢出来る範囲までは、合理性の追求は認めるものです。
その不合理に従って、セレウキア卿も不合理を選択してほしいものですよ。
私に解決を丸投げするような合理性はいりません」
「私がセレウキア卿の家臣なら、ラヴェンナ卿に頼むことを勧めますよ。
これは特別な知恵など、必要ありません。
セレウキア卿の側近も、同様に考えるでしょう。
色恋沙汰で相手が、魔性の女ですよ。
不合理が行き過ぎるので、よそに投げるのは、当然の話でしょう」
ゴチャゴチャ言ってないで、恩を売れと。
それしかないか……。
「降参ですよ」
「ラヴェンナ卿は人類連合の枠組みを、まだ利用されるお考えでしょう。
それなら解決して悪いことはありません。
ですが……。
自分で問題を招き込んで、それを嘆く行為だけはよろしくないでしょう。
ラヴェンナ卿に近しい人たちが、周囲に反感を持つことになりますからね」
はいはい。
降参だよ。
◆◇◆◇◆
面会を受けることにしたので、日時を秘書たちが調整することになった。
気は重たいまま、数日が経過する。
そこにカルメンが上機嫌で戻ってきた。
「アルフレードさま。
朗報ですよ」
「うまくやってくれましたか」
カルメンは、笑顔で腰に手をあてる。
「即効性はありませんけどね。
確実に足のつかない方法でやりました」
断言したな。
それは興味深い。
なによりカルメンが
聞くべきだろう。
「どのような毒を使ったのか……。
聞かせてもらっても?」
カルメンは邪悪な笑みを浮かべる。
「『毒は毒だけが、毒たり得ない』言葉を覚えていますか?」
最初に会ったときに教えてくれたな。
たしか師匠の教えとか。
「ええ。
つまり毒を使ったわけではないと」
カルメンは目を細める。
「はい。
ノミコスはペトラキスが、アルフレードさまを頼ったと知ったらしいのです。
それでかなり不安になったのでしょう。
どうすると思います?」
幾つか可能性はあるが……。
わからない。
この様子で、適当な答えをすると、話が脱線しそうだ。
「さすがにわかりませんよ」
カルメンはフンスと胸を張る。
「では特別に教えましょう。
いろいろな薬に、手をだしています。
主に精神を落ち着けるものや、よく眠れるようにする薬など……。
併用したら、極めて危険なものです。
恐らく併用しているのでしょう。
話を聞く限り、体調が悪化しています。
それを誤魔化すためにまた薬に頼る……。
悪循環ですね」
なるほど。
急に不安に陥り、眠れなくなったのか。
それで薬師に、処方を頼んだと。
よく教えてくれたな。
薬師は口が堅くないとやっていけないぞ。
「よく聞きだせましたね」
「私は薬学に詳しいので、相談を受けることは多いのです。
師匠のおかげで、その筋では有名ですから。
だから
王家からもラヴェンナに、留学生がいますからね。
その関係で、信用が得られます」
普通の薬師は師匠に学んで一人前になる。
徒弟制度だな。
師匠同士の関係が、弟子同士に引き継がれると聞いた。
だが……カルメンは、毒の専門家として著名だろう。
それは先方も知っているはずだ。
本来なら疑われて、相談などされない。
ラヴェンナ薬学研究所の所長という肩書が、有利に働いたわけだ。
ただの薬師ではなく、公的な地位を持っている。
しかも薬学研究所はニコデモ陛下肝いりの留学先。
疑うのは非礼となる。
それで信用されたのか。
「前々から相談は受けていたのですね」
「ええ。
ノミコスは前々から薬を求めていたそうです。
効果が薄い、安心するための薬ですね。
でも最近になって、効き目の強い薬を要求してきたようです。
それで私に相談が回ってきました。
だからある薬物を教えましたよ。
ついでに『効果は大きいけど、摂取量が多いと人体に害を及ぼす』と言っておきました。
あまり出回っていないので、きっと薬師たちに広まります。
その中には、倫理感の薄い薬師はいますからね。
ノミコスの求めるだけ売る輩は確実にでてきますよ」
なるほど……。
じかに狙うのではなく、網を張ったわけだ。
これは他にも死者がでるかもしれないが……。
俺がだした条件は、毒殺が発覚しないことだからな。
やむを得ない。
「つまりダメだと言われても、つい手をだすように仕向けるわけですか」
カルメンは、ますます得意気になる。
他者に対して酷薄なようだが、これは情が深いことの裏返しだからな。
善悪ではなく個性だろう。
しかも俺の指示がなければ、このようなことはしないのだから。
「放送が始まると、どうなります?
精神的に追い詰められて、簡単に手をだしますよ。
貴族なら召し使いが渡しません。
ところがノミコスは貴族ではありません。
それと一度左遷されてから、使用人もいなくなったそうです。
いまは使用人を雇っていますが、信じてなどいません。
しかも悪事を働いている自覚はあるのでしょう。
毒殺を恐れて、自らで薬の購入をしています。
どうですか?」
それならほぼ確実にかかるだろうな。
放送で名指しすれば完璧といったところか。
「期待出来そうですね。
お見事です」
カルメンはフンスと胸を張った。
「万が一にも発覚するなんて、心配をされていたでしょう?
私にも意地がありますからね。
アルフレードさまにギャフンと言わせないと、気が済みません」
ああ……。
そこが引っかかっていたのか。
理屈では理解するが、心情的には納得し難いと。
職人気質だからなぁ……。
どう答えたものか。
想定回答が、どれも危険すぎる。
失敗しないと思っていたと言えば白々しい。
可能性はあると言えば事実だが、これまた不機嫌になる。
「ギャフン。
これでいいですか?」
カルメンは白い目で俺を睨む。
「それ……全然面白くないですよ。
まあ……いいです。
アルフレードさまに、ユーモアのセンスは期待していませんから。
ブラックユーモアなら凄いですけど」
地雷を回避するために、わざと滑っただけだ。
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