912話 手頃な生贄

 ボアネルジェスは直接、面会に来ていたので、時間を割くことにする。

 ピエロの魔物化で、多くのスケジュールが取り消しになったからな。

 時間的余裕はあった。


 差し当たり俺とキアラで会うことにする。

 モルガンは世界主義に狙われているからな。

 必要がない限りは、同席を認めない。


 応接室で待っていたボアネルジェスはやつれているようだ。

 まあ……無理もない。

 挨拶を済ませて、本題に入ろう。


「それでペトラキス殿。

私に頼みたいことがあると?」


 ボアネルジェスは礼儀正しく、頭を下げる。


「まずは、お時間をいただいたことに感謝を。

お恥ずかしながら、進歩派を騙る小人の横暴が目に余ります。

これを掣肘するために、ラヴェンナ卿のお力をお借りしたく」


「私に直接的な影響力はありませんよ。

クレシダ嬢に頼むのが筋では?」


 ボアネルジェスは力なく首を振る。


「お願いしましたが……。

取り合っていただけません。

『個別会議で決まったことに、口を挟めない。

最高会議が開かれないのだから』

おっしゃいまして……。

最後は『ラヴェンナ卿にお願いせよ』でした」


 クレシダが暴走を唆したのは確定だな。

 問題は誰が知恵を付ける役なのか。

 知っていれば楽なんだがなぁ……。


「それで暴走は、誰が主体に?」


「ラヴェンナ卿が小人と断じたソフォクレス・ノミコスです。

まさにラヴェンナ卿の忠告通り、足をすくわれてしまいました。

今は己の未熟さに、忸怩たる思いです」


 やはりソフォクレスか。

 知恵を付けるならこいつだろうと思っていた。

 これで確証が得られたな。


 俺がボアネルジェスに、ソフォクレスには注意するよう忠告した。

 それでもボアネルジェスは、信頼の態度を示したが……。

 ソフォクレスは疑心暗鬼に陥って、クレシダに讒言した。

 結果として、クレシダに左遷されたのだが……。


 ボアネルジェスが、末席に復帰させた。

 その報告を聞いたときは、『きっと恩を仇で返される』と皆に話したなぁ……。


 ボアネルジェスは恩を売ったつもりなのだろう。

 甘かったな。


 ソフォクレスにとっては屈辱でしかない。

 以前と同じ地位に戻して、ようやく最低限の待遇だと思うからだ。

 それは不可能なのだが……。


「なるほど。

それで私に、なにを望むのですか?」


「質問権の乱用を抑止していただきたいのです。

そのためには、最高会議の開催が必要でしょう。

個別会議の決定を覆すのは、最高会議の権限ですから」


 たしかに最高会議で決めれば、個別会議の内容をひっくり返せる。

 だが出席などしない。

 シスター・セラフィーヌの出席が必要だからだ。

 ここで俺が出席すると、教会との関係悪化を招く。

 今教皇庁で活動している石版の民にも悪影響を及ぼす。

 マイナスが大きすぎる。


「出席はしません。

シスター・セラフィーヌを認めない限りは。

ただし……質問権の乱用については対処しましょう。

このような無道を許しても、益はありませんからね」


 ボアネルジェスは、深々と頭を下げる。

 俺が折れて出席するとは思ってないなようだ。

 対処してくれるだけでも有り難いと言ったところか。


 悪い奴ではないのだがな。

 頭のいい人にありがちな甘さが目立つ。

 まあ……ひとつばかり貸しにしておこう。

 ボアネルジェスは、借りを忘れない男だからな。

 将来役に立つかもしれない。


「感謝致します。

このご恩は必ずや……」


 元からやる気だったからな。

 それを教える必要はない。


 ボアネルジェスが帰ったあと、ホールに戻る。

 キアラが俺の前にやって来た。

 

「お兄さま。

なにか別の手を打ちますの?」


「先ほどの会談で、いい情報が入りましたからね。

カルメンさんに頼みがあります」


 カルメンは邪悪な笑みを浮かべつつやってきた。


「ついに毒殺許可ですか?」


 本当に嬉しそうだな。

 物騒極まりない。


「ソフォクレス・ノミコス殿が質問権乱用の陰にいるようです。

恐らく不届き者たちの頭脳といったところでしょう。

やれますか?

生かしておくと別の手で抵抗しかねません。

頭脳が消えれば、一時的にでも麻痺するでしょう。

そのまま一気に片付けることが出来ますから」


 カルメンは満面の笑みを浮かべる。

 本当に楽しそうだな。

 実はやりたくて、仕方がなかったのか?


「誰に聞いているのですか。

それでご所望は?

死に方にも注文があるのでしょう」


 食事の味付けを聞くような口ぶりだな。

 困ったお嬢さんだ。


「可能なら過労か心労で。

自然死に見えるのが最善です。

難しいなら確実にやる方向で」


 カルメンは気取った仕草で一礼する。


「お任せを。

自然死のご注文を承りました。

今までのフラストレーションがようやく発散できます。

やって見せますよ」


 カルメンはキアラとなにか話してからスキップしながらでていった。

 思わず苦笑してしまう。

 そこに真顔のモルガンがやってきた。


「ラヴェンナ卿。

なぜわざわざ消す必要があるのですか?

そこまで危険な人物とは思えません」


「この手の小人は生かしておくと、しぶとく害を撒き散らします。

保身にけているので、罪を暴くのも難しいでしょう。

小人だと侮っては、大きな被害を招きます」


 モルガンの目が鋭くなる。

 この程度で説得出来るとは思っていない。


「あくまで可能性では?」


「極めて高い可能性ですよ。

一度権力の味を知った人が、大人しく引き下がると思いますか?」


「難しいですな。

それにしても他の邪魔者は放置して、なぜノミコスを消すのですか?」


 当然の疑問だろうな。

 ある意味で丁度いいからなのだが……。


「いくつか目的があります。

まず進歩派内での内ゲバを加速させるため。

これは理解出来ますね?」


「消されたことに、疑いを持つ輩は多いでしょうね。

疑心暗鬼でいがみ合うわけですか」


「疑心暗鬼に陥れば、新たに利益を求める動きは鈍化します。

そして他の対象者に比べて、ノミコス殿の地位はかなり低い。

これがもうひとつの理由です」


 モルガンは唇の端を歪めた。

 リスクの低さを理解したらしい。


「地位が低いので、真剣な犯人捜しは行われないと……。

自然死として片付けられる可能性は高いでしょうね。

実に手頃な生贄というわけですか」


 手頃なのは同感だが生贄ではないだろう。

 やりすぎたのだ。

 その対価を払わせるだけ。

 ソフォクレスはシケリア王国の人間だが……。

 俺が動いたと知られても、シケリア王国は黙認するしかない。

 本来は自分たちで対処すべきことなのだ。


「加えて私を、首謀者として考える人がいるでしょうか?

それこそ妄想と偏見の森に住む人なら、決め付けで的中するでしょう。

風が吹いても私のせいだと思うのですからね」


「誰も本気にはしませんね。

それでも、何者かに消されたと考える者は現れるでしょう。

制度悪用をした者は命を落とすかもしれない……と思わせるわけですか。

リスクが低く効果はそれなりと。

万が一に発覚した場合は、どうされますか?」


 そのケースも考えている。

 カルメンとて神ではない。

 なにかのミスで、俺の影が見えるケースもあるだろう。

 だからどうした?


「どうもしませんよ。

無視します」


 モルガンの目が点になる。

 予想外の回答だったらしい。


「無視だけ……ですか?」


 モルガンですら失念するか。

 ここは無法地帯だ。

 最高会議の出席者に対する強制力は、誰も持っていない。

 ただ不利になるから自省するだけのことだ。


 進歩派は人類連合が、各国の上位に位置すると、幻想を持っているが……。

 現実は各国がなんとなく認めているだけなのだ。

 明確な法的根拠と強制執行力など持っていない。


「証拠までつかまれることはないでしょう。

仮につかんだとして……。

誰が私を処罰するのですか?

しかも対処してくれと要請があってのことです。

殺すなとは一言も聞いていませんよ。

さらに質問権の乱用は、放送で明らかになる。

果たしてどうなりますか?」


 モルガンは慇懃無礼に一礼する。

 どうやら納得したらしい。


「殺されて当然だとなるでしょうね。

悪徳役人が見せしめのために処刑されることはありますから。

ラヴェンナ法で鑑みると不適当ですがね。

ここはラヴェンナ法の及ぶところではない。

社会の流儀に従うわけですか。

そこまでお考えでしたら、私から申し上げることはありません」


 法を悪用する小人は、理性や善意には強い。

 だが力の前には無力だ。

 力に強いものは存在しないが……。


 それでは社会が成り立たないからな。

 だからと力を完全に封印しては、小人は無敵となる。

 平時であればやらないが……。


 この混乱期は、上品に振る舞う余裕がない。

 倉の穀物が少ないときに、ネズミに食い荒らされては飢え死にしかねないだろう。


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