911話 正当な権利
旧ギルド壊滅は、ジャンヌの処置が始まってからにしよう。
それ以外にも、問題は山積している。
人類連合での最高会議は、俺とシスター・セラフィーヌが出席しておらず開催出来ていない。
個別会議は開催されているものの……。
重要な決定は出来ずじまい。
それでも、なんとか種籾法などの新法を実施している。
だが問題が起こった。
新法の欠陥ではない。
進歩派の暴走だ。
ランゴバルド王国から派遣されている役人が、俺に救いを求めてきた。
まあ……そうなるよな。
対処を約束して、役人を帰す。
ホールで相談内容を話すと、皆は呆れ顔だ。
プリュタニスが大きなため息をつく。
「質問権の乱用ですね」
役人が人類連合で定めた法案の実施を行うが、個別会議の出席者は、実施内容について質問をする権利が与えられている。
俺が介入する余地なく個別会議で決められたことだ。
のちのために、苦言だけは呈しておいた。
『質問権はあってもいいが、制限が必要になる』
予想通り、大勢から熱狂的な反発を受けた。
内容はヒステリーでも起こしたかのような、感情的なものばかり。
誹謗中傷や人格否定、罵詈雑言のオンパレード。
理屈っぽいものは混じっていたが、それはブーメラン芸ばかりだった。
それも非公式にするからタチが悪い。
この時点で世界主義の影響があると予測できた。
連中の反論は、種類が少ない。
基本的に屁理屈ですらない罵詈雑言だ。
理屈では勝てないから、喚き散らして、俺の声を封じるしかないけどな。
気にすることもないのでスルーした。
俺の目標はあらかじめ問題を指摘したアリバイ作りのみだからな。
そして予想された事態が起こった。
そもそも新法を推進しようにも、人手が足りない。
対処するために、地域の商会や顔役に仕事を委託する形となった。
それはやむを得ない。
無理に実施するのだから、それしか手がないのだ。
そもそもやるなと、俺ならいうが。
人手不足を解消しようと、質の悪い人材で穴埋めする位ならやらないほうがいいだろう。
ラヴェンナではそうさせている。
質の悪い人材が巻き起こす被害は、多くの人に及ぶのだから。
ところが俺の考えは特殊らしい。
無理にでも、体制を整えるのが一般的のようだ。
委託する際に、人類連合の役人が、業務内容を監査する仕組みとなっている。
ところがその監査が、骨抜きにされる。
この業務委託を受ける者は決まっていた。
出席者の推薦で決まるのだ。
つまり業務委託を受けるため支援者となる。
コネの悪しき面が浮きでたわけだ。
この支援者たちは、出席者を通じて言外に脅してきたわけだ。
『彼らの業務は、正当に行われている。
それを疑うなど、信義と善意に対する攻撃だ。
監査の必要性を問いただすことも有り得る』
つまりチェックなどするな。
しようものなら、『正当な権利を行使して、業務を滞らせるぞ』と脅してきたわけだ。
一度突っぱねたところ、連日の質問攻めに遭い、業務が滞ってしまった。
質問権を行使されると、書状での回答が必要になる。
最初は意味が分からないなどの質問だ。
その次は文法とか句読点位置、文字の大きさなどを質問する。
普通なら有り得ない質問だ。
貴族間の書状なら、細心の注意を払うが……。
あくまで質問の回答だ。
誤記があれば訂正すれば済む話。
第一紙が勿体ない。
そもそも書式や文法すら決定していないのだ。
このような質問権の乱用を想定していなかったのだろう。
俺が指摘したら狂ったように反対したのは当然だ。
乱用できなくなると困るからな。
そもそも質問の内容は制限されていない。
役人たちは突っぱねる根拠がないのだ。
度重なる嫌がらせに、役人たちは屈服してしまった。
そして要求はエスカレートする一方になる。
事業の監査を拒否するだけではない。
増額まで要求してくる。
万策尽きて俺に泣きついてきたわけだ。
『言わんこっちゃない』と突っぱねるのは下策だろう。
一応、ランゴバルド王国の代表なのだ。
「まあ……。
性善説で決めると悪用する輩にとっては、格好の餌食です。
善意を盾に、自分たちを被害者に仕立て上げますからね。
それだけで済まないでしょう。
この手の寄生虫は悪賢いですからね」
プリュタニスは眉をひそめて、腕組みをする。
「まだなにかあるのですか?」
この問題は根が深い。
短期間によくぞ根付いたなと、感心すらしてしまう。
まあ……クレシダに唆されたのだろうが。
唆しても具体的な方法までは教えないはずだ。
誰かが知恵を付けているのだろう。
「役人にも、協力者をつくっているはずです。
最初は恫喝や脅迫。
『お前の家族の居場所を知っている』など言えばいいのです。
これで普通は屈服するでしょう。
もし国や領地なら、国王や領主が守ってくれます。
人類連合ですからね。
どこまで本気で守ってくれるか怪しい。
ただし脅すだけでは終わりません。
役人にも分け前を与えます。
これで立派な共犯関係ですよ」
「そこまでするのですか?」
プリュタニスは清廉だからなぁ……。
小人が利益に執着する強さを、甘く見ている。
頭のいい人にありがちだが、欲望が先行する人を理解出来ない。
「しますよ。
ある程度の決裁権を持つ上級役人に狙いを絞ってね。
下っ端は恫喝だけで十分です。
それでも退かないなら、暴力に訴える。
上級役人とは共犯関係なので、下からの不満や訴えは勝手に握りつぶしてくれます。
そもそも世界全体などという、曖昧な対象です。
義務感から告発しようとする人は少ないでしょうね」
プリュタニスは苦笑して頭をかく。
俺が最初に指摘していたことを思いだしたのだろう。
「アルフレードさまが最初に指摘していた問題点ですね。
それではなぜアルフレードさまに、助けを求めたのですか?
問題と思っているからこそ……。
アルフレードさまに直訴したのでしょう?」
「発覚したときに私に共犯だと思われては、非難は避けられないからです。
まあ……恐怖心ですね。
私が
解雇で済めば軽いでしょう」
モルガンの目が鋭くなる。
「ラヴェンナ卿は
簡単には断言出来ないが、不正より
まあ罪深いと思っている。
火事を大火事にしてしまうからな。
放火犯は死罪にしても、火事を故意に隠蔽したなら共犯に等しい。
軽い罰で済ませる気はない。
「権力者にとってもっとも避けることは、情報の遮断です。
自ら遠ざけるにしても、周囲が隠すにしてもね」
モルガンは感心した顔でうなずいている。
「たしかに情報なくては、正確な判断は出来ません。
つまりは
「発覚すると分かっていて、不正に手を染める人はいますが……少数でしょう。
発覚しないと知りつつ不正をしない……そのような意志の強い人は希少です。
ならばすこしでも不正がしにくい環境をつくるべきです。
不正し放題の環境で、個人の倫理感を問うのは、ただの怠慢だと思いませんか?」
「なるほど……敬服しました。
これほどの主君に仕えられるのは、臣下としては稀なる幸福です。
おっと……称賛はお嫌いでしたな。
話を戻しましょう。
恐怖となれば総意ではなさそうですね」
正直者だが、俺の性向を把握して対応してくる。
つまり俺が直言を好み、追従を嫌うと理解しての行動だ。
俺が追従を好むなら、それにあった対応に変わるだけ。
この男は傑物だと思う。
「ええ。
恐らく独断で私に救いを求めてきたと思います。
彼の身は守らなくてはいけません。
恐らく進歩派には、世界主義の影響を受けた人たちが浸透していると思います。
あのような厚顔無恥な要求をしてきたのです。
殺した告発者に罪をなすり付ける位、朝飯前でしょう」
モルガンの目が鋭くなる。
「何時の間に?
サン=サーンスはそこまで切れ者ではありません。
ラヴェンナ卿と比較して……ですが」
「一部は家庭教師などから刷り込まれたでしょう?
彼らが中心となれば、瞬く間に伝染します。
少なくとも普通の倫理感ではやれません。
あれは一種の病気ですよ。
この手の恫喝や幼稚な嫌がらせは、彼らの専売特許と断じていいでしょう」
「幼稚な嫌がらせは兎も角……。
恫喝なら野盗などもするのでは?」
それだけならな。
だが決定的に違う点がある。
「野盗は悪いと知りつつやるだけです。
自己正当化まではしないでしょう?」
「なるほど。
悪を自己正当化させては、善悪が揺らぎますな。
由々しき問題になるでしょう」
悪事と認識して悪事を為したなら、多少なりとも情状酌量の余地はある。
だが悪事に手を染めて、自己正当化に終始するのであれば……。
自己の正義を
つまり処罰は苛烈になる。
体制の転覆を謀っていると考えてもいいのだ。
当然そこまで考えていないだろう。
だが結果はどうなのだ。
自己の悪行を正当化するのは、悪と断じた価値観を否定することになる。
それを押し通すのだから、連中が大好きな革命そのものだ。
ならば相応の罰を与えるのが、革命家への礼儀だろう。
「
それを正義の行いと自己正当化しますから。
ただし周囲の理解を得られないことは知っている。
だからこそいかなる手段を用いても、問題提起をさせないのです」
「たしかに……。
自分達を認めない者たちは『体制に盲目的に従っているだけの奴隷だ』と言っていましたなぁ。
ただし数が多いので、軽々に処置してはいけない。
『奴隷たちが服従する大義名分を手に入れるまでの忍耐だ』と言ってもいました。
言われてみると、あの乱用者の行為は、サン=サーンスとよく似ています。
論点をずらして問題を覆い隠す。
相手は奴隷だから、説得など無意味だ……と開き直っていました」
「気に入らなければ、暴力に訴えてもいいとなりますからね。
彼らの判断基準は、自分が気に入るかどうかです。
だからすべての基準は、
知性は言葉を話せる程度でいい。
行為の整合性まで求める知性は邪魔なのですよ。
感情の奴隷であることが、彼らにとって正しい在り方なのですから。
それでいて自己を理性的と思い込む。
度し難いにも程がありますよ」
モルガンは突然笑いだした。
皆は驚いた顔をする。
珍しく個性的な笑いだな。
嘲笑混じりで見る者に不快感を及ぼす類いの、攻撃的な笑いだ。
そもそも笑いは、攻撃的なものだからな。
この正直者が笑うと、本質をそのまま映し出すのだろう。
だからこそ世界主義にいたときは、徹底的に自分を隠したわけだ。
能力に相応しい待遇を得て、老衰で死ぬ……。
平凡な夢かと思いきや、この男の本質にすれば、まさに夢なのだろう。
普通に振る舞えば刺されかねないのだ。
「これは手厳しい。
たしかにすべてが
法もそうですが、良識も同じです。
都合がいいように拡大解釈しますし、自分たちが責められると、良識を拡大解釈して自己保身に走るでしょう。
当然知性は育ちません。
厚顔無恥であることが強くなる条件でしょう。
サン=サーンスは、世界主義内では無敵の論客ですがね。
外にでた結果は、御覧の通りです」
ところがなぁ……。
この手の思想は魅力的なんだよ。
誰でも自分の我が儘を肯定してくれる思想があれば飛びつくだろう?
放縦に振る舞って正しいとされるのだ。
本来なら、それは抑圧されるべき考えとなる。
皆が放縦に振る舞っては、社会となり得ない。
人はひとりでは生きられずに、ある程度生きやすくするための対価として、本能の抑圧を要求される。
その対価を払わずに済むなら、大変魅力的だろう。
だがそれは、誰かに対価を押しつけるものだが……。
「ですが人を引きつける思想です。
なにせ自分に優しく、他人に厳しい生き方を正当化してくれますからね。
だからこそ殉教者をだしては危険なのです」
モルガンは納得顔でうなずいた。
「なるほど。
それで、どう対処されますか?」
やれることは限られている。
だがもっとも強力な武器だけは手放さなかった。
それを行使すべきだろう。
「残念なことに、質問権を制限する権限はありません。
ですが禁じられていない行為ならしても構わないでしょう?」
「
連中はそう思うだろう。
だが俺にとって本来の役目を果たしてもらうだけのことだ。
「相手にはそう思えるでしょうね。
簡単です。
質問権を行使した人物と、その背後関係。
あとは質問の回答と内容を、すべて公表すればいいのです。
『いかなる者であっても、新法の運用を知る権利がある』とでも言えばいいでしょう。
来週からは放送も復帰するようですからね」
大きな不正を暴き、白日の下に
メディアの存在意義は、そこに尽きる。
これが出来ないなら、ただのプロパガンダ機関だ。
もしくは自分で善悪を決めては、ただの私刑扇動機関だろう。
どちらにしても……存在する価値などない。
モルガンは、楽しそうに目を細める。
「なるほど。
理不尽な権力乱用を、白日の下に
その上で質問権の制限を提案すれば、拒否は難しい。
連中は反対するでしょうね。
自分に優しいだけに、周囲から危険分子と思われることを嫌がりますから。
それを恐怖で実現しようとするので、余計嫌われるでしょうが……」
統制と支配を目指すなら、情報……すなわちメディアを抑えればいい。
困ったことに、支配や統制につながる動きは、集産主義的思想と親和性が強いのだ。
そして己は責任を負わずに、支配と統制の特権を享受する。
情報機関とは、そのような危険と隣り合わせだ。
何も考えなければ、社会を維持するためのシステムが支配するシステムに変貌してしまう。
「今はいいですがね。
将来、情報を伝達する組織が、彼らに支配されていると……。
除去は極めて困難になるでしょう。
古今東西、情報の秘匿は特権ですから。
まあ……これは将来への課題としておきましょう。
今の私に出来ることはありませんから」
◆◇◆◇◆
これまた、予想外の事態が発生する。
ボアネルジェス・ペトラキスが俺に、面会を求めてきたのだ。
進歩派の所業について相談したいと。
キアラは困惑顔だ。
「なぜお兄さまに、相談などするのでしょうか。
都合が良すぎると思いますわ。
下手に会おうものなら、新法に賛同しているなど吹聴されかねません。
断ってもいいのでは?」
モルガンが眉をひそめる。
「キアラさまのご懸念はもっともです。
それでも会うことをお勧めします。
どちらに転んでも悪い結果にはならないでしょう」
キアラは不機嫌そうにしていない。
なるほど。
あえて却下されそうな提案をしてきたか。
モルガンへの対抗意識だな。
ではモルガンの意見を聞くとしようか。
「どのような結果が見込まれますか?」
「まず進歩派の分断を図れます。
ラヴェンナ卿に助力を請うたことは、紛れもない事実なのですからね。
ペトラキスの求心力は低下するでしょう。
それとラヴェンナ卿に反発する進歩派は、梯子を外されることになる。
最後にラヴェンナ卿の度量の広さが広まるでしょう。
そもそもランゴバルド王国の役人から、嘆願があったのです。
新法を推進する立場ではないと、いくらでも周知出来ましょう」
筋が通っているな。
ではモルガンの助言に従うとするか。
「そうですね……。
ペトラキス殿を敵に追いやる必要はありません。
交渉の糸は、どれだけ細くても残しておく価値があるでしょう。
会うと伝えてください」
キアラは苦笑して肩をすくめる。
「やっぱり……。
ルルーシュが言わなくても、お兄さまは会われたでしょうね」
モルガンは興味深そうに目を細めた。
「キアラさまは、無駄だと思っていることを、あえて口にされたので?」
キアラはなぜかフンスと胸を張った。
「あえて聞くことが大切ですもの。
お兄さまは、聞かずに肯定されることを嫌うのよ。
それと……嫌われる心配をせずに、平凡な案でも話せるのは、私の特権ですもの」
別に提案をしたことで誰かを嫌うなどないが……。
口にすると面倒だ。
黙るとしよう。
モルガンは苦笑する。
「これは失礼。
やはりラヴェンナ卿は、極めて奇特なお方です。
これでは並の
お世辞を喜ぶから、お世辞をいう。
贈り物を喜ぶから、贈り物をする。
それと同じだよ。
上位者の嫌がることを、故意にやる馬鹿はいない。
積極的にするか、しないかだけのことだからな。
「人に求めるなら……。
求める側にも、相応の器量が求められるだけのことです。
そのほうが楽でしょう?」
部下に人なしと嘆く奴等は、自分に器量がないことを宣伝しているようなものだ。
少なくとも頼みにはならない。
餌もつけずに釣り糸を垂らす釣り人に、魚を釣ってくれと頼むヤツがどこにいるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます