909話 義人の受難

 ピエロ・ポンピドゥが放送に現れた。

 昨今の問題に関する冒険者ギルドの対応をインタビューするらしい。


 マウリッツオが来ていたので、休憩がてら放送を見ることになった。


 ただ……。

 ピエロの様子は、見るからにおかしい。

 目の焦点が合わず、大量の汗をかいている。


 マウリッツオの目が鋭くなる。


「明らかに普通ではありませんな」


「そうですね」


 体調不良で倒れる程度なら、問題ない。

 仮に死んだとしても、大勢に影響はないだろう。

 魔物化すると、どうなるのか……。

 ピエロが放送にでるときは、此方こちらの関係者は近寄らないよう指示していた。


 さて……どうなることやら。


 放送でギルドの方針について、ピエロは問われた。

 ピエロはハンカチで、額の汗を拭う。


『え~。

昨今の世界情勢は緊迫しております。

そこで、え~。

あらゆることに、緊張感を持って注視していきたい。

冒険者ギルドだけでは出来ないことも多いので……。

各方面とよく話あって、え~しっかりと、議論を深めたいと思います』


「まるで中身がありませんなぁ……。

わかりきっていましたが。

ギルドマスターになって、人事をしたいことがヤツの目的ですから」


「なにもしないほうが、うまくいくときならいいでしょうけどね。

そもそも旧ギルドは、強い統率力のあるリーダーを望まないでしょう。

不幸な人ですよ。

マスターになれずに終わったほうが、本人含めて幸せでしょう」


「周囲は当然ですが……。

本人にとってもですかな?」


「ええ。

『いいギルドマスターになりそうだ』と、評判のいい人として終われます。

なってしまうと、実力が問われるでしょう?」


「なるほど。

たしかに。

なる前は誰しもが相応しいと思う人物でも、なった途端失望されることはよくありますからなぁ」


 インタビューは新ギルドとの関係に及ぶ。

 ピエロは汗を、再び拭う。


『新たな冒険者ギルドを名乗る集団がいることは、実に遺憾であり。

ギルドマスターとして遺憾の意を表明するものであります。

ですので冒険者ギルドはひとつである。

この認識を、広く共有していただけるよう、丁寧な説明を心がけたいと思う次第であります』


 マウリッツオがため息をつく。


「そもそもお前たちが不甲斐ないから、新ギルドを設立したのに……。

ラヴェンナ卿はどう思われますか?」


 俺に聞かれてもなぁ。


「とりあえず……。

彼方あちらが遺憾の意なら、此方こちらは不満の不を表明でもしておきましょうか」


 マウリッツオは額に手を当て、大きなため息をつく。


「ラヴェンナ卿の冗談は、お世辞にもうまくありませんな。

不覚にも、小生称賛の言葉を失いました」


 悪かったな。

 滑らせて。


「忘れてください。

その程度のくだらない話だからですよ」


 インタビュアーは、答えになっていないと思ったのだろう。

 ギルドとしてどうするつもりかを重ねて聞いた。


 ピエロは再び、額の汗を拭う。


『これには毅然きぜんと対応し、歴史ある冒険者ギルドへの信頼を取り戻すべく、不断の努力を続けたいと思います。

ただ問題がありまして……。

昨今の混乱における物価上昇が続き、一向に収束する気配がない。

これは各国が、真摯しんしに受け止め、検討すべきことでありますが……。

対応には時間かかかるでしょう。

ですが統治側の解決を待つ時間的猶予はありません。

冒険者ギルドの財政状況は、悪化の一途を辿っております。

このままでは冒険者ギルドの存続すら危ぶまれる。

子の世代にツケを回すのは、如何なものかと。

冒険者のみならず、依頼主にも、ご理解とご協力をお願いしたい』


 マウリッツオが鼻を鳴らす。


「このような場面でまで帳簿とは……。

呆れるを通り越して、感心すらしますな」


 そこまで馬鹿とは思えない。

 得意分野ではそれなりに、知恵も回るはずだ。


「もし体調が万全でないなら、普段思っていることが、口にでたのでは?

インタビューは切り上げたほうがいいと思いますよ」


「難しいでしょうな。

時間を使い切らないと、自分たちの持ち時間が減らされますから」


 各陣営は、持ち時間が決まっている。

 それ取り分のせめぎ合いは強い。

 時間を使い切らないと削られてしまうからな。

 なにかと不便な仕組みだよ。


 インタビューは続くが、突然ピエロは項垂うなだれる。

 ピエロの体から、血飛沫しぶきが飛ぶ。

 映像は濃い血の霧に包まれた。

 悲鳴が飛び交う。


 あの場所は、放送の強い影響を受けるだろう。

 ついに来たか……。


 血の霧が晴れると、黄金の像となったピエロが現れた。

 像ではないな。

 動いている。


『カネ……カネ……クロジ……クロジ……ハタン……ダメ』


 不気味な声が聞こえてきた。

 妄執なのか、呆れるより感心してしまう。


 インタビュアーは腰を抜かしており、ピエロだった怪物が素早く飛びかかった。

 手の部分が、鋭利なかぎ爪になっている。

 男の悲鳴が響き渡り、会場は大混乱だ。

 

 どうやら、怪物は小銭を締まっているポケットの部分をえぐり取ったらしい。

 えぐり取った部分を丸ごと飲み込む。


 これが本当の金喰いか。

 

 我に返った人たちは逃げ惑い、警備兵が怪物に斬りかかる。

 予想通り攻撃が通らない。


 なにかが飛び散ったような気はするが……。

 警備兵は即座に怪物のかぎ爪に倒される。


 魔法を打ち込まれても、ひるみすらしない。

 クレシダめ……。

 面倒臭い怪物を生みだしてくれたものだ。


 突如、魔物が視線を動かす。

 その先には腰が抜けたのか、へたり込んでいるジャン=クリストフ・ラ・サールがいた。

 怪物は、ゆっくりとジャン=クリストフに向かって歩きだす。

 なにかつぶやいているが聞こえないな。

 もしかしたら恨み言か?


 ジャン=クリストフは後ずさりするが、腰が抜けて動けない。

 怪物が飛びかかろうとした瞬間、ジャン=クリストフの体がまばゆい光を放つ。

 怪物のうめき声が聞こえた。


 光が消えると、怪物の姿は消えた。

 映像の視界は固定されているので、なにが起こっているのは把握できない。


『あっちに逃げだぞ!』


『あの化け物が、壁をぶち破った!!』


 警備兵らしき男たちの声が響く。

 町に逃げだしたのかよ。


 ジャン=クリストフの体は、うっすらと輝いている。

 我に返ったジャン=クリストフが立ち上がり、両手を広げた。


『おお。

わが主よ! 忠実なる僕このラ・サールへの恩寵をくださるとは……。

まだ死ぬときではない! 己が使命を全うせよと!!』


 主の恩寵ではないだろう。

 クレシダの仕込みだよ。

 思わずため息が漏れる。


「そんな恩寵で大丈夫か?」


 全員が俺に注目する。

 思わず口にでたんだよ。

 気恥ずかしくなって、せき払いをする。


「失礼。

今日の私は滑りっぱなしです。

あれも危険だと思いますよ。

悪魔の地関連で似た話があったでしょう?

あれと類似した現象かもしれません。

迂闊に近寄っては危険です。

それよりポンピドゥ殿が逃げだしましたね。

町を荒らしているのか……」


 アーデルヘイトが期待を込めた目で俺の袖をつかむ。

 俺が首をふると頰を膨らませた。

 アーデルヘイトは戦闘には不向きだ。

 しかも情報収集の訓練も積んでいない。


 苦笑したモデストが腰を浮かせる。


「私が探ってきましょうか?」


 いまは混乱の真っ最中。

 しかも知ったところで、なにが出来るのか不明。

 混乱の渦中に手を突っ込むべきではないが……。

 使用人たちの不安を和らげる必要がある。


「いえ。

いまは混乱しています。

少なくとも明日ですね。

キアラ。

効果がないと思いますが、半魔除けの花を設置してください。

あと今日の外出は禁止で。

最悪私たちが食事抜きになっても構いません。

ただ親衛隊、使用人の順で食事を与えてください。

私たちは動かなくて済みます。

足りないなら我慢しましょう」


 1日程度食わなくても死なない。

 それより俺たちを守ってくれる親衛隊が、空腹では困る。

 しかも使用人は動き回るからな。

 空腹ではきつかろう。


 食糧の備蓄はあるが、そこまで長期保存できない。

 ライサに教わった保冷庫を地下に作っているが、それでも何時まで持つか……。

 明日になって、流通が回復するかは謎だな。

 最悪退去も視野に入れよう。


 キアラも俺の指示に異存はないようだ。


「わかりましたわ。

ここは大丈夫でしょうか?」


 恐らく大丈夫だろう。

 ここを狙っては、クレシダにとって面白くないはずだ。

 ラヴェンナの加護もある。

 狙ってくる可能性は低いだろう。


「多分。

加護はありますからね。

仮に襲ってきたら、どうすべきか……。

シャロン卿はどう考えますか?」


 モデストが薄く笑う。

 どうやら、なにかありそうだ。


「推測ですが……。

撃退は可能かと」


 皆を安心させるために、理由を聞く必要がある。


「その根拠は?」


「警備兵が攻撃したときに、なにか飛び散りました。

あれは金ではないかと。

貨幣を食らうと強くなるが、攻撃を受けると弱まっていくのでは?」


 なるほど……。

 獲物を食らうほど強くなるタイプか。

 厄介だな。


「問題はどれだけの攻撃を与えればいいかですね」


「この屋敷は、結界が張ってあります。

仮に魔物が襲ってきても、四方八方から攻撃が飛んできますよ

念のため結界の力を強めておきましょう」


 打てる手は打っておこう。

 皆の心配を取り除くに越したことはないからな。


「お願いします。

まったく……悪趣味な座興ですよ。

これで世界中が、大混乱に陥ります」


 他人事のように淡々としているモルガンが、皮肉な笑みを浮かべる。


「またも人間が魔物化したわけですからね。

しかも身分的には高い。

原因をどう定義するのやら」


                  ◆◇◆◇◆

 

 翌日になると、別の騒動が巻き起こる。

 ピエロの行方は不明のままだが、町から逃げる途中で貧民街を通過したらしい。

 そこでも襲われた人々はいた。

 カネを持っていなくても襲われるのかと思ったが、進路の前にいただけのようだ。

 それだけなら問題にならない。


 問題は昨日襲われた死体の変化だ。

 黄金に変化した。


 貧民街の死体は野ざらしだったのだが、黄金になった瞬間奪い合いがはじまる。

 黄金でも四肢はもげるようだ。


 死体のすべてが黄金になったわけではない。

 内臓はそのまま。

 外側だけ黄金になるようだ。

 

 当然奪い合いがはじまり、死者まででた。

 その結果は……。

 ピエロに襲われた人数を遙かに超える死者数となった。

 黄金の奪い合いは、収拾のつかない混乱へと成長しつつある。


 勘弁してほしいよ。

 そもそも永続的に、黄金になるのかも怪しい。

 使徒貨幣の再来になりかねないのだ。

 次経済が混乱しても、ラヴェンナに助ける余力はない。


 一緒に報告を聞いていたモルガンが、腕組みをする。


「貧民たちには、年末のプレゼントでしょうか。

命がけのプレゼント争奪戦ですが。

そこに平民まで乱入して、一種のお祭り騒ぎですなぁ」


 なんとも醜い光景だが、クレシダにとっては、それこそ自然なのだろう。

 まざまざと見せつけるわけだ。

 ピエロが最終的に何処に向かうか予測が付かない。

 ただ言えるのは……町を通過する度に、争いの火種を撒き散らしていくことだけだ。


「金に目が眩むのは、人の根源的欲求ですからね。

これは退治の手が緩みかねません」


 モルガンは唇の端を釣り上げる。


「暴れてくれるほど、金になるわけですね。

そうなると得意満面なラ・サールも、裏で恨まれているかもしれません。

追い払わないほうが、黄金が沢山出来たのにと。

そもそもあれが恩寵かすら謎です」


 表向きは奇跡の人として、信奉を集めるだろう。

 新たな宗派の力は、勢いを増す。

 内心では恨む者もいるだろう。


「でしょうね。

もっと暴れてくれたほうが、黄金は増えると考える人はいるでしょう。

欲に目が眩んだ権力者は、生け捕りを目論むかもしれません」


「人は放置しても増えますからね。

簡単に捕まえることが出来ればですが」


 さすがは世界主義的発想だ。

 娯楽が少ない世界なら、子供は増えるだろう。

 黄金の餌にするためなら、子供を売る親が現れてもおかしくはない。

 老人を売ることすら考えられる。


 黄金の欲はあらゆる理性を吹き飛ばし、その人の本性を露わにする。

 黄金がばら撒かれると、個人としての意識は薄れる。

 匿名化と欲の刺激は人を獣に変えてしまうだろう。

 言葉をしゃべる醜悪な獣が、どれほど生みだされるのやら。

 ある意味で半魔より強烈な呪いだ。


「難しいと思いますよ。

あれだけ恐怖に囚われていたのが、欲にすり替わっていますからね。

逞しいというべきでしょうか。

それよりポンピドゥ殿の行方。

そしてラ・サール殿が及ぼす悪影響。

私にとっては、これらの問題が重要ですね」


 人を黄金に変えるとは予想外だった。

 クレシダが偽りと呼ぶ……曖昧な良識。

 これを力ずくで壊しに来た。

 しかも自分たちで壊すように仕向けるわけだ。

 恐れ入ったよ。


 そしてその欲から目を背ける人には、奇跡を演出する。

 この両面攻撃に耐えられる人は少ない。

 後々まで対立と不信感は残るだろう。


 ただクレシダは、ひとつ読み誤っていることがある。

 使徒教徒の融通無碍むげは、とても強力だ。

 どのような異物でも取り込んで、自分たちに適した形にしてしまう。

 使えない部分は、容赦なく捨てるが……。

 終わってみれば、然程変わらない日常が待っているかもしれない。

 内面の不和は残るだろうがな。


 ラヴェンナを特殊な立ち位置としているのは、反発を抑えるためでもあるが……。

 取り込まれないためでもある。


 モルガンは腕組みをして首をふった。


「あのような恩寵は、聞いたことがありません。

奇跡と思えるのか甚だ疑問ですね。

ただ……断言は出来ません」


 なにか含むような言い方をするな。

 正直者にしては珍しい。


「なにかルルーシュ殿に考えが?」


「これはラヴェンナ卿の妄想に近いものです。

神は人を愛玩動物のように考えているのでは? と常々疑問に思っていました。

いうなれば娯楽です。

ここでしか口に出来ませんがね」


 妄想だから口に出来なかったわけだ。

 それにしても娯楽か……。

 面白い視点だな。


 本当は、悪霊の生存戦略だ。

 事実と異なるが、実に興味深い。


「愛玩動物ですか。

興味深い見解ですね」


「世を救うために、使徒を使わしていると言われます。

その割に、何度も繰り返している。

教え通り……主が全知全能なら、娯楽以外に考えられません。

力不足にしても、なにも変わらないことを繰り返すとは考えにくいでしょう」


 実に醒めた男だ。

 教会に属して神を客観視するとは。


 違うな。

 夢のために、教会に入っただけだった。


「なるほど。

つまり神は、人と同じような感情と思考を持つ考えですね。

いままではそれを隠してきたわけですか」


 モルガンは無表情に肩をすくめる。


「教会内で口にしたら命がありません。

ラヴェンナでは素朴な思いを口にしても、命を取られる心配はない。

稀なる幸福な社会ですよ。

話を戻しましょう。

偽使徒は、飽きた神が故意に送り込んだのではありませんか?

人も愛玩動物を驚かせて楽しむでしょう。

人々の信仰心を試すにしては、どうも定見がありません。

すべて娯楽だと思えば、辻褄が合いますから」


 このような考えもあるのだな。

 正直感心した。


「娯楽ですか。

反論する材料もありません」


「これは詮無き話でした。

仮に娯楽であったなら、人々の混乱や恐怖を見て楽しむのでしょう。

そこで意に添った人のみを救済する。

考えることを止めて、盲目的に神を信じる者のみです。

愛玩動物が増えたので、自分になつくものだけを選ぶかのように。

いずれはそれにも飽きて、また試練を課すでしょう。

こう考えたのは、理由がありましてね。

埋もれて知る者も少ないですが、『義人の受難』を記した物語がありました。

最初の使徒降臨のあとしばらくして、正典カノンから削除されたのです」


 切っ掛けがあったのか。

 正典カノンから削除された話とは……。

 使徒教徒の情緒にそぐわない話なのだろう。

 融通無碍むげに取り込めない異物として扱われたわけだ。


「『義人の受難』ですか?」


「ええ。

神に忠実で高潔な男が、突如苦難に襲われる話です。

主が男の信仰心を試すために、災いをもたらした。

財産どころか妻子、人々からの尊敬、さらには健康まで失う。

友人がやって来て懺悔を求める。

『このような苦難に遭うのは、悪事を主が咎めたからではないか。

悔い改め、主に許しを請うべき』

それも無理なからぬことでして……。

罪を犯せば報いがある……と因果応報を誰しもが信じていましたからね。

酷い話ですよ」


「試す行為が、娯楽に思えたわけですか」


 モルガンが皮肉な笑みを浮かべる。


「その物語の結末は、男が耐えかねて主に苦しみを訴える。

『なぜ主は自分を苦しめるのか?』

そして主に打ち据えられるところで終わります。

要約しますが……。

『無知を以て、計りごとを否定するお前の何者だ。

自分が無罪とするために、神を有罪にするのか』。

酷い逆ギレだと思いましたよ。

最後に男は悔い改め、神と和解する。

ここで話は終わっています。

信仰心が利己的になるから、救いはなかったようですね。

正典とするには、物議を醸す話だったのでしょう」


 なるほど。

 ただ無償の信仰を捧げることのみ正しいとした話か。

 ご利益主義の使徒教徒には合わない話だな。

 少しだけ、異論を挟んでみるか。


「なるほど……。

たしかにラ・サール殿は、高潔や謙虚とは程遠い。

ただ自分の信じる神には忠実でしょう。

神が恩寵をもたらしたとしても不思議ではありません」


 モルガンは、楽しそうに目を細めた。

 異論の出現に楽しくなったようだ。

 実はこのような話をしたかったのかもしれない。


「そのような観点もありますね。

今回その可能性は皆無と考えてよろしいかと。

契約の山が消滅し、魔物が増殖しています。

しかもクレシダのような謎の存在が、世を闊歩かっぽしているのです。

もし主が人々を守るのであれば、選ばれた信徒だけを助け、世界を水で浄化します。

失われた正典による主であれば、そうするでしょう。

これが娯楽なら納得できると思いませんか」


 神の怒りでやり直しか。

 なかなかどうして考えているな。

 ただモルガンには悪いが、犯人はクレシダだろう。


「そうですね。

私の見解は、クレシダ嬢からの贈り物だと思いますよ。

じきにその代価を払わされると思いますが……」


「私もそう思います。

人々には奇跡にすがる思いが残っています。

ラ・サールへの信奉は高まるばかりでしょうね。

クレシダの取り立てがはじまると、いよいよ人々は奇跡に絶望するのではないでしょうか?」


 ひとつの見解を示しただけか。

 いきなり、クレシダに飛びつく前に、別の可能性を提案してきた。

 実に優秀な顧問だよ。


「どうでしょうね。

あるがままを受け入れるかもしれません」


 モルガンは、驚いた顔になる。

 予想していなかったか。

 使徒教徒の強靱きょうじんさは、使徒教徒でなければ理解出来ない。


「奇跡は有り難いが、ときには悪いことも起こる……でしょうか?」


「心の平静さを保つには、それが1番だからですよ。

徹底的に疑問を追求する習慣はありませんからね」


 物事をナアナアで丸く収めるなら、徹底的に追求することは足枷にしかならない。


「なるほど。

当面は静観でしょうか?」


「ポンピドゥ殿とラ・サール殿の件は、そうなります。

なにもしないわけではありません。

この際ですから、旧ギルドを片付けましょう」


「ポンピドゥに責任転嫁をして逃げることを許さないかと思っていましたが……。

当てが外れましたね。

計画の調整が必要ですか?」


 それはピエロの様子がおかしくなった時点で放棄した。


「微調整程度ですよ。

そもそもポンピドゥ殿がどうなっても、問題ないようにしていましたからね」


「ではラヴェンナ卿の手腕を楽しみにするとしましょう。

かなり悪意に満ちた謀略を仕掛けるのでしょう?」


 思わず苦笑が漏れる。


「そこまで手の込んだことをする必要のある相手ですか?」

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