906話 どうでもいい話題
魔物に襲われた領地の被害情報が届いた。
やはり通過点となった土地は、進路沿いだけ被害に遭っている。
それでも被害は甚大だ。
それ以外の情報も届く。
アーデルヘイトが感じた耳鳴りのような現象を、多くの亜人たちが訴えている。
さらにはゼウクシスから、ビュトス商会を抑えた報告も届く。
ただしビュトス商会はもぬけの殻だったらしい。
下請けのような組織だけが動いていた。
そして彼らはなにも内情を知らされていない。
アンフィポリスを中心に、行方を追っているとのことだ。
これらの報告を届けに来たキアラは困惑顔だ。
「どれも状況は、思わしくありませんわね。
とくに魔物の被害に遭った領地は悲惨です。
主要な町が、幾つか壊滅したそうですし……。
中には襲撃で亡くなった領主もいます。
各地は混乱状態かと」
そうなるだろう。
俺が口をだす話ではないが。
「そちらは陛下にお任せしましょう。
たしかスカラ家の傘下にある家も、被害に遭っていましたね?」
キアラは
急に話題が変わったことで戸惑ったようだ。
「ええ……。
しかもホムンクルス技術者の違約金を、スカラ家から借りている家が多いですね」
すこし気になることがあるな……。
「被害にあった場所は、魔物の根拠地と最終的な目的地の直線上にありますか?」
最終的な目的地は、聖
聖
キアラは手元の書類に目を落とす。
「いいえ。
寄り道をしている感じですね。
なにか気になることが?」
魔物が引き寄せられる条件に、ホムンクルスが関係するのかもしれないな。
こればかりは、詳細を知らないとダメだが……。
「魔物が寄り道をした条件。
これが気になるだけです。
それよりスカラ家は、借金の回収どころか、復興に支援が必要になるかもしれません。
スカラ家から受け取った違約金は、手つかずで保管してありますね?」
「当然ですわ。
まさか?」
まさかと言ってもキアラに驚いた様子はない。
保管した以上、どこかで返すつもりなのは明白なのだから。
「スカラ家に渡しましょう。
条件はつけずに、
いつの間にか隣に来ていたモルガンが目を細める。
「ほう……。
なかなか思い切ったことをされますね。
スカラ家にとっては大きな借りが出来るわけですか。
ある意味で丸儲けですが、この対価は高くつきそうですね」
キアラは不機嫌な顔になるが、モルガンは涼しい顔だ。
スカラ家はかなり困っているだろう。
だからこそ価値がある。
「国内の反ラヴェンナ派に対する盾となってくれますよ。
安い投資だと思いませんか?」
キアラは怪訝な顔で眉をひそめる。
「いつか返すつもりだと思っていましたけど……。
この被害を予期していたのですの?」
「まさか。
ただ明るい未来はないことだけは確信していました。
だから返すタイミングを計っていたのですよ」
キアラは納得した顔でうなずいた。
「それなら結構ですわ。
また隠しごとかと思いましたもの」
信用がないな……。
モルガンは腕組みをして苦笑する。
「スカラ家としては予想していないでしょうね。
困窮するでしょうが、立て替えた金を戻してくれなど言えません。
スカラ家の名誉が失墜しますから。
そこに条件をつけずに差しだす。
この心理的な負い目は、かなりのものですよ。
政治の世界では、明確な借りほど重いものはありません。
しかもスカラ家は正道をいく家ですからね。
援助されて当然……と思うようなアルカディアではありませんから」
アルカディアは、援助されて当然と思うだろうな。
困ったときは助け合うべきだと。
聖
いざ自分がするときになると、途端に
聖
それどころか襲ったからな。
しかも未来になれば『援助させてほしいと懇願してきた』と歴史が書き換わるだろう。
存在すれば……だが。
スカラ家は正統派なので、アルカディアと比べられたら激怒する。
俺だって比べられたら怒る。
いくら正統派でも下手に条件をつけては、反感を買ってしまう。
誰だって足元を見られたと思えば、恩など忘れて恨むだろう。
それでは無駄金だ。
同じ額を使っても、結果が変わる。
「スカラ家の家臣は一枚岩ではありませんからね。
外交は雑な対応をした瞬間、関係が悪化しますからね」
モルガンは目を細めて一礼する。
「見事な外交センスです。
差し当たりこれで、国内の反発は抑えられましょう」
外出していたモデストが戻ってきた。
そのまま俺のところにやってくる。
「お話中失礼。
少々よろしいですか?」
珍しいな。
それだけ重要な情報を手に入れたか。
「ええ。
なにかつかめましたか?」
「町では人種を問わず喧嘩が多発していますね。
どうも感情を抑えきれなくなったようです。
それよりひとつ……」
ここからが本題か。
「なんでしょうか?」
「ピエロ・ポンピドゥの様子がおかしいようです。
話がかみ合わず、『財務健全化』と
奇行が目立ち始めました。
気が触れたのではないかとも噂されます。
それも無理なからぬ話ですが……」
「状況を複合的に考えると、そう簡単な話ではないでしょう。
これは一波乱ありそうです」
モルガンの目が細くなる。
「なにか思い当たることでも?」
思いつきでしかないからなぁ……。
軽々しく口にするのは憚られる。
「妄想の域をでません。
言及は差し控えましょう」
モルガンは表情を変えずに首をふる。
「ですがラヴェンナ卿は、最も多くの可能性をご存じです。
そしてクレシダと思考が近いのでしょう。
ならばお教えいただいてもよろしいのでは?」
キアラは不機嫌な顔でモルガンを睨む。
「ルルーシュ。
お兄さまは、ご自分の言葉で、大勢が引きずられることを懸念されていますの。
確証が得られるまでは、なにも言わないのですわ。
新参者にはわからないでしょうけど」
うわぁ……。
ついに我慢しきれなくなったか。
モルガンの態度は、正直で率直すぎるからな。
不敬に思えたのだろう。
だがそれを咎めるのは筋違いだ。
俺が口を開く前に、モルガンは首をふる。
「それは臣下の問題です。
ラヴェンナ卿から信用されても……。
信頼されていると言い難いのでは?
信頼されていれば、そのような配慮は不要でしょう」
キアラの目が鋭くなる。
不味い。
マジで怒った。
止めないと危険だ。
「ルルーシュ殿の正直さは評価します。
それを歓迎するのは私だけですよ。
周囲と衝突されては困ります」
いくら正直でも無用の挑発は止めてほしい。
俺が疲れる。
「これは失礼。
言葉が過ぎました。
お許しいただければ幸いです」
キアラは俺をチラ見して、ため息をつく。
「今後注意して頂戴。
お兄さまが、最初の段階で口を割らないのは皆も気にしているのよ。
それこそ信頼されていないのではと」
そのような心配をさせていたか。
これは迂闊だった。
モルガンは深々と一礼するが……。
慇懃無礼を絵に描いたような態度だ。
思わず笑いそうになる。
キアラに睨まれたので黙っておこう。
モルガンは厳しい表情で俺に向き直る。
「ラヴェンナ卿は諫言を望まれるのでしょう。
それでいて情報や考えを秘匿されるのは、如何なものかと。
率直な諫言をするには、主人の考えを知る必要があります。
ここは正直に、お考えをお聞かせ願えませんか?」
痛いところをつかれたな。
思わず頭をかく。
「降参です。
ふと思いだしたのですよ。
半魔のことを」
モルガンは腕組みをする。
驚きすらしないあたりは流石だな。
「人が魔物になる事象でしたね。
あれは魔物の肉を口にすると発症するはずですが……。
それ以外の条件で再現すると?」
あくまで可能性の話だ。
あれだけで、研究が終わると思えない。
モルガンはそれ以外と言ったが……。
ピエロに食わせることなど簡単だろう。
「ポンピドゥ殿の口にするものが、安全なものと限りますか?
護衛はクレシダ嬢が手配しています。
その気なら、なんとでも出来るでしょう?」
モルガンはアゴに手を当てて嘆息する。
「つまりピエロも半魔になり得ると?」
そこで半魔になると決め付けるのも早計だ。
どれもこれも妄想の域をでないが……。
「もし魔物化させるなら、半魔とは限らない。
ほかにも手はあるでしょう。
なによりタイミングを、自分で制御する必要があります。
一度半魔化がはじまると、誰にも止められません。
そこまで未来を見通すのはクレシダ嬢でも不可能ですよ。
ところがここにきて異変が顕著です。
放送の仕掛けでなにかあるのでしょうが……。
これならタイミングを、自分で制御出来ます」
「クレシダはピエロを、魔物にするつもりですか。
否定する材料はありませんが、一体なんのために?」
当然の疑問だな。
第一の動機だけでは納得しないだろう。
別のメリットも提示する必要がある。
「ビュトス商会が消えたことで、シケリア王国からの圧力が強くなります。
ここでポンピドゥ殿が魔物化すれば、大混乱は確実。
ここに手をだすことは難しくなるでしょう。
今後どのような問題が起こるかわからない。
クレシダ嬢を排除したら、その後の責任を背負い込むことになりますから。
目的は時間稼ぎですよ。
まあ……1番の理由は『面白そうだから』ですね。
そうでなくては退屈な相手を利用しません」
モルガンは
なにか気になる点があるようだ。
「その場合は、人類連合が
面白がる余裕はないと思います。
時間稼ぎも出来ないかと」
ああ……そこか。
魔物の被害が甚大になってしまったから、状況が変わってしまった。
「
それに魔物の侵攻に耐えるばかりでなく……。
反転攻勢して壊滅せよとの話がでてきます。
最初から条件を見直すより、人類連合の枠組みを利用したほうが早いのでは?」
「なるほど……。
仮にそうだとしたら、どうされますか?」
「クレシダ嬢の座興に巻き込まれないことが第一です。
不要な外出を避けることと、旧ギルド関係を探るのはやめましょう。
仮に魔物化するなら、どのような魔物になるか、見当もつきません。
普通の方法で倒せるのか……それすらもわからないのですから」
わからないことだらけだ。
、
やれることは、かなり限定される。
モルガンは納得した顔でうなずく。
「では慎重に対処すると。
この様子だと各地からも、変事が報告されそうです。
それにしても……クレシダは底知れないと思っていました。
そもそも人が理解出来るものなのか。
難儀な話ですね」
クレシダの把握が難しいのは、普通の人間として捉えるからだ。
「クレシダ嬢は顔のない女王ですからね。
普通の人を理解するつもりでは、到底理解出来ませんよ」
モルガンは
「顔がないとは比喩表現ですね」
「ええ。
教会に籍を置いていたなら、アイオーンの子は知っているでしょう?」
モルガンは考え込む。
「……ああ。
異端として滅ぼされた集団でしたね」
説明が省けるのは楽だ。
最初から説明するのは面倒臭いからな。
「アイオーンの子は滅んでおらず、ビュトス商会を隠れ蓑に活動しています。
さらに指導者は、転生を繰り返しているとか」
「ビュトス商会は、内にいても怪しげな商会だと思っていました。
教会ですら知らない技術をもっていましたからね。
異端の
たしか悪魔に魂を売って、知識を得たとありましたからね。
クレシダが、アイオーンの子の指導者だと?」
教会としては、悪魔に魂を売ったと書かざるを得ないか。
「だと思いますよ。
不可思議な力をもっており、謎の組織も従えている。
あれで普通の女性だと思いますか?」
モルガンはアゴに手を当てて考え込む。
「思いません。
つまり転生していると思わせるほどのなにかがある……。
もしくは本当に転生しているか。
この際それは問題となりませんね。
現実としてビュトス商会は、クレシダの手足でしたから。
あそこまで忠実なのは理解に苦しいところでしたが……。
転生しているような指導者なら、絶対服従も当然でしょう。
そもそも……転生とは眉唾物ですがね。
もし本当なら打倒したあと転生されては困りますが……。
いまそれを考えても仕方ありませんね。
指導者であることと、顔になにか関係が?」
クリームヒルトが見た人物像。
そして俺に執着する一因でもある。
「何度も転生しているのです。
個人として誰も意識しない。
言うなれば女王です。
個々人は女王としか認識していない。
そして女王にもつ印象は人それぞれです」
「顔がないとは、個性を認識されないと」
クレシダの破滅願望の、最も大きな要因だろう。
内心辟易としているはずだ。
そして俺は、クレシダをクレシダとして認識する。
だからこそ……あれほどまでに執着するのだろう。
迷惑極まりない。
「もし転生が事実なら、個性を認められずに指導者としか見られない。
かなり人格は歪むと思いますよ。
人格の拠り所となる個性を認識されないのですからね」
モルガンは渋い顔でため息をつく。
ため息など珍しいな。
「これを理解すること自体……私のような凡人には不可能ですね。
ところがラヴェンナ卿は理解されている。
もしや転生されているので?」
相変わらず嫌なところをついてくる。
「どうでしょうね。
前世を覚えていなければ、したか……していないかもわかりません」
「これは失礼。
詮無きことを聞きました。
お忘れください。
ラヴェンナ卿の謎は、私にとってどうでもいい話題でした。
去年の今頃なにを食べたか程度の感心でしかない。
私の平穏な老後のために必要なのは、ラヴェンナ卿に実力があるかどうかだけですから」
モルガンは、俺の前世など興味がないようだ。
知ったところで、なにも変わらない。
実に正直な男だよ。
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