905話 思想の親和性
実例か。
まあ当然求めるだろうな。
「ありますよ。
直近では2件ほど」
モルガンの目が点になる。
連続した事象とは思っていないか。
俺は世界主義の理想が崩れた結果、精神の安定を求めた逃避先だ……とにらんでいる。
「なんですと?」
「ひとつはホムンクルスの乱造で、かなりの樹木が伐採されたでしょう。
あれで生活に、影響を受けた人は多い。
人類連合でも、伐採量を管理すべきとの意見がでてきました。
『人類は環境を、大切にすべき』との大義名分を掲げてね。
ある程度の勢力となっていますよ。
そう主張する人たちの理論武装を、知識人が担っています」
モルガンは大きなため息をつく。
「ただの条件反射かと思いましたが……。
たしかに言われてみると、条件反射にしては数が多いですね。
私はこれを機に支配力を強めようとする者たちが、裏にいると思いましたが……」
「そのような人たちも協力しているでしょう。
利に
森林はすぐに回復しませんから、遠方から運ぶ必要がある。
そこから木材を運ぶ商人は大もうけ出来ます。
伐採を制限すれば、値段はあがりますからね」
モルガンは珍しくハンカチで額を拭う。
結構な衝撃だったようだ。
「これは完全に盲点でした。
なぜ転向したかは、あとでお聞かせくださるのでしょう。
それで残りのひとつは?」
「人間と亜人は平等だとする話ですよ。
差別は処罰する必要があるとの意見もでてきました。
取り締まり言論を検閲する必要があると。
『差別を止めるため、要職の登用を義務づける』とも言っていましたね。
これも同様です」
「利益が絡んでいると?」
「世界主義同様、この手の取り締まりは
亜人が人間を蔑視した発言は素通りで、人間が同じことを亜人にすると捕まるでしょう。
しかも気に入らない相手を排除するにはもってこいだと思いませんか?
要職の席が減るでしょう。
もし嫌な人がいたら、その人は差別主義者だ……とレッテルを貼れば、出世は覚束ない。
公平な人事だとしてもです。
もし誰かが理不尽な攻撃を受けても、多くの人は難を恐れ見て見ぬふりをするでしょう。
しかも自分たちのシンパになれば出世出来る……と考えたら?」
「賛同者があとを絶たないでしょうね。
誰しも自分の身がかわいいものですから」
「間接的ですが世界を支配出来ます。
しかも彼らの中での地位を高めるべく、魔女狩りに精を出すでしょうね。
大変な利益だと思いませんか?」
モルガンは天を仰いで嘆息する。
衝撃が強かったらしい。
「世界主義の理想は実現不可能ですが……。
支配に限れば可能であると。
ラヴェンナ卿がその気なら、とっくに世界を支配出来ていたわけですか。
いやはや恐ろしい」
「これが醜悪なのは、亜人たちの意志など置いてけぼりになることです。
亜人たちは、差別をなくしてほしいと願っても……優遇してほしいとは思わないのです。
しかし真っ当な意志は無視されます。
マイナスをゼロにしたところで目に見える成果となりません。
優遇して、反対派を弾圧することではじめて支配欲が満たせるのですから。
彼らにとって平等とは支配するための武器にすぎず、守る気などないのです。
しかも一部の亜人は、自分こそ代表だと言わんばかりに優遇を求め、彼らと結託するでしょう」
「亜人が特別高潔ではありませんからね。
欲に目が眩む者もいるでしょう。」
「このような人たちは嫌でも生まれてきます。
だからこそ社会が続く限り、
集結は社会の発展とともに容易となります。
彼らが集結して発言力を持ったとき、社会は危険な病気に罹る。
この病気最初は違和感程度です。
次に倦怠感や痛みを発する。
最後は生きることすら困難になるでしょう」
「だからと発展するなとは言えませんね。
人は利便性を求めますから」
以前のように、教会が時間を止めることは出来なくなった。
発展は必然だろう。
「ええ。
だからこその
文明が発展して、人は新たな病気に罹ることが増えました。
原始的生活では罹り得ないような病気にね。
社会も同様に発展すると、原始的社会では罹り得ない病気に罹るわけです」
モルガンは大きなため息をつく。
「これは病気というより悪ではないかと。
真の悪は、善の姿をしているとは至言ですね。
掲げる理想自体は善の沼に包まれているわけですから。
たしかに危険です。
しかも
結果だけなら、反論の余地はありません。
ですが……そう簡単に転向出来るものでしょうか?」
「私が
今まで出来なかった支配が出来るようになるのです。
自分の理想を皆が実現しようとする。
このような光景が広がっていると想像すれば、大変魅力的です。
知識人としての虚栄心も大きく満たすでしょう。
どちらも内心まで支配統制を目論んでいます。
反対する者は、すべて悪として。
自分たちの支配をより強固にしたいがためにね」
モルガンは呆れ顔で首をふった。
「伐採量にしても、統制など不可能でしょう。
計画を超えるから……と禁じて凍死者がでれば本末転倒かと。
環境には優しいかもしれませんが、人には厳しいですね」
実際そうだろうな。
意図せずとも、結果は一緒になるだけだが。
「世界主義もそうですよ。
邪魔な人を粛正しまくるでしょうから。
環境に優しい思想であることは共通しているでしょうね。
まあ……冗談ですが。
計画は絶対。
理不尽だろうが
環境保護と世界主義……まったく無関係に見えますが、親和性は高い。
だからこそ容易に転向出来るのですよ。
しかも今なら説得力がある。
なにより道徳的な優越感をえられるのです。
知識人は道徳に
転向しないほうがおかしい」
「つまりラヴェンナ卿は世界主義を経由して、多くの
「ええ。
基本的に世界主義を経由すると、理想論的原理主義に行き着きやすいのです。
一種の登竜門ですね。
世界主義がなければ、知識人の関心は分散して病気が発症しにくい。
効率的だと思われると……漏れなく病気が発症する。
これが急いでつぶそうとする理由です」
まだ平民にこれらの理想論的原理主義と戦う力がない。
時間が必要だ。
かなり
しかも足腰の弱い空論に立脚しているのだ。
この光景が見えてしまっているから、到底認められない。
見たくはない現実だがな。
「これは私の視野が狭かったようです。
恐れ入りました」
「いえ。
ルルーシュ殿の忠告は貴重です。
まあ遠い将来、社会の発展に伴う矛盾が無視出来なくなれば、集産主義が蘇るかもしれませんが……。
それは子孫の課題でしょう。
そのころには、このような理想論的原理主義を否定する土壌も育っているはずですから。
現時点では早すぎるのです」
社会が発展して、民衆に知恵がつけば、多少なりとも抵抗する力になるだろう。
俺が将来に残せるのは……その時間くらいだな。
「
利益をえたい者が、裏で後押し……。
ここまでは理解しました。
それで社会の垢が集まると、どのような危険があるのですか?
おぞましいだけではない……。
別の理由があるのでしょう?」
「熱意があって思慮の浅い人は、現実を知ることで決別することがあるでしょう。
ただし大人になれない子供は違います。
決して本質を変えることはない。
彼らのような人たちは群れると、大変危険な存在へと変化するでしょう。
自分たちの意見を押し通すためなら、どのような手段にも訴えます。
違法行為だろうがお構いなしで、自制の欠片もありません。
しかも0か100でしか物事を考えない。
彼らを野放しにすると、社会は荒廃する一方ですよ」
体の大きな子供たちは、良識や配慮にタダ乗りして食い尽くす。
結果として社会はより窮屈になり、不信感だけが蔓延する。
ごく少数を野放しにすることで、大多数が後始末を押しつけられるわけだ。
「ある種の支配者ですね。
少数だから許容出来たものが一か所に固まることで、許容範囲を超えた害悪になると。
バッタも1匹なら問題ないが、群れると蝗害を巻き起こす。
垢と称しましたが、イナゴと称すべきですかね」
「悔しいことに否定は難しそうです。
しかも彼らは支配に対する責任を負いません。
従わせるけど、結果が悪ければ、責任転嫁をする。
薪の話では、他人には決して使わせない。
凍死者がでても、自己責任だとか自然を守るためには必要な犠牲とか……統治者の責任にするでしょう。
でも自分たちは薪を浪費して、暖かい部屋で馬鹿騒ぎする。
これは予測するまでもない未来図です。
そして彼らは社会を食い尽くすと、被害者として振る舞うでしょう」
多数になったとき社会が許容出来ない害悪になるには、理由がある。
群れないと基本は
だが群れた上に、大義名分を武器としたときが問題だ。
「本物のイナゴは本能のまま穀物を食い荒らしますが……。
人の姿をしたイナゴは本能のまま支配したがると。
しかも駆除しようとすれば襲いかかってくるわけですか。
たしかに害悪以外の何物でもない。
しかし……アルカディアでもないのに、そこまで愚かなのでしょうか?」
「賢愚は無関係です。
彼らは大変傷つきやすくて、繊細な暴君ですからね」
モルガンが皮肉な笑みを浮かべる。
「ほう……。
私には面の皮が厚いだけに見えますよ」
「自分を抑えることが傷つくことにつながるからです。
だから傷つくことは、すべて悪と思い込む。
この性質によって彼らは決して変わろうとしないのです。
しかも社会から抑圧されていたと思い込んでいるでしょう。
実態は……彼らを野放しにすると社会を維持出来ないから、押さえつけていただけですがね。
それもごくこく普通の社会常識に従えと言っているだけ。
でも彼らにとっては不当な抑圧なのです。
ひとたび解放を味わうと、本能的に抑圧を恐れるでしょう」
「ラヴェンナ卿の視点は実に面白い。
一言で片付けないのですね」
「一言で片付けると、対処を誤るからです。
彼らは自分が傷つくことは嫌うので、群れない限り実力行使にはでません。
それも絶対安全と確信したときですね。
危険が伴うときは、誰か思慮の浅く熱意ある者を焚き付けて攻撃させるでしょう。
当然、責任を追及されても知らんぷりです」
「なんとも呆れるばかりですね。
やはりイナゴより垢が正しいかもしれません」
「彼らにとっては、それが正しい行為なのです。
自分の内なる支配欲を我慢出来ないと傷つく。
他人に欲求をぶつけて、反感を持たれても傷つきます。
自分は正しいことをしているのに、なぜ傷つけられるのだと。
だから彼らは、自分に対しての反対を、嫉妬などで片付けます。
嫉妬だと思わないと、相手の言い分に正当性が生まれて……やはり傷つきますからね。
子供ですから……ふたつの正義には耐えられないのですよ」
モルガンは突然笑いだした。
なにか思い当たる節でもあったのか?
「たしかに
あれも自分を守るためだったと。
まあ……理解してやる義理はないので、拳でわからせましたが」
殴っていたのか。
トマ相手なら、それが最も効率的だろうなぁ……。
「自分を全肯定しなければ攻撃するのは、単に傷つきたくないからです。
普通の人は、彼らを狂った集団だと思い、否定も肯定もしないでしょう。
誰だって関わりたくないのですから。
彼らの主張は、場面場面でなら辛うじて筋が通っていても……。
時系列で並べると矛盾だらけ。
矛盾しないように行動すると、自分の行動が抑制されてしまうからです。
これを指摘しても無意味ですがね」
「傷つくことを恐れて無視するからでしょうか?」
「困ったことに、彼らは黙って無視出来ない。
無視してやったと自分が優位な立場であることを誇示します。
自分が弱いと認めては傷つくから、強く見せたい。
自分を傷つける存在は、自分から切り捨てなくては気が済まないのです」
モルガンは渋い顔で頭をかいた。
流石のモルガンも辟易しはじめたか。
「面倒臭い輩ですね。
たしかに
嫌な記憶が鮮明に思い起こされる」
「それどころか……。
自分たちに反対する人たちを探して攻撃するでしょう。
これは自分が弱くて繊細だから、傷つく行為をさせないこともありますが……。
強さの誇示です。
本質的には
誤魔化すために攻撃を仕掛ける。
ただし相手が強力で、確実に反撃をされる相手には決して近寄りません。
攻撃の対象は、社会の良識派です。
良識派なら、反論はしても反撃はしません。
それならいくらでも黙らせることが出来る。
モルガンは苦笑して肩をすくめる。
「たしかに自信がなく弱いヤツほど攻撃的です。
これだけ聞くと殺したほうがいいと思いますよ。
いまや放送によって、そのような垢が集まりはじめていると」
「簡単に殺したら、かえって恐怖が蔓延しますよ。
これも社会が荒廃する要因です。
社会が成熟するにつれ悪化しやすい
「恐怖を煽れば、大衆も信じ込んでしまうわけですか。
なんとも度し難い。
そうなると偽使徒の提唱した民主主義は、垢にとって過ごしやすい苗床のように思えます」
よく気が付いたな。
腫瘍は、民衆を尊重するような環境でこそ拡大する。
切除は簡単に出来ないからな。
「あれは時期尚早ですが、将来的にはそちらの方向に進むでしょうね。
社会の発展とは、民の力が向上することにつながりますから。
だからこそ現時点で
ただ個別に対応しては、キリがない。
大義名分となる要素をつぶす必要があるのですよ。
薪や悪平等にも対処しますが、あとから増えても困りますからね。
なにより真面目に生きている人に、迷惑をかけさせたくありません」
モルガンは意外そうに目を細める。
「意外と道徳家な側面もあるのですね。
すべて計算かと思いましたよ」
「道徳家ではありません。
真面目に生きることを推奨する以上、邪魔な要素は解除する義務があるだけのことです。
ルルーシュ殿の言う計算ですよ。
私に道徳や善意など期待すると漏れなく失望します」
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