903話 閑話 例外なく
クレシダ・リカイオスが退屈そうな顔で、お手玉をしている。
お手玉といってもナイフだが……。
そこに、ノックの音がする。
クレシダは表情を変えない。
「いいわよ」
アルファが入ってくる。
ナイフを見て、ため息をついた。
「退屈ですか?」
「回すなら
せめてと思ったけど、やっぱりダメねぇ」
「退屈は終わりです。
ラヴェンナ卿が動きはじめました」
クレシダの顔が明るくなる。
途端にナイフが、テーブルに、次々突き刺さった。
クレシダは慌ててのけ反ってしまい、椅子ごとひっくり返る。
ナイフはすべてテーブルに突き刺さった。
起き上がったクレシダは膨れっ面だ。
「ちょっと! 心の準備をさせてくれないと危ないじゃない!!」
アルファは無表情にため息をつく。
「そもそも危ないことをしないでください」
クレシダはジト目になって首をふる。
「あ~ヤダヤダ。
正論を言えばいいと思っているでしょ。
空気の読めない男みたいなことしないでよ。
それで?」
「シケリア王国の奴隷階級が、大きく動揺しています。
マルティーグに逃げようとする者たちが尻込みしはじめました。
聖
クレシダはつまらなさそうな顔をする。
「その程度は想定内よ。
ほかには?」
「サロモン殿下と顧問の関係に隙間風が。
アルカディアの討伐を主張する殿下と、それを抑えるエベール。
しかも聖
クレシダは腕組みをする。
見るからに不機嫌だ。
「それも想定内よ。
まだありそうね?
なかったら許さないわよ。
私は忙しいんだから」
先ほどは暇だと言っていた。
だがアルファはクレシダの気まぐれに慣れている。
まったく動じない。
「世界主義と冒険者ギルドが結託して、教皇の廃位を狙う計画はご存じでしょう。
それに対応してか、石版の民が教皇庁に移動しはじめました。
教皇の護衛が名目のようです」
クレシダはいきなり上機嫌になった。
「へぇ……。
随分思い切ったことをするわね。
人数は?」
「およそ3000。
ウェネティアで軍事訓練を受けていた者たちで、教皇の直接指揮下に入るそうです」
クレシダは満面の笑みになる。
もっと知りたいとばかりに、体を揺らしている。
「無謀スレスレね。
教皇庁でも反対は多くない?」
アルファは大きなため息をつく。
心底辟易しているようだ。
「かなりの反対があったものの……教皇は勅書を公布してはねつけました。
『知ってのとおり、魔物が
これに信徒たちは不安に包まれているだろう。
教会は自分たちを見捨てて、使徒騎士団を教皇庁の守備に回すかもしれないと。
そのようなことはしない。
使徒騎士団は、従来通り教会領の守備に当たる。
信徒たちは安心するように。
だが教皇庁の防備は手薄なままだ。
もし魔物が押し寄せたらどうなるのか。
教皇庁の外周にいる信徒まで守り切れないだろう。
故に派兵をラヴェンナ卿に要請した。
ほかに兵を動かせる人がいないためだ。
使徒騎士団以外が教皇庁を守るなど、教会の面子に関わる……と反対するものがいる。
だが信者を犠牲に教会の面子を守るくらいなら……いっそ滅ぶべきだ。
誰も教会を信用しなくなるのだから。
異論があることは承知している。
それは安全になってから、好きなだけいうがいい。
今は言葉でなく、剣が信徒を守るのだから』
これで表向きの反対は封じ込められました」
クレシダは喜色満面の笑みでうなずく。
「事実上の挑発ね。
これで陰謀を企む連中は、引くに引けなくなったと」
「そして教皇庁で、ギルドマスター更迭の噂が流れはじめ、ここにも届きました。
ピエロは動揺して、幹部を更迭しようとしたようですが……」
クレシダは唇の端を釣りあげる。
ピエロは、自分を笑わせる道化でしかない。
「さすが保身にかけては即断即決ね。
でも無理でしょ?」
「はい。
なんとか巻き返そうと、空手形を乱発しています。
残念ながらピエロには、
気前がいいのは、奪ったものをばら撒くときだけと。
追い込まれているのだと知られ、誰も相手にしていません」
クレシダは苦笑する。
突然テーブルに刺さったナイフを抜いて、机にしまいはじめた。
今になって気が付いたらしい。
「それでしつこく、私に面会要請をしてきているのね。
時間の無駄だから会っていないけど。
頃合いかしら?」
「使い捨てる潮時ですか」
「そうよ。
それにしても……
ある程度は期待していたけど……。
それ以上よ。
あの忍耐力は素晴らしいわ」
クレシダは頰に両手をあてて上気した顔になる。
アルファは辟易したように首をふった。
苦言を呈することは諦めたらしい。
「憎たらしいほど、失策をしませんね。
しかも精神を病んだとも聞きません。
あれは本当に人間なのですか?」
「人間よ。
それにしてもここまで引きつけて、一気に動かれると面倒ね」
「実はまだあります」
クレシダは驚いた顔になる。
これで終わりだと思っていたらしい。
「まだあるの?」
「アルカディアの蛮行に対して、ランゴバルド王国とシケリア王国連名で、アラン王国への糾弾声明をだすようです。
実力行使も辞さずの強硬姿勢になるとか……」
クレシダは真剣な顔で腕組みする。
影響と未来展望を計算しているようだ。
「誰でも思いつくけど実現するとなれば……。
そう言えば、商会のほうはどう?」
「シケリア王国からの圧力が強くなっています。
壊滅は時間の問題かと」
「ゼウクシスも頑張っているけどねぇ。
打つ手が遅いわ。
まぁ……比較対象が悪すぎるか」
ビュトス商会に連なる有力者が排除されつつあった。
誰でもわかる危険信号だ。
本来なら一大事である。
だが警戒される側のほうが、すばやく動いていた。
「おかげで準備期間は、十分とれました。
いつ潰されても、問題ありません。
アルカディアについてはどうされますか?
持て余し気味でしょう?」
「そうねぇ。
面白いから、もう少し有頂天にさせましょう」
アルファは無表情に眉をひそめる。
アルファとしては、アルカディアを早急に滅ぼし、過去の悪夢にしたいのであった。
「よろしいのですか?」
「実験の続きよ。
それともうひとつ。
あれを強めて頂戴」
アルファは一瞬固まった。
予想外だったのだ。
「これもよろしいのですか?
予定が早まってしまいます」
クレシダは苦笑して、髪をかき上げた。
楽しげな苦笑である。
「まぁ……
仕方がないわ。
玩具の効果が、予想より強かったもの。
話を変えるけど……あっちの掃除は済んだかしら?」
「問題なく完了しています。
ではいつ頃動かれますか?」
「もう少し先かな。
道具たちには断末魔の叫びをあげてもらわないとね。
「わかりました。
ただラヴェンナ卿が動きだしましたから……。
時期が早まるかもしれません。
あと
世界主義のモルガン・ルルーシュは、ラヴェンナ卿に寝返ったようです」
クレシダは首をかしげた。
頭になかった話だったからだ。
「へぇ……。
でルルーシュって誰よ?」
「バローの手助けの名目で赴任していた男です。
粛正するつもりだろうと
クレシダは、なにかに気が付いた顔になる。
覚えていない程度の小物だったからだ。
「ああ……。
世界主義は捨て駒からも見捨てられたのね。
粛正しなかったんだから。
それが転向した先は、
よく受け入れたわね」
「それだけではなく、顧問に登用した模様です」
クレシダは突然大笑いする。
「普通じゃありえないわね。
たしかに監視はしやすいけど、情報の秘匿と身の安全が危うくなるもの。
世界主義への当てつけと揺さぶりかしらね。
やっぱり
アルファは疲れたように、首をふる。
「たしかに……。
プレヴァンは疑心暗鬼に陥っているようです。
そのせいで、サロモン殿下を黙らせる余裕がなくなったらしいですから。
ただ……あの
クレシダは呆れた顔で肩をすくめる。
アルファがアルフレードを、ラヴェンナ卿と呼ばないことは珍しいのだ。
「ほんとアルファは
「当然です。
キアラを傷つけておいて謝らせたとか。
絶対に許せません」
キアラがアルフレードに謝った話は、アルファの耳に入っていた。
なぜ謝ったかまではわからなかったが……。
クレシダは呆れ顔でため息をつく。
「もう敵同士よ。
なんで気にするのよ」
「敵同士ですが、私たちを傷つけていいのは私たちだけ……ではありませんか?」
「気持ちはわかるけどね。
これが凡人だったら、アルファに消させるけど」
アルファは無表情に首をふる。
「私にはその気持ちがわかりません」
クレシダは、楽しそうにウインクする。
「まぁ……恋をすればわかるわよ」
アルファは天を仰いで、大きなため息をついただけであった。
◆◇◆◇◆
ラヴェンナにある山脈。
世界を隔てる壁でもあった。
その一角は秋から雪が積もり、吹雪もやまない。
雪のないときも、深い霧に包まれた人が近寄れない領域となっている。
その領域にある巨大な洞窟がアイテールの住み
アイテールは巨体を丸めて
そこに光の球がふわふわと飛んできた。
光は強くないが、アイテールは薄目を開ける。
光はアイテールの前で止まり、女神ラヴェンナの姿となった。
ラヴェンナは気安い調子で手をふる。
「こんにちは。
暇だから遊びに来たわよ」
アイテールは小さく鼻を鳴らす。
ドラゴンなので小さくても、突風が吹く。
相変わらず、ラヴェンナの髪はなびかない。
『ほう……。
暇のう?
これは異なことを
ラヴェンナは小さく肩をすくめた。
「まぁ……。
息抜きってことで。
アイテールの様子伺よ。
別世界の冒険者が入り込んできたんでしょ?
どうせ財宝狙いだろうけど」
アイテールの目が鋭くなった。
ドラゴンを倒して、財宝を手にしようとする者たちが、アイテールの領域に侵入してきたのだ。
ところが財宝はただの願望だった。
アイテールは、財宝などの光り物に興味を示さない。
静かな環境を好み、光り物は落ち着かないのだ。
変わったドラゴンである。
『
だがこの手のネズミは、追い払っても懲りずにやって来る。
静かにさせたぞえ』
「あ~。
幻覚で迷わせて凍死させたのね」
『
アイテールは厳しい自然環境を利用して、幻覚によって遭難させたのだ。
その結果は例外なく凍死となる。
「外の世界からきた探検家が、アイテールの噂を聞きつけたからねぇ。
こっちはパパが立ち入り禁止にしているけど、外の世界では噂になっていると思うわ」
侵入者は、外の世界側から来ていた。
ドラゴンの噂は、帰国したハンノが広めたようだ。
『
寄り付きすらしないからのう。
ただのぅ……。
炎の鉤爪は若い。
ムキになって姿を見せてしまうやもしれん』
「ああ……。
アイテールが面倒を見ている子ね。
あの子短気そうだからなぁ。
姿を見せなければ、噂のままだから、挑戦する人は減るけど……。
見られると面倒ね」
アイテールは大きなため息をつく。
周囲には突風が吹き荒れた。
『それだけが心配ぞ。
後れをとることは、そうそうあるまいがな。
ただひとつ懸念がある』
「なにかしら?」
『
これまで6組ほど始末したのだが……。
急に増えたと思わぬか?』
ラヴェンナは眉をひそめて、腕組みをする。
「そうね。
たしかにおかしいわ。
もしかしてだけど……」
『娘御に思い当たる節があるのかえ?』
ラヴェンナはあごに指をあてて考えるポーズをとる。
「パパの知識が元ネタだけど……。
前に山が吹き飛んで、今年は冷夏だったのよ。
おかげで不作。
けっこう人間社会は大変みたい」
『
この世界のみならず、隣の世界にまで影響したとな?』
「世界を隔てる壁が弱まったからね。
影響を与えやすくなったかも。
しかも隣の世界が、こっちより温暖だと大変よ。
不作どころか凶作になるわ」
アイテールの目が鋭くなる。
『食うに困った者共が、夢に
迷惑極まりない話ぞ』
「もしかしたらね。
だから坊やも、決して姿を見せてはダメ。
アイテールのように対処しろ……と忠告したほうがいいかも」
アイテールは再び、ため息をつく。
そう一筋縄ではいかないようだ。
『そうよのう。
問題は、あの童が素直に聞くか……だ。
人如きに姿を隠すのはなぜか……と不服だったからのう。
怯えたかのように見えるとな。
ひとつ娘御からも忠告してくれまいか』
ラヴェンナは呆れ顔で、手をふった。
「アイテールでダメなら、私の言葉なんて聞かないと思うわ」
アイテールの目が細くなる。
どことなく楽しげだ。
『そうとも限らぬ。
童は娘御を
まったく悪趣味な童ぞ。
ラヴェンナは頰を膨らませて、両手を、腰にあてる。
「なんか失礼な物言いだけど……いいわ。
もしものことがあったら、寝覚めが悪いからね」
『それで娘御が尋ねてきた真意はなんぞ。
愚痴でもこぼしたくなったかえ?』
ラヴェンナは両手をあげて、降参のポーズをとる。
「お見通しかぁ……。
ちょっとね」
『話してみよ。
娘御の愚痴となれば、
聞くことだけは
ラヴェンナが天を仰いで大きなため息をつく。
「パパがねぇ。
自分に子供が出来ないこと……薄々感づいているようなの。
ただ私になにも言ってこないからね。
私から教えるのも、おかしな話でしょ?」
『はて? 呪いは消えたと聞いたぞえ。
娘御が気に病むとは、呪いがのこっているのか?』
「ないわ。
悪霊が消滅したことで、別の世界からの力が流れ込まなくなったから……。
呪いそのものが自然消滅したのよ」
『それ以外でなにか、手落ちがあったと?』
ラヴェンナは大きく肩を落とす。
いつものおどけた調子はない。
「手落ちというか……。
そのときの力不足ね」
『力不足とな。
神格は高かろう。
それでも足りないと?』
「悪霊が消滅したときに、パパにも霊的な衝撃が及んだでしょ。
私の力が落ちていて、完璧に守り切れなかったのよ。
他の対応で、力を使っていたからね」
『その話は、聞いたのぅ。
たしか
生命は無事であったろうに』
ラヴェンナは渋い顔で頭をかく。
「そうなんだけどね。
魂にヒビが入ったままなのよ。
壊れないようにするのが精一杯。
パパの魂には呪いの鎖がめり込んでいたのよ。
悪霊と呪いが消滅したとき、鎖は消えて魂に隙間が出来る。
そこに力を注ぎ込んで正常な状態にする……はずだったの。
一応注ぎ込んだけど、力が弱くて定着しなかったわ。
だからと定着に力を回したら、衝撃から守り切れない危険があったの」
『それでは守りを優先するしかないのぅ……。
それが原因で、子供が生まれないと?』
「魂の相性もあるけど、隙間があると難しいのよ。
次の生命に、うまく魂をつなぐことが出来ないの」
『それでも生まれる可能性はあるのだろう?
そう悲観することもないだろう』
「仮に生まれても、ほぼ流産ね。
生まれてから新たな魂を安定させるには、相応の強さがいるもの。
あとになって定着しなかったと知って驚いたわ。
でもねぇ……。
あとになって、やっぱりダメでした……なんて言える?
パパは危険なメンヘラ女との戦いで忙しいのに」
ラヴェンナもクレシダとの戦いが困難だと知っている。
だからこそ心を乱すようなことが言えないのであった。
『隙間は埋められぬのか?
魂とて自己修復能力はあろうて』
魂に明確な形があるわけではない。
それでも魂に傷がつくことはある。
その場合は時間をかけて修復される。
魂の傷を自覚することはない。
ただしなにかの影響は受けやすくなる。
だからこそラヴェンナは、真剣にアルフレードを危険な魔力から守っているようだ。
それは回復を待つためではなかった。
回復しないから守らざるを得ない。
アイテールはラヴェンナの真意を理解出来た。
だが……そのような特異な例は知らないのである。
「ところがねぇ……。
パパの魂は別世界由来なのよ。
悪霊が消滅したから、修復するべき力が存在しないの。
だから修復する方法は、ふたつしかないわ」
アイテールは大きなため息をつく。
問題の深刻さを痛感したのだ。
たしかに異世界から釣りあげられた魂なら、異世界の力でないと治せない。
言われてみれば道理であった。
『父娘双方にとってむごい話よの。
そして方法はあるが、
「ええ。
ひとつめは私の力をわけること。
これは……いろいろあって出来ないのよ。
私の核はパパから生まれたし、異世界の力はまだ持っているわ。
ただ……これをやると、私は消滅してしまうわね。
核を失うか欠けると、神格を維持出来ないもの」
アイテールは、ラヴェンナが自分の存在惜しさに
自分のことに無頓着なアルフレードの娘なのだ。
別の理由でやれないのだろう。
その理由に心当たりがあった。
『娘御がいなくなると、諸々不都合がでるのう。
あの忌々しい魔力を無力化せねばならぬ。
娘御も己の感情で、
なにより
ただ消滅しても、ラヴェンナはまた生まれる。
完全な集合意識の産物として。
それは今のラヴェンナでなくなって、冷厳な女神となるだろう。
アイテールとしては残念な未来となる。
それ以上にラヴェンナの不在は大きな影響を及ぼしてしまう。
放送による悪影響を防いでいるからだ。
「パパがラヴェンナの領内に留まれば、折居とバランだけで守れるけどね。
でも敵地で言論戦の真っ最中。
私以外で守るのは無理よ」
『バラン?
ここは珍妙な神しかおらぬな。
困ったものだ』
ラヴェンナは頰を膨らませて、アイテールに指を突きつける。
「私は正統派よ!
あの2柱が異様なだけ。
だから次生まれそうな神はマトモよ」
アイテールの目が細くなる。
『ほう?
新たな神が誕生するとな』
ラヴェンナは妙に重々しい表情でうなずく。
「ラヴェンナにいないのは軍神よ。
この枠が空いているからね。
ただ……軍神が生まれる程頻繁に争っていないわ。
生まれるとしても先の話ね」
ラヴェンナは急成長して、平定までの戦いはあったものの、泥沼の戦いはなかった。
平定後も戦いはあったが、アルフレードによって短期で解決している。
軍神が生まれるには、時間と信仰が不足しているのだ。
『マトモであることを願おうか。
どうも一筋縄ではいかぬであろうが。
それで残りのひとつは?』
「パパが死んだときよ。
再度形成しなおせば、ヒビは消えるわ」
死んでから魂の修復をする。
その先に起こることはひとつであった。
『それは転生させるのかぇ?』
ラヴェンナは悪戯っぽく笑う。
「このままだと……パパは異物のまま消滅してしまうもの。
この世界に還れるように、一度だけ特別にさせるつもりよ。
そのくらいはしてもいいでしょ?
功績が大きいからね。
パパは自分のためにやったと言い張るけど、多くの人を救ったのは、事実だもの」
『よいのかぇ?
神としての規範に反すると思うぞ』
ラヴェンナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
実のところ転生は規範にない。
ただし自分の所に引き寄せるには、相応のつながりが必要となる。
その条件はクリアしていた。
「パパは創造主だから特別よ。
ただ今度は私がママになるから、もう手助け出来ないけどね。
まぁ……特別ってことで。
せめてもの罪滅ぼしよ」
『だがあのときは、最善を尽くしたのであろう?
ラヴェンナは苦笑して首をふる。
仮に知ったとしても、『そうか』程度しか言わないのはわかっていた。
「パパは基本的に人を責めないもの。
八つ当たりは死んでも出来ないのよ。
不幸中の幸いなのは……。
側室を増やして、後継者を生もうとしないことかな」
『たしかに血の継続には執着しないのぅ。
そもそもなにかに執着する姿が思い浮かばない』
「そうね。
『権力者の執着は、大勢に不幸をもたらす』と信じているからね。
もしかしたら……『子供は不安要素になるからいらない』と考えていそうよ」
アイテールは大きなため息をつく。
『まるでラヴェンナを作るための、生贄だのぅ』
「そうね。
でもパパは気にしないと思うわ。
大勢の運命を左右するなら、そのくらいは当然だと思っているかも。
まぁ……これから大変よ。
なんだか危険な玩具が出回っているの。
アイテールは知らないでしょ」
玩具とは聖
元々アイテールは人間社会に関心を持たない。
持つときは、アルフレードが直接関わるときだけだ。
『存ぜぬな』
ラヴェンナは渋い顔で腕組みをする。
「まぁ……危険な玩具よ。
パパも知らない、危険な仕掛けがあるはずね。
ものすごく嫌な魔力が感じられるもの。
なにかをねじ曲げるような
これを知らせるのは、制約に反してしまう。
言いたくても言えないのであった。
アイテール経由で伝言は出来るが、余程のことがない限り裏道は使わない。
聖
神といっても、多神教の神は、決して万能ではないのである。
自己の領域以外に、力が及ばない。
アイテールの目が鋭くなる。
『それは聞き捨てならんな。
古き娘の差し金であろう。
一度灸を据えたが、まだ懲りぬか?』
ラヴェンナは、厳しい顔で、首をふった。
「これは本気で警告するけど……。
もうあそこにいかないほうがいいわ」
『
アイテールの声は不機嫌そうだ。
いくら、ラヴェンナの言葉でも聞き捨てならないのである。
「アイテールの力は知っているわ。
でもね……。
強いからこそ成立する罠があるのよ。
アイテールは人ではないから、気にせず忠告出来るわ。
いくとその強い力が、パパにとって不利に働くの。
どんな罠かまでは詳しくわからないけどね。
あのメンヘラ女まで私の力は及ばないの。
生き方が違いすぎるからね」
ラヴェンナの力はアルフレードのいる屋敷に及んでいる。
だからこそあの町に仕掛けられている罠も察知出来た。
アイテールが人なら忠告は出来ないが、ドラゴンは制約の外。
神にしては柔軟に裏道をつくのであった。
『ふむ……。
つまりは
竜の力を逆用する罠か……。
俄に首肯し難いが、娘御は偽りを申さぬからのぅ。
あの古き娘はつくづく厄介ぞ』
ラヴェンナは大きなため息をつく。
クレシダの厄介さを痛感している。
アルフレード以外なら相手が出来る人はいないとも。
「まぁ……人々の歪んだ妄執が生んだ怪物ね。
下手をすれば、神になっていたほどよ。
なったとしても……無
個性が捉えられないのよ」
『無
神格が捉えられないとは……。
それでも
有が無を倒せぬのは、力で打ち勝とうとするからぞ。
そうでなく無を無そのものとすれば、無に為す術はない。
どちらにせよ早く片付けてくれぬものか。
エテルニタと戯れたいものよ』
ラヴェンナは苦笑する。
「愚痴を聞いてくれたお礼に、今度連れてくるわ。
そうそう……子猫を3匹産んだのよ。
だから連れてくるのは4匹ね」
アイテールの目が大きく開いた。
『おお……。
おお……。
まことか』
アイテールの鼻息が荒くなる。
ラヴェンナは呆れ顔でため息をついた。
ここには常識的な性格の持ち主がいない。
人や神、揚げ句、ドラゴンに至るまで……例外なくだ。
この現実に呆れたのであった。
「アイテールも十分変わっているわよ……」
アイテールは不満げに鼻を鳴らす。
『戯言を申すな。
あの愛くるしさを理解出来ぬほうがおかしいのだ。
異論は認めぬぞ』
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