901話 些事

 翌日、キアラが謝ってきた。

 俺が笑って済ませると、キアラは胸をなでおろす。

 しつこく言う話ではないからな。


 そこにモルガンが寄ってくる。


「ラヴェンナ卿。

内々でお話し出来ませんか?」


 全員が緊張する。

 人払いはホールなので出来ない。

 だから別室でと。

 それにしても……。


「皆に聞かれて困る話ですか?」


 モルガンは平然とした顔で一礼する。


「はい」


 俺がため息をつく。

 それを見たモデストが、表情ひとつ変えず立ちあがる。


「私はラヴェンナ卿の護衛です。

外れるわけにはいきませんよ」


 モルガンは、涼しい顔で苦笑する。


「仕方ありませんね」


 勝手に進められても困るのだが……。


「ここでは内密の話をしないようにしているのですけどね」


 すこし機嫌が悪くなったものの……。

モルガンは平然としている。


「もし話すべきとお考えなら……。

終わってからラヴェンナ卿がご説明すればよいかと」


 厄介な話をしてきそうだ……。

 聞かれると、問題のある諫言なのだろう。


「そこまで言うなら、仕方ありません」


 俺とモデスト、モルガンで別室に向かう。

 部屋に入るとお互いに着席する。

 腹の探り合いは不要だろう。


「それで内々の話とは?」


 モルガンは顔色ひとつ変えずにうなずく。


「キアラさまへの処遇です」


 モルガンはなにを問題にする気だ?


「なにかキアラに問題が?

処遇とは聞き捨てならない言葉ですね」


「キアラさまの立ち位置が特殊であることは事実でしょう。

このまま見ないフリをして放置すれば、あとの災いとなります。

これ以上は聞きたくありませんか?」


 モルガンは平然としているが、内心で俺の器量を測っている気がする。

 ここで確認されたら聞くしかないだろう。


「続けてください」


「ラヴェンナ卿の実妹であり取り次ぎ役。

そして諜報ちょうほう機関の長です。

有能で得がたい人材であることは否定しません。

もし男性であれば、なんら心配することはないでしょう。

ですが女性であること。

これが大きな問題となります」


 触れたくないところに触れてきたか……。

 これぞ諫言だな。

 不快感はあるが、同じくらい嬉しさもある。


「女性故の問題ですか」


 モルガンは表情ひとつ変えずにうなずく。


「サロモン殿下が求婚されて、空振りに終わりました。

ですが他の男性から求婚されたら、どうしますか?」


 サロモン殿下から求婚されても、俺はキアラの地位を変えていない。

 モルガンにとって危険に思えたのだろう。


「キアラ次第ですよ」


 モルガンは小さく首をふった。


「私人であれば、妹君の意思を尊重する兄で済む話です。

公人では、それが問題になるのでは?

もしキアラさまが、求婚を受け入れたとします。

他家に嫁ぐことになるのでしょう」


 ないと思うが……。

 否定は出来ないな。

 ここは平凡な答えをしてみるか。

 モルガンは、俺が見過ごしている問題に気がついたのかもしれない。


「そうなりますね。

それのどこが問題ですか?

まさか……情報が筒抜けになるとでも?」


 モルガンの目が鋭くなる。


「そのような軽い話ではありません。

当然対策をなさるでしょう。

私が気にしているのは、ラヴェンナ卿にお世継ぎがいないことです」


 本当に、皆が触れにくい話に触れてくるな。

 顧問の役割を、完璧にこなしている。


「つまり他家が、私の跡継ぎにと……キアラの子供を推してくると?」


「ラヴェンナを乗っ取るには、これが確実でしょう。

キアラさまの子なら、血の継続で申し分ありません。

ラヴェンナ卿は、側室を持たれており、夜のお勤めにも精励なさっておられる。

それでも世継ぎが生まれない。

だからと……単に側室を増やしても、世継ぎが生まれる確率は低いでしょう。

なればこそ生まれない事態も予測すべきです」


 思わず苦笑してしまった。

 清々しいくらい踏み込んでくる。

 この男に聖域は存在しないようだ。


「私に問題があるのでしょうね。

ルルーシュ殿の忠告は間違っていません。

それでも問題ないと断言しますよ」


 モルガンはすこし意外そうな顔をする。

 俺はいい加減な理由で、問題ないと判断しない。

 その理由は、モルガンですら思いつかなかったのだろう。

 根本的な問題になるからな。


「理由をお伺いしても?」


 俺の考える将来像は、キアラの意思を尊重する余裕があるだけだ。

 これだけ危険な諫言をしてくれたことは貴重だろう。

 下手をすれば冷遇されかねないほど危険なのだ。

 丁寧に答える義務がある。


「私以降のラヴェンナ領主は、象徴的地位にとどめるつもりです。

対外的な顔としては活動しますが、統治に関しては、閣議で決めてもらう。

血縁による実権の相続は博打ですからね。

私は博打が嫌いなのですよ。

準備は進めていますし、遺書もラヴェンナに保管してあります。

仮にキアラの子供が来ても、実権はないのでさして障害にならない。

逆にラヴェンナからの干渉を招きかねないでしょう。

世継ぎが生まれなかった場合は、スカラ家から養子をもらって問題ないでしょう?」


 モルガンは目を丸くした。

 将来的な構想は、最初の頃ミルたちに話している。

 冗談だと思われたようだが……。

 俺は本気だよ。


 モルガンは小さくため息をついて一礼した。


「簡単に世襲をすると思っていませんでしたが……。

予想を上回る未来図ですね。

権力闘争はあれど、ラヴェンナ家を権威として推戴するのであれば、分裂はしないでしょう。

そこまでお考えでしたら、なにも言うことはありません。

出過ぎたことを、お耳に入れました。

お忘れいただければと」


 俺は笑って手をふる。

 モルガンは自己の役目を果たしただけだ。

 だが……この話題は皆に話せないな。


「謝罪にはおよびません。

むしろ感謝していますよ。

私が不快になる話でも諫言してくれる人材は得がたいのです」


 モルガンは満足気にうなずいた。


「ラヴェンナ卿こそ得がたい主君だと思いますよ」


 どうだろうな。

 今のところはそうかもしれない。

 だが現在の成功は、将来の成功を保証しない。


「評価を下すには早いでしょう。

最初名君、次に凡君、最後は暴君なんてありきたりですからね」


 モルガンは苦笑する。

 俺がおだてに無関心すぎて呆れたかもしれない。


「判断は保留としましょう。

それともうひとつ。

プリュタニス殿です」


 まだあったのか……。

 この際だ。

 周囲に聞かせたくない諫言は、一度に聞いてしまおう。


「プリュタニスになにか問題が?」


「いえ。

これは懸念に分類される話ですが……。

プリュタニス殿は、サロモン殿下に同情的です。

しかも面会を続けているでしょう。

此方こちらの計画を、うっかり漏らすか悟られる可能性があります。

まだラヴェンナ卿のように、仮面を被ることは不得手のようですから。

アラン王国に対して策を仕掛けるなら、それを利用する手もあります。

ただしプリュタニス殿の存在が、敵を利することになれば?

プリュタニス殿の人生に影を落としかねない。

重大な決定は教えないほうがよいかと」


 モルガンは、プリュタニスの能力がまだ不足している……と考えているようだ。

 たしかにプリュタニスは、すこし脇が甘く、頭の固い部分はある。

 だがなぁ……冷静に見てほしい。


 年齢は俺よりすこし下。

 十分天才と称される実力がある。

 ズル転生 をした俺がいるせいで過小評価されがちだ。


 モルガンから見て、プリュタニスは線が細い、と見えたのだろう。

 だから育成は慎重にすべき。

 将来的に大成する可能性は高い……と見ているのだろう。


 それは違う。

 ラヴェンナ平定時に、トラウマ《心的外傷》になるほどの傷を負ったからな。

 それでも自分の役割を放棄しなかった。

 そのあとも、小さな衝突や挫折はあったが……。

 周囲の助けもあり、乗り超えてきた。

 見た目以上に強いのだ。

 モルガンの心配は杞憂きゆうだろう。


「なるほど……。

私はプリュタニスに、失敗を恐れるなと言っています。

取り返しのつく失敗は、しても構わない。

それを糧にしてくれればいいとね」


 漫然と同じ失敗を繰り返すなら、とっくに見捨てている。

 後見を頼まれたので、権力は与えず名誉職を与える形になるが。


 モルガンは怪訝そうに、眉をひそめる。


「なにかあったとしても、取り返しのつく失敗ですか……。

サロモン殿下は、アラン王国の実質的な王です。

しかも顧問のサン=サーンスに劣るとは思いませんが、圧倒はしていないでしょう。

サン=サーンスは、人の揚げ足を取ることにかけては達人ですよ。

そこでの失敗は、ただの失敗で片付く話にはなりません」


 そもそも失敗しようがない。

 プリュタニスから俺の真意を知ろうとしても無駄だ。

 誰にも話していないのだから。

 知らせている情報は、アラン王国に対する俺の見解だけ。


「アラン王国の行く末は、些事さじに過ぎませんよ。

プリュタニスの存在によって滅亡が変わることは有り得ません。

滅び行く国だからこそ、プリュタニスには心情がわかるでしょう。

だからこそサロモン殿下に気に入られたと思います。

外交の練習相手には最適と考えました。

至らない部分があれば、殿下が親切に教えてくれるでしょう。

失点と見なされない。

しかも交渉した相手が王族ともあれば、プリュタニスにはくがつきます。

仮にしくじっても相手は滅ぶのです。

なんら問題はないでしょう?」


 モルガンの目が丸くなる。


「ひとつの王国が滅ぶことを、些事さじおっしゃる……。

驚きました」


 そう大した話ではない。

 アラン王国はあれほど打撃を受け続けたのだ。

 もし国を支える統治機構と人材が健在なら立て直せるかもしれない。

 それは自滅行為によって一掃されてしまった。

 あるのは実体ではなく名前だけ。

 もし世界主義に操られなければ、小国として生き残れる道はあった。

 それすら失ってしまってはな。


「ロマン王が即位した時点で、よくて分裂……。

悪ければ消滅ですよ

意図しないにせよ……。

自死を選んだ人が死を迎える。

私にとっては些末なことです。

それなら有効活用してしかるべきでしょう。

個人的にサロモン殿下を嫌ってはいません。

同情こそしますが……。

ただ個人的感情を優先する自由は私にありませんからね」


 モルガンは苦笑する。


「そこまで考えられていたとは……。

恐ろしく冷徹で、魔王と呼ばれていたこと納得です。

そう言えば……クララックとアクイタニアがラヴェンナ卿を奸悪かんあく無限と罵っていました。

あのときは内心冷笑したものですが、いまはすこしだけ理解出来ましたよ。

まあ……死んだ子の年齢を数える如き、無意味な話ですが。

これは仕事に苦労しそうです」


「諫言すべきことが多すぎても困りますよ。

それだけ隙だらけという証拠なのですから。

丁度いいので、私も聞きたいことがあります」


 モルガンは表情を改める。


「なんなりと」


「教会以外に世界主義が潜伏している組織はありますか?」


「御座います。

教会以外となれば……。

教会内の世界主義は一掃されるのですか?」


 ジャンヌの計画を知らされていないか。

 驚いた様子がないのは、なんらかの予兆を察知したのだろう。

 だからこそ見切りをつけたと考えるべきだな。


「反教皇派は駆逐されるでしょう。

それでも教会内しか、掃除は出来ません」


 モルガンは妙に納得した顔でうなずいた。

 反教皇派で納得したようだ。


「なるほど。

後ほど私の知る組織を紙に記して提出いたします」


 紙で残してくれるのは助かるな。

これも処世術なのだろう。


「お願いします」


 場合によっては、ジャン=ポールとゼウクシスに手伝わせる。

 モルガンはなにか思い出した表情になった。


「これはホールに戻ってからでいいのですが……。

ひとつお伺いしても?」


 そこまで重要ではないから失念していたか。


「ここで構いませんよ」


「聖ひつはどうされるおつもりですか?

不思議と魔物の大軍は、聖ひつ所持者とされる領地にだけ向かったようですが……」


 魔物の大軍は、なぜか、聖ひつがあるとされる場所に向かっていった。

 ただし直進なので……。


「道中の領主は大変でしょうね。

まだ被害の状況は明確になっていませんが……。

半壊で済めばいいほうでしょう。

ひつに関しては、まずアルカディアを片付けないといけません。

これはサロモン殿下の動き次第ですね」


 道中の被害報告が、まだ届いていない。

 ニコデモ陛下には届いているだろうが……。

 それから此方こちらに届くまで、時間がかかる。


 モルガンは怪訝な顔で、首をかしげる。


「殿下はサン=サーンスの制御下でしょう。

ひつ同志が相打つような事態を決して望みません。

サン=サーンスに餌でも撒いたのですか?」


 サロモン殿下との会談を、モルガンは知らないからな。


「その必要はありません。

先日サロモン殿下が此方こちらを訪問されましてね……。

そのとき、制御の鎖に亀裂を入れました。

自然と亀裂は広まっていきますよ」


 モルガンの表情が険しくなる。

 なにか、危険を察知したのか?


「それは結構ですが……。

ひとつご忠告を。

サン=サーンスは自分の格下と見た相手が、わずかでも逆らうのを嫌います。

再び制御下に置こうと画策するでしょう。

これは軽視出来ません」


 モルガンが軽視出来ないとなれば些事ではないだろう。


「どのような手で来ると思いますか?」


「殿下の家臣を焚き付けて、ラヴェンナ卿の関係者を襲わせます。

失敗してもいい。

そうなればどうなりますか?

いま殿下が家臣を処断すれば、一気に求心力を失います。

正確には、そう思い込まされているでしょう。

そうすれば、ラヴェンナ卿と対決せざるを得ない。

殿下はひとりで、ラヴェンナ卿と戦う気概はありません。

だからこそサン=サーンスに、頼り切りになるかと。

結果サン=サーンスの、完璧な操り人形になるでしょう」


 戦う自信はどこから来るのやら。

 不確かな聖ひつを、頼りにするしかない。

 実際のところ、それしかないのだが……。


 黙って話を聞いていたモデストの目が鋭くなる。


「さすがに関係者すべてを守ることは出来ませんね。

誰を狙ってもよいなら、成功率は高い。

挑発であろうと、実害がでれば、ラヴェンナ卿は対応せざるを得ません。

マントノン傭兵団の件で動いた先例がありますからね。

後先考えない無謀な手だけに厄介です」


 市民が殺された件だな。

 ここで襲撃されたら、動かざるを得ない。

 たしかに厄介だな。

 そのような選択を、クレシダは許さないだろうが……。

 クレシダとて、すべての襲撃を止められるはずもない。


 保身を考え、あくまで聖ひつの恫喝にとどめるかと思っていたが……。

 俺の見込みが甘かったかもしれない。


「なるほど……。

可能な限り、襲撃は避けたいですね」


 モルガンは唇の端を釣り上げる。


「お待ちください。

最初は危険かと思いましたが……。

サン=サーンスに血迷った襲撃をさせるのも手です。

多少の犠牲はでますが、それ以上の成果は得られますから」


 物騒な提案をしてきたな……。

 まずは聞くべきだろう。


 皆は俺の方針を知っているから、この手の進言をしてこない。

 だからこそ貴重と考えるべきだ。

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