サロモン殿下どうしようもないな
作者からの返信
本人は必死でも、第三者からみるとどうしようもない
よくある話であります
形ある者は、皆壊れます。
このモノは、物の方が妥当ではないかと。
『justice』を『正義』と約した人間は、中々深い人だったのかも知れません。何故ならば『義』と言う古代中華の概念を正しく理解しているなら、正しい『義』と言うモノは人の数だけある事になるからです。すなわち普遍的な一つの『正義』なんてモノは、『義』の反対の概念な訳です。
『justice』と言う概念は、キリスト教と言う一神教から生まれたモノなので普遍的な『正しさ』が存在する事を前提とします。アジア世界は、長らく多神教だったので普遍的な『正しさ』に元々懐疑的なんだと思うんですよねぇ。多神教だと神毎に『正しさ』が違うなんてざらなので。もっとも儒教を国教化して以降の中世中華上流階層は、『正義』が有る派にになりましたねぇ。
作者からの返信
古代から正義は存在しますが、基本的に人が使っていいものではない下着のようなものですね。
ないと不便だが、見せびらかすのは変態のような位置づけです。
アジア圏はアニミズムの世界なので、基本的に正義という言葉は馴染まないですね。
中国は儒教を国教としていますが、あれも西洋の正義とはまったく異質な物ですあります。
ある意味条件付けであり、忠と孝の概念ですから。
これは触れると長くなるので割愛しますが……。
当然日本の融通無碍とも噛み合わないものですね。
サロモンの立場で正義という言葉を武器にすること自体がなんとも
国家君主が語るべきは国のための大義で、
万人にとって普遍的、道義的という建前で飾られた正義ではないから、
から滑り感がスゴイですね
世界主義と正義は相性良さそうだけど、上澄みだけの汚泥でしかない
作者からの返信
本来しがみつくはずのアラン王国があの様ですからねぇ。
のこった物は世界しかないように洗脳されてしまったパターンでしょうか
足るを知れば全てを奪われる
立ち止まるためには前に進まなければいけない
弱者が忖度して、早めのうちに要求を呑んでも
いつ与えるか、そもそも与えるかを決めるのは強者で
端的に言えば奴隷になれと言っているようなものだ
だから政治的協議に妥協という言葉は
出来る限りあってはいけない
正義という言葉は抽象的で理想的で
無限に価値のある信用貨幣のようなものだ
だからこそあらゆる蛮行を正当化できる力を持つと思い込む
それは本当に信用に値する対価が果たしてあるのか
それを見極めず、正義にだけ重きを置けば
正義を膨らませる物が何なのかさえも正当化して澱みだけを残す
正義を説いても無意味なのは殿下の方なのに
どの口が言っているのやら・・・。
作者からの返信
冷静で客観的な視点があれば、発言は無意味ですが
ある意味で洗脳されていますからねぇ
PC主義や急進的菜食主義者を見る感じです。 サロモンがそれでも良い点は、自分の道徳的優越性を誇示しようとする目的より、本当にそれが正しいと信じているからです。 個人的には他人に強要するような主張は好きではありませんが、世界的な傾向を見ると、すでに完全な大勢になってしまったようです。