895話 旧ギルドの事情

 さて……旧ギルドの状況を整理するか。


「ひとつ状況を整理しましょうか。

教皇庁にふたつの冒険者ギルトが併存してから、妨害工作はなかったですよね?」


 マウリツィオが真顔でうなずいた。


おっしゃるとおりです。

旧ギルドが、性根を入れ替えたわけではないでしょう。

発覚したときのリスクが釣り合わないからに過ぎません。

自分が損をすることに関してのみ敏感ですからな」


 そこまでの意識は合っているな。


「さて……。

アルカディアの暴走で、聖ひつ所持者は、危険な立場に立たされました。

それは旧ギルドも同様です。

裏でつながっていたことを暴露されては死活問題でしょう。

私がそれを見逃すとは思わない。

他の人々が、ギルド間抗争を派閥争いだと思っていることも問題となります。

今は新しいギルドがあるから、危険な派閥はつぶせばよいとね。

ここで旧ギルドは、はじめて自分たちが存亡の危機に立たされた……と自覚したのでしょう」


 ベンジャミンが意味深な笑みを浮かべた。


「幸か不幸か……。

魔物の大侵攻で、直ちに疑惑の目が向くことはありません。

今のところは……ですが」


「彼らは、先が見えないほど愚かではありません。

魔物を撃退したあとはどうなるのか……当然考える。

私が有耶無耶うやむやでよしとしない、と認識しているはずです。

アルカディアを処罰して終わり、とならないこともね」


 マウリツィオは、厳しい表情で、腕組みをする。


聖下せいかとラヴェンナ卿は、同盟関係と見なされています。

ここでラヴェンナ卿に、打撃を与える意味でも……。

聖下せいかを退位させたいと考えたわけですか。

帳簿だけしか見えないポンピドゥですら、破格の報酬をだすでしょうなぁ……。

彼奴あいつらは既得権が侵害されることを、なにより嫌います。

邪魔者の排除には躊躇しないでしょう。

ギルドマスターがピエロですから、止める者はいないわけです」


 まあ……そうだな。

 俺たちは連中の神聖なる既得権益を、正面から侵害している。

 俺は新ギルドの設立。

 ジャンヌは教皇庁に新ギルド開設を認めたこと。


 ベンジャミンは思案顔でひげをしごいた。


「状況はわかりました。

わかってはいましたが……周囲は敵だらけですね。

対処するなら分断して各個撃破でしょう」


 それが戦略の基本だな。

 分断するには敵の分析は必要不可欠だが……。

 マウリツィオに、まだ世界主義のことは教えていない。

 まだ教えるのは時期尚早だろう。

 今は旧ギルドとの対決に専念してもらいたい。

 反教皇派がいるとだけ言っておけばいいだろう。


「敵は複数います。

彼らは協力関係にありますが、かなり緩い協力関係でした。

ただ状況の変化が、協力関係を密にしたと思います。

本来の予定は、アルカディアの暴走で崩れてしまいましたね」


 ベンジャミンは怪訝な顔で眉をひそめる。


「本来の予定ですか?

我々は世情を注視していますが、なにぶん、権力者へのコネが薄いのです。

まだ大局観がつかめずに……。

可能でしたらご教示いただきたく」


「ベンジャミン殿には知る権利がありますね。

詳細を語ると混乱するので、あえて単純化します。

ここでは敵と味方……としましょうか」


 ベンジャミンの目が鋭くなった。


「味方は如何なる理念で、手を結んでいますか?

失礼……ただ漠然とした味方ほど、恐ろしいものはありませんので……。

どうしても気になってしまいます」


 ベンジャミンは頭を下げだが、俺は笑って手をふる。


「謝る必要はありません。

石版の民らしいですよ。

そうですね……。

現実を重視する人たちは、味方になり得ます。

敵は理念や概念優先。

今は私への憎悪ですね。

それでけられると思います」


「裏を返せば、今は敵でも……現実に即した判断をすれば、味方になり得ると?」


 判断に必要なのは、利害であって情緒ではない。

 好き嫌いでの重要度は、人数が増えるほど薄れる。

 理想は……な。

 現実は真逆になる。

 人々が一致団結するのに楽な方法は、敵愾心を煽ることだ。

 なまじ有効なだけに乱用すると着地点を見失う。


「そうなりますね。

出来れば……ですが。

でも理念や概念優先の人たちが、すこしでも現実に寄っては……。

仲間たちから裏切り行為と見なされますよ」


 ベンジャミンが苦笑して、肩をすくめた。


「これは愚問でした。

あとひとつだけ……。

ラヴェンナ卿は、ヴィガーノ殿の理念を尊重されているように見受けられます。

これは違うのですか?」


 マウリツィオは苦笑した。


「理念のないギルドなど存続しても、利益を貪る集団にしかなりません。

そのようなギルドは……ないほうがよろしい。

たしかに……言われてみれば理念優先と思えます」


 一見するとそうだが……。

 実際は、現実に立脚しているだろう。


「いえ。

まずこの世界に、冒険者ギルドは不可欠です。

権力者の手が届かない部分を担っているのですからね。

必要不可欠な組織が腐敗しては大惨事が確定するでしょう。

抑止するためには理念が必要不可欠です。

石版の民にとっての戒律ですよ」


 ベンジャミンは突然笑いだした。

 笑いが収まると慌てて一礼する。


「失礼。

矛盾を感じたのは、言葉尻を捉えただけで、ラヴェンナ卿の言葉を理解した気になったようで……。

まだまだ私も未熟ですね。

我々も戒律を至上としつつ、現実を歪めない。

ヴィガーノ殿と同じだったのですね。

そこが一致するから手を結んでいると。

周囲から、とりあえず利害さえ一致すれば味方になれる……と思われそうですが」


「だと思います。

それは間違っていませんが……。

利益の視野は長期的です」


 ベンジャミンは納得顔でうなずいた。

 先の説得でよく理解しただろう。


「その長期は10年単位なのでしょうね。

現実に即さない限り、長期的利益は成立しませんから」


「多くの人は長期的展望考えて生きるでしょう。

展望とはどれだけ利益をもたらすか。

言っておきますけど、ドMの人も個人的快楽が利益ですからね?」


 なぜかポンシオが脳裏をよぎった。

 補足のつもりだったが……。


 ふたりは呆れ顔でため息をついた。

 余計な注意だったようだ。


「とにかくです。

人は利益を追求することに異論はないでしょう?

そして必要な期間は、背負っている責任に比例します。

個人ならゼロでもいい。

ただし……親であれば、ある程度の視野が必要でしょう。

妻子の運命を左右するのですから。

一族の長であれば、さらに長く。

これで敵と味方の分類はいいですか?」


 ふたりがうなずく。

 次の話に移ろう。


「敵が最初に考えていたことは……。

ひつの力を利用して、人類連合と各国内で優位を占める。

そのうえで私を無力化させたかったのでしょう。

私が無力化出来れば、聖下せいか単独で人類連合を主導は難しい。

あくまで教会は助言役ですからね。

しかも聖ひつで教会を脅し、強制退位させることも可能でした」


 ベンジャミンは怪訝な顔をした。


「聖ひつの噂がでた段階で、結託を予測されたのですか?」


「ええ。

睨み合いになっては恩恵が薄まる。

それなら結託したほうが、効率はいいでしょう?

狂犬が要求をしてから音沙汰がないのは、そのためです」


 ベンジャミンはいぶかしげに、眉をひそめる。


「ひとつ疑問なのですが……。

そこまで予測されていて、なにもしなかったのはなぜですか?

ラヴェンナ卿なら妨害は容易だったでしょう。

たとえ王家とスカラ家からの要請があったとしてもです」


 妨害は可能だった。

 でもする必要がない。

 無駄に、敵を増やしてしまうからな。


「妨害したときの、メリットとデメリットが釣り合わなかったからです。

王家とスカラ家の面子をつぶしていいことはありませんよ」


「お待ちを。

それこそ将来を見越している証左でしょう。

つまりは、聖ひつを絶対視しておられないのでは?

まるでなにかの玩具程度にお考えのようです」


 ここで、聖ひつについて説明することにした。

 聖ひつが万能でないこと。

 無力化出来る可能性があることも。

 ホムンクルスについてもすべて説明した。


 ベンジャミンは感心した顔でうなずく。


「なるほど……。

よく冷静に、聖ひつを見ておられる。

だからこそのラヴェンナ卿というべきですか」


「奇跡と思えば……あるがままを受け入れてしまうのでしょう。

だからこそ世間一般では絶対視されています。

それもいい意味で。

それが変わってしまった。

ひつは、危険な道具との認識が広まったでしょう。

それでは優位を占めるどころではありません」


 マウリツィオが苦笑して腕組みをする。


「たしかに……。

ひつを持った者が暴走したら止められません。

アルカディアがそれを立証しましたからね。

そして持っていることが知られても困る。

アルカディア討伐の矢面に立たされたくはない。

大変悩ましい状況ですね」


 それだけなら立ち止まる。

 それすら許されない状況に陥ったのだ。


「ところがさらに、問題がおこります。

ひつの使用には、ホムンクルスが必要。

そしてホムンクルスを維持すべき素材の流通が滞りはじめました。

おそらくシケリア王国が、ビュトス商会に圧力をかけたのでしょう」


 ようやくゼウクシスが動けたのだろう。

 遅いと言いたいが、ゼウクシスにも事情はある。

 ここはこれでよしとすべきだ。


 ベンジャミンが呆れたように苦笑する。


「ラヴェンナ卿の力は一領主に収まらないようで……。

他国も動かせるとは。

思えばニコデモ陛下は、非凡な王かもしれません。

ラヴェンナ卿を使いこなせているのですから。

凡庸な王なら、猜疑心の虜ですよ。

目立ってはいませんが、王としての安定感は随一でしょう」


 あの粘着質で腹黒い性格はどうかと思うが……。

 非凡な凡人だと思う。

 

「陛下は人を使うことにかけては非凡ですからね。

欲を言えば、私以外を酷使してほしいですよ」


 ベンジャミンが楽しそうに笑いだす。

 俺のボヤキが面白かったようだ。


「ラヴェンナ卿に比肩し得る人材が現れるか……。

ラヴェンナ卿を必要としない程度の問題で済むことを祈ってください」


「そもそも問題がおこらないことを祈りましょう。

まあ……現実逃避をしても無意気です。

私より聖ひつ保持者たちのほうが、現実逃避をしたいかもしれませんがね」


「聖ひつが、永久に使える保証はないわけですね。

しかも世界中から危険視されている。

この状況を打開するなら……」


「ああ。

遠慮しなくていいですよ。

私を倒せば万事解決です」


 俺を始末すれば、すべて解決する……と考える。

 暗殺計画は多いと思うのだが、不思議と、一度も実行された形跡がない。

 ただ身元不明の死体が、偶に発見される。


 魔法で記憶を手繰れないらしい。

 そうなるとアイオーンの子……クレシダだろう。

 つまらない邪魔を嫌うクレシダが、俺の暗殺計画をつぶしているのかもしれない。


「ご自身の生死を、気軽に触れられては……。

言葉に困ってしまいますよ」


「私の悪い癖でしてね……。

まあ……そう簡単に、私を殺せないでしょう。

出来るならとっくにやっています。

そうなると各個撃破のセオリーから、聖下せいかを狙います。

旧ギルドとしても、ポンピドゥ一族の支配が危うくなっていますからね。

陰謀に加担せざるを得ないでしょう」


 マウリツィオは唇の端を歪める。


「たしかに……。

旧ギルドは冒険者にすり寄りはじめましたからなぁ。

露骨に待遇改善をはじめました」


 ポンピドゥ一族の搾取に加えて、ピエロのやらかしがトドメになったからな。


「ギルドマスターが護衛問題で、大失態を演じましたからね。

あれで結構な数の冒険者が、新ギルドに移籍したでしょう」


「小生はあれで勝負あったかと思いましたが……。

やはり現場は必死です。

両属を黙認し、報酬を増額しました。

どうやらポンピドゥ一族が黙認したようです」


 如何にポンピドゥ一族が実権を掌握していても、すべての支部から反対されてはな。

 個別の反感ならどうとでもなるが、ポンピドゥ一族が諸悪の根源……と憎悪が集中しては不味いのだ。


「黙認しないと支配が揺らぐほどの危機だったのでしょう。

ギルドマスターを更迭出来るようにするまでの時間稼ぎでしょうが」


 マウリツィオは呆れ顔で、首をふった。

 旧ギルドは迷走しているからな。


「でしょぅなぁ……。

当のピエロは、ほとぼりが冷めたと思い込んでいるようですが。

想像力のなさは呆れんばかりです」


「今まで必要のなかった能力ですからね。

まあ……ギルドマスターは、どうでもいいでしょう。

ここまで話を聞けば、ベンジャミン殿なら悟ると思いますが……。

ギルドが併存しているのは、冒険者にとって、かつてない好条件となっています。

これがなにを意味すると思いますか?」


 ベンジャミンが腕組みをして、眉をひそめる。

 商売の民だからな。

 どうなるかはわかっているだろう。

 ただベンジャミンに状況を理解してもらうため、あえて問いかけたのだ。

 黙っているだけで話が進むと、どうしても頭に入ってこなくなる。

 流れゆく風景にしかならない。


「併存すれば競争となる。

冒険者の待遇がよくなる……に留まらないでしょうね」


 マウリツィオは大きなため息をつく。


「まったくそのとおり。

冒険者の要求が過剰になりつつありましてな……。

嘆かわしい限りです」


 ギルドの立場ではそうだ。

 冒険者の立場となれば異なってくる。


「冒険者たちにとっては、旧ギルドの搾取で酷い目に遭いましたからね。

その埋め合わせをしたいのでしょう。

困ったことに、新ギルドと旧ギルドは別の組織だと思わない。

だからこそ新ギルドにも、過去の損失の補塡ほてんを要求してきたのでは?」


 マウリツィオは不機嫌そうに眉をひそめた。


「冒険者たちの名誉のため弁護しますが……。

そのような不心得者は一部ですぞ」


 一部だからこそ悪目立ちしている。

 結局割を食うのは、わきまえた冒険者なのだが……。


「わかっていますよ。

このような待遇つり上げですが……。

これで旧ギルドは勝てると踏んだようです。

総資産では負けないとね」


「普通に考えたらそうでしょうね。

でも実際は違うでしょう。

待遇のつり上げとは、依頼料の値上げにも直結しますから。

ヴィガーノ殿は、つり上げに付き合いましたか?」


 マウリツィオは呆れ顔で手をふった。


「とんでもない。

正当な報酬は払われるべきですが、不当な優遇はいけません。

評価の正当性が揺らぎます。

そしてゴネればよし……となるでしょう。

回り回って依頼人に、迷惑がかかりますからな。

最初は苦境に立たされましたが……。

形勢は逆転しましたぞ」


 旧ギルドは搾取を行ったが、大きな増収とはならなかった。

 内乱で世界が疲弊していたのだから、とりようがない。

 それどころか、搾取によってギルドの施設利用が減り、収入が減る始末。

 追い打ちとばかりに新ギルドの設立で、大きく収入が落ち込んだ。

 資産を売却しようにも、現状で買い手がいない。

 社会が安定しないことにはな。


 つまり旧ギルドに報酬をつり上げて、依頼料を据え置く余裕はなかったのだ。

 そしてこの弥縫びほう策は、新たな問題を招く。


「報酬のつり上げ合戦が、新旧ギルド間で行われていればよかったのでしょう。

新ギルドが付き合わなかったことで、旧ギルド内で値段のつり上げ合戦に及んでしまったのでは?」


「まさにそのとおり。

だからと依頼料をあげ続けると、旧ギルドに肝心の依頼がこなくなる。

小生は今度こそ勝負あったと思いましたが……。

まさかこのような蛮行に、手を貸すとは」


 ベンジャミンは首をひねった。


「商売に関わる身として疑問なのですが……。

旧ギルドはいわば、由緒ある大手商会。

それが新興の商会相手に、随分焦っているように思えます。

私が感じたのは……。

ひつ騒動にしても『知らぬ存ぜぬ』でやり過ごせるのではと。

世界にとって不可欠の組織なのですから。

なぜそこまで焦って、新興商会と張り合い、教皇を害する計画にまで加担するのか……。

旧ギルドがそこまで愚かだとは思えないのです」


 普通ならそうだ。

 このような危険を冒す必要はない。

 ポンピドゥ一族にも穏健派はいただろう。

 旧ギルドは、新ギルドを相手にせず、本来の職務に立ち返ればよかったのだ。

 そうすれば、すくなくとも破滅は免れられた。


「もし旧ギルド単体なら、その疑問は正しい。

ですが……さまざまな勢力と手を結びました。

最初の動機は私への憎悪……つまり感情の問題です。

そうなれば理性や損得は、不純なものとして避けられるでしょう?

つまり自分だけ、我に返ることは許されないのです。

だからと現実に即して、私への憎悪を引っ込めることは出来ません」


「なるほど……。

裏切ったと見なされると、ラヴェンナ卿より先に、裏切り者を始末しますね。

理性の働く余地はないわけですか」


「そうなりますね。

憎悪の結びつきは、最初の勢いはいいですが……。

あとが続かない。

惰性の憎悪に引きずられます。

ただ……引くにも引けない。

彼らは一発逆転の大穴を狙う博徒状態ですよ。

そこまで追い詰められたので、もはやなりふり構っていられません。

旧ギルドは新ギルドに対して、禁じ手を使って妨害してきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る