873話 悪魔の地

 教皇ジャンヌからの回答は、初耳だと予想通りの回答。


 ベンジャミンからの回答は、聖ひつと呼ばれるような箱はある。

 石版を納める契約の箱だ。

 だがアラン王国に、祖国を占領されたときに奪われたので行方は知れない。

 あるとすれば、放棄された王都プルージュではないか。


 ただ契約の箱自体に噂されるような効果はない。

 そもそも噂の聖ひつとは、ただのガセネタでは?

 そのような回答だった。


 噂に踊らされる外野は、違う反応だ。

 サロモン殿下もプリュタニスに、探りを入れる始末。


 俺が動くと危険なのでは……と周囲は危惧しているようだ。

 『アラン王国の領土なので、無断で探りを入れないでほしい』と要望までされる。


 最近の面会は、聖ひつに関して、俺の動きを探ろうとする類いのものばかり。

 だから優先度は低い。

 そこにマウリツィオ・ヴィガーノが、珍しく至急の面会を求めてきた。


 箱の話にはいささか辟易していたので、喜んで割り込みに対応することにした。


 キアラと応接室に向かう。

 部屋で待っていたマウリツィオに緊張した面持ちはない。

 さて……どんな話題なのか。


「ヴィガーノ殿。

珍しいですね。

割り込みとは余程重要な話だと思います」


「ラヴェンナ卿は巷で、噂になっている聖ひつの話はご存じでしょう」


 マウリツィオ……お前もか。


「……ええ」


 マウリツィオはニヤリと笑う。


「その様子では、かなり辟易なさっている様子。

真に受けてはいないようですね」


「ええ。

願望に付き合うほど暇ではありません」


 それだけじゃないけどな。

 建前ではあるが半分以上、本音が混じっている。


「それなら結構です。

ただ念のために探らせることも考えられましたので……。

老婆心ながらご忠告を差し上げようと、お時間を頂きました」


 たしかに俺なら、噂だと一笑に付すことはない。

 調べた上で判断すると思ったわけだ。


「ヴィガーノ殿の忠告には、千金の価値があます。

是非聞かせてください」


 マウリツィオは我が意を得たとばかりに、身を乗りだした。

 なにか情報を持っていそうだな。


「箱はどうでもよいのです。

ただ悪魔の地が問題でして……。

本来ならクノー殿が、一番詳しい。

ただ不在ですからね。

小生が代わってお伝えしたいと思いました」


 ふたりは顔見知りだったのか。

 考えてみればそうだな。

 パトリックは旧ギルドの幹部だった。

 嫌がらせのように旧ギルドから、脱退を拒否されているが……。

 そろそろなんとかしないとな。


 パトリックは気にしていないようだが……。


「クノーさんには魔力の調査をしてもらっています。

なにか心当たりがあるようでしたから」


「小生は旧ギルド在籍時に、クノー殿と悪魔の地を調査したことがあります。

と言っても……。

小生は教会との連絡役で、実際の調査はしていませんが」


 パトリックから上がってくる報告を、教会に伝える役目か。

 それなら情報は持っているだろうな。

 パトリックがいれば、悪魔の地について聞いたのだが……。

 守秘義務があるから答えられない気もする。

 マウリツィオにも守秘義務があると思うが……。

 まずは話を聞いてみよう。


「噂によると危険だとか?」


 マウリツィオは、力強くうなずいた。


「遙か昔に財宝が眠っているのでは……と、足を踏み入れた冒険者がいました。

その冒険者には、呪いがふりかかったのです」


 ああ。

 調査以前の情報か。

 それなら守秘義務の範囲外だな。

 俺はマウリツィオに、続きを促す。



 マウリツィオの話してくれた内容は、なかなか興味深い。


 戻ってきた冒険者が、体の不調を訴える。

 具合が悪くなって途中で引き返したらしい。


 どれだけ強力な治癒術でも治せなかった。

 嘔吐おうとや吐血だけではない。

 頭髪がゴッソリと抜ける。

 アゴが肥大化して腐り落ちる者や、体中に巨大な腫瘍が出来る症例もあった。

 極めつけは全員の体が、夜中でもうっすら光っていたらしい。

 服だけでなく持ち込んだ道具もだ。


 死んだあとでも体はずっと光っていて、全員が恐怖したとのこと。


 そして冒険者を治療していた治癒術士も、同じ呪いに掛かってしまったそうだ。

 冒険者ギルドと教会が協議した結果、呪われた悪魔の地であると認定。

 一切の立ち入りを禁じた。

 それでも欲に目が眩んだ者は立ち入る。

 だが隠しようはない。

 夜でも体が光るので呪われたとすぐにわかる。

 その者は見つかり次第に殺された。

 遺体は骨すら残さずに焼き尽くされる。


 だが……それで終わりとはならない。

 悪魔の地が存在すること自体、教会にとっては望ましくない。

 だが足を踏み入れると、確実に死ぬ。


 冒険者ギルドに依頼をするも、ギルドは及び腰だった。

 危険に見合うような報酬ではないこと。

 それだけではない。

 教会にとって、不都合なものがあったらしたら?

 これだけ強力な呪いを発する地なら、なにか強力な呪物があると考えるのが自然だった。

 その所有権なども曖昧だ。


 教会も、その点は考慮したらしい。

 これだけ強力な呪いであれば、その呪物はとてつもない力を秘めているだろう。

 教会としては、世界をそのまま固定したい。

 大きな変化につながりかねない悪魔の地は放置したいのが本心であった。

 

 ギルドにとって放置して実害はない。

 双方の利害が一致したことにより、放置が決定する。


「これでは公表できませんね。

対策を求められても困るでしょう」


 マウリツィオは苦笑しながらうなずいた。


「これは暗黙の秘密となっている話です。

お話しすべきか迷いましたが、ポンピドゥらが調査に乗り気のようですので……。

ギルドマスターが過去の教訓を軽視するなら……とお話しした次第です。

ポンピドゥにとって冒険者とは、利益を出すための数値でしかありませんからな。

人当たりはいいので、多くの者は勘違いしますが、身内以外を人として考えません。

ただ摩擦を嫌うので、人当たりがよく見えるだけです。

多くの者は気づきはじめたようですが……。

あとの祭りでしょうな」


 亜人差別と護衛問題で、完全にメッキは剝がれたからな。

 だからこそ一発逆転を狙って、聖ひつに飛びつくわけだ。

 自分で探すならいいが、冒険者にやらせるだけだろうからなぁ……。

 マウリツィオの憤慨もわかる。


「問題は冒険者が、聖ひつ探しを受けるかでしょうね。

余程高額な報酬を約束しないと、誰も動かないでしょう」


 マウリツィオは、ため息をついて小さく首をふる。


「そう簡単な話ではありません。

仲間が受ければ見捨てられないので受ける。

そのようなケースが多いと思います。

愚痴はこの程度にしましょう。

悪魔の地に関してお伝えすることは、まだあります」


 まだあるのか。

 情報は多いに越したことはない。

 まだ捨てる段階ではないからな。


「是非教えてください」


 マウリツィオは真顔でうなずく。


 このような放置されていた問題が、最近になって動きだした。

 と言っても10年くらい前らしいが。


 知的探究心の塊であるパトリックが現れたことだ。

 しかもギルド幹部。

 そもそも幹部が、自ら調査を志願するなど前代未聞だ。


 困り果てたギルドが、教会にお伺いを立てたところ、短期間の調査が許可された。

 つまり形式的に許可をしただけ。

 あまり詳しく調査をしてくれるな……と言いたかったようだ。


 その際、教会との連絡役を務めたのがマウリツィオだった。

 なにか問題があれば、責任を取らされる。

 損な役回りなのは明白。

 なり手がいなかったからだ。


 パトリックは、最初に周辺地域を調査した。

 悪魔の地外周に魔物や動物はいたが、皆奇妙な形をしていた。

 腕や足が多いものや、巨大なもの。

 目や口の位置が、おかしな場所にあるものなどだ。


 悪魔の地は、アンデッドを送り込んで調査させる。

 普通の使い魔では、息絶えてしまうからだ。


 だからこそギルドも拒否出来なかった。

 その結果、ある程度の情報がつかめる。


 アンデッドを通じての視覚なので、はっきりした光景はわからない。

 吸血鬼でもないかぎり、目は見えないようだ。


 残念ながら死霊術士が操作できるのは自我のないアンデッドのみ。

 大量に動かすなら操作は出来ないが、一体だけならある程度操作出来る。

 ある意味で危険物の取り扱いには適任か。

 倫理的には微妙な問題だと思うが……。

 これはまた別の問題だ。


 アンデッドは生物が発する体内魔力を察知して動く。

 蝙蝠のようなものだ。


 それでもある程度の景色はつかめる。

 意外なことに、草木が生えていた。

 ただし動物どころか魔物すらいない。

 

 悪魔の地は盆地となっており、中央に丘がある。

 盆地全体が霧に包まれていて、全体は見えない。

 丘には複数の穴があり、そこから蒸気のようなものを発している。

 しかも丘は不自然なほど奇麗な三角錐で、人工物の疑いが強い。

 調べようとしたが、魔力のつながりが断たれてしまい、確認することは不可能だった。



 これが報告内容か。

 それを教会に伝えると中止を指示された。

 危険なのでこれ以上の調査は、必要ない。

 魔物がいないのであれば放置していても構わないだろうと。


 そう言われては、パトリックでも強行は出来なかったようだ。

 これがマウリツィオの知っているすべてらしい。


 一通りの説明を聞き終えて、思わずため息が漏れる。


「どう考えても、危険な場所ですね。

そのようなところに、神から授かった聖ひつがあると思えません。

あるとしても悪魔からのプレゼントでしょう」


 マウリツィオは苦笑して、肩をすくめる。


「小生もそう思います。

ただラヴェンナ卿が、調査に乗りだせば徹底されるでしょう。

その場合、どのような呪いが広がってしまうか……」


 どうも引っかかるので、一応確認しておくか。

 この情報を守秘義務違反のリスク承知で、俺に提供したとなると……。

 貸しにされてしまう。


「その配慮に感謝しますが……。

ここまで私に話して問題ないのですか?

教会の依頼で行われた調査であれば、守秘義務があると思います」


「ご心配なく。

この情報は、教皇だけが閲覧可能な禁書に記されています。

本来は口外してはならないのですが、教皇聖下せいかから内々に許可をもらいました。

悪魔の地に手を出す愚者が減るなら、価値はあると。

ただ危険というだけでは、ラヴェンナ卿にご納得いただくのは難しいでしょう」


 『詳しいことは言えないが危ないから止めてくれ』では、乗り気になった人を止められない。

 周囲が前のめりになって、ランゴバルド王国にまで動かれては困るわけだ。

 つまりは、話して踏みとどまれるのは俺だけと思われている。

 なかなかに深刻だな。

 平時であればこのような与太よた話に、本気で手をださないだろうが……。

 

 待てよ。

 調査を中断させられたパトリックは、これに深入りしないだろうか?


「なるほど……。

よくわかりました。

ただひとつ、気になる点があります。

クノーさんは調査にでていますが、悪魔の地を詳細に調べるつもりなのでしょうか?」


「小生は人を見る目に、いささか自信があります。

魔物が大量発生したこととの因果関係は調べると思いますが……。

独断で危険なことをする御仁ではありません。

そうでなくては誰も信用しないでしょう」


 死霊術士でも幹部になっている、希有な例だからな。

 それだけ信用できる人柄なのだろう。

 俺に出来ることは、信じるしかないわけだ。


「それならひと安心です。

それにしても……。

伝染する呪いとは、なんとも厄介な。

このようなものが広まると大惨事確定ですよ」


「小生もそれを危惧しています。

そもそもそれほど強力な呪いに掛からない方法があるのかどうか……。

疑わしいものですよ」


 きっと仕掛けがあるのだろうな。

 もし俺が無関係な第三者なら、面白がって色々考察したのになぁ。

 下手に関心がある素振りを見せると、影響が洒落にならない。

 権力が増す毎に自由は失われる。

 これは仕方のないことだ。

 これを忘れると破滅するだろう。

 しかも俺が一番嫌う……他人にツケを払わせる結果が待っている。

 そのようなことになる位なら、不自由を甘んじて受け入れようじゃないか。


 まあ自己憐憫に浸る気はない。

 それよりマウリツィオの見解が聞きたいところだ。


「そもそもですが……。

なぜ悪魔の地に、聖ひつがあって、力まで噂となったのか。

唐突すぎると思います。

誰かが意図的に流したと思いませんか?」


 マウリツィオは我が意を得たりとばかりにうなずいた。

 冷静なら、誰でも思いつくからな。

 つまり、冷静な人は現状少数派なわけだ。


「教皇聖下せいかもそうお考えです。

なにがしか悪魔の地に立ち入る手段を持っているのではと。

ただ……。

そうなると厄介だとおっしゃっておられました。

次になにをしてくるか、まったく読めないと」


 厄介なのはたしかだ。

 次になにをしてくるかは……、周囲の狂乱次第だろうな。

 踊り足りないと思うなら、追加の材料を持ちだしてくるだろう。

 

 ただ……。

 これほどのカードを切って来たとなればとっておきだろう。

 あとはどのタイミングで、次の段階に移行するかだな。

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