866話 矛盾の許容範囲

 今日は、全員の圧が凄い。

 そしてキアラがなにも言わずとも、使用人が紙とペンを持ってくる。

 いらんことを教え込んでいるな……。


「いろいろと興味深い内容でしたね」


 モデストが愉しそうに、目を細める。


「場所も内容も予想通りですか。

独立宣言には触れられていませんでしたが……。

その顔だと想定していたようですね」


「それ以外ないでしょう。

相手になにか要求するときは、無視出来ない相手になるのが確実ですから。

独立したくてしたわけではありません。

そうせざるを得ない状況になった……と思い込まされたのでしょう」


 モデストは声を立てずに笑った。


「思い込んだですか。

これも誰かの筋書き通りと。

最初からこの事態を想定していたのですか?

これは面白い」


 そのような預言者相手なら、どうにもならない。

 幸いそのような預言者は物語の中だけの存在だ。

 人の力には、限度がある。

 限られた力を、どれだけ効率的に活用出来るか。

 それだけの違いだろう。


「いくらなんでも、すべての未来を予測は出来ません。

妄想的な予測はするでしょうけどね。

それに縛られることはありません。

その場で適切な手を打っていると思います。

結果を見て、すべてを想定しているように思いがちですけどね」


「なるほど。

無理に制御しようとせずに、少し流れを変えただけと」


「だと思いますね。

私のやり方を模倣しているならそうでしょう」


 なぜか全員が、辟易とした顔になる。

 突然キアラが笑いだした。


「お兄さまは気軽に言っていますけど……。

お兄さまの模倣が出来る人は、世界にどれだけいるのですか?

十分厄介ですわ」


 全員が納得顔でうなずく。

 神格化されても困るのだがなぁ……。

 それで喜ぶ人はいるが、俺はまったく喜べない。

 俺の死後を考えると、マイナスのほうが多いのではないか。


 あるものは体制を固守する為に、俺の名前を使い……。

 あるものは体制を変革する為に、俺の名前を使うだろう。

 周囲に優れた協力者がいたからと、どれだけの人が覚えてくれるのやら。

 思わずため息が漏れる。


 プリュタニスが苦笑して、肩をすくめた。


「称賛されると不機嫌になるのは相変わらずですね。

非難しても無反応。

実にタチが悪い。

最近アルフレードさまって……。

とても面倒臭い人なのではと思いはじめていますよ」


 これまた全員が笑いだした。

 否定はしないけどさ。


「扱いやすいタイプでないことは自覚していますよ」


 プリュタニスは急に、真顔に戻る。


「それにしても……。

狂犬は一言も発しませんでしたね」


 人前で話すのが不得手なタイプだろう。

 だかこそだ。


「恐らく発言しても、支持を得られないと考えたのでしょう。

ただ……。

貴族階級の男が、なぜ狂犬と一緒にいるのか。

そして信用されているのか……わからない点は多いですよ」


 カルメンが苦笑して、髪をかき上げる。


「あの居丈高な支援要請ですね。

あのやせ我慢精神は、貴族階級特有です。

平民からは馬鹿にされますけど」


 実利を追い求める平民からは馬鹿にされるが……。

 実利ばかりを追い求めないから、貴族階級たり得る。

 追い求めればと呼ばれ、軽蔑されるからな。


 見栄や面子を気にするのは、非合理に思えるだろう。

 その非合理生こそが、文化を発展させる原動力とも言える。

 どちらが欠けてもだめだと思う。


「恐らく貴族階級に対して、支援を求めるからでしょうね」


 カルメンの目が鋭くなった。


「あのやせ我慢は本物と見たわけですね。

それで支援しますか?」


 やせ我慢を見た目だけ真似すると、単なる傲慢ごうまんと化す。

 理解していれば、余裕が出来たときには遜る。

 支援出来ない人を非難することもない。


 理解していなければ、支援を当然の義務と考える。

 際限なく傲慢ごうまんになっていく。

 そして後に引けなくなるだろう。

 支援しない人を罪人呼ばわりする可能性だってある。

 かくしてメッキが剝がれるわけだ。


 あの放送のやせ我慢を、どう考えたのか。

 理解出来た上でどうするのか?

 それを問うているのだろう。


「いいえ。

本物であっても良くないですよ。

大きな前提が間違っています」


「普通の貴族なら、あの居丈高な態度は理解します。

必要性だけを純粋に検討するでしょうね。

アルフレードさまは、前提に問題であるから否定的なのですか?」


 今回は、前提が異なるからな。


「一度避難して態勢を整えてから、故国を奪還すべきだ。

そう提案されましたが……。

これは拒絶されました」


 カルメンは不思議そうに、首をかしげる。


「それ自体は間違っていないと思いますよ。

一度土地を奪われると……取り返すのが大変じゃありませんか?」


 安易に自分たちの土地を捨てては、取り返すのが困難だ。

 だから逃げないことは正しい。

 ただし誰に奪われるのか。

 そこが違う。


「それは人同士の争いでのみ有効です。

生活基盤や社会制度を変えられてしまうと戻すのは大変でしょう。

奪い返した後の困難が大きくなります。

それに人は、土地に根を張って生活しますよね。

だからこそ一度根を張られると、排除が困難になる。

ですが相手は魔物です。

魔物は土地に、根を張りません。

今はゲームの駒として使われているかのような動きですよ。

故に待避して奪還するほうが合理的なのです」


 そこまで考えられないからこそ、他国からの侵略と同じ対応方法を選択したのだろう。

 これもクレシダは計算ずくのはずだ。

 ただでさえアラン王国の人は、プライドが高い。


 トマがそれを悪い方向にねじ曲げて、ユウが固定してしまった。

 融通無碍むげだからこそ簡単に変わる。

 そして融通無碍むげだからこそ高くなったプライドは変えられない。


 なにか軸がないと人は安心出来ないだろう。

 それがプライドになるのは当然だ。


 限界を突破すれば総反省状態になって、自虐社会に変質するだろうが。


 プリュタニスが納得した顔でうなずく。

 故国を捨てて、ラヴェンナに亡命したのも、自国の民をひとりでも多く救う為だったな。

 プリュタニスはそのあたり柔軟だと思う。

 土地を死守して玉砕する思考とは無縁だ。

 だからこそ評価しているし、成長の機会を提供している。


「戦力を少しでも温存すべきと」


「内乱で力を消耗しきっているのです。

これ以上の出血は、致命傷になりかねない。

ここでの支援は、彼らの失策を尻拭いすることになります。

気持ちはわかりますけどね。

国を失っては不安になりますから」


 プリュタニスは皮肉な笑みを浮かべる。


「魔物と人では、前提が異なる。

理解しろというのは困難でしょうけどね」


 困難だが……。

 全体を俯瞰ふかんすれば、ヒントはいくらでも転がっていた。

 クレシダは楽しむ為にやっている。

 だからこそヒントなしのクイズはださない。

 ヒントがどれだけ難解だとしてもな。


「やや困難ですが可能ですよ。

プルージュ包囲戦の魔物は、軍隊と遜色ないでしょう。

今までの刹那的に襲ってくる魔物とは違うのです。

つまり戦略的に動いてくる。

それを刹那的に対応するのは誤りです。

誤った戦略に支援しても、傷口が広がるだけでしょう?」


「つまりは支援しても、成果が期待出来ない。

不利にしかならないとお考えなのですね。

ラヴェンナの財産は自分の所有物ではない。

だから、感傷の為に使うことは不可能だ。

そのような感じですか?」


 よくわかっているじゃないか。

 個人の支援なら、感傷で決めていい。

 だが集団の財産を支援する場合は、事情が異なる。


「その通りです。

だからこそ彼らの求める支援に応じるのは難しいでしょう」


 全員がうなずいた。

 もともと支援すると思っていなかったろう。

 一瞬部屋が、静寂に包まれる。

 キアラが小さく首をかしげた。


「では相手にしませんの?」


 だが……支援しないのは難しい。

 それを指摘してくれたのだろう


「それも難しいでしょうね。

そもそも国と国との関係が激変してしまいました。

必要であれば交渉せざるを得ないでしょうね」


 キアラは小さくため息をついた。


「なんだか納得出来ませんわね。

援軍に罵声を浴びせて追い返した人たちです。

到底好きにはなれませんもの」


 今後の外交について説明したことはなかったな。

 ここらでひとつ俺の考える外交を説明しておくか。


「そもそもの話ですが……。

外交に国としての主義主張や、好悪などの情緒を絡めるべきではありません。

人は無意識にでも、自分たちを優先しがちです。

たとえ嫌いだとか主張の異なる相手だとしても……。

最初から敵として排除しては選択肢を狭めます。

同様に、同じ価値観を持っているとか……。

相手に対して好意を持っているから、と優遇すべきでもありません」


「今まではそれでやってこられた。

けどもう違うわけですね」


 その前提が崩壊したからな。

 もう通用しないよ。


「使徒の平和という枠組みで、3国が存在する。

その上に教会が君臨していました。

枠組みが不変だからこそ、好き嫌いで判断してもよかったのですよ」


「その枠組み自体が変わってしまった。

だから今までの方法だと通じないわけですね」


「ええ。

今までは教会が、世界の秩序を維持してきました。

これからはその秩序がなくなるのです。

これがなにを意味するかわかりますか?」


 キアラは眉をひそめる。


「無秩序状態ですわね」


「ある意味で、本来の姿に戻ったというべきでしょうね。

その上で秩序の維持を目指すなら、どうすべきでしょう?」


 この枠組み自体が異常なのだ。

 再び可能になるのはいつのことやら。


「1強が多弱を押さえ込む……でしょうか?」


 普通は、そう考える。

 教会に代わる1強として君臨すればいい。

 冗談めかしているが、俺に世界を支配しろ……などと唆すくらいだ。

 ラヴェンナを意識しての発言だろう。


「間違っていませんが、1強を維持することは、並大抵の努力でなし得ません。

1強は内部から腐敗して崩壊するでしょう。

たとえそれがラヴェンナだとしてもね」


 キアラが驚いた顔になる。

 不可能とは思っていなかったようだ。

 やりたくないからしない……のではない。

 そもそも不可能だからやらないのだ。


「お兄さまがあれだけ賢明な手を打ったのにですか?」


「今の広さでこそ、有効な手です。

さらに広くなると、そうはいきません。

まず他弱が1強の力を借りて、利益を得ようとする。

1強である為には、虚構でも権威が必要なので、他弱からの要請を無下には出来ません。

それどころか様々な誘惑で、有力者を共犯者として引きずり込もうとするでしょう。

当然内側からの反発は大きくなる。

それどころか他弱から恨まれて、問題が増え続けるばかりです。

このような不安定すぎる状況を安定させるのは、今の技術では不可能ですね。

たとえ発達しても不可能だと思いますが」


 キアラはなおも首をひねっている。

 心底から俺なら出来る、と思っていたようだ。


「どうしてですの?」


「技術の発展は、最底辺の生活を向上させます。

同時に貧富の差が開くでしょう。

結果として社会の抱える矛盾が大きくなるのですよ。

そして民衆は、さらなる利便性を求める。

かくして矛盾が解消しきれないほどになると自壊する。

社会が矛盾を許容出来るのは、広さによって決まる限界まで。

技術が進歩するほど許容出来る広さが縮まります。

進歩すると、生活の幅が広がるでしょう。

そして広いほど、多様な人たちを抱え込みますからね。

狭ければ似たような人ばかりでしょう」


「それだと……。

どう頑張っても自壊するのではありませんこと?」


「古い制度のままだとそうなります。

ではどう対処するのか。

節目節目で技術や社会の発展に適応した制度に変革し続ける。

これしかないでしょうね。

ただそれには、現状を変えたくない人や変革することで損をする人たちが反対します。

これを乗り越えるのは難しい。

未来は不確かですが、変革で失われる利権は明白ですからね。

だからと……今の社会制度のまま技術が発達し続ければ、いずれ内部崩壊します」


 キアラはなおも納得し難いようだが、小さくため息をついた。

 冷静になったときに、自分で考えることにしたようだ。

 

 プリュタニスは難しい顔で腕組みをしている。


「疑問なのですが……。

アルフレードさまが設計した制度は、今の広さが限界ですか?」


 今のラヴェンナの範囲が限界なのかと言えば違う。


「いいえ。

実はもっと余裕があります。

だから大きくしても、しばらくは破綻しません。

ただ変革が間に合うタイムリミットは、かなり短くなります。

それなら子孫に選択する時間を与えるべきでしょう。

だから自然が定めた境界にとどまっているのですよ。

わかりやすいですからね」


 プリュタニスは納得した顔でうなずいた。

 

 アーデルヘイトが挙手をする。


「旦那さま。

質問です。

技術が進歩すると、格差が広がるのですか?

皆の生活が楽になるだけだと思いますけど」


 飛躍しすぎたか。


「技術が進歩するとは出来ることが増えることです。

つまりある程度優位な立場にある人は有利なのですよ。

一般人と、裕福な商人がいます。

新たに有用な技術が生まれて、それが利益につながるとしたら……。

どちらが有利ですか?

一般人はそれを利用するだけです。

より裕福な商人は、他の商人が売るものよりよいものを作りだせる。

金を掛けることが出来ますからね」


「金持ちはより金持ちになるわけですか」


「ええ。

競争を推奨している以上、これは避けられません。

だから制度が許容出来る矛盾は、技術や社会の発展とともに少なくなる。

それに伴って、制度の見直しが必要になります。

ただ成功しているからこそ……。

変革は難事ですね。

難事でもやらなければいけません。

だからこそ私は、執拗しつように『自分の決めたことが絶対ではない』と言ってきたのです」


「謙虚だからだと皆が思っていますよ」


「私は謙虚などではありません。

必要だからそう言っているだけです。

変革は難しいでしょうが……。

託すしかありません。

これを今までの社会は、時間を止めることで対応してきたわけです」


 アーデルヘイトは小さく首をかしげる。


「もし変えないで……。

小手先ばかりの対処をし続けると、どうなるでしょうか?」


「ある日、突然倒れます。

不満が限界を超えて溜まっているので、なにかの拍子に爆発すれば連鎖しますよ。

もしくは外敵に倒されるか……。

使徒の平和がよい例ですよ」


 アーデルヘイトは小さなため息をついた。

 良くない未来を予見してしまったのだろう。


 プリュタニスが小さく肩をすくめた。


「なるほど。

よくわりました。

ラヴェンナは今の広さにとどめて、将来制度を変えるときは変えなくてはいけない。

内側はそれでいいとして……。

問題は外です。

無秩序状態でどうやって秩序を維持するのですか?

無秩序を放置したら、戦争は不可避ですよね」


 具体的な方針は決まっていない。

 だが大枠は決まっている。


「力の均衡を維持する……ですね」


 プリュタニスが首をひねる。

 すぐには理解出来なかったようだ。


「力の均衡ですか?」


 この概念も説明しないとだめだな。

 万能の解決策ではないが、現時点ではこれしかないと思っている。

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