865話 崩壊の序曲

 マンリオからの手紙の解説を頼まれたが、翌日にしてもらった。

 ホールに戻ると、アーデルヘイトが駆け寄ってくる。


「旦那さま。

お話があります」


「なんですか?」

 

「ラヴェンナ水道の消毒に関する件です」


 ランゴバルドの水道は、水源から水を引いて、町の貯水槽にたまる。

 そこから各エリアに供給される形だ。


 その貯水槽での消毒を指示したものの……。

 魔法で消毒することになるが、必要な魔力が多すぎる。

 有毒な物質の浄化には、相応の魔力が必要だ。

 魔力が少なくても、時間を掛ければ可能だが……。

 貯水槽は巨大で、水は常時流れ込む。


 人が交代で常時対応するのは非現実的だったのだ。

 その報告を受けて、将来の課題としておいた。

 何事も、すぐに解決出来るわけではないからな。


 その魔力問題を解決出来そうだったのが、石炭から生み出される魔力。

 これを使えばいけるのでは? となった。


 だがマジックアイテムによる浄化は、すぐ問題にぶちあたる。

 流れる魔力が強すぎて、すぐ水晶が壊れてしまう。


 だが対応可能なのは知っている。

 使徒のマジックアイテムだ。

 あれは常人が扱える代物ではない。

 効果は絶大なだけに、必要魔力が桁違いなのだ。


 このように先例があるものの……。

 高耐久のアイテムは作成可能だが、コストが跳ね上がる。

 1個ならまだしも、相当数が必要。

 そして修理のコストも跳ね上がる。

 下手をすれば、ラヴェンナが破綻するレベルだ。

 しかも技術は、教会にしか残されていない。

 

 従って常人の魔力に耐えられるものを作る必要がある。

 従来の工法では、すぐ水晶が砕けて貯水槽に落ちてしまう。

 破片が飲料水に混じっては本末転倒。


 結果として、実用的ではない……と保留していた件だろうな。


「進展がありましたか?」


「アレンスキーさんの部下が『流れる魔力が強いなら流れにくくすればいい』と考えたようです。

魔力を流さない鉄がありましたよね。

あれを使うみたいです。

かなり試行錯誤したようですけど……。

結果は大成功です」


「ついにやりましたか。

お見事です」


「ラヴェンナの貯水槽1個につき3基くらいでカバー出来る。

運用コストも当初の想定内だそうです。

実用化のめどがたったので、話を進めてもいいですか?

旦那さまの許可がいると思いますから。

その過程で面白い発見があったそうです。

報告書にまとめるとありました」


 望外の喜びだな。

 自由な発想と試行錯誤を推奨した甲斐があった。


「どのようなアイテムになったのですか?」


「なんか暖炉のようなところで、石炭を燃やすと……。

管を通して魔力が流れ込むらしいです。

その管に細工したみたいですね」


 この基幹技術は、さまざまなところで使えるだろう。

 そうなると消費量が跳ね上がる。

 それを支え続けられないと、将来大混乱を招いてしまう。

 一度依存すると、それを捨て去るのは困難なのだから。


「そうなると、問題は石炭ですね。

1日動かすのに、どれだけ必要なのか。

その計算も必要ですからね。

今ある石炭鉱床の埋蔵量は把握しています。

今の使い方なら、300年は枯渇しないと聞いていますが……。

用途が増えては、数十年で枯渇する可能性があります。

新たな鉱床が発見されるか……。

それ次第ですね」


「新たな鉱床探索の為、予算を増額してもらっていいですか?

今でも探していますけど、そこまで予算をまわせていませんから」


「ええ。

構いませんよ。

今後も使うでしょうからね」


「わかりました。

実現出来たら乳幼児の死亡率が減りますよね?

是が非でも実現したいです。

見つかるように、筋肉の神様に祈っておきます」


 それはやめろ……とは言えない。

 内心は自由だからな。


 元々水質と乳幼児死亡率は、相関関係があると考えていた。

 転生前に好奇心で調べたことがある。

 細かいことは、なにも思い出せないが……。

 ラヴェンナで水道を整備する際には実現したいと思った。


「ええ。

乳幼児は体が弱いですからね。

成人には影響ない程度の微弱な毒でも……。

乳幼児にとっては深刻です。

その結果死に至るのでは……とね」


 アーデルヘイトは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「旦那さまの言葉じゃなかったら半信半疑ですけど……。

旦那さまの言葉なので信じます。

ここにきて痛感しましたけど……。

ラヴェンナって清潔ですね」


「十分な食事と睡眠、そして清潔な環境。

これがあれば、かなりの病気を回避出来ますからね。

自堕落にする人に、強制は出来ません。

ですが普通の人は特別な努力をせずとも、健康を維持出来るようにしたいだけですよ。

そうでないと、金持ちだけの特権になってしまいますからね」


                  ◆◇◆◇◆


 翌日に、マンリオの手紙について説明をした。

 旧ギルド関係の情報を入手してもらっていたが、本部は現在移転している。

 とにかく安全で便利な場所を探した結果、教皇庁の一角を間借りしているわけだ。

 教皇庁もアラン王国にあるが、防御は鉄壁と言える。


 教会も資金難なので、収入の増えるギルド本部の移転は渡りに船であった。

 その本部は、現在大揺れだ。

 亜人排斥に荷担したことから、冒険者からの不信感が高まっている。

 トドメはピエロの護衛問題。


 ピエロは極秘にしたがっていたが、どこからか漏れてしまった。

 まあ、クレシダがリークしたろう。


 この件が明らかになると、ピエロは火消しに躍起だ。

 だが、言葉だけの検討なので信用されない。


 失望して新ギルドに移籍する者もいる。

 それでも残留する者は多い。

 前から『新ギルドなんて、すぐつぶれる』と公言していた者たちだ。

 今更、移籍など出来ないわけだ。

 それに旧ギルドと良好な関係を築いていて、美味しい思いもしてきた。

 それを失いたくないわけだ。


 だがそのギルド自体が危険となれば、どうするのか。

 クレシダが手を突っ込むだろう。


 だから俺は、マンリオに張らせたわけだ。


 皆は旧ギルドにはもう力がないと考え、なにも出来ないだろう……と疑問視しているが……。

 なにが出来るのかではない。

 クレシダにとって、どう面白く扱えるかが問題だ。


 マンリオからの報告は『冒険者や不満を持っていた幹部の姿が、忽然と消えた』だった。

 つまり動きはじめたのだろう。


 時機が近いと確信したのは、理由がある。

 放送設備の点検と称して、3日間の休止期間が設けられたことだ。


 それに加えて以前からアルカディアのメディアが、数名姿を消している。

 大規模イベントでも仕掛けるのだろう。


 それはなにか……と問われたが『別の場所からの放送』としか言えなかった。

 場所も明白。

 なので場所の予測も伝えた。


 それを聞いた皆は、納得してくれたようだ。

 やるならそこしかない、と考えていたのだろう。


 ただプリュタニスは、なにかを察したようだ。

 意味ありげな顔で俺を見ていたが……。

 あえて首をふることで、回答としたのである。

 これで察してくれたようだ。


 プリュタニスは、サロモン殿下と面会を続けている。

 だから肌で感じるものがあるはずだ。

 最近のサロモン殿下は、妙に不安で落ち着かない感じがすると。

 ただその不安については、要素が多すぎる。

 プリュタニスでも想像が付かないらしい。



 放送休止が、2日目を迎えた日。

 ホールで俺は皆と談笑している。


 静かなのもいいと話していたが、全員どことなく緊張しているようだ。

 俺が放送を予告していたからな。


 そして空中に映像が浮かぶ。

 見たことのない場所だな。

 

 ボロボロだが、廃虚ではない。

 やはりあそこか。


 映像には冒険者風の男女が、数名浮かんでいる。

 ふたりを除いて全員が若い。

 10代だな。

 ふたりのうち明らかに、雰囲気の違う男がいる。


 すべてを拒絶するかのような風貌だ。

 おそらく、彼が狂犬チボー・スーラだろう。

 

 もうひとりはわからない。

 頭と育ちが良さそうでイケメンだ。

 その男が前にでる。


『突然の放送に驚いたろう。

だがこれは、シケリア王国のメディアを通じてのことだ。

ここは魔物の侵攻を防ぐ最前線マルティーグ。

見ての通り……数えることが出来ないほどの襲撃を撃退している。

だがアラン王国はおろか……冒険者ギルドからの支援はないに等しい!!』


 男は事実を列挙したが、非難が目的ではないだろう。

 全員が俺を見たが、なんの感想も湧かない。

 思った通りだ。

 そして次のシナリオも明白だろう。


『アラン王国のトップはサロモン殿下だ。

その殿下が、パーティーにいそしんでいる間も、我らは命がけで戦っている!

支援を要請しても、殿下を通しては、形ばかりのものになる。

以前にランゴバルド王国からの援軍はあったが、その実態は違う。

ただの観光だ!!』


 そこで怒声が響き渡る。

 計算され尽くしたショーだな。

 俺は茶を飲みながら続きを待つ。


『故に我らは、アラン王国からの独立を宣言する!

強いリーダーであるチボー・スーラを、リーダーとしてだ!!

幸いにも協力者は多い。

ここ最近の冒険者ギルドは、ギルドとしての使命を忘れ、ただ金を集めて配るだけに堕している。

これに失望した心ある者たちが馳せ参じてくれた。

彼らと共に冒険者の為の国を作る!!』


 そうなるよな。

 支援を渋るとは、手綱を手放すと同じだ。

 

『アラン王国は今更支援すると言っても手遅れだ。

どうせ喉元をすぎれば、惜しくなって渋るだけだろう。

そして我々の討伐を人類連合に懇願しても無意味だ。

我々が破滅すれば、防壁を失った魔物が、さらに各地へと侵攻するだろう。

なので我々を、排除など出来ない。

マルティーグの背後には、多くの村や町がある。

アラン王国という形しかないものの為に、それらを犠牲にすることなど出来ないだろう』


 露骨な脅迫だな。

 だが事実ではある。

 アラン王国の住人を待避させなかったことが、ここにきて裏目にでたのだ。

 

『そして国を作らないと、人類連合は我々の話を聞かないだろう。

それは当然だ。

誰と話すべきかわからないのだから。

故に国を作ることにした。

実際に魔物と戦っている我々の声を、無視など出来ないだろう。

多くの犠牲を払っているのは我々なのだ』


 今度は、歓声が聞こえる。

 この男がクレシダの手先かはわからない。


 狂犬は教養と無縁の人物だ。

 この男とは、肌合いが違いすぎる。

 それでも信用しているようだ。

 でなければ自分に代わって発言などさせない。

 いくら口下手で話すことが苦手だとしてもな。

 それだけ狂犬の猜疑心は強い。


 ではどうやって信用されるのか。

 実力があればいい。

 狂犬にとって実力こそ、最も大きな判断基準だからな。


『我々は国家マルティーグとして、人類連合に要求する。

我々には多くの支援が必要だ。

それも早く! そして多く!!

多くの支援をすると、自国の民が生活に苦しむというだろう。

馬鹿馬鹿しい!!

重税がなんだ! 役務がなんだ!

魔物の侵攻で子供を失い、財産を失った人々に聞いてみろ。

誰がそんな心配をしている?

そんなことは二の次だ。

一番は自分の命、そして家族を守る為に生き残ることだ。

諸君らは安全な地に住み生きる余裕がある。

だからこそ、我々を助けなければいけない!

そうしなければ、次は諸君らが我々になるのだ!!』


 脅迫じみた支援要求だが、仕方のない部分もあるな。

 貧しいからこそ遜れない。

 そんな余裕はないのだ。

 媚び諂っては自立など出来ないからな。


 支援されるには相応の態度が必要。

 支援する側にとって、それは正しい。

 だがされる側がそうしては……容易に乞食となってしまう。

 仮に自立出来ても、決して対等にはなれない。

 だからこそだろう。


 だが……大きな前提を無視している。

 だからこそ賛同出来ない。


『マルティーグは我々と、共に戦うものを歓迎する。

奴隷でもここにくれば、皆同じ戦士だ。

我々は魔物に打ち勝つまで、戦いを止めない!!

他国でも、魔物の襲撃があるだろう。

だが撃退出来ているのは、我々が多くを受け持っているからだ!!

そのことを忘れないでほしい。

…………以上だ』


 放送はこれで終わった。

 ホールにいる全員が、俺のところに集まってくる。

 今後の方針と、どう考えているのか聞きたいのだろう。

 ミルたちも、俺の言葉が欲しいだろうな。

 露骨に3国という枠組みが崩壊しはじめたのだ。

 あらゆる前提が、これで狂ってしまう。

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