863話 類似例

 一息ついたところで再開しよう。

 他の予定もあるからな。

 ここで放置して後日にすると……。

 悶々もんもんとするのだろう。


「再開してもいいですか?

これが最後の話です」


 キアラとカルメンは揃ってうなれる。


「「はぁ~い」」


「空気が読めないことと極端思考。

これはすべて、同じ原因が招きます」


 キアラが首をかしげた。


「身内で空気が読めないのは、シルヴァーナとオフェリーですわね。

シルヴァーナは違うと考えていますの?」


 オフェリーは空気が読めない。

 だがシルヴァーナは、あえて読まない。

 完全に読めなければ、なんのかんので、ギルドから頼られないからな。

 その違いはわかっているのだろう。


「シルヴァーナさんは元の性格が厚かましいだけです。

だから今回の話はオフェリーと似た傾向ですね。

違いは使徒のハーレムメンバーとして教育されたので、否定が目的ではありません。

オフェリーが受けた教育より、更に歪んで徹底すると現れる症状でしょうか。

キアラは体験しているでしょう?

最初のオフェリーも、思考は極端でしたよね」


 キアラは珍しく遠い目をする。

 俺が新婚旅行で不在の間、オフェリーの相手をして辟易したのだった。


「……そうですわね。

最近はずいぶん変わりましたけど」


 最近は、だいぶん読めるようになってきた。

 それでもたまにやらかすけど……。

 皆は承知しているので、温かい目で見ている。


 ただ……思春期まっさかりの子供たちからは『巨乳天然ねーちゃん』などと呼ばれていた。


「元々使徒を全肯定するので、極端なほうが都合はよかったですからね。

空気が読めない。

言い換えると、加減がわからない……になるのですよ。

ここまでは大丈夫ですか?」


 カルメンが苦笑して、髪をかき上げた。

 カルメンは意図して、空気を無視するときがある

 面倒臭くなると、その傾向が強い。

 それも個性だろうと、俺は何も言わずにいた。


「理解出来ますよ。

どこまでなら滑らないか……。

その加減がわからない。

意図して滑るのとは、明らかに違います」


「ではその空気を読むとはなにか。

会話の流れや、他人の仕草などの情報から適した言動を選択する。

これに明確な回答はありません。

属する集団によって、傾向はありますけどね。

普通の市民と傭兵では、かみ合わないでしょう?

言葉にすると、このように回りくどい表現になります」


「たしかにわかりやすい正解はないですね。

不正解はありますけど」


 それだけ理解出来ているなら、問題ない。


「この能力はどうやって育つと思いますか?」


 カルメンは腕組みをして、首をかしげる。


「うーん。

自然に学ぶと思いますよ。

つまり毒親に育てられると、正解がない。

だから空気を読む能力が育たないわけですか?」


 カルメンの表情から、なにを言いたいかよくわかる。

 ここは期待に応えておこうか。


「一部正解です」


 カルメンは笑って頭をかく。


「デスヨネー。

アルフレードさまの問答に、簡単な答えなんてないですから。

思案する元気がないから、答えをください」


「空気が読めるようになるのは、成功と失敗を積み重ねて学ぶからです。

ここでの成功は、誰かが笑ってくれたとか……。

失敗は嫌な顔をされるとかたしなめられる。

そのような些細なことです。

いきなり空気が読めるようにはなりません。

周囲が合わせてくれることで錯覚することはありますけどね」


 カルメンは微妙な表情で肩をすくめる。

 自分の過去を思い返したのだろう。


「ああ……。

最初は家庭で、それを学ぶわけですか」


「ええ。

最初に接する別人格は、肉親が普通です。

真似をして、言葉や仕草を学ぶ。

それがスタートです。

普通の両親であれば、多少の失敗は大目に見てくれる。

そうやって自信をつけて、失敗への耐性を身につけるのです。

次に親族や友人……と段階を踏むでしょう?」


「普通はそうですね。

意識しませんけど」


 ここまでくればわかるだろう。


「その親が、頼りになる指針たりえなかったら?」


 カルメンは苦笑したが無言だった。

 キアラが、それを見て少し心配そうな顔をする。

 もしかしたら、キアラには父親への文句を言っているのかもしれない。

 これは、ふたりきりで話して解消すればいいだろう。


「どうにもならないですわね。

出だしで失敗しては、先に進めませんもの。

でもその場合、友人に頼りません?」


 そう簡単な話ではない。

 友人だって子供だろう。


「友人によります。

受け入れられるだけの器がないとね。

ただ前に話した、突然の癇癪にも耐えないといけません。

もしくは友人から縁を切られる恐怖で……。

無難なことしか言わなければ?

成功体験とはなりえません。

それならまだマシですよ。

つまらない相手として遠ざけられる危険があります。

子供は残酷ですから。

もしくはイジメの対象にすらなる。

どうして失敗したか……。

きっと理解出来ないでしょうね」


「そうですわね

バリエーションも増えますし、そうやって成長するわけですね」


 この友人に頼るのも危険だ。


「ええ。

これで友人に頼ったときが、ひとつ問題になります」


「問題ですの?」


「途中で耐えきれなくなって見捨てたときです」


 キアラは眉をひそめる。

 どうやら思い出してくれたかな。


「たしか毒親の教育方針変更も危険でしたわよね」


 この手のバランスを欠いた人相手に、対応を変えるのは危険だと思う。


「貴族階級でこんな話を、たまに聞くでしょう?

情緒不安定な女性に入れ込んだはいいけど……。

耐えきれなくなって逃げるケース。

実はこの手の女性も似たような反応を示します」


 カルメンが突然笑いだした。

 なにかあったのか?


「男がメンヘラ女はすぐヤレると思って、手をだしたら……。

痛い目を見て逃げ出したパターンですね。

そのあと、メンヘラ女は更に重症化しました。

あれは面倒臭かったですよ……」


 なにか、関わりがあったのか。

 普通の人生を歩んでいないぶん、変なことに遭遇する確率も高い。

 そのひとつだろう。


「どちらも同じで、問題は中途半端な成功体験を持ってしまったことです。

共通するのは客観的な視点と自制心に欠けていること。

そのような人とって成功体験とは、正典カノンとなります。

相手や状況によって違うことまで思い至りません」


 カルメンは辟易した顔で、ため息をつく。

 それを見たキアラが吹きだした。

 愚痴を聞いたことがあるようだ。


「ああ……。

それで状況が悪化しますのね。

正しいことが通じないと、とても不安になるでしょうから。

毒親の子供が癇癪なら、メンヘラ女は自傷行為ですけど」


 カルメンは憤慨した顔で、腕組みをする。


「私はメンヘラ女に手をだすなら……。

添い遂げる覚悟でやれ!! と思います。

逃げ出すなんてとんでもない。

メンヘラを世に放ったらダメですよ。

放たれる毎にメンヘラをこじらせて、より重症化しますから。

あれ? そう言えばメンヘラ女と、比較的うまくやれるのって暴力男ですね。

もしかして恐怖で押さえつける点は同じでしょうか?」


 とんでもない感想だった。

 触れないでおこう。

 類似例としてだしたが、カルメンのトラウマ《心的外傷》を刺激したらしい。


「だと思いますよ。

女性を殴る発想は、理解不能ですけど。

類似性はあると思っています。

どれだけ必死に訴えても通じない。

理不尽な力でねじ伏せられると、諦めてしまうのは同じでしょうか。

ただ……相手の顔色をうかがう能力ばかり発達するケースがあります。

そのときは、本人にとって不幸です。

原因はわからずに、相手の反応だけわかってしまうのですから。

その能力を利用して依存出来る相手を見つける……。

逞しいケースもあると思いますけどね」


 カルメンは疲れた顔で、ため息をつく。


「たしかにどれだけ説得しても無駄でしたね。

自分を悲劇の主人公にして酔いしれますから。

私の知っているケースでは、観察眼がよくありませんでした。

ただ初心な男の引っかけ方は、よく知っていましたよ。

それでいて本当に面倒臭い!

『どうせ体が目当てなんでしょ!』とか……。

『この人は私に興味がないんだ』とか、反応がもう面倒臭くて……。

…………ゴメンなさい。

つい愚痴があふれでました。

この特徴は毒親の被害者も同じ、と考えているのですか」


 この話題に触れたら危険だ。

 絶対に触れないからな!


「悲劇の主人公として、自己陶酔をするかは不明ですが……。

どちらも自己肯定感が低いけど、承認欲求は底なしだと思います。

そこが共通点ですね。

水を注いでも、壺の底に穴が開いている、満ちることはありません」


 ドロドロした感情の世界に溺れているが、他人が善意で助けようとすると……。

 もの凄い力で、水に引き込まれるだろう。


「ああ……。

相手をしていたら、キリがなかったですね」


「味方だと思われると求める内容が、どんどんエスカレートします。

判断基準は全肯定か全否定ですから。

普通の人は耐えきれなくなるでしょう。

でもそれは、自分が原因だとは思えない。

理解出来るのは毒親や暴力男のように、力でねじ伏せられたとき。

だから単に裏切られた……という思いで、被害者意識を募らせると思います」


 キアラが、呆れ顔でため息をつく。


「ほんと胃もたれする内容を、平気で言えますわね」


 カルメンはキアラに苦笑した。


「今更すぎるわよ。

たしかに自信のない人ほど、承認欲求が強いですね。

勝手に期待して勝手に裏切られた……と怒るのは、よくあります。

ん? ちょっと待ってください。

それって私も危険じゃないですか?

フラヴィから味方認定されていますよね。

結構ヤバくないですか!?

もうメンヘラはマジ無理です!!!」


 カルメンは肩で息をしている。


 カルメンの属性からそれはないから、味方でいることを頼んだのだ。

 ただ危ないだけなら、頼みはしない。


「カルメンさんは普通の味方扱いでありません。

憧れと普通の味方は別物です」


 カルメンは不満げに眉をひそめる。

 俺にはめられた……と思ったのかもしれない。


「アルフレードさまは、ガチのメンヘラを知らないから気楽でいいですよ……。

ヘラったことをいちいちアピールされるともう胃が……。

…………失礼しました。

それで……どう違うのですか?」


 フラヴィはまだメンヘラになっていない。

 だから大丈夫だ。

 間違えたらなるけど……。


「幻想を持っています。

男社会でも負けずに、結果をだし続けて黙らせる強い女性。

なのでアズナヴールさんの願望を、なんでも聞き入れる必要はありません。

むしろ話を聞いて、自立を促してくれることさえ望んでいますよ。

つまりは普段通りで構いません。

カルメンさんに、危険はありませんよ。

だから頼んだのです」


 カルメンは不思議そうに首をかしげる。


「どうしてそう考えたのですか?」


「毒親が子供にケチをつけるにはコツがあります。

社会的常識を振りかざして、抽象的な表現で否定する。

つまりはミスをしたらダメとかです。

決して具体的な指摘はしません。

このような教育のお陰で、0か100思考に陥るのです」


 カルメンは妙に感心した顔でうなずく。

 どうやら納得してくれたようだ。


「あ~。

すごく納得しました。

そんな教育だと、絶対にそうなりますね……。

しかも他人に相談したところで、叱られて当然だ……と言われてしまうわけですか。

それじゃあ悪質ですね。

そこの部分は、メンヘラ女とは違いますね」


 メンヘラ女性が、どのように生まれるかはわからない。

 類似しているが違うだろう。

 本人の資質と環境が合致したときだろうか。

 知らないことには触れないのがいい。


「ええ。

それだけではありません。

毒親が叱って自尊心を得るためには、マウントをとる必要があります。

つまり言葉自体は、正しい必要がある。

だけど前提条件は、必要ありません。

つまり長期的な整合性は不要なのです。

叱って相手が萎縮したと感じれば、快楽を感じる。

快楽中毒ですからね。

整合性を気にしたら、快楽は不足します」


 カルメンは引きった笑みを浮かべる。


「どう考えても、頭がおかしいですよ……。

でも中毒患者なら、そうなりますか。

刹那的にすら思えますよ」


「いつも言っている『今がすべての思考』にも共通します。

整合性がない叱責は、虐待にも等しいでしょう。

だからこそ子供は、長期的に物事を考えがちです。

恨みは忘れませんからね。

ただ……極端なので、その長期間が尋常ではありません。

感じた憤りは、すべてひとつの連続した事象と捉える。

自分の中でその整合性をとるので、復讐ふくしゅうの対象は、誰でもよくなってしまいます」


 キアラが、皮肉な笑みを浮かべる。


「整合性をとるために、復讐ふくしゅう対象を、社会にするわけですね。

本人の中では理屈になっている。

でも私たちには理解出来ないと」


 カルメンが小さくため息をつく。


「論理的に不合理なことを説明されると、正気が削られますよ。

物事を個別の事象として考えるのもバランス感覚なんですね。

もしかして社会常識は、絶対と考えているわけですか?」


「認識としては真逆ですね。

不信感どころか……憎悪すら持っています。

気まぐれに鞭で打たれた人が、鞭を嫌いになるのと同じですよ。

大多数がその常識の中で生きているので、より負の感情は強いでしょうが……。

でもはね返せない。

ただただ息苦しいものでしょうね」


 はね返す自信や反骨心が育たないように、躾けられてしまったからな。

 本人ではどうにもならない。


 カルメンは複雑な表情で頭をかく。


「絶対だけど、いい意味ではないと。

つまり男社会という常識を憎んでいるけど、それを自力で打破出来ない。

考えてみれば気の毒ですね」


「ですから枷を壊せる人に憧れます。

女性でも、男社会で活躍していたカルメンさんに憧れたのでしょう。

キアラも活躍していますけど、政治的に影響力がある女性は存在していました。

カルメンさんは前例がないでしょう」


「あ~。

それでですか。

アルフレードさまがフラヴィと対等であるかのように示唆したとき、とんでもなく驚いていたわけですね」


「ええ。

常識外の出来事だったでしょうね。

芸術家に理解のあるパトロンは少数ですが存在する。

だから驚きつつも受け入れられたでしょうけど。

私は常識外すぎて、幻想を持つ余裕がなかったと思います」


「幻想を持たれるのは迷惑ですけど……。

なにが禁句ですか?」


 最初に、それが知りたいと言っていたな。

 これだけ、前提を積み上げればいいだろう。

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