862話 たったひとつの冴えたやり方

 お茶を飲んで少し休憩したあと、カルメンが頭をかいた。


「不覚にも胃もたれしました。

素朴に思ったのは……。

クレシダの闇は、底知れなくて不気味です。

アルフレードさまの闇って振り向いたら、真後ろに漆黒が広がっている。

そんな怖さがありますよ。

その才能を、犯罪方面に発揮しなくて助かりました。

捜査なんてしたら、私は正気を削られていたと思います」


 キアラが苦笑してため息をつく。


「魔女の深淵しんえんより、魔王の深淵しんえんのほうが深いと思いますわ」


 酷い言われようだ。


「別に深淵しんえんではありません。

そのような言葉で定義すると、そこから先に進めませんよ。

これは目を背けなければ、そこらに転がっている現実だと思っています。

それよりアズナヴールさんの話に戻りましょう。

以上の推測を踏まえると……。

アズナヴールさんは、毒親からずっと否定され続けてきたと思います。

破滅する前に、イポリート師範に助けられたのでしょう」


 キアラは皮肉な笑みを浮かべる。


「でも毒親は、歯がみしたでしょうね」


「きっとそうでしょう。

ただ……。

毒親は知らずに不可避の破滅から救われた、と思いますよ」


 キアラは怪訝な顔で首をかしげる。


「アズナヴールが失敗する未来に直面しなくて済んだから……ですの?」


「それもあります。

最悪のケースは、親を殺してすべてを終わらせることでしょう?

そこまでいかなくても……。

故意に大きな罪を犯して、親の世間体を壊す。

これも復讐ふくしゅうのひとつではないでしょうか。

しかも殺すより苛烈な復讐ふくしゅうです。

毒親は一生、世間から冷たい目にさらされ続けるしかないですから」


「親に恥をかかせるためにって……。

たまに聞きますわね。

なんで殺さないのかって疑問でしたけど……。

こう聞くと納得する動機ですわ」


「犯罪に巻き込まれた第三者は迷惑極まりないですけどね。

それだけではありません。

親族にまで飛び火しますし、兄弟がいれば悲惨でしょうね。

あとで触れますが、白か黒の極端思考。

これが背景に存在するのではないかと」


 キアラの頰が引きった。


「極端思考も深淵しんえんを目の当たりにしそうで、胃もたれしそうですわ……」


 カルメンが苦笑してキアラに笑いかける。


「お互い覚悟だけはしようね。

聞かないと気になって眠れなくなるから」


 なまじオブラートに包むより、直接的な表現がいいだろうな。

 かえって想像させてしまう気がする。

 それはあとの話だ。

 ひとつ注意だけしておくか。

 大丈夫なのは承知しているが、念のためだ。


「ここまで言っておいてなんですが……。

毒親に育てられた子供すべてが危険なのではありません。

必死に普通の人生を手に入れよう……と頑張っている人たちが大多数だと思います」


 カルメンが真顔でうなずく。


「わかっていますよ。

転落するルートが多いだけですね。

毒親は少数なので、否が応でも目立つ。

確率的にそこまで大きな差はないと思います。

でも世間はそう受け取らない。

だからアルフレードさまは公言を避けたわけですね」


「ええ。

そのような風潮になってしまっては……。

毒親から逃れて必死に生きている人たちまで、犯罪に追いやってしまいます。

罪を犯さないのは当たり前なので、称賛する必要はありません。

でも踏みとどまっていることは配慮すべきでしょう?

あくまで普通に生きたいはずですからね。

それを『お前は普通と違う』と指摘しても無益なだけです。

これは同情の押し売りも同じ。

あとは将来の不安があるので、公言を避けました」


「将来の不安ですか?」


「メディアですよ。

あとは言わずともわかりますよね」


 キアラが嘆息して天を仰ぐ。


「ああ……。

人々が食いつくネタですわね。

本にするなと言ったのが納得ですわ。

レッテル張りをする道具にされますね」


「下手をすれば毒親探しが始まります。

それだけなら、子供が救われるケースはあるでしょう。

でも『こいつは毒親に違いない』と、厳しい家庭にまで矛先が向きかねません。

そうなると……。

ひたすら子供を甘やかすのが流行するでしょう。

将来そのツケを払うのは子供と世間です。

そして次の流行は『甘やかした親が悪い』となるでしょう」


「す……救いがありませんわね」


 なまじ明確な基準がないから、極端から極端へ移動する。

 ラヴェンナでは基準があるから、そうならない。

 揺れるとしたら他所だ。

 俺が気にすることではないかもしれないが……。

 片棒を担ぐ気にはなれない。


「話がそれましたね。

イポリート師範の推薦で、アズナヴールさんは確実な失敗から助けだされた。

将来の成功は保証されていませんがね。

あとはアズナヴールさんの力量次第ですよ」


「毒親に元にいたら、失敗が確定していますのね」


 毒親が管理している道での大成は、ほぼ不可能だ。

 別の道に進むほうが大成する可能性は大きい。

 それでもかなり困難だと思うが……。


「ええ。

そのまま否定され続けては、大成など出来ないでしょう。

成功させずに、完璧を求め続けるのが、教育の目的ですからね。

毒親は成功を願いつつね」


「社会は忖度そんたくしてくれませんものね。

失敗し続けると、相手にされなくなりますわ。

ただでさえアラン王国の競争は激しいですもの」


「それならまだマシかもしれません。

さらに悪いケースがあります。

毒親が失敗する現実に負けて、教育方針を変える。

これが最も危険です」


 キアラは不思議そうな顔をする。


「教育方針の変更が最悪ですの?」


「回答の前に想定される危険を話します。

憤りは第三者に向かうかもしれません。

無差別殺人という形を取ってね。

本人なりの理由はあるでしょうけど……。

理解されないので、無差別と称します」


 キアラが大きなため息をつく。


「方針が変わると、第三者に向かいますの?

お兄さまにしては、話が飛躍しすぎだと思いますわ。

それともお兄さま学の道は、まだ果てしないでしょうか」


「あえて倒叙形式で話をしました。

これは結論から話したほうがいいと思いましたからね。

虐待に近いほど厳しい教育から、突然自由放任になったとしたら?

本人は混乱しますよ。

過去に耐えがたい苦痛を受け続けてきたのです。

実はただ虐待されてきただけで、なにも得るところがなかった。

しかも自分の選択ミスではないのです。

そのような現実を、自ら受け入れられるでしょうか?」


 キアラが辟易とした顔で首をふった。


「不可能ですわ。

それだと殺意は、毒親に向かうのではありません?」


 個人の資質に依るところは大きいが……。

 そこまでいかないケースのほうが多いと思う。


「たしかに向きます。

でも殺意より、悲しさや憤りが強いでしょうね」


「それはどうしてですの?」


「毒親が方針を変えるときは、教育の失敗が誤魔化せなくなったときです。

つまり子供は、到底自立出来ない状況にある。

これで殺してしまっては終わりなのです。

死によって逃げないように、教育されてきたのですよ?

破滅を恐れる精神は、心に染みついているのです」


 キアラが引きった笑みを浮かべる。


「それだと生き地獄ですわね」


「どちらにとってもそうでしょう。

失敗を認めた瞬間に、毒親の心は折れていると思います。

歪んだ劣等感の捌け口がなくなるのです。

子供に唯々諾々と従うだけの存在になるでしょう。

もしくは一切の縁を切って、他人のフリをするか。

はてまたは自分は被害者だと、子供や社会のせいにする……。

キリがないので、このくらいにしましょうか」


 キアラは重いため息をついて首をふる。

 重すぎる話題だったかもしれない。


「そこまできたら、お先真っ暗ですわね。

今更反省されても手遅れでもの」


 そうなんだよなぁ……。

 だからこそ危険とも言える。


「未来はほぼ失われています。

漫然と生き続けるしかありません。

そして癇癪などの激情は、毒親によって押さえ込まれていた。

その枷がなくなってしまったら?

これでは社会にでても衝突ばかりでしょう。

感情を自己制御することは学ばないと、身につきません。

その機会を奪われたまま、大きくなったのだから当然です」


 カルメンが怪訝な顔で首をかしげた。

 この部分に納得出来ないか。


「押さえ込むことで、自制は身につかないのですか?

こうしたら、嫌なことがある……と学ぶような気がします。

動物だってそうでしょう?」


「それには行動を、自分で決められる機会が必要です。

普通の家庭であれば、子供の一挙手一投足を管理しようとしないでしょう?

だから小さいながらも、自分で決められる範囲があります。

成長するにつれ、その範囲は広がっていく。

ある程度、自分の行動を決める自由がなくては、自制が育つ土壌にはならないのですよ」


「うわぁ……。

今まで話だと必要な自由って……」


「そのような自由は、毒親にとって邪魔です。

言い方は乱暴ですが……。

人形遊びで人形が、勝手に行動したら嫌でしょう?」


 カルメンの頰が引きる。


「毒親にとって子育ては人形遊びですか?

想像出来ませんよ」


「私はそう思いますね。

少々話が飛びますけど……。

私が人の内心まで干渉しないのは、不可能なことが理由だ……と説明しました。

それと同じくらい大事なのは、自制を求めるからこそ干渉しないのです。

他者による内心への干渉は、毒親のやっている人形遊びと、大差ありません。

責任逃れが出来るだけ、より悪質です」


 カルメンは大きなため息をついた。


「内心の自由も、自制と関係するわけですね。

自己制御って意識したことはないですけど……。

ただ教えるだけじゃダメですか。

言葉にされると納得出来ます。

動物も内心は自由だから、危険を認識して自制するわけですね」


「動物の内心は知る由もありませんがね。

ただ誰かに強制されることはないでしょう。

動物の毒親なんて聞いたことがありません。

育児放棄ならよく聞きますけど。

丁度いいので、もうひとつ話を飛ばします。

世界主義のような管理社会も、内心まで立ち入ろうとします。

そうでなくては成立し得ないのですが……。

これも社会全体の自制心を奪う行為です。

しかも法の恣意しい的運用が、前提の社会。

毒親と同じように、恐怖と欲で強制するしか、規律をたもてないでしょうね」


 カルメンは皮肉な笑みを浮かべて、髪をかき上げる。


「世界主義のプレヴァンは、そう思ってはいないでしょう?」


「それが正しいと、心から信じているでしょう。

正しいと信じるからこそ、自分たちの理論を他人に押しつけます。

自分たちの計画遂行が絶対善ですからね。

その行動は他者にとって自制心がないように見える。

国が出来たときの未来が見えますよ。

相手が自分より弱いと見るや、横暴に従わせようとする。

『弱小国は身の程を知れ』と。

自分より強ければ、弱者を装って尊重を要求する。

『力に頼った横暴な振る舞いは、大国として相応しくない。

自制を求める』とまあ……。

そのような感じでしょうか」


 キアラが大きなため息をつく。

 それでも重たい感じはしない。

 これは政治の話に近いからな。


「酷い厚顔無恥ですわね」


「先ほども述べましたが……。

法すら恣意しい的に運用するのが前提なのです。

厚顔無恥でないとやっていけませんよ。

彼らは他国を、国民同様に欲と恐怖で支配しようとします。

さらには良心につけ込むことを躊躇ためらいません。

法であれ良心であれ……。

すべては恣意しい的な道具なのですから」


「お兄さまは『他国を理解したければ、ふたつのことに注目すべき』とおっしゃっていましたね。

『地形と気候。

付け加えるなら、法がどのように運用されているか。

条文ではなく、運用の実態。

法は社会を維持するルールなので、その国の性質が反映される』

でしたっけ」


「よく覚えていますね。

その通りです。

どこに国が出来るかわかりませんが……。

法がどうなるかは明白です。

賄賂とコネがすべてを決める社会になりますよ。

そんな社会の行き着く先は、自制を失ったが故の自滅しかありません。

この危険性と末路だけは覚えておいてください。

個人の自制も大切ですが、社会の自制も同じように大切です」


「つまり世界主義の作る社会は、世界主義という毒親に管理された子供ですの?」


「私はそう思っています。

では毒親と子供の話に戻りましょう。

虐待された子供に出来ることは、社会に対して被害者意識を持ち続ける。

自制出来ないのに、自制を求められるわけですからね。

しかも辛い子供時代を生き延びた結果がこれです」


 カルメンが辟易とした顔で頭をふった。

 カルメン的には重たすぎる話なのだろう。


「そう聞くと、被害者意識を持つのは当然ですね。

本人が意識して努力しないと逃げられない、と思います」


「ええ。

いわば社会とは、一般常識に順応した人のみで構成されることが前提です。

だからこそ自制出来ない者に対する風当たりは強い。

でも社会は悪くありません。

自制出来ない人に配慮しては成り立ちませんからね。

こうやって毒親は子供だけでなく、子供に関わる人まで不幸にします。


 カルメンが額に手を当てて天を仰いだ。


「よく知っていますね。

犯人は異常なほど被害者意識が強かったです。

不思議で仕方ありませんでしたけど……。

こうやって、順を追って説明されると理解出来ました。

嬉しくはありませんが」


「それが正しい認識ですよ。

被害者意識に囚われているから、殺意が簡単に生まれるでしょう。

本人にすれば、動機に正当性がある。

そして怒りを制御出来ないから、感情に翻弄ほんろうされます。

そこで考えるとしたら、人生を終わらせることくらいです」


 カルメンは怪訝な顔で眉をひそめた。

 俺の言葉に、矛盾を感じたようだ。


「アルフレードさまの考えだと……。

幼少期から死への恐怖と諦めを刷り込まれていますよね?

自死の選択は厳しいと思います」


 辟易しながらも、しっかり把握しているようだ。

 実は矛盾しない。


「そうです。

でも取り上げられたからこそ、万能の解決策に思えてしまう。

たったひとつの冴えたやり方……としてね。

でもそれは幻想です。

死の選択すら、確固たる意志で選んだものではありません。

奪われたが故の幻想にすぎませんから」


「出来ないからこそ……ですか」


 これが苦しむ人をさらに追い込む。

 そして世間も死ぬことはよくないとする。

 だからこそ激発したときが怖い。


 死ぬ権利を認めてこそ救われる人がいるのでは……と思いさえしている。

 いつでも逃げられると知って、心の平穏を取り戻せる人がいるのでは?


 だが……俺にこれを公言する自由はない。

 影響が大きすぎる。

 


「手に入らないからこそ、幻想を抱くと思いませんか。

そしてその幻想は最悪のときに浮かび上がるでしょう。

怒りの濁流に翻弄ほんろうされ、溺れたときにね。

溺れる者がつかんだ藁は、どのような藁でしょうか?」


 カルメンが憂鬱ゆううつそうな顔でため息をつく。


「このようなことを、平然と言えるアルフレードさまは怖いですね。

わかっています。

自分では死ねないから、他人に殺してほしい……ですね」


 平然ではない。

 つい皮肉な笑みが浮かぶのを、必死に堪えたのだ。

 そのくらい俺はどこか壊れている。


「このような人に『死ぬならひとりで死ね』と言っても無意味です。

その発想が奪われているのですから。

しかも罪を犯す前なら、周囲は『生きていればいいことがある』とでも言いませんか?


 カルメンは強く首をふる。


「同じ人の発言ではないでしょうが……。

聞く側にとっては、社会という同一人物の無責任な発言ですね」


「ええ。

しかもギリギリで踏みとどまっている人の怒りを増しかねない。

模倣犯の呼び水にすらなるでしょう。

これは別の話になるので止めておきます。

罪を犯した人の話に戻りましょう。

殺したあとは放心状態になると思います。

そのあとで死ぬことが怖くなるでしょう」


 カルメンはなにか言いたそうにしたが……。

 諦め顔でため息をついた。


「よく知っていますね。

落ち着いたあとは、自己弁護に徹して生にしがみつく人ばかりです。

なかには最後まで、悪態をついて殺される人もいましたけど……」


 何事にも例外は存在する。

 それだけのことだ。


「それは怒りがあまりに長く続いてしまったからでしょう。

怒りの酩酊めいてい状態で、我に返ることが出来なかったからだ……と思います。

レアなケースでしょう?」


「ひとりだけでしたよ。

それにしても……。

くどいようですが……よく平気な顔で、このようなおぞましい話が出来ますね。

私は情がないって言われますけど、アルフレードさまと比べたら全然ですよ」


 キアラは笑って手をふる。


「カルメン。

比べる対象が悪いわよ。

お兄さまを普通の人だと考えたらダメでしょ」


 カルメンは苦笑して舌をだす。


「ゴメン。

自分でもそう思ったわ」


 俺をなんだと思っているのだ。

 まあ……普通ではないけど。


 嫌なことに、カルメンは俺をいじることで少し落ち着いたようだ。

 俺は精神安定剤らしい。

 キアラもそれを知って、あえて冗談を言ったのだろう。

 半分本気だろうが。


 キアラは笑いだしたが、笑いが収まると首をかしげる。


「そこまで聞くと怖いですけど……。

アズナヴールは、親元から離れることが出来ましたね。

お兄さまのお話だと……離れることはとても困難でしょう?」


 それも簡単に説明出来る。

 最初に話したのは、物事の一側面でしかない。


「アラン王国に生まれたことが、アズナヴールさんの不幸です。

苛酷すぎる競争社会なので、毒親が生まれやすい。

そしてアズナヴールさんを救ったのも、アラン王国の環境です。

ロマン王が即位する前から、別の家に引き取られていたのではないでしょうか。

イポリート師範が目を掛けていたようですからね。

毒親がよほど名のある芸術家でなければ、師範の権威には勝てません」


 イポリートはアラン王国の芸術家たちに一目置かれている。

 ただ癖の強い求道者なので、栄達を望む俗人からは煙たがられていた。

 同時にイポリートから評価されたがっているだろう。

 虚栄心を満たすには最高のものだからな。


 幸か不幸かイポリートがアラン王国を離れたことで、彼らの思いは強くなったと思う。

 煙たい人も遠ざければ、立派な人になる。

 だからこそ強い影響力を持っていたわけだ。


 カルメンは納得した顔でうなずいた。


「イポリートさんの顔が利くなら、まともな価値基準の芸術家ですね。

だからロマンが即位したときに、ランゴバルド王国に避難させたわけですか」


 フラヴィはイポリートのことは心底信用しているだろう。

 恩人であるし、なにかを押しつけることもない。

 才能も評価しており、求めるものをくれる存在だからな。


 それをイポリートに伝えると、俺に感謝しろ……というだろうな。

 俺としては能力を欲しただけ。

 結果がほしいだけだ。

 感謝は必要としていない。


「だと思いますよ。

イポリート師範はロマン王を毛嫌いしていましたからね。

長くなりましたが……。

自信のなさと、自己肯定感の話は、これで終わりです。

承認欲求はもうわかったでしょう。

毒親が子供を洗脳するためには、子供の承認欲求を刺激するのが楽ですから」


 カルメンはソファにもたれて、額に手を当てる。


「ちょっと休憩しませんか。

私はそれなりに、不幸な環境で育ったと思っていました。

でもこの話を聞くと……。

私は不幸の浅瀬で溺れていると思い込んでいただけ。

本当に痛感させられましたよ。

さすがに精神的なダメージが大きいので、回復する時間をください」


 カルメンに精神的ダメージがあったのは、そのせいか。

 他人に強制しない限り、自分の主観を否定する必要はないのだが……。

 そう考えるのは、俺の主観にすぎない。

 なので笑ってうなずくだけにとどめた。

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