846話 自分に正直な人

 こんなご時世でも、パーティーは行われる。

 アーデルヘイトは世情から、出席を見合わせており、俺も足並みを揃えている。

 代わりにキアラとカルメン。

 そして俺の代理としてプリュタニス。

 保護者役として、モデストが出席していた。

 プリュタニスにとってもいい機会だろう。


 なにせ上流階級の決まり事は、このようなパーティーで決まるケースが多い。

 面会への打診なども、ここで行われる。

 なのでガン無視するわけにはいかないのだ。

 メンツまで潰しては、ムダな反発を招くばかりになる。


 表面上は嫌っていても……。

 利益になるなら、笑顔で握手するのが貴族社会だ。

 だがメンツを潰しては、利益無視で敵対関係に突入する。

 それも貴族社会だ。


 当然、平民も似たような行動を取る。

 だが利益の比重は、貴族よりずっと大きい。

 優劣ではなく、生活に余裕があるかどうか。

 その違いだが。

 

 だからこそ出席者には、注意を払う必要がある。

 アーデルヘイトが、いわれのない非難にされされることは許容出来ない。

 しかも出席させると……。

 主催者は困惑こそすれ、歓迎などしないだろう。


 だが俺には出席してほしいはずだ。

 俺個人ではなくランゴバルド王国代表としてな。

 どうしても俺を引きずり出したければ、主催者がその配慮をせよ。

 無言の意思表示でもあった。

 無言であるが故に、メンツを潰すような事態にまで発展しない。


 こんな配慮も、メディアにとっては俺を叩くネタである。


『亜人を差別しないとしながら、側室を出席させないのは何故か』


 出席させたら、今度は別の理由で叩くだろう。


『配慮が足りない。

ラヴェンナ卿は傲慢ごうまんで、人を人と思わない。

だから亜人と人間を差別しないのだろう』


 こんなことをいうに決まっている。

 実際差別しない理由としてあがっていたからな。

 俺が人を人と思わない……と非難されるのも、今に始まったことではない。


 実にバカバカしい限りだ。


 キアラたちは憤慨したが……。

 そこはなんとか我慢してもらっている。

 連中を逃げられない領域に引き込むための手招きでもあった。

 連中は……自分たちが無視をするのはいいが、敵がするのは許さない。

 

 俺が無視を決め込むと、非難のボルテージが高まるばかりだ。

 抜け目なく、民衆の中にサクラを潜ませて、噂を広めている。

 この町での俺に対する敵意は、徐々に広まりつつあった。


 キアラたちは不満だろう。

 だがこれは必要な待ちだ。

 相手を罠に引き込むなら、相手に勝算を与える必要がある。

 連中だって勝算無しで突っ込むほどバカじゃない。

 

 バカではないが……。

 知恵が回るのは、目先に限られる。

 

 釣り糸を垂らす心境で、俺はのんびりと待ちを決め込んだ。


 そんなことをぼんやり考えていると、皆が帰ってきた。

 パーティーでのことを聞いて解散。

 最近のパターンだ。


 ただ……。

 パーティー用の衣装から、普段着に着替えるのに時間がかかる。

 報告会は、皆が戻ってきてから早くて1時間後だ。


 カルメンは変装をとくので、さらに手間がかかる。

 だから解散が深夜になることは多い。


 そういえば……。

 カルメンが、変装用の豊胸パッドを俺に見せびらかしにきたな。

 キアラが真っ赤な顔になって引きずっていったが……。


 シルヴァーナの前でやればいいのにと思った。

 

 皆がホールに降りてきた。

 やや疲れているようだな。


 よくある面会の打診などを聞く。

 今日は、カルメンが、どことなく楽しそうだ。

 なにか面白いことでもあったのかな。


「カルメンさん。

なにかありましたか」


 カルメンはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「面白い人と、知り合いになりましたよ」


 モデストが声をださずに笑う。


「面白い……かどうかは謎ですがね。

部外者なら面白がるか憤るでしょう。

ある意味で、とても危険な女性ですよ」


 モデストがそんな表現をするのは珍しい。


「どのような人ですか?」


 カルメンがニヤニヤ笑いを浮かべる。

 とても邪悪に見えるのは、気のせいだろうか。


「キャサリン・ガタキ嬢です。

アルフレードさまは知っていますか?」


 聞いたことがないな。

 だから政治的な要人ではない。

 それでも面白いか……。


「いいえ。

有名人なのですか?」


「シケリア王国の社交界では、魔性の女として有名ですよ。

ただゴシップ関係ですけど」


 魔性の女か。

 つまり男を何人もたぶらかしてきた。

 そんなところか。

 内乱で生き延びたなら、上手いこと権力者の庇護を受けたのだろうな。


「そのガタキ嬢と知り合ったのですか。

カルメンさんとは反りが合わなさそうですけど」


「まあ……友人にはなりませんね。

単に面白かったので、話をいろいろ聞きました。

クレシダ嬢に呼ばれてきたので、なにがしかの役割はあると思いますよ」


「それを直接、本人に聞いて大丈夫なのですか?」


「恋愛脳のお嬢さんです。

クレシダは、彼女を放り込んでかき回すつもりでしょう」


 俺に対しては有効的な武器だな。


「それで魔性の女とは?

いろいろな男性を魅了しているのでしょうが」


 カルメンが意味深な笑みを浮かべる。


「そうですね。

彼女持ちのイケメンを狙うタイプです。

他人の彼氏は、素敵に見えるって言っていましたね」


 アーデルヘイトは目が点になっている。

 絶句状態だな。

 それにしても厄介な女性だ。


「つまり飽きたら次と。

場を荒らしそうですね。

よくまあ、内乱で生き残れましたね」


 カルメンは笑って、髪をかき上げる。


「内乱時の彼氏は、頼もしく見えたそうです。

終結すると、粗野な感じが目立ち……愛が冷めた。

そう言っていました」


 苦笑するから、リアクションが思いつかない。

 このキャサリンひとりが悪いとは思えないからだ。

 シケリア王国の男は、下半身に翼でも生えているのか?


「なんとも自分に正直な人ですね。

振り回されるほうは、たまったものではありませんが。

それにしてもよく、簡単に落とせるものですね」


「私もそう思いました。

なのでどうやって落としているのかと聞いたんです」


 おいおい。

 正直すぎるだろう。


「普通は教えてくれないと思いますが」


 カルメンはクスクスと笑いだす。


「『いいよ~』って軽い感じで教えてくれました。

ああ。

彼女は平民のような話し方をして、上流階級の殿方は新鮮で魅力的だと感じるようです」


 受けを狙うなら、有効な手だな。

 昔貴族の間でも、平民ゴッコがたまに流行っていた。

 貴族の考える平均的な平民。

 そう考えるのは貴族だけ。

 実際は上流も上流なのだが……。

 それが刺激的なラインの限界だろうな。

 下回ると刺激的を超えて嫌悪になるが。


 ただ気になることがある。


「同じ女性なら……ライバル視されないのですか?」


 カルメンは楽しげにウインクする。


「ああ……。

そこは大丈夫です。

私は男を狙っていませんから。

狙っているのは情報だけです。

彼女は『ライバルになるか? 見ればすぐにわかるよ』と言っていました。

競合相手でないなら、とても友好的です。

代わりに狙っている男性の情報を聞かれましたけど。

アルフレードさまじゃないですよ。

彼女の狙いはイケメンですから」


 狙われたら、面倒くさいことこの上ない。


「話だけ聞くと、なにか策を巡らせるタイプではないようですね」


「恋愛に特化している子ですよ。

貴族の結婚は家同士で、恋愛は愛人でします。

その恋愛が主戦場ですね。

かれこれ20人くらいは、彼女の恋人になったとか……。

そちら関係での立ち回りはすごいと思います。

アルフレードさまは、彼女の好みではありません。

でも……なにかの拍子で狙われたら困りますからね。

彼女が教えてくれたテクニックをお伝えします」


 そこまで教えてくれるのか。

 ある意味で怖いな。


「一応聞きましょうか。

私に寄ってくるとは思えませんが……。

誰かに警告をすることは出来ますからね」


「彼女がいうには『ストーカーをつくれば簡単だよ』って言っていました。

狙った相手に助けを求めると、殿方は守りたくなるから、簡単にお近づきになれるって」


 意外と手が込んでいるようだ。

 ただすり寄るほど単純ではないか。


「ストーカーですか?」


「社交界にでてきたけど、女性慣れしていない……。

まあぶっちゃけると、モテない殿方に接近するみたいです。

適度に仲良くなって、気がある素振りを見せる。

ウブなので、簡単にお熱になるそうです。

これで仕込が完了。

そのあと突然会うことを拒否すれば、ほぼ確実にストーカーになるそうです」


 これは侮れないな……。


「タイミングの見極めは天才的ですね。

理論はわかりましたが、いざ実践しようとすると……。

タイミングがすべてでしょうから。

それにしてもえげつないですね……。

ダシにされる相手は、ガタキ嬢が気になって仕方ありません。

それでストーカー化すると……」


「そうしたら狙っている殿方に、助けを求めるみたいです。

貴族なら拒絶されることはないでしょう。

女性に助けてほしい、と言われてはね。

無視する殿方は、無粋だと評判がたって女性の敵扱いですから」


 なんとなく、20人以上の男を転がした実力の片鱗が窺える。

 これは油断ならない。


「まあ……。

女性の敵になると社交界では致命的ですね。

それで術中にハマるわけですか。

政治的な意図がないから、なおのこと厄介ですよ。

それこそ賛成派に気に入らない人がいるだけで、中立派が反対派に回るなんてザラですからね」


 プリュタニスは、ため息をついて頭をかく。

 キャサリンは苦手なタイプらしい。


「ガタキ嬢はシケリア王国の人ですから、注意出来るとすれば……」


 そこが問題だ。

 だからこそクレシダが呼んだのだろう。


「クレシダ嬢しかいません。

もし他国の貴族に、ガタキ嬢が直接指図なんてされたら……。

本人はどうか知りませんが、家のメンツ丸つぶれです。

ガタキ家は敵になるでしょう。

シルヴァーナさんと、ペルサキス卿の結婚を妨害しかねません。

しなくても……。

陰湿な嫌がらせは絶えないでしょうね。

したほうも不作法者として敬遠されます」


                  ◆◇◆◇◆


 社交界でゴタゴタが起こる前に、知らせが飛び込んできた。

 人間が亜人に殺害された話だ。


 ベンジャミンがその報告をしに来てくれた。

 予想はしていたが……ため息は漏れる。


「ついに起こってしまいましたか」


「問題は全体像なのです。

最初に亜人を殺したのは人間。

その場で報復されただけですからね。

しかも人間のほうは、札付きの悪だったそうです」


 それが真実なら、当然印象は変わってくる。

 ベンジャミンもため息をつく。


「ラヴェンナ卿も予測しておられると思いますが……。

この事実は決して報道されないでしょうね。

亜人が人間を殺した件しか報道されないでしょう」


 思わず苦笑してしまう。


「でしょうね。

そのために血眼になって、特ダネを探していたわけですから」


 ベンジャミンは力なく首をふった。


「こちらにとっては不幸なことに……。

メディアの人間が、事件当時は同じ町に居合わせたようです。

なんともやりきれないですね」


 俺は自然発生したと思っていない。


「果たして……偶然居合わせたのでしょうか?」


 ベンジャミンの目が丸くなった。

 そこまでするとは思えなかったのだろう。


「まさか……。

焚き付けたと?」


「ええ。

特ダネがなければつくれ。

ただしバレないように。

バレても認めずにもみ消せばいい。

これが彼らの行動原理ですよ。

ただ結論に飛びつくのは早計でしょう。

そこのあたりを調べてください。

耳目ではそこまで食い込めませんからね」


 ベンジャミンの表情が厳しくなった。

 このような話は他人事ではないからな。


「承知致しました。

それにしてもラヴェンナ卿の行いは、我々の知恵に通じるものがあります。

だからでしょうか。

異教徒であっても敬意を払うに値すると感じるのは。

『多くの者が早合点して道を誤り、誤った推測で判断をゆがめてしまった』

この箴言しんげんをご存じのようですね」


「どうでしょうか……。

私ひとりなら、軽々に判断してもいいのです。

ツケは自分で払えばいいのですから。

他人に自分のツケを払わせたくないだけですよ」


                  ◆◇◆◇◆


 あの事件が切り取られて、爆発的に広がっていく。

 これで困っているのは領主だな。

 俺のところに『あの放送を止めさせてくれ』と、陳情が殺到している。

 

 放送はもはや危機を煽ることだけに執着し、どれだけ過激な言葉で煽るか。

 それだけを競っている。

 イルデフォンソは我関せずで、連中が報じないニュースを流していた。

 これは俺の指示だ。

 

 メディアは俺がムキになって反論する、と思っていたようだが……。

 肩透かしを食らったように戸惑っていた。


 だがやるべきことをようやく思いついたらしい。

 民衆を扇動して、俺が有効な対策を打ち出さなかったかのように捏造ねつぞうしている。

 ただし言い逃れだけは出来るようにしていた。


 捏造は多種多様だ。


『ラヴェンナ卿は、亜人は問題を起こさないと言っていた。

この現状はなんなのだ』


 そこまで明言していないが、発言を捏造ねつぞうされたわけだ。

 訂正を求めても『そのような意図だと受け取れた』と開き直る。

 そして捏造ねつぞうは続く。


 『ランゴバルド王国の関係者曰く、ラヴェンナ卿の責任を問う声があがっている』


 関係者って誰だよ。

 問い糾しても『取材元は秘匿する義務があるので答えられない』ときたもんだ。

 つまり想像上の関係者を生み出してもいいとなる。


 連中の報道はさらにエスカレートする。


『ラヴェンナ卿の関係者によると……。

人間は数が多いから、減っても構わないと漏らしたらしい。

その関係者は、良心の呵責に耐えかね……。

これをメディアに伝える決心をしたのだ』


 これはあまりに悪質なので、即座に抗議したが……。

 放送で、ほんのわずかな時間だけ訂正報道をした。

 言い訳がしらじらしい。


『ラヴェンナ卿の関係者と言われて……。

つい信じてしまった』


 こんな話を認めるわけにはいかない。


 取材元の秘匿を持ち出して、誰が言ったのか明かさないが……。

 そんな常識など知ったことではない。

 責任はメディアに取ってもらおう。

 関係者の処罰と、経緯の詳細報告を要求した。

 そこは言を左右にして逃げるばかり。

 

 ついにはクレシダとサロモン殿下から取りなしがあった。

 表面上は仕方なく貸し……という形で矛を収める。


 キアラたちは憤慨したが、渋々引き下がった。

 俺が引き下がったことについて、プリュタニスとモデストは、なにか考えている。

 ただの貸しで済まないことは、当然理解しているだろう。

 その取り立てがなんなのか。

 考えているのだろう。


 当然ながら、訂正報道に効果はない。

 噂が一人歩きしたのだ。

 流してしまえば勝ち。

 メディアは計画通り、とほくそ笑んでいるだろう。

 

 しかも裏で人を雇って扇動している。

 ここ数日間は、屋敷に民衆が押し寄せて抗議活動にまで発展していた。

 なんの抗議なのかわからないが……。

 俺が危機を軽視して、対策を怠るように誘導したと言いたいらしい。


 冷静に考えれば、どう考えても無理筋なのだ。

 だが……怒りに陶酔している人にはわからないだろう。

 そして世界中の人たちは『これだけ抗議しているなら、なにかの責任があるのだろう』と考える。

 メディアは抗議の事実を放送で報道するなど、実に熱心だ。


 一体何人が抗議活動のために雇われたのやら。

 この件についても調べてもらっている。

 当然ながら連中の策略はザルなので、あっさりと証拠が見つかる。

 

 普通ならこのような抗議は起こらない。

 だから俺がすぐ音をあげる、と思っているようだ。

 

 たしかに民衆に抗議されて、なにもしない貴族の評判はがた落ちになる。

 武力を抗議の返答にするケースがほとんどだろう。

 俺がそうしてくれることを望んでいるようだ。


 1回の抗議活動はすぐに終わる。

 町を警護している騎士がやってきて、群衆を追い払っているからだ。

 投石などあろうものなら、明確な敵対行為になる。

 そうなっては、俺がどのような報復行為にでても文句は言えない。

 そして人類連合を離脱するのに、これ以上ない大義名分となる。

 だから投石などの実力行使は控えるようにしているのだろう。

 嫌がらせに終始して、精神的に追い詰めようとしているな。


 そう上手くいくとは思えない。


 そもそも町の警備責任は、クレシダに帰せられる。

 そしてサロモン殿下も他人事ではない。

 人類連合がご破算になるからだ。


 だがメディアの願望は違う。

 俺を没落させれば、代わりが来る。

 だから問題ないと思っているようだ。

 恐らく、宰相ティベリオのリップサービスを真に受けたのだろう。

 


 だから俺の離脱を恐れていない。

 俺が反発をすれば、群衆がいきり立って暴動に発展するだろう。

 それなら大きな特ダネだ。


 俺が世界的な悪役となるからな。

 そうなれば叩きたい放題だ。


 ところが俺は沈黙を守っている。

 この状況にメディアは焦ってきたようだ。


 だからと抗議活動を止めさせることは出来ない。

 俺が離脱しても仕方ないように思われては困るからだ。


 そして何度もやらせているうち、制御出来なくなってきている。

 統制されて動くのが軍隊なら、統制されずに動くのが民衆なのだ。


 それを敏感に感じたのだろう。

 保身のために方針転換をした。

 

 それは放送に現れる。

 民衆に自制を呼びかける内容へと変化したからな。


 状況悪化は必至と考えて、自分たちは制止した……とアリバイづくりをしたいのだろう。

 わかりやすい保身行動だ。


 突然のハシゴ外しに、この町の民衆はメディアに腹をたてる。

 だが一度俺に食いついた以上、引き下がれないのだろう。

 抗議活動は下火になるどころか、日に日に長引いている。

 暴発まであと少し……。

 といったところだな。


 その責任追及を恐れて、及び腰になったわけだ。

 民衆が暴発したとき、クレシダから責を追求されては命が危うい。

 クレシダは、それをチラつかせたのだろうな。


 クレシダなら、自分の警告を無視されると相手を容赦なく殺す。

 言い訳など聞かないのは知っているだろう。


 これは正しくない表現だな。

 クレシダにとっての不良品を処分するだけだ。

 処分するときにどんなに言い訳をしてなにか音が鳴っても、不良品に変わりはない。

 それだけだ。


 だがもう遅い。

 手綱を手放した瞬間から、自分たちの責任がなくなるわけではないのだ。

 下手に民衆を扇動すると暴走する。

 結果としていきつくところまでいくのだが……。

 その怖さをわかっていないな。


 今になって理解しはじめたらしい。

 アルカディアでのご乱行は自分たちが中心だった。

 だから理解していなかったようだ。


 さて……誰が最初に動くかな。

 そう考えていると、サロモン殿下からの使いがやって来た。

 困り果てているのは明確だった。

 打開策の提案ではない。

 民衆の憤りを鎮めるための提案だった。


 その提案は、なんとも笑ってしまう内容だ。

 同席しているキアラは、露骨に不機嫌な顔をした。

 キアラをなだめつつ受諾することを伝える。

 使者は安堵あんどした顔で帰っていった。


「お兄さま。

なんであのような提案を受け入れましたの?

弁明の放送なんて、バカにしていますわ。

しかも扇動したメディアへの非難を行わないことが条件なんて……。

虫が良すぎますわ」


 反撃されて痛い目に遭ったからな。

 だからこそ反撃そのものを封じたのだろう。

 実に虫のいい話だ。

 だが……。

 俺が内心焦っているなら飛びつく、と考えているはずだ。


 自分が有利な立場だと錯覚すれば……どうなるか。

 実に楽しいことになるだろう。


「その程度の縛りなど、些細なことです。

それより彼らを逃がさないことが大事ですからね」


 キアラは小さく首をかしげた。


「たしかに自分たちは関係ないような態度ですわね」


「3日後に放送となれば、彼らはまた民衆を扇動しますよ。

表の放送で冷静になるように呼びかけながらね。

ここで私が出演を拒否したら、絶好の機会です。

約束を反故にした……と散々に叩くでしょうね」


 キアラは怪訝そうに眉をひそめる。

 条件があまりに不利だと思ったのだろう。


「それはわかりますわ。

でも……どうやって対抗しますの?

事実関係の説明だけだと……。

たった1回の放送で民衆が理解出来るとは思えません。

一の矢では足りませんわ。

二の矢、三の矢が必要ではありませんこと?

そのような猶予があるとは思えません」


「二の矢はいりません。

一本目で仕留めます」


 キアラは意味深な笑みを浮かべた。

 俺の断言で信じることにしたようだ。


「じゃあ3日間、とても不快ですけど……。

我慢することにしますわ。

そのかわり……。

お兄さまらしい、悪辣あくらつ極まりない解決方法を期待していますわ。

あの不快な人たちを一掃してくれるのですよね?」


 悪辣ってねぇ……。

 そもそも一掃は難しいぞ。

 かなり大人しくなると思うけど。

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