845話 推測と仮説

 最近飛び込んでくる情報は、どれも爆発の予兆ばかり。

 キアラは憂鬱ゆううつな表情をしている。


「今は喧嘩で済んでいますけど……。

刃傷沙汰に及ぶのは、時間の問題ですわね」


 もう起こっているかもしれない。

 それをメディアが聞いたら『やっぱり、亜人は危ない』と騒ぎだしそうだ。

 追い込んで激発したら、さも予測があたったかのように得意になる。

 実に救えない連中だ。


「しかも亜人たちが固まるようになって、人間が疑いだしていますからね。

固まらせているのは人間自身だと気付かずに」


「亜人たちも人間の態度は、敏感に感じますものね。

身を守るために、同じ姿同士で固まりますわ」


 メディア側の辛抱も、そろそろ限界だろう。

 騒ぎたくて仕方がないのだ。


 まだ自分たちは、安全だと信じ込んでいる。

 以前約束した調査も、なしのつぶてだ。

 それで有耶無耶うやむやに出来た、と思い込んでいるようだが……。

 利用させてもらうだけだ。


「一大イベントは近いでしょうね。

まあ……。

メディアにとってはですが」


 キアラはいぶかしげに、眉をひそめる。


「クレシダにとっては違うと?」


 俺がクレシダなら……。

 機が熟すまでまたせる。

 本気でメディアに勝たせる気があるならば……だが。


「多分ですけどね。

私がクレシダ嬢なら、同じことを考えます」


 キアラはジト目で俺を睨む。


「お姉さまの前で、そのセリフは禁句ですわよ。

いまだにクレシダからの誹謗ひぼう中傷を、気にしているのですから」


 言われてみればそうだ。

 気をつけないとな。

 ただ……今のところは、クレシダとの戦いに集中しよう。


「そう簡単に割り切れる話ではない……と。

わかりました。

注意します」


                  ◆◇◆◇◆


 予想外の早さで、パトリックが到着した。

 とんでもない速さだ。

 あの手紙から到着するのは1か月程度先、と思っていたが……。

 2週間でつくとは。

 伝令ほどではないが、異様な早さだ。


 ホールは掃除中なので、応接室で会うことにする。

 ところがパトリックからカルメンの同席も希望された。

 拒否する理由はない。

 俺とキアラ、カルメンの3人で応接室に向かう。


 部屋でまっていたパトリックは、やや疲れた顔だが……。

 それでも元気そうだ。


「クノー殿。

早いですね」


 カルメンが笑いだす。


「パトリックさんの顔……。

なにか重大な発見を、誰かに話したくて仕方なかったようですね」


 パトリックは苦笑して頭をかいた。


「そのとおり。

カルメンにも聞いてほしいから同席をお願いしたよ」


 研究仲間だからな。

 問題はないだろう。


「古文書を解読した仲間でしたね」


 パトリックは苦笑して頭をかいた。


「ただ気になった発見が大きすぎるので、ラヴェンナ卿に報告するべき。

そのようにミルヴァさまから言われました。

義眼や義手の開発などが、急に進んだこととも関係しましてね……。

そもそも理論は完成していましたが、実用化するにあたっては、大きな問題がありました。

それが魔力です」


 基本的な理論は教えてもらったな。

 単純に好奇心だったけど。


「たしかホムンクルスは、体積が大きいから必要な魔力が少ない……。

でしたね」


 パトリックは満足気にうなずく。

 魔力を流し込んで、ホムンクルス自体が必要な部位を、自分で作り出す。

 そんな仕組みだったな。

 少ないのは比較にすぎない。

 実際はかなりの魔力が必要になる。

 

 だからこそ滅多に製造されない。

 維持運用のコストなどを考えると、とても実用的とは言えないのだ。


「そのとおりです。

逆のようですが……。

物質の精製とは、わけが違いますからね。

本来なら大きな魔力は、必要ありませんが……。

小さな物質に独自で完結する仕組みを与えるには、精密な操作が必要です。

そのときに魔力を生成するほうに、意識を割けません。

だからこそ大量の魔力が、必要になるわけです」


 なんとか解決出来ないか四苦八苦していたな。

 それをようやく解決出来たわけだ。


「それが両立出来なくて、壁にぶち当たっていましたね。

魔力だけなら燃える石で賄えます。

でもその魔力は、細かな制御が出来ないから駄目……でしたね」


 出力は十分だが、制御が出来ない。

 それがネックだった。

 実験すると、義眼そのものを破壊してしまった程だ。


 逆に緻密な制御が不要なマジックアイテムの運用には適している。

 魔力列車がそれに該当した。

 たしか魔力列車は、試験的に鉱山からラヴェンナまでの輸送をしていたな。

 機密事項だが、いつまで隠し通せるかわからない。

 今のところは自走トロッコが目立っていて注目されていないがな。


 パトリックは興奮気味にうなずいた。


「そうです。

ところが魔物の大量発生後……。

しばらくしてから、自然魔力が急上昇したのです。

シルヴァーナ・ランドが出来たあたりからでしょうか……。

それに伴い、少ない体内魔力でも、大きな魔力が得られた。

だからこそ一気に、実用化まで進んだのです」


 あの地下都市は、自然魔力を吸収する仕組みでもあったのだろうか。

 アイテールが壊したあとに、シルヴァーナ・ランドが出来たからな。

 このシルヴァーナ・ランドは、恒常的なものなのだろうか。

 魔物の大量発生とリンクしていないか。

 まだそこはわからない。


 もしリンクしているなら、これは一時的な現象だ。

 幻の技術で終わってほしくない。

 パトリックはそれを無視して完成した、と報告するように思えないが……。


「それは喜ばしいことですが……。

いずれは魔力が、元の状態に戻るでしょう。

そのときには再現不能になるのでは?」


 パトリックはドンと自分の胸をたたく。


「そこはご心配なく。

自然魔力が強ければ、魔力も比例することがわかったのです。

逆の場合は、自然魔力を吸い上げてしまいますが……。

そのあたりが、なぜ違うのか。

これはわかりません。

おっと……本題に戻りましょう

燃える石から得られる魔力を、自然魔力に変換する仕組み。

これをアレンスキー殿に研究してもらっています。

効率はかなり悪いので、大きな専用施設になる。

それでもなんとかなると」


 そこまで進んだなら離れても問題ないな。

 ただ……疑問は残る。

 

「なるほど……。

それだけわかっていて、なぜ調査を?」


 パトリックは真顔になる。


「魔物の大量発生以外に、問題が発生するかもしれません」


 それは聞き捨てならないな。

 キアラとカルメンの顔も緊張する。

 パトリックは確証のないことは、言わないタイプだからな。


「伺いましょう」


「以前もこれほど大規模ではありませんが、自然魔力が強くなった前例はあります。

噴火ではありませんがね。

そのときも、魔物が大量発生しました。

ただ一時的なもので、元には戻ったのです。

それはなぜか。

長年の疑問だったのですが……。

ラヴェンナに来たことで、ひとつの仮説を立てることが出来ました」


 ラヴェンナに来てからか。

 他所と違う点と言えば……。


「特殊な魔力が鍵ですか?」


 パトリックは首をふる。


「いいえ。

血の神子です。

あれでラヴェンナ卿から、正と負の魔力の話を伺いました」


 ああ……。

 そんな話をしたなぁ。


「正負の魔力ですか。

ぶつかると打ち消し合う」


 パトリックは満足気にうなずいた。


「それです。

自然魔力が異常なほど高まると、負の魔力まで発生するのではないか。

それによって一定の強さに落ち着くのではないかと」


 そんな仮説は初耳だな。

 まあ……。

 話すこともなかったろう。

 今回の魔力上昇で思い当たったわけだ。

 ただ……この仮説を話すだけなら、書状で事足りる。

 それ以上の問題があるのだろう。


「ひとつの仮説ですね。

それが不都合なのですか?」


「これほどの異変は、かつてありませんでした。

つまり常態に復そうと、膨大な負の魔力か生まれる。

そうなると、血の神子に類似した……負の魔力による魔物が生まれてしまうのではないかと……。

これが本当なら大惨事は免れません」


 そこはうっかりしていたな。

 太古に、各地の山が爆発したときはどうだったのだろうか。

 とくに記述がなかったはずだ。

 ただ……あのときは、魔物すらいなかった。

 今回とは条件が違うか。

 パトリックの要望はもっともだな。

 これは、リスクを選択してでも調べる価値がある。

 それにうまくいけば、魔物の大量発生を沈静化させる鍵が見つかるかもしれない。


「なるほど……。

仮説ですが、もしそれが正しければ、甚大な被害を及ぼしそうですね。

わかりました。

全面的に協力します。

是非調べてください」


 パトリックは軽く、頭を下げた。

 俺なら絶対に許可すると確信していたようだ。


「感謝いたします。

正負の魔力について、古文書で気になる記述を見かけました」


 運び込んだ、大量の古文書の解読を続けていたな。

 とくにヤバイ分類のものをだ。

 新たに、なにか見つかったのか。


「魔物についてですか?」


「いえ。

負の魔力は、どこから来るのかです。

古代人でも立証出来ておらず、いくつか仮説が載っていました」


 古代人の仮説か。

 そのあたりは優先的に、解読を指示していなかったからな。

 ようやく、そこまで進んだ……というべきか。


「伺いましょう」


「まずこの世界は生きていて、人が病気を自力で治癒するような仕組みなのではないかと」


 この星は生きている説か。


「なるほど。

それにしては、使徒なんて異物もいいところでしょう。

治癒力を超えていたのか……。

怪しいところですね」


 パトリックは同意のうなずきを返してくる。

 俺と同じで、この仮説には違和感があるようだ。


「もうひとつは正の自然魔力があふれてしまうと、突然負の自然魔力に変異するのではないのか。

ただこれでは推測のみで裏付ける根拠はありません」


「なるほど。

可能性としては否定出来ませんが、もう少し根拠が欲しいですね」


「最後のひとつ。

個人的にはこれが賛成出来る話です。

この世界はふたつでひとつ。

正の魔力で構築された世界と負の魔力で構築された世界です。

これがコインの裏表のように密着しているのではないか」


 カルメンの目が点になる。


「いきなり、発想が飛んでいませんか?」


 同感だな。

 いきなり飛躍しすぎだろう。

 パトリックは苦笑して、肩をすくめる。


「まあ聞いてくれ。

当時から人が突然行方不明になる事件はあったそうだよ。

しかも事件が起こるのは、極めて魔力の強い場所に限られた。

それだけじゃない。

稀に生還した者がいたが。

彼らは口々に『違う世界に迷い込んでいた』と語ったらしい」


 本当にそうなのかは、本人のみぞ知る……だな。

 カルメンは妙に納得した顔で頭をかいた。


「なるほど。

すみません。

話の腰を折ってしまいましたね。

続きをどうぞ」


「その仮説を唱えた者によると……。

世界の均衡が崩れるほどの魔力が発生した場合、負の世界から魔力が流れ込んで、均等になるのではないかと」


 わざわざ石版に残すくらいだ。

 それなりに支持された仮説なのか……。

 この推測は無意味だな。


 血の神子を生み出したくらいだ。

 負の魔力についての研究はしていたろう。

 古代人の英知ですら、負の魔力がどのように発生するか謎だったと。


 だから有力な仮説を残した。

 そんなところだろう。


「異世界ですか……。

決して混じり合えないが、隣にいると。

これは実証出来ないでしょうね。

面白い話ではありますが」


 パトリックは苦笑してうなずく。

 現時点では面白い話止まりだ。


「同感です。

異世界はどうでもいいとして……。

負の魔力の出どころは、気になります。

それより直近の問題として、実際に発生しているのか……。

そこが問題ですね。

ラヴェンナ卿は、負の魔力について公表されますか?」


 これは難しい問題だ。

 証明しろと言われても、簡単に出来る問題じゃないからな。

 ただ……。

 政治的な観点から、完全に黙っているのも危険だ。


「普通なら否定されるでしょうね。

血の神子の話も、特殊な魔物程度の認識で、負の魔力に伴う存在とは知られていませんから。

差し当たり陛下にだけは伝えておきます。

他国に伝えるべきかは……。

陛下に判断していただきましょう」


 パトリックは苦笑する。


「政治的な判断は面倒ですね。

それとここにくる途中で、気になったことがあります」


 キアラはいぶかしげに、眉をひそめる。

 耳目の見落としがあるのか。

 そこが気になったようだ。


「それはなんですの?」


 パトリックは真顔に戻った。

 実は大事な話ではないのだろうか。


「そもそもラヴェンナからでてきたのは、ラヴェンナ内で死体を利用しないことが取り決めでしたからね。

危険な調査には、アンデッドが適任なので、ここにでてきました。

その死霊術士の視点だからこそ……。

わかったことがあります」


 この場の3人は、パトリックの素性を知っているからな。

 カルメンにはパトリック自身が、研究仲間として教えたと聞いている。

 そもそもカルメンなら死霊術士と聞いて、好奇心が湧き上がっても、嫌悪などしないからな。


「それは是非お聞きしたいですね」


 パトリックは軽く、せき払いをする。


「死霊術の原理は、以前お話ししたとおり、器に感情のこもった魔力を注いで動かす。

これは覚えておいでで?」


 その前提知識が必要なのか。


「もちろんです」


 パトリックは外を一瞥する。


「あの放送です。

あれは見る者に似たような魔力が流れ込んでいるようでした。

目に見えるわけではありませんが、体で感じ取ることが出来ます」


 放送用のオベリスクか。

 ここからは見えない。

 見えれば話しやすい……と思ったのかもしれないな。


「それはどのような魔力ですか?」


「魔力自体に色はありません。

死霊術のような明確な色はありませんでした。

ただ放送を見た亜人の感情が、強く揺さぶられる。

感情的になりやすくなると思います。

クリームヒルト夫人は、クレシダ嬢にとても恐怖していたでしょう。

その感情が、強く表れて体調不良になったと思います」


 クリームヒルトの体調不良は魔族だから……。

 ではなかったのか。


「そうでしたか……。

人間には現れないのですか?」


 パトリックは微妙な表情をする。

 断言は出来ない……。

 そんな顔だな。


「古文書によって亜人は、人から作られたとありますよね」


 もしかして心当たりがあるのか?


「ええ。

事実かは謎ですが」


「これも古文書にありましたが……。

生物はその体を心霊的なエネルギー場で覆われているそうです。

アウラーと記されていました。

このアウラーは外部からの干渉を阻止する力があるそうです。

霊の憑依ひょういや魔術的な肉体乗っ取りは、アウラーを突破しなくてはなりません」


「なるほど。

死霊術はアウラーを持たない死者だから……。

その手間が省けるわけですか」


「そのとおりです。

ですが亜人は生きていますからね。

そのアウラーの質は若干異なるそうです。

古代人にとっての亜人は未完成品。

いつでも修正出来るように……。

専用の魔力に関して、亜人のアウラーは無防備だとか。

正直眉唾物でしたが、各地で報告される亜人の変化。

さらには外での放送に立ち会いました。

死霊術で流れる魔力の原理と同じものが混入している。

ただ証明は難しいので、現時点では推測にすぎません」


 古代人の末裔まつえいのクレシダだからこそ出来た手段か。

 魔族に限った話でないのは、これが理由だな。

 パトリックの推測を否定する材料は、今のところない。


「だから狙い撃ちに出来ると」


 パトリックは力強くうなずいた。


「ただ亜人のアウラーは変化するそうです。

その質は徐々に人に近づく……。

たが完全に一致はしない。

そう記されていました。

そのように変異して干渉出来なくなったときどうするか。

呆れることに対処法までありました。

今回の放送はその対処法に該当している……。

そう推測しました」


 呆れんばかりの周到さだな。

 ホント感心するよ。


「その対処法とは?」


「アウラーを弱めればいいのです。

これは気配や殺気、威圧感などと関係するそうです。

弱めるにはどうするか。

自我を弱めればいい。

そうすればどんな亜人でも耐えられないと……ありました。

ただ膨大な魔力が必要になるので、あくまで最終手段のようです」


「その方法まで記されていたのですか?」


「いえ。

古代人にとっては一般的な知識なのか、記載がありませんでした。

なので……この自我がなにを指すかと考えました。

ただし検証したわけではありません。

起こっている現象から逆算した推測です」


「構いません。

是非聞かせてください」


「自己の認識を弱める。

これは放送を見たときに起こる現象でしょう」


 カルメンが首をかしげる。


「ちょっとまってください。

おかしくないですか?

放送を見て怒りや笑いを引き起こされるでしょう。

それって個人の感情では?」


 パトリックは意味深な笑みを浮かべる。


「その場合は、自分の意志だけで感情の発露をしているのかな?

周囲に釣られて巻き起こる感情は自我ではなく……。

共感によって自我が弱まっているのではないか。

そう考えたよ。

ふたりで笑い合ったときは、あなたと私。

まだ自我は強い。

では数百人で一緒に笑ったら?」


「そう言われると……。

ちょっと自信がないですね」


 放送で自我が弱まるか……。

 ひとつの仮説が思い浮かぶ。

 ちょっとパトリックに確認してみるか。


「クノーさん。

これは仮説ですが……。

いきなり自我が弱まるのではないでしょう?

放送を見ているうちに……。

でしょうかね」


 パトリックは即座にうなづいた。

 同意見か。


「そう考えています。

これのタチが悪いのは……。

人間にも通じる仕掛けです。

先ほど触れたアウラーの弱まりは人間であっても起こります。

当然個人差はありますけどね。

亜人には魔力による干渉、人間には暗示として同じ効果を発します。

異なる手段でも、同じような目的を果たせるかと

人間のほうが……。

掛かれば厄介かもしれませんがね」


 人間にも影響を及ぼせるのか。

 言われてみればそうか。

 暗示に掛からないためには自我を強く持てと言われたな。

 なにせ貴族なんて暗示や催眠魔法の標的にされやすいからだ。

 その副作用で貴族は我の強い人が多い。


「放送の仕組みだけでなくとも、自然と暗示に掛かるわけですか。

それこそ周囲の状況に感化されて」


 パトリックは静かにうなずく。


「自我を強く持っているときは、アウラーが強く放たれます。

だからこそ暗示や催眠に掛かりません。

ただこの放送が癖者です。

あのような映像を見ている間、人はどれだけ自我を持っていますか?

他人と一対一で話すなら、無意識でも自我は持ち得ます。

ところが話す側がひとりで、聞き手が大勢だと……。

自然と自我の認識が緩くなるかと。

だからこそ人は集団になると容易に感情に流されるのです」


 それには合点がゆく。

 だがひとつだけ、気になることがある。

 そう思えないことだな。


「放送はまさにそれですね。

その自我が薄れるから、亜人と同じように掛かりやすくなると?」


「催眠は人間のみですね。

亜人を狙っていても、人間が勝手に引っかかるのです。

そもそも亜人は催眠や暗示に掛かりにくいことはご存じでしょうか?」


 そんな違いにまで興味はなかったなぁ。

 個人差程度の認識だよ。


「いえ。

そうなのですか?」


「はい。

古文書にありましたが、亜人に決まったひとつの傾向が見られるそうです。

それは自分の決めた役割に対するこだわりが強い。

作られた故になにかが足りない。

それを無意識に補うためだろうか。

そのように記されていました。

役割を持ちたがる亜人は、人間に比べて圧倒的に多いと。

無理に役割を与えずに放置すると……。

100人中90人が発狂してしまったそうです。

古代人が実験したようですね」


 カルメンは皮肉な笑みを浮かべて、髪をかき上げる。


「言われてみれば……。

人間は突然自我に目覚めるなんて、話もありますね。

明確に他者との違いを、必要とする人は多くありません。

亜人は自己と他者の切り分けが、明快な人ばかりだと思っていました。

それも役割にもとづく差でしたね。

兎人族なんてまさに、その典型だと思いますよ」


 その視点はなかったな。

 だからどうという話ではないが。


「ひとつの分類方法にすぎませんね。

出身地や民族である程度同じ傾向が見られる。

それと一緒ではありませんか?」


 パトリックは苦笑する。


「ラヴェンナ卿のように、軽々に結論を欲しない人は……ごく少数ですよ。

なんにせよ……。

この放送を止めない限りは危険でしょう。

亜人たちが自衛のために武器を手に取ることは避けられないかと」


 それだとある意味で停止させる口実になり得る。

 そんな隙をクレシダが見せるだろうか……。


「放送すべてが危険というわけですか?」


 パトリックは苦笑して肩をすくめる。


「実はそうでもないのです。

ランゴバルド王国側の放送では、そのような魔力は感じませんでした。

だから亜人を差別しない放送より、差別や危機を煽る放送のほうが、より浸透しやすい。

故意に制御していると思います」


 そう簡単に手がかりを与えてくれないな。

 なんらかの方法で制御しているか……。


「そうなると……。

この屋敷にいるのも危ないですね」


 パトリックが笑って手をふった。


「それは大丈夫だと思います。

外にいたときと屋敷の中では、魔力の感じが違います。

ここはラヴェンナで感じる魔力に近いもので満ちていますから」


 そう言えばラヴェンナ像を、ホールに置いていたな。

 その力だろう。


 そう思っていると、パトリックは微妙な顔をした。


「あとこれは気のせいかもしれませんが……。

あのエルフ殺しの匂いがするところも違う感じですね。

これは単に匂いのせいだと思いますが……。

なにはともあれ屋敷にいる間であれば、影響は受けないと思います。

ただクリームヒルト夫人は、かなりクレシダ嬢に強い恐怖感を抱いてしまった。

だからこそひとりだけ症状が現れたのでしょう」


 エルフ殺しは折居の力かもしれない……。

 そう思っておくことにする。


「ラヴェンナが無事なことは救いですよ。

この放送を止めるわけにもいきません。

なんとも厄介な話ですよ」


「ちなみにこの放送は、今のように自然魔力が満ちているから可能だと思います。

ある意味で世界中に魔法を掛け続けているのですからね」


 放送が出来なくなるころか……。

 そのころにはタイムアップだろう。

 クレシダはそこまで計算しているはずだ。


 俺はどこで動くべきか。

 クレシダだけなら厄介でも考えようはある。


 ところがあちこちとの兼ね合いも考えないといけない。

 取りあえず弱いところから潰しておくか。

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