844話 地味でありきたりなもの

 いささ憂鬱ゆううつな日を過ごしているが……。

 ラヴェンナから、嬉しい知らせが届く。


「義眼の作成には成功しましたか。

義足と言っていいのかわかりませんが……動かなくなった足も動かせると。

久々に嬉しい知らせですよ」


 報告を持ってきたキアラも嬉しそうだ。


「そうですわね。

オディロンさんの目に光が戻って、足もよくなってと……。

いいことですわね」


 もっと難航するかと思っていたが、思いのほか実用化が早かったな。

 いずれにせよ完成したのは喜ばしい。


「デメリットは変わりませんが……。

それでもやはり失ったものを取り返したいのでしょう」


「でも……。

嬉しさのあまり無理をし過ぎて、腰痛になったのはどうかと思いますわ」


 動かさない体を急に動かして、ギックリ腰になったらしい。

 ほほ笑ましいエピソードだ。

 それより……。


「それだけ嬉しかったのでしょう。

そちらの開発が一段落して、調整の段階に入ったそうですが……。

クノー殿がこちらで魔力の調査をしたい、と言ったことが気になりますね」


 キアラが不思議そうな顔をする。


「たしかラヴェンナの魔力は、特殊だって話をされていましたわね。

あとはお兄さまに会って、直接話したいことがあるとか……。

ちょっと気になりますわね」


 魔力の調査か……。

 気になる。

 パトリックにはなにか、心当たりがあるようだ。

 かなり確信に近いなにかが。

 そうでなければ、こんな世情で調査したい……など言いださない。

 もしパトリックでなければ、もっと俗な理由かと勘違いするだろう。


「旧ギルドのマスターが変わってから、露骨に飼い殺しになっていますからね。

その相談かと、一瞬思いましたよ」


 今まではラヴェンナへの交渉チャンネルを維持する目的で、パトリックにはなにもしていなかった。

 だがギルドマスターが変わってから露骨に方針が変わった。

 そう報告を受けている。


 キアラは小さなため息をついた。


「ああ……。

旧ギルドはクノーさんの脱退を認めませんでしたわね。

クノーさんの知識が、新ギルドに渡るのが嫌なのかもしれませんわ。

ライバルですから無理もありませんわね。

あのピエロが意地悪というより、普通の対応でしょう」


 露骨に権限を剝奪されて、脱退の申請をしたが……。

 明確に却下するわけでもない。

 事務的手続きの遅滞と称して握りつぶしている状態だ。


 揚げ句に、給料すら払っていないのが、間抜けな話だが……。

 経理出身のピエロに忖度そんたくして、無駄金の支出は控えたのだろう。

 普通なら、賃金を払い続けて雇用する正当性だけは確保する。

 俺の反撃を期待しているにしても……。

 お粗末すぎる。


「そうですね。

ただ私が強引に移籍させても、問題はないので……。

あまり意味のある嫌がらせではありません」


「お兄さまがクノーさんを移籍させないのは、考えがあるから……。

そうですわね?」


「旧ギルドとの対話チャンネルを維持しておけば、旧ギルド内での内紛が期待できます

そう思うのは勝手ですがね。

それよりクノー殿のいう調査が、気になります」


                  ◆◇◆◇◆


 翌日、ベンジャミンがかなり慌てた様子で駆け込んできた。

 たしか……しばらくここに滞在して連絡係を務めると言っていたな。

 こちらはいろいろと予定が立て込んでいる。

 それでも余程の緊急事態なのだろう。


 キアラに、スケジュールの再調整を頼んでおいた。

 キアラは秘書になにかを指示し、秘書は慌ただしくでて行く。

 面会が多いので、予定調整も大変だろうが……。

 仕方がないな。


 まずはとにかく会おう。

 応接室にキアラと共に向かう。

 部屋で待っていたベンジャミンは、緊張した面持ちだ。

 それだけでよからぬ話だとわかる。

 

「どうされましたか?

至急の知らせだとか……」.


「はい。

同胞から知らせが入りました。

シャッカ商会をご存じでしょうか」


 聞いたことがないな。

 キアラを見るとうなずいた。

 どうやら知っていたようだ。


「ええ。

たしか高利貸をしていますわ。

暴利とも言える高利で取り立ても苛烈です。

違法スレスレの取り立てで悪名高いですわ。

モローが取り締まっていないので、きっとスレスレなのでしょうが……。

ランゴバルド王国で最も恨まれている、と断言してもいいですわ」


 ベンジャミンがうなずいた。

 それだけの知識があればいいようだ。


「そのシャッカ商会が、亜人たちに襲われたらしいのです」


 俺は目で続きを促す。

 今はなにかを言える段階ではない。


「夕暮れ時に店を閉める直前に襲われたそうです。

そこにいた全員皆殺しにされました。

しかも商店と主の屋敷まで燃やされたそうです。

もちろんこれらは伝聞に過ぎません。

ただ……亜人たち以外の情報は事実です」


 ランゴバルド王国内で先に、事件が起こるとはなぁ。

 果たしてこれは、クレシダの差し金なのか……。

 ただひとつだけ言えることがある。


「えらく都合のいい話ですね……。

それこそ亜人に罪を着せるには、丁度いい時期でしょう。

ただ……。

そのような高利貸であれば、当然警備は厳重なはずです。

警察大臣は、シャッカ商会が襲われても……。

見て見ぬフリをしそうですからね。

シャッカ商会から賄賂を受け取るようなことはないでしょう」


 モローは意外に思われるが、賄賂は受け取らない。

 弱みになるからだ。

 そして金なら自分の力で稼ぐべきと考えている。

 そのためには職務上で知り得た情報をフル活用する。

 職権乱用とも言えるが……。

 ニコデモ陛下があえて知らんぷりをしているはずだ。


 この金に対する態度が宰相ティベリオと仲が悪い一因だな。

 ジャン=ポールは『貴族のくせに浅ましい』と軽蔑する。

 ティベリオは『平民のくせに見えっ張りだ』と鼻で笑う。

 ある意味で息が合っている。


 ベンジャミンは真顔でうなずく。


おっしゃる通りです。

かなり警戒していましたね。

それがあっさりと皆殺しされた。

これが実に不思議なのです」


「そうなると亜人云々は抜きにしても、只者の犯行ではありませんね」


「それだけではありません。

事後処理を含めて、手際がいいのです。

裏社会の仕事にしても、あそこまで手際がよくありません。

そもそもメディアの連中が、なぜか近くにいたそうなのです」


 メディアがグルとは思えないが……。

 そうなるとクレシダの差し金の可能性は高い。

 だとしても不可解だな。


「メディアの願望はともかく、これでは亜人の迫害にはつながらないでしょう。

なにせ嫌われ者です。

内心拍手喝采している者は多いと思いますよ。

……キアラ。

シャロン卿を呼んできてください」


 ここはモデストにも話を聞くべきだろう。

 キアラは即座にうなずく。


「わかりましたわ」


 キアラは部屋の外で待っている衛兵に指示をして戻ってくる。

 モデストはすぐにやって来た。


 モデストが椅子に座るなり目を細めた。


「珍しいですね。

途中で私をお呼びになるとは」


 俺は苦笑して肩をすくめる。


「シャロン卿も同席したほうがいい話ですからね。

ベンジャミン殿。

シャロン卿に説明をお願いします」


 ベンジャミンは同じ説明をしたのだが……。

 かなり簡略化している。

 それで通じたようだ。

 モデストはアゴに手を当てる。


「ふむ……。

ラヴェンナ卿。

シャッカ商会の情報はご存じですか?」


 さっきキアラから聞いたばかりだけどな。


「内乱後に急速に台頭してきた金貸し。

方々から恨まれていること位しか。

知る必要はありませんでしたからね」


 モデストの目が細くなった。

 知らなくて当然かと思ったようだ。


「それだけ結構です。

シャッカ商会は一度没落したのですよ。

内乱の少し前ですがね。

前身は奴隷商人でした」


 これまた聞き捨てならない話だな。

 ただの奴隷商人なら気にしないが……。

 このタイミングでの襲撃は、気になる。


「キナ臭い話ですね……。

このことは、誰も気にしなかったのですか?」


「奴隷商人ならそれなりにいます。

内乱のあとの混乱期に成り上がった程度に思われていましたね。

ただ没落した元奴隷商人が、なぜ金を貸せたか。

これは謎とされています。

探ろうとした者は、なぜか消されていましてね。

一時期私が関与を疑われました。

実に迷惑な話ですよ」


 モデストのことだから、関与を否定などしないだろう。

 匂わせもしないが、相手が勝手に恐れをなすことのほうが、メリットは大きいからな。


 ベンジャミンが気持ち身を乗りだす。


「そこですが……。

世界主義の関係者が接触していたようです。

残念ながら裏は取れていません」


 ますます黒っぽいな。

 これはジャン=ポールも1枚かんでいるのか?

 違うか。


 ジャン=ポールはそのような危険を冒さない。

 そして探った人が消されても、本気で捜査などしない。


 世界主義との関係を保つため、お目こぼしはしたのだろう。

 シャッカ商会は法スレスレどころか、かなり違法な取り立てをしていたろうな。

 これは……かなり恨まれていそうだ。


 ジャン=ポールはこの事件ついて握りつぶさないだろう。

 襲撃犯のことはかなり真剣に捜査するはずだ。

 国内の治安に関わるからな。


 モデストは妙に納得した顔でうなずいた。


「以前ラヴェンナ卿から、金の流れを追えと言われましたが……。

そのひとつが、変なところで消えていたのです。

確信までいきませんでしたが……。

恐らくシャッカ商会に流れたと思います。

これが金貸しの原資としたのでしょうね」


 世界主義がランゴバルド王国に、影響力を及ぼすための手駒か。

 そう考えていると、ベンジャミンが髭をしごく。


「それとシャッカ商会は奴隷商人でしたが……。

その内実は、ご存じないでしょう。

亜人の奴隷を、多く売りさばいていました。

そのために僻地の集落を襲って、幼子を奴隷としてさらうなどしていたようです。

当然、その集落の住人は皆殺しでしょう」


 これまた匂う話ばかりでて来る。

 噂になるような悪事を働いて……。

 よく平気だったな。


「その話を聞くと、断定は難しくなりますね。

恨みから実行に及んでいる可能性もあります。

そのような明確な悪事を犯せば、討伐対象になりませんか?」


 モデストが腕組みをする。

 知ってはいるが、報告に値するか……考えていそうだ。


「あくまで噂に過ぎませんが……」


 噂でも構わない。

 ここまで手の込んでいる話だ。

 クレシダが1枚かんでいる、と見るべきだろう。

 それなら噂も、クレシダからのメッセージになるからな。


「他に情報がないですからね。

教えてください。

その噂が、鍵になり得るでしょう」


「端的に言えば……。

権力者やギルド、教会に賄賂を贈って、襲撃への訴えを握りつぶしてもらった。

ただは捕まって処刑されています」


 つまり適当な罪人を、犯人に仕立て上げたか。

 それとも無罪の人でも、適当に選んだか……。

 やはりクレシダのメッセージが込められているな。

 救いようがない世界の実情が突きつけられたわけだ。

 思わずため息が漏れる。


「義務感のない権力者にとって、領民が害されても……。

租税以上の賄賂が手に入るなら問題ないと考えます。

当然シャッカ商会は、そんな領主を見極めているでしょう」


 モデストは苦笑して肩をすくめる。


「そんな手合いはある匂いがしますからな。

同類であれば嗅ぎ分けるのはより容易いでしょう」


 救いのない話だがな。


「教会にとって、信徒人間であれば無視できないでしょうが……。

亜人は基本的には信徒ではありません。

信徒人間を害さない限り……。

悪人だろうと寄進さえすれば、亜人より好ましく思われます。

同じ神を信じる者は皆平等ですが、同じ神を信じない者は違いますから」


 ベンジャミンは渋面をつくる。


「それこそ……。

神を信じないからだ、と布教のネタにさえすると思います」


 これも救いようがない話だがな。

 そして亜人と近いギルドにしても、亜人を守りはしない。


「ギルドのほうは、賄賂だけで握りつぶさないでしょう。

こちらは亜人を差別など出来ませんから」


 ベンジャミンが強くうなずいた。


「私も同感ですね。

脅迫と賄賂はセットだと思います。

一度共犯になれば、あとは続けるしかないでしょう」


 どこもかしこも明かされては困る問題を抱えているわけだ。

 そんなシャッカ商会が没落するとなれば……。


「ちなみに没落したのは、犯行が発覚したからですか?」


 モデストは苦笑して肩をすくめる。


「噂程度ですが、なにか不祥事があった、とだけ聞いています。

奴隷商人の没落なので、誰も気にしませんでしたが……。

発覚したと考えるのが妥当でしょうね。

ただやったことが酷すぎて、明るみには出来なかったのでしょう」


 だろうな。

 1枚かんでいた……などと発覚しては、処理しきれないダメージを受ける。

 だからこそ異なる理由で処罰したわけだ。

 当然、シャッカ商会とも取引があったと考えるのが妥当だな。

 処刑されない代償として秘密は守るような……。

 当然無言の脅しもセットだ。

 気の毒にもこの悪事を告発した人は、権力者によって口封じをされたろう。


「下手に殺すと、どのような暴露があるかわからないと。

使徒降臨後に討伐されてしまいますからね。

これだと純粋に復讐ふくしゅうである可能性すらあり得ますね。

なんとでも取れる話ですから……。

断定は危険でしょう」


 モデストはいぶかしげに、眉をひそめる。


「なんとでも取れるとは?」


「亜人の復讐ふくしゅうか……。

不祥事を闇に葬り去りたい権力者の策謀。

こちらはシャッカ商会が邪魔になってきたかと。

それらの思惑を利用したいクレシダ嬢か。

なんとでも言えるってことです」


 クレシダが1枚かむにしても、その要因はどちらとも考えられる。

 モデストは納得顔でうなずく。


「なるほど。

しかし少々厄介な問題ですね。

民衆は気にしなくても、権力者や商人は気にします。

身の安全に関わりますからね」


 それが直接的な目的ではない。

 あくまでメディアを利用した扇動が主目的だ。


「これも既成事実づくりの一環でしょうね」


「既成事実とは?」


 今は拍手喝采しても、民衆が思い込む事実はひとつだ。

 疑心の種はまかれた。


「亜人は危険であると。

しかも放送の度に、各地で、トラブルが発生しているでしょう。

亜人と人間の喧嘩騒ぎですが……。

なにかの拍子に暴発しかねません」


 モデストが渋い顔で、腕組みをする。


「今のところ対処しようがありませんね」


「ええ。

それでキアラ。

あの件はどうですか?」


 キアラが驚いた顔になる。

 あの件はわかったろう。

 聞いた意図がわからずに驚いたか。


「メディア関係者によるこちらへの監視は、日に日に強くなっていすまわ」


「それなら結構です。

今のところ順調ですね」


 モデストが表情を変えずに、肩をすくめる。


「とても順調とは思えませんが……。

ラヴェンナ卿には一体なにが見えているのやら」


 そんな大層な話ではない。


「意外と地味でありきたりなものですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る