839話 種籾法

 ホールでの歓談中にある報告が届く。

 俺以外は笑いだした。


「なんでもかんでも、私のせいになるのは何故ですかね」


 クレシダの屋敷で、エルフ殺しの匂い騒動があったらしい。

 何故かそれが、俺の罠だとか酷い噂がながれている。


 カルメンが、ニヤリと笑った。


「そのうち雨が降っても、アルフレードさまのせいにされそうですね」


 全然、洒落になっていない。


「日照りでもそうなりますよ。

冗談じゃありません」


 プリュタニスが半笑いで、肩をすくめる。


「誰も本気にしていないから、気にしなくていいと思いますよ。

アルフレードさまは、変なところを気にしますね」


 これは放置すると危険なんだよな。

 ラヴェンナで玩具にされるのと他所で揶揄されるのでは違うのだ。


「今はね。

これが積み重なると、事実になりますよ」


 カルメンが呆れつつ苦笑する。


「まさかぁ。

アルカディア難民じゃあるまいし」


 価値観が異なると説明した影響かな。

 別の生き物として捉えがちだな。

 だが彼らはアラン王国民だったとき、普通だったはず。

 環境によって歪んでしまったが……。

 その歪みの一因は、人なら誰しも備わっている性質が突出しただけだ。


「価値観は違いますが、別の生き物ではありませんよ。

願望と事実を混同するのは、彼らだけの特権ではありません。

最初は冗談だとしても……。

なんども繰り返すと錯覚してしまう可能性が高いのですから」


 カルメンが頭をかいて、不思議そうな顔をする。


「でも私たちは、そうならないと思いますよ」


 カルメンほどの才女でも錯覚するか。

 自分はしないという思い込みが、最も危険なのは理解しているはずだ。

 その落とし穴に嵌まったのは、アルカディア難民が特殊すぎたことと……。

 俺の周囲では、自由に発言出来るからこそかな。

 各々が自由に発言出来れば、願望を現実と捉える危険性は減る。

 だが最も危険な要素を見落としているだろう。


「どうでしょうね。

私が間違ったことを言い続けたら、それを信じてしまうかもしれません。

言葉とはなにを言ったかではなく、誰が言ったかが大事でしょう?

だからこそ『お前がいうな』なんて広まっているのです。

この言葉は、とくに共感しやすいでしょうね」


 俺は、自分を、最も信用していないからな。

 カルメンはバツが悪そうに頭をかいた。


「つまり信用のある人が、デマを流していればいずれ信じてしまうと?

流した本人が無自覚なら錯覚してしまうわけですかぁ……」


「ええ。

だから私は、メディアを叩いているわけです。

彼らが天から降ってきたような、特別な地位を既成事実にしないようにね」


 プリュタニスが眉をひそめる。

 裏の意味に気が付いたか。


「逆を言えば、自ら勝ち取った地位であれば問題ないのですか?」


 もらい物の思想ほど、恐ろしいものはない。

 押しつけられるにせよ、もらったにせよ……。

 表面上の言葉ばかりをなぞるようになる。


 むしろ自分で得たものではないからこそ……。

 その意味を探ろうとしない。

 嫌悪感であれば、全否定。

 全否定するからこそ、自分は従っていないと思い込む。


 有り難がるなら全肯定だ。

 全肯定するから、自分はその思想の忠実な体現者だと思い込む。 

 考える人は少数派だ。

 それを封殺する人たちのほうが多い。


 人の社会は、そんな単純ではない。

 やがて現実とそぐわなくなる。

 それを打破しようと、より先鋭化せざるを得ない。


「そうなります。

勝ち取ったなら、その過程でさまざまな経験をするでしょう。

なにがよくて、なにがダメなのか。

世間の常識と、そう乖離かいりしないと思いますよ。

でも与えられたものなら、話は違います。

信仰のように全肯定するか……。

もしくはそれを純粋悪として、徹底的に忌避するか」


 プリュタニスが腕組みして考え込む。


「全肯定はわかります。

預言者集団を見てきましたからね。

疑問を呈することすら不純とされました。

先祖から受け継いだ思想でも、自分で手に入れたものではないから……。

押しつけられたのと変わらない。

むしろ伝統として、これを絶対視するわけですか」


 上出来だな。

 先祖からの慣習を受け継ぐ場合は、慣習について考えることが出来る。

 必要なら、よいものは残し、時代にそぐわない者は捨てる。

 

 世間一般では、それは不純とされる。

 石に刻んで崇めるほうが、より忠実な継承者と目されがちだ。

 実に困った話だよ。


「そのとおりです」


「そうです。

今のメディアは、まさに全肯定ですよ。

大勢の人に影響を及ぼせるのです。

それ相応の自制が求められるべきでしょう。

ところが、彼らになにを自制すべきか……。

聞いてもまともに答えられないでしょうね。

『報道のためなら多少の違法行為は無視すべきだ。

法律に縛られては、報道の自由が守れない。

それは世界の損失につながる』

そう開き直るだけですよ。

連中は『人に迷惑をかけてこそ一人前のジャーナリストだ』と言っていますからね。

そんなことでは、とても認めることなど出来ません」


「報道する権利だけを主張ですか……。

よくある権利ばかりを主張するってヤツですね」


「ちょっと細かいですが、私の認識は違います。

権利は主張出来るので、権利ばかり主張するのは間違っていません」


 カルメンの顔が引きる。


「とても細かいですね……。

じゃあ権利ばかり主張してもいいのですか?」


 俺の悪い癖がでたなぁ。

 言ってしまったものは仕方ない。

 次から注意しよう。


「非難される手合いは、正当性を消失しているケースが多いですよ。

権利は付与される前提条件が存在します。

前提条件を守るからこそ、権利の主張が出来る。

これが権利の正当性です。

税金だけ取って領民を守らない領主は、徴税権の正当性を失う。

正当性がない権利行使は非難の対象になるわけです。

旧ギルドマスターがその典型ですね。

各種手数料を取るのは権利ですが、そこには冒険者の活動を助ける前提条件があるからです。

ポンピドゥ殿のように、なにもしない癖に協力ばかり求めると、反感を買うわけです」


 カルメンが大きなため息をつく。


「わかっていますよ。

それをひっくるめての権利ばかりって意味だと思います」


 それは正しいが、引っかかる話なんだよなぁ。


「大事な部分を省略すると、問題が生じます。

権利の主張は、すべて悪と見なされかねないですよ。

正当性を失った権利が生き続けることで、権利そのものが否定されますから」


 カルメンは呆れ顔で、肩をすくめる。


「キアラ。

なんとかしてよ。

アルフレードさま……細かすぎるって」


 キアラが苦笑して首をふる。


「お兄さまは細かいことを気にするから、ここまで成功されたのですわ。

面倒くさいと思っても、悪い面がでたと思って諦めてくださいな」


 カルメンが舌打ちをする。


「裏切り者めぇ……」


 喧嘩することはないだろうが、話を戻すか。


「メディアが正当性を欠く権利の主張をする限り、私は彼らの敵でしょうね。

放置すると子孫に禍根を残しますから」


 アーデルヘイトが意外そうに、首をかしげる。


「あれ? 旦那さまの言葉だと……。

正当性をもつ権利ならば認める……と言っているような気がします」


 存在自体を敵視しているわけではない。

 影響力が大きいからこそ、正当性をより強く求めるだけだ。


「よくわかりましたね。

将来的にあの職業は、必要なものとなります。

本来は既得権益たる支配階級から勝ち取るべきものですよ。

今回偽使徒によって生みだされたので、特権のように勘違いしていました。

ですが偽認定されたことで、正当性が危うくなったでしょう。

それは自覚していると思います。

本来は、まともな行為を積み重ねて正当性をもたせるべき。

そう思いますね」


「旦那さまは偽使徒が作ったからと、すべて否定されないのですね」


「ええ。

人々に情報を届ける行為は、正しく使えば発展に寄与しますからね。

ところが刺激的な報道によって、無理に必要性を生みだそうとしている。

民がそれを求めるから存在する必要があるとね。

商人が急場を凌ぐため、麻薬の売買をはじめているようなものです。

それではお話になりません」


「ちょっと意外です。

蛇蝎だかつのように嫌っている感じがしましたので」


 まあ間違っていない。

 嫌いだからな。

 だからと存在を否定出来ないだけだ。


「今の彼らは、蛇蝎だかつ以上に嫌悪していますよ。

でも職業に、貴賤きせんはない。

ただ必要性が存在するだけです。

少なくとも自浄作用が働くなら……認めてもいいと思いますね」


「今のままだと、害のほうが強すぎるわけですかぁ……」


「ええ。

放置すると……。

責任を取らない支配者として振る舞うでしょうね」

 


 あとは雑談になった。


 そこに役人がやって来る。

 なにか報告があるようだ。

 表情はいつもより緊張しているな。


 別室に移動して、報告を受けることにした。

 ホールで聞いてもいいのだが……。

 不都合があって譴責するときに、皆の前でやるのはよくないからだ。


 それは杞憂きゆうに終わった。

 一通り報告を聞いて思わず腕組みをしてしまう。

 これは俺の判断が必要だな。

 役人に幾つか指示を出す。

 役人は安堵あんどした顔で退出した。


 俺が拒否すると、説明が困難になるからな。

 受け入れたことで安心したのだろう。


 ホールに戻ると、全員が俺に注目する。

 気になるよな。

 

「なかなか興味深い報告ですよ。

ペトラキス殿から提案がありました」


 そこでボアネルジェスの提案を説明する。

 世界が疲弊しているので、それを打破すべきだ。

 そのための新法を定めたい。

 そんな趣旨だった。


 封建領主の統治が問題なければ、こんな話はでてこない。

 だが1000年の安定期のあとだ。

 混乱する現状に対応出来ていない。

 安定している領地は少数派なのだ。

 だからこそ俺の発言力が強い。


 当然、王家もこの問題を認識している。

 だからと王家が介入しては、国内の権力闘争が激しくなる。

 そこで人類連合という、新しい組織がそれを担おうというのだ。


 法案の名称は種籾法。

 これは、貧農救済を企図している。


 従来、土地をもたない貧農は、種蒔きの季節になっても種籾を買う金がない。

 そこで地主から7割~10割という高利の金を借りて、種籾や苗を買う。

 その結果、収穫の多くを地主に吸い上げられた。

 残された作物で細々と過ごし、秋になるとまた高利の金を借りる。

 奴隷と大差ない境遇で、これを断ち切るのが目的らしい。


 種蒔きのときに、人類連合が低金利の貸し付けを行う。

 借り手は収穫が終わった時点で、2割の利息をつけて返済する。

 これは希望者のみに行う。

 

 地主などの既得権と真っ向からぶつかるものだろう。

 人類連合でないと出来ない代物だ。


 プリュタニスは怪訝な顔をしている。


「以前ペトラキス殿と面会したときは、物別れに終わったのですよね。

今回はどうするつもりですか?」


 今までの理想論と違って、今回は具体案だ。

 反対するには弱い。

 それでも内心では成功すると思っていない。

 もし平時なら反対したと思う。


 だが今は違う。

 後ろにクレシダが控えているからな。

 拒否すると罠に嵌まるだろう。


「今回は具体的な法案を持ってきました。

しかも理に適っています。

拒否は出来ないでしょう。

民の困窮は周知の事実です。

座視してよいものではありません」


 ホールでの歓談であっても、真意は語れない。

 どこから漏れるかわからないのだ。

 そもそもなにかの兆候から、クレシダが読み取ることだってあり得る。


 アーデルヘイトが不思議そうに、首をかしげる。


「あれ?

昔、旦那さまは『個人の道徳と統治者の道徳は別』って言っていましたよね。

領民のことは、その領主が面倒を見るべきだって。

今回は違うのですか?」


 俺の言葉に矛盾を感じたか。

 丁寧に説明する必要があるな。


「今私は、ランゴバルド王国の代表です。

そして表向きは、人類連合に協力する立場を取っていますからね。

その趣旨を無視出来ないだけですよ。

しかも内乱と魔物の侵攻で、多くの民が疲弊しています。

これでラヴェンナだけが繁栄していては恨まれますよ。

それは避けるべきでしょう」


 アーデルヘイトは大きなため息をついた。


「立場によって変わるんですね……」


 プリュタニスが苦笑する。


「変わっていないですよ。

アルフレードさまが、他所に対して慈悲深く振る舞うときは……。

そうしたほうが、ラヴェンナの利益になるからですよね?」


 基本的な方針は、なにも変わっていないからな。

 枝葉まで固守する必要がないだけだ。


「そんなところです」


「これくらいならいい、と考えたわけですね」


「いえ。

これは取っ掛かりに過ぎません。

このあとで関連した法案を幾つか持ってきますよ」


 プリュタニスは怪訝な顔をする。

 ここに矛盾を感じたか。


「それでは人類連合に、力を与えるのもやむなしと?」


「ある程度は仕方がありません」


 カルメンが眉をひそめた。


「私は賛成出来ません。

これって具体的ですけど、実現性は薄いと思います」


 ここは、真剣に向き合う必要があるな。

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