835話 閑話 腹黒3人衆
王都ノヴァス・ジュリア・コンコルディアで、今回のインタビューを、複雑な思いで見ている3人がいる。
ランゴバルド国王ニコデモ。
宰相のティベリオ・ディ・ロッリ。
警察大臣のジャン=ポール・モローだ。
彼らは、不満分子から腹黒3人衆と呼ばれている。
当然皆知っているが、知らんぷりをしているのであった。
ニコデモは渋い表情をしている。
「これは好ましくないな。
我が友を侮辱するとは、代表に任じた余を侮辱することになる。
そう知ってのことかな?」
ティベリオは無表情に、首をふる。
目の前に繰り広げられる光景は、到底受け入れられないものだからだ。
「礼節も知らない野蛮人の考えは理解出来ませんね」
ジャン=ポールは唇の端をつり上げる。
「偉くなったつもりなのでしょう。
怖いもの知らずにも程があります」
ニコデモは気怠げに、首をかしげる。
「あれでは我が国での活動を認めていいことはない。
教皇が偽使徒認定をしたのだ。
動き出した組織と理念は、筋が通っている。
だから廃止されなかった。
それだけのことよ。
こうなってはなぁ……」
ティベリオは苦々しい顔で、放送を見ている。
「問題はこの仕組みが実現されたことです。
それを急に廃止するのは難しいかと。
それこそ情報伝達の速度で取り残される危惧があります。
また……我が国への憎悪を煽り続けることも考えられましょう」
ニコデモがため息をついた。
情報から突如切り離されると、民心が動揺してしまう。
そう簡単に、離脱とはいかないのだ。
それを見越しての非礼なのかと疑っているのが現状。
「そこは留意すべき点だな。
だが……。
アラン王国は実質国の体をなしていない。
つまり敵となるのはシケリア王国だろうが……。
クレシダ嬢とシケリア王国は一体ではない。
憎悪を煽ったとして、なんの益があるのか?」
ティベリオは眉をひそめた。
時間がたてば、クレシダの目的がわかるかと思ったが……。
わからないまま。
よりわからなくなった……というのが正しい。
頼みの綱のアルフレードも、沈黙を
恐らくアルフレードはなにか掴んでいる。
こちらに伝えるだけの根拠がないのだろう。
そう考えたのは理由がある。
行動に迷いがないからだ。
「ラヴェンナ卿からはなにも、報告がありません。
理解し難いなにかを企んでいるのでしょう。
ただの狂人だと思えば楽ですが……」
ジャン=ポールの目が鋭くなった。
「そうではないでしょう。
ただの狂人が、このような大がかりな仕掛けを実現出来ませんから」
ニコデモは腕組みをして、ため息をつく。
「ううむ。
我が友から、警告が来ていたな。
どのような仕掛けが潜んでいるか不明だと。
たしか魔族の側室が、体調不良でラヴェンナに戻ったそうだな。
我が国でなにか、問題は発生しているかね?」
「死者までは出ておりませぬが……。
亜人がらみで喧嘩が増えております。
念のため、冒険者ギルドにも問い合わせましたが……。
『ギルド内では、そのようなことは起こっていない』との回答でした。
最も血の気の多い冒険者が、民よりおとなしいなどあり得ませぬ」
ニコデモは気怠げに、頭をふった。
冒険者ギルドは、国から独立した機関だ。
だから王であっても、強引に介入することは出来ない。
「報告する義務はないからな。
そこを追求しても難しいか……」
ジャン=ポールは、恭しく一礼した。
「御意。
残念ながら、放送との因果関係は今のところ証明出来ません。
なによりクレシダ嬢が、亜人が不穏な行動をしていると示唆しました。
その結果として、亜人への不信感が広がっておりまして……。
喧嘩が起こるたびに『やはりこいつらは怪しい』と思い込む民は増えています」
ニコデモは呆れ顔になる。
「喧嘩と怪しさになんの関係があるのだ?」
「冷静に考えればその通りです。
冷静な者はおりますが……。
皆口をつぐんでいます。
冷静な指摘をすると、自分の身が危ういですから。
亜人のために危険を冒すお人好しはいません。
クレシダ嬢の示唆がなければ……。
放送に原因があるのではと、疑いの目も向いたでしょうに」
ニコデモにとって、クレシダは理解不能な怪物である。
疲れた顔で頭をふった。
「ふうむ……。
そう考えると、なかなかに巧妙だな。
やはり狂人ではない。
怪物だな。
まるで人類の不和を煽っているかのようだ……」
ティベリオは小さなため息をついた。
「臣もそのように思いますが……。
その先に何を望むのか。
皆目見当がつきません」
「この件は、引き続き我が友に任せておくか。
怪物には魔王をぶつけるのが、人として真っ当であろう。
それにしても亜人の問題とはなぁ……。
余は亜人を排斥するつもりもない。
あくまで従来通りに遇するつもりだ。
仮に距離を置くと、どうなるかね?」
ティベリオは眉をひそめる。
一時の漠然とした不安に迎合しても……。
その後にやって来る問題は、あまりに大きいからだ。
「
亜人はラヴェンナ卿を、頼りにするでしょう。
こうなると他家が不安になることは必定。
周囲に引きずられ、王家とラヴェンナの対立に発展するでしょう……」
ティベリオは、ラヴェンナに勝てないという言葉を飲み込んだ。
ニコデモはため息をついて、眉をひそめた。
「それは大問題だな。
現時点でスカラ家と我が友の後援なしで、王家は存続出来ないからな。
それでは内乱を生き延びた意味が無くなってしまう。
だが現時点で座視は賢明とは思えぬ。
卿らの意見を聞きたい」
ニコデモは決して、陣頭指揮を執らない。
自分のアイデアだけで物事を進めることもなかった。
誰かに意見を聞いて、それを採用する。
これを徹底していた。
王権が
なにより己を知っている。
王として振る舞うこと以外の才能がないことを。
幸い人を見る目はある。今までの業績が、それを裏付けていた。
アルフレードはごく親しい人に、ニコデモの評価を漏らしている。
『陛下の粘着性は桁外れですが……。
王としては非凡な凡人と言えます。
後世の範となりえるでしょう。
決して名君とは呼ばれないでしょうが、大過なく治世を全う出来ると思います』
なんのかんので高評価なのであった。
ニコデモに下問されたティベリオは、
考え込んだのは、消極的な案しか思い浮かばなかったからだ。
「現状では対立が深まらないように、手を打つしかありません。
そもそもですが……。
亜人を排除したとして、次に待っているのは、人間同士の差別です。
いくらでも差別のネタはありますから。
そうなっては、国としての体裁を
ニコデモは納得した顔でうなずいた。
「そうだな。
仮に亜人が無実であったとき、関係修復は困難になる。
ラヴェンナを頼るであろうが……。
受け入れる数には、限度がある。
そもそも我が友は、急激な人口流入を歓迎しない。
警察大臣はどうか?」
ジャン=ポールの目が、わずかに鋭くなった。
名案を持ち合わせていないが、対処すべき問題は想像出来るからだ。
「臣も宰相殿の意見に同意します。
ラヴェンナ卿との対立を招くとは……。
スカラ家との関係悪化も意味します。
経済と治安にも悪影響でしょう。
ただ……。
民衆は疑心暗鬼に駆られるあまり、犯人を求めています。
民にとって真犯人などどうでもいいのです。
わかりやすい犠牲が見つかれば、我先にと石を投げるでしょう」
ニコデモは腕組みをして、アゴに手を当てる。
アルカディアの狂騒は、ニコデモにとって恐ろしい教訓だった。
あれがランゴバルド王国で起こる……。
想像しただけで、背筋が凍るの思いだった。
民はなにかの拍子で暴発する。
怪しいからという主観的な理由でもいい。
誰かが最初に石を投げれば、一緒になって石を投げる。
仮にそれが
真犯人がわかったら、そちらに石を投げることに夢中になる。
正義という穀物に群がる蝗のように。
蝗害はバッタが群れて変異することによって発生する。
人も同じように群れて、平時の理性を失って暴徒に変異するのだ。
蝗はそれでいいだろう。
食い荒らされた側はその事実を飲み下せない。
ニコデモは事態の深刻さをあらためて痛感する。
「不安を煽るなら、これ以上の道具はないからな。
早急に手を打つ必要があるか……。
そこは当然考えているだろう? 申してみよ」
ジャン=ポールは真面目腐った顔で、姿勢を正す。
「まず布告を出されては?
噂に惑わされて軽挙妄動してはならないと。
亜人の不穏な動きも、根拠のないデマから身を守るための行動だった。
そうしておけば角はたちませぬ」
「それしかあるまい。
それだけでどうにかなるとも思えぬが」
ティベリオが意味ありげな笑みを浮かべる。
「これを機によからぬことを企む輩が現れるでしょう。彼奴らは動きたくてウズウズしているはずです。
ファルネーゼ卿への監視を強めたことで、不平分子の動きが鈍くなりましたから」
未然に陰謀を防ぐことは出来たが、解決はしていない。
むしろ効き過ぎて、陰謀が隠れてしまったのだ。
ニコデモが苦笑を浮かべる。
「これを機に一掃せよか。
それは名案だ。
ただ……問題は魔物だな。
アラン王国からどれだけ出て来るのやら。
なにか発生源があるのではないのかね?」
ティベリオも魔物が、ここまで大量発生するとは予測していなかった。
大噴火が原因だろうとは、予想がつく。
だがそこまでだった。
魔物に関するノウハウは、すべて冒険者ギルドが握っている。
今までは、それでよかったのだ。
頼みの冒険者ギルドが、ここまで機能不全に陥るとは予想だにしなかった。
「臣もそう考えております。
これだけの発生は、類を見ません
それを調べるためにも、国内の安定は必須かと。
これはついては、冒険者ギルドと教会の協力も必要でしょう」
ギルドはその道のプロで、使徒騎士団は精強だ。
国家に所属していないので、国境を越えての活動も容易となる。
ニコデモたちは人類連合には、なにも期待していない。
理念ばかり先行して、現実的な路線から外れているためだ。
「教会は問題ないだろう。
我が友は、占拠している巡礼街道を返還する方向で話を進めているな。
それも余の名においてだ。
新教皇は道理が通じる相手だろう。きっと大きな貸しになる。
こちらに協力するだろう。
問題は冒険者ギルドだな。
卿らはこの件について、どう思うかね?」
「この仕掛けを手伝ったのは旧ギルドです。
副作用を知っていたか。
知らずに協力したとは思いますが……。
断言は出来ません。
慎重に対処せざるを得ないでしょう。
新ギルドは影響範囲が狭い。
さらには蓄積されている情報量も少ないでしょう。
ここは静観が上策かと」
「ふむ……。
現時点での判断は時期尚早か。
警察大臣はどうか?」
ジャン=ポールは小さく首をふる。
「臣は宰相殿と意見を異にします。
旧ギルドと距離を置くべきでしょう」
ニコデモは意外そうな顔をする。
ジャン=ポールが断言することは珍しいからだ。
「ほう?
その理由は?」
「ギルドマスターのピエロ・ポンピドゥは小人です。
あれほど大きな組織を率いる器ではありません。
小さな村の長ですら務まるかどうか……。
これは臣のみの考えではありません。
人類連合での扱いで明確でしょう。
有力者と面会を繰り返していますが、その有力者は名ばかりです。
真の実力者からは、相手にされていません」
たしかにアルフレードとは、最初の挨拶で面会したきり。
これは、新ギルドの後見人という立場から理解出来る。
それでも有能であれば、何度か会ったろう。
だが新教皇ジャンヌとの面会は、最初の挨拶だけだ。
しかも短時間。
ジャンヌは、アルフレードや新ギルドの代表であるマウリツィオ・ヴィガーノとは、数度会っている。
面会時間も長いと聞いていた。
クレシダとは何度か面会しているが、クレシダの思惑が読めない。
ニコデモは皮肉な笑みを浮かべる。
「個人としてならいい人なのだろうがな。
逆に言えば、摩擦や波風を避ける性向があるのだろう。
それでいて出たがりのようだからな。
地位の高さだけを実感したいのだろう。
トップとしては致命的と言わざるを得ない。
それが理由かね?」
「関係します。
摩擦や波風を避けるとは、より大きなものに流されることになりましょう。
つまりは亜人の排斥を行うかと」
ニコデモは呆れた顔で頭をふった。
「正気か?
冒険者ギルドでそのようなことをしては……。
自滅待ったなしだろう。
そこまでバカではあるまい?」
ジャン=ポールは唇の端をつり上げる。
内心で『やはり陛下は殿上人だ』と思ったようだ。
人の愚かさには際限がない。
理屈でわかっていても実感出来ないのだろう。
ジャン=ポールが内心で、上流階級にマウントを取れる部分であった。
だからこそアルフレードとキアラを苦手としている。
殿上人の癖に、下層民の信条にまで詳しいのだ。
理解不可能な生き物であった。
「小人なので、思考が狭いのです。
自分がされて嫌なことは徹底的に避ける。
頑張っても身内が嫌なことを避ける……そこが限界かと。
長期的視野から、自分の身を切る決断は不可能な生き物なのです。
あくまで短絡的で押しつけやすいところにツケを払わせる。
その動きは、すでに現れております」
ニコデモはジャン=ポールが、内心でマウントを取っていることは知っている。
知った上で惚けているのだ。
「亜人の比率が多い冒険者ギルドで、そのような愚行に及ぶか。
下手に肩入れすると大惨事だな。
こちらが尻拭いをする羽目になるやもしれん」
ティベリオは小さなため息をついた。
ジャン=ポールのマウント癖は知っている。
下層民の心情を知らないのは事実だ。
それなら別に構わないと考えていた。
要は役にたつかどうかなのだ。
気に食わないが、この警察大臣は極めて有能。
ならば働かせるべきだろう。
「尻拭いした結果、旧ギルドを我が国の支配下に出来るなら……。
それもいいのですがね」
ニコデモは苦笑して、手をふった。
そのメリットがあれば予想される混乱は好機だろう。
だが冒険者ギルドは、世界の共有財産。
それが世界共通のルールだ。
特定の国が、それを私物化するは、誰も歓迎しないだろう。
仮に試みれば、想像以上の反発を受け……収支はマイナスになる。
「それは他国が承知しまい。
そうなれば、ギルドは我が国だけでの活動に限られるだろう。
それでは無価値だからな。
結局、周囲からの圧力に負けて手放さなければならなくなる。
残ったのは、世界からの反発だけ。
ならば崩壊する旧ギルドと同類扱いは避けるべきだろう。
では適度に期待を持たせつつ、相手にしないのが最善か?」
ティベリオは意味深な笑みを浮かべる。
「いえ。
ここは明確にメッセージを伝えるべきかと。
ギルドマスターが理解するとは思えませんが……。
他の者たちは理解しましょう」
「どのようなメッセージかね」
「臣に旧ギルドの要人が面会したい意向を伝えてきております。
今のところ、保留にしておりますが……。
断っておきましょう。
現状の旧ギルドと関係を深める気はない。
これがメッセージとなります。
下手に会えば、旧ギルドの方針を認めていることになりますから。
そのための面会要請でしょう。
冒険者たちの反発が、我が国に向いては困ります」
ニコデモは口元に、笑みを浮かべた。
遠からず、旧ギルドは崩壊するだろう。
肩入れしていては、旧ギルド崩壊後に冒険者の反発がランゴバルド王国に向く。
それではいろいろと面倒なのだ。
領主の手が回らない部分を、冒険者ギルドがカバーしている。
崩壊後は新ギルドが、それを担うことになるだろうが……。
旧ギルドと同類だと思われては、百害あって一利なしである。
「そうだな。
適当な口実でいいだろう。
新ギルドは、どうするかね?」
「現時点ではどちらかに肩入れする姿勢は不要かと。今旧ギルドにサボタージュされても困ります。
旧ギルドが致命的な失策を犯した後がよろしいのでは?」
「よろしい。
我が友と魔物に対しての対策を協議せねばならないな。
魔物の対処に対して、消極的に見えるのが、
まさか時間がたてば、勝手に消えるなどと思っているまいな?」
ティベリオとジャン=ポールは、思わず顔を見合わせてしまった。
すぐ不機嫌そうに、お互い顔をそらすのであった。
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