833話 閑話 きれいなペルサキス

 アルフレードへのインタビューが放送されている。

 フォブス・ペルサキスは、テラスでワインを飲みながら、それを暢気に見物していた。

 ゼウクシス・ガヴラスも隣にいるが、飲酒の注意は諦めたらしい。


 フォブスは放送を見ながら、鼻で笑った。


「馬鹿な連中だ。

あの魔王に、自分の願望を押しつけても、手痛いしっぺ返しを食らうだけだろう。

今までいい加減な報道を座視していたからな。

反撃してこないと思い込んだか。

甘く見たな」


 ゼウクシスは、小さく苦笑して肩をすくめる。


「ラヴェンナ卿は沈黙を守っているときが、一番怖いですからね。

それにしても……」


 フォブスは意外そうな顔をする。

 いつもは眉間に、しわを寄せているゼウクシスが笑顔だったからだ。


「なんだ、珍しく楽しそうじゃないか?」


 ゼウクシスは当然といった感じで苦笑する。


「自分に矛先が向かないから、とても気楽でいいですよ」


 フォブスは納得した顔でうなずいたが、わずかに表情を歪めた。


「それにしても……。

不快だな」


 ゼウクシスは意外そうな顔で首をかしげた。


「なにがですか?」


 フォブスは酒をあおって憤慨した顔になる。


「なんで私と、魔王が同列なんだよ!

私は節操がないとか、下半身に翼が生えているだの……。

下半身だけは常在戦場だの言われる。

それは仕方ない。

事実だからだ。

それでも魔王に比べたら、真っ当も真っ当だぞ!

私なんてユニコーンがいいところだ」


 ゼウクシスは呆れた顔でため息をついた。


「怒るポイントはそこですか……。

ペルサキスさまが処女好きとは知りませんでしたよ。

処女は面倒だとか言っていましたよね。

そのくせ手をつける相手の2割は処女。

呆れるばかりですよ」


 フォブスは嫌そうな顔で、首をふった。


「据え膳食わねば男の恥だろ?

面倒なのは、自分にとって特別な男だと思われるからだよ。

そんな些細なことを、いちいち気にするな。

禿げるぞ。

話がれたな。

いいか……ゼウクシス。

お前があの魔王と同列と言われたら、どうする?」


 ゼウクシスは、笑顔のまま額に青筋が浮かぶ。


「たとえペルサキスさまでも、顔面にパンチをくれてやりますよ。

私はあそこまで陰険で腹黒ではありません。

ただの人間ですからね」


 フォブスは器用だなと思ったが、あえて口には出さなかった。

 余計な地雷を踏むと思ったからだ。


「私が不快に思った理由がわかったろう?」


「何人殺したかなんて、的外れな指摘ではなかったと」


 ゼウクシスはフンと鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しくて怒る気にもなれないさ。

数だけで正当化なんてされる、と考えるほうがおかしい。

あれは命のやりとりを知らないお坊ちゃまだよ。

あの論法では、結果が問われないわけだ。

それならリカイオスのオッサンは、大英雄さ

魔王が暗に言っていたろう。

結果がでなければダメなのさ」


 ゼウクシスは納得した顔でうなずいた。

 あれは使徒がもたらした言葉で、多くの人は異を唱えない。

 だがゼウクシスは心底納得できない言葉だった。


「そうですね。

話は変わりますが……。

人類連合の社交界に、あの地雷令嬢が参加した件。

ご存じですか?」


 フォブスは口に含んでいた酒を吹き出した。


「あの魔女か?

おいおい。

クレシダはどれだけ危険人物を集めるんだよ……」


 ゼウクシスは大きなため息をつく。

 危険人物としてマークされているが、本人はお構いなし。

 それでいて何人も、男が引っかかっている。

 魔性の女だった。


「彼女のせいで、何人の男が破滅したか……。

略奪専門のやり手ですからね。

大荒れになりそうですよ」


 男をとっかえひっかえするが、恋人がいる男性だけを狙う。

 厄介な危険人物である。

 内乱のときにも、上手に男を渡り歩いて生き延びた。

 フォブスは大きなため息をつく。


「さすがに魔王に、チョッカイは出さないだろ?

あの魔女は、イケメンしか目に入らないからな」


 あの魔女が、アルフレードに手をでそうものなら、どのような惨事が待っているか想像したくもない。

 幸いなのは、男にどれだけの財力や権力があろうと、イケメン以外はスルーなのだ。

 ゼウクシスにとって、それが唯一の救いであった。


「でしょうねぇ。

あの無節操で有名なペルサキスさまでさえ避けた程の危険人物ですが……。

なんであそこまで簡単に男が転がされるのか。

不思議でなりませんよ」


 フォブスは懲りずにグラスを口に運ぶ。


「ああ……。

いい感じに、男の保護欲を満たしてくるからな。

ただ色々な、女性と愛を交わした経験からなぁ。

あの魔女は危険だと思ったよ。

あざとすぎるんだ。

それでいて上手いこと生き残っているからなぁ」


 ゼウクシスは憂鬱そうにため息をついた。


「そうですね。

そのあたりの嗅覚は優れていると思いますよ。

あそこまで徹底した自己愛主義だからこそ生き残れたんでしょうね。

脱帽ですよ」


「ある種の才能なんだろうな。

それでも魔王には勝てないだろう。

情に訴える武器が、まったく通用しないからな。

ある意味魔女の天敵だ」


「同感ですね。

最近になって、ようやく理解しましたが……。

ラヴェンナ卿は女性に対して、特別優しいわけではありませんからね。

平等に扱う分、相応の能力を求めます。

美味しいところだけ、つまみ食いは許さないタイプですよ。

ある意味で、最も女性に厳しいかもしれませんね」


 フォブスは苦笑したが、放送を見て呆れ顔に変わる。


「まあな。

それにしても話し合いですべてを解決って、どこからそんな発想がでてくるのだ?」


 ゼウクシスは無表情に首をふる。


「力を持たないからこそでしょうね。

もしくは願望かもしれませんが……。

感情のままにわめいている人の言葉では、あまりに説得力がないですね」


 フォブスは映像を見て、目を丸くした。


「あ……。

言葉だけで人が卒倒したぞ。

今更驚かないが……。

いったいどんな手を使ったんだ?」


 ゼウクシスは不思議そうに、首をひねっている。


「少々ねちっこいかと思いますが、失神するほどの内容ですかね……。

あの程度の嫌味は、ラヴェンナ卿ならいつものことだと思いますよ。

ペルサキスさまも、体験をしてみては?

きっと真人間に生まれ変われますよ。

そうすれば私の負担もずっと減ります。

いいこと尽くめですよ」


 フォブスは、思わず椅子からずり落ちそうになった。


「そんな体験なんて、トラウマにしかならないだろ!

それにしても3人目だって?

嘘つけ。

絶対もっといるはずだ」


 ゼウクシスは真顔でうなずく。


「その100倍いても驚きませんよ」


 フォブスは椅子に座り直すとニヤリと笑った。


「やはりその場にいないとわからないのだろうな。

どうだゼウクシス。

実体験してみるか?

私などよりずっと適任だと思うぞ」


 ゼウクシスは、白い目でフォブスを睨みつける。


「代わりにペルサキスさまを突きだしますよ。

そんなにラヴェンナ卿にいびられたいのですか。

仕方ありませんね。

いろいろ大変でしょうが、強く生きてください」


 フォブスは、ゼウクシスの朗らかな笑みに、表情がこわばる。

 コイツは本気でやるつもりだ……と察したからだ。


「お……おい。

そんな朗らかな笑顔で、親友を売るつもりか!

お、お前に人の心はないのか!?」


 ゼウクシスは真面目腐った顔で、せき払いをする。


「親友だからこそ……。

ペルサキスさまを真人間にしたいのです。

ラヴェンナ卿に性根を洗濯をしてもらうのは名案ですね。

幸い密告するネタには困りません。

きれいなペルサキスさまの誕生を楽しみにしていますよ」

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