832話 スプーン一杯の汚水

 シメオンは表面上落ち着きを取り戻したようだ。

 真面目腐った顔で一礼した。


「では我々から質問を。

ラヴェンナ卿は、他国への援助に消極的とお見受けします。

自分さえよければ、他人は、どうなってもよいとお考えで?

だからラヴェンナ卿への悪評が収まらないのです。

今はそのような幼稚な考えを捨てて、賢い大人の対応をすべきかと」


 つまりは、全力で助けろと。

 賢い大人の対応ってなぁ。

 実に都合のいい言葉だよ。

 冷静な判断をしてはいけないことになってしまう。


 なんでもいいから、とにかく行動では、ムダな血が流れるだろう。

 結果として、共倒れになりかねない。

 あくまで俺は、ランゴバルド王国の利益を代表した立場なのだ。


「賢い大人であれば助けて当然だと?

もし助けられて当然と思っているのであれば……。

その態度に見合った対応をするだけですよ。

それをせずに、ただ援助し続けると……。

要求はエスカレートするでしょう。

さらには此方こちらの、些細な手落ちすら糾弾するようになりますからね。

結果的に関係が悪化するだけです。

そうなると容易に、関係の修復は出来ないでしょうね。

だから考えた末の支援になるだけですよ」


 シメオンは目を丸くした。


「では感謝せよと?

感謝が足りないから消極的なのですか。

なんとも恥ずかしい限りだ。

今は非常時なのです。

文句より支援ではありませんか」


 救援を必要としていることも事実だが、本音は俺の力を削ぐためだ。

 それが見え隠れしている以上、乗るわけにはいかない。


「感謝しろとは言っていませんよ。

助けた揚げ句、関係が悪化するような行為は避けたいだけです。

ランゴバルド王国内で犠牲を払ったのに、文句ばかり言われるか、軽視されては……。

皆が怒りだすでしょう。

怒るまでいかずとも、不満を持ちます。

それすら幼稚というのであれば、なにも話すことはありません」


 シメオンの顔が歪む。

 内心腸が煮えくり返っていそうだな。


「なぜそのような、悪意ある決め付けをされるのか。

もし多少の粗相があったとしても、アラン王国は生きるか死ぬかの瀬戸際なのです。

そのようなときに、配慮を求める方がどうかしているでしょう。

不問にするのが冷静な大人の対応として正しいかと」


 狂犬の振る舞いを、問題視などしていない。

 情報伝達を問題視しただけだ。


「もし前線で戦っているなら理解出来ます。

そうではなく比較的安全なここにいて、粗相をしてはマズイでしょう。

そもそもそのような配慮は、要求するものではない。

感謝の強要を恥と思うなら、配慮の強要も恥と思うべきですね」


 支援される側が、失態を重ねては、よくて魔物に対しての盾で終わる。

 長く友好関係を築ける相手であれば、対応も変わってくるだろう。


 冷静で大人の対応として、粗相をなかったことにしたら?

 より此方こちらへの対応は杜撰なものになる。

 それで問題ないのだからな。


 結果的に要求はエスカレートすると同時に、どんどん此方こちらは軽視されるだろう。

 我慢の限度まで耐えて暴発すると、相手は驚くだろうな。

 その後の関係改善は困難なものになる。

 感情的なしこりが大きくなるからな。

 助けた揚げ句に、関係が悪化するのは馬鹿らしいだろう。

 冷静で大人の対応と言えば聞こえはいいが……。

 ある意味で事なかれ主義との境界が曖昧になる。

 常に冷静で大人の対応がベストじゃないってことさ。


 シメオンは慇懃無礼ともいえる態度で首をふった。


「それは立場が違うでしょう。

苦境にある側は、配慮されてしかるべきです。

それが正しい見識というものかと」


 やはり前提は助けられて当然か。

 まあ……。

 そう思わなければ、糾弾など出来ないからな。


「それは程度によるでしょう。

もしやアラン王国を助けるために、そのような粗相も無視してただ尽くせと?

それでは奴隷でしょう」


「そのような極端な言葉で、真実を歪めるのは止めていただきたい。

アラン王国を救うのは普遍的正義でもあるのです。

だからこそ、人類連合ができあがったのでしょう」


 いきなり飛躍したな。

 都合よく事実を切り貼りして、願望でつなぎ合わせた大義名分か。


「可能なら救うべきでしょうが……。

普遍的正義ではありませんね。

漫然とその場所から動かずに、いざ魔物が襲ってきたら助けろ……ですからね。

それでも百歩譲って、犠牲をいとわずに助けるべきと言えるのは……。

すでにそれを実行している人だけです。

安全なところで、他人を危険に追いやる人たちではありません」


 シメオンは目を見開いた。

 内心かなりブチ切れているな。

 自分の認識を否定されると、とんでもなく不当な扱いだと思っていそうだ。

 アルカディア難民にはありがちだな。


「我々が安全なところに居座って、他人を危険に追いやっている、とおっしゃるのですか。

危険な地域の取材をしていますぞ。

いくらラヴェンナ卿とて、その妄言は聞き流せません!」


 自分の信じる真実に不都合なものは、すべて妄言か。

 はた迷惑な存在だな。

 そもそも危険な村の取材自体は事実だが……。


「危険な場所の取材は、第三者を雇ってやらせているでしょう。

人を安値で雇って使い捨てていることを、私が知らないとでも?」


 この手の話は石版の民からの情報だ。しかも件数が多かった。

 今は職にあぶれている人も多いから、安値でも妥協せざるを得ない。

 そして自分たちが取材をするのは、安全な場所だけだ。

 少しでも危ないところにいくときは、護衛を要求するなど、方々に迷惑をかけていることも知っている。


「我々は正当な報酬を払っていますし、犠牲がでたときは痛ましいと思っています。

まるで我々が、他人を使い捨てているかのような誹謗ひぼう中傷をされるとは……。

信じられません」


 正当ねぇ。

 内部では、それなりに高い金額を提示している。

 だがそれを、ピンハネしているのは明白だ。


 実際に支払われる額は、非常に安い。

 はっきり言って、不当な安値だ。

 少なくとも報酬の6割は、雇われた人の手に届く前に消えているのだから。


 それを一切、気にしない。

 むしろどれだけピンハネしたか。それを自慢する始末だ。

 雇われる人は、連中にとって自分たちの身内ではないからな。

 なにをしても、当然と思っているのだろう。


「おかしいですね。

危険な場所に赴く人が手にする報酬は、安全な場所にいるあなたたちより、遙かに安いでしょう。

犠牲者の親族に対してなにかしたか……。

それも聞きません。

そもそも口外するな、と脅してさえいるでしょう。

それに死んでもいいから取材のネタを届けろ。

代わりならいくらでもいる。

そのような暴言を吐いたことまで私の耳に届いていますよ」


 こんなことをする割に、こいつらは脇が甘くて口が軽い。

 その場の感情がすべてだから当然なのだが……。


 だからいくらでも証言がでて来る。

 しかも仲間内で、相手をどれだけ侮辱出来たか。

 それでマウントをとるのだ。

 侮辱することが、自分たちの社会的地位の高さだと信じているからだが……。


「それはデマです。

ラヴェンナ卿は騙されている。

我々がそのようなことをするハズがない。

天地神明に誓ってもいい。

そもそも、そのような証拠があるのですか?

あったとしてもそれは捏造ねつぞうです!!」


 都合の悪いことは、すべて捏造ねつぞうか。

 ムリもない。

 こいつらは自分たちが、いつもそうしている。

 だから他人もそうするはずだ、と思い込んでいるからな。


「随分私の耳に入っていますよ。

なんでしたら、遺族を呼んで証言してもらいましょうか?」


 この情報を伝える報酬は、公の場で公表すること。

 そんな遺族は多かった。

 なのでその義務を果たしたわけだ。

 シメオンは、顔を真っ赤にして俺を指さす。


「それが捏造ねつぞうでないと断言出来るのですか!」


 思いもよらぬ暴露をされて、気が動転してしまったか。

 非礼な態度であることを、すっかり失念している。


「つまり私が、噓をついていると?」


 シメオンは、ハッと我に返ったようだ。


「そ……そこまでは言っていません。

この議論は水掛け論のようですね。

残念ですが、ここはお互いさまとしようではありませんか」


 お互いさまと思うのはこいつらだけだ。

 敗北必至になると、お互いさまで、負けをなかったことにする。

 冷静な大人の対応とやらで、流すわけにはいかない。


「そうはいきませんよ。

噓つきだと言われて曖昧に済ませることは出来ませんからね」


「私としては先ほどの話は初耳です。

そのようなはずはありませんが……。

ラヴェンナ卿の顔を立てて確認させましょう。

なのでここはひとつ棚上げにしませんか」


 どうせその場しのぎの噓が飛び出すだけだが……。

 そのときにトドメを刺せばいいか。

 曖昧なまま終わらせては、情報提供者への報酬としては不足だからな。


「では正式な調査と見解を待つとしましょう。

事実だった場合は、相応の懲罰を覚悟しておいてください」


「わかりました……。

では質問を変えます。

ラヴェンナ卿は、自国民の生命を大事にしているように思えますが……。

本当にそうなのでしょうか?」


 シメオンは得意気にほくそ笑む。

 これが俺を挑発するネタか。


「そう思いたくないのであれば、なにを言ってもムダです。

回答する気はありませんね」


 シメオンは嫌らしい笑みを浮かべた。

 随分余裕だな。

 なにか、俺にとって、致命的な弱点があると思い込んでいるようだ。


「またそのように曲解なさる。

これではインタビューになりません。

そもそもラヴェンナ卿にとって、人命は、数値でしかないのではありませんか?」


 こいつはなにを言いたいのだ?

 今ひとつ、真意が読めないな。


「それはラヴェンナ市民に聞いてもらった方がいいですね。

私がどう思おうと、受け取る側が違っていれば無意味です」


「ラヴェンナの民からの支持は絶対と聞いております。

それは当然でしょう。

ラヴェンナではでありますからね」


 そんな話は初耳だぞ。

 玩具ではあるが……。


「私は英雄だと思っていませんよ。

どこから聞いた話なのですか?」


 シメオンは、ニヤリと笑った。


「あれほどの支持を集めるのは、英雄に他なりません。

シケリア王国のペルサキス卿しかり。

ランゴバルド王国ではラヴェンナ卿でありましょう」


 支持を集めるから英雄とは……。

 なんとも飛躍した論法だな。

 ラヴェンナで俺が英雄かと聞いたら、皆から笑われるぞ。


「幸いラヴェンナでは支持されています。

ただランゴバルド王国ではどうでしょうね。

私はあくまで特殊な立ち位置です」


「少なくとも外部の人間から、ラヴェンナ卿は、英雄がごとく思われています。

なぜそれだけの支持を集めているのか。

それは多くのしかばねの上に立っているからでしょう」


 この嫌らしい笑みは、気に食わない。

 支持と奪った命の数は無関係だろう。

 だが俺の地位は、数多くのしかばねによって成り立っている。

 それはひとつの事実だろう。


「ラヴェンナでの支持は、私が統治して問題がないからです。

しかばねの数とは無関係ですよ」


 シメオンは大袈裟に、首をふった。


「大いに関係しますよ。

ラヴェンナは、元々化外の民の地だったのです。

それを短期間で平定しただけでない。

安定して支配している。

それが実現するのは世俗の権威を超えた、神聖な権威を持っている、としか思えません。

無条件に皆がひれ伏すような権威です」


 よそから見れば、ラヴェンナの治安がいいことは不思議なのか。

 その理由を探すのはいいが……。

 どんな手で、俺を貶めようとするのか。


「私は神聖な権威など持っていませんよ。

そもそもラヴェンナの民は、特別な人たちではありません。

元々の社会に、居場所がなかっただけです。

それを私が提供した。

それだけです」


「それだけではないでしょう。

世襲した権威でなく、ご自身で権威を打ち立てられた。

その権威の源泉はなにか。

流した血の量ですよ。

ひとり殺せば悪党。

数万人殺せば英雄などと言われますからね。

数が殺人を神聖なものにするのでしょう。

ラヴェンナ卿は、その権威を手にするまで、一体どれだけの命を奪ってきたのですか?」


 つまり俺は人が死んでも気にしないから、利己的に振る舞える。

 そう言いたいのか。

 思わず苦笑してしまった。


「その質問には答えられません。

前提が間違っています。

誤った前提に基づく問答は無意味ですよ」


 シメオンは大袈裟に驚いた顔をする。


「奪った命の数を答えられない。

だからこそ誤魔化そうとしているのでは?

やましいことがなければ答えられるはずですからね」


 話がれすぎている。

 だが……。

 ここで打ち切ると、好き勝手にデマを流しはじめるな。

 

「わからないようなので教えて差し上げますよ。

ひとりだろうが何万人だろうが……。

自分の欲望のために人を殺せば、それは罪人です。

数は正当化の理由にはなり得ませんよ。

それこそ他者の生命を都合よく扱うから、そのような発想になるのでしょう」


 シメオンは怪訝な顔をする。


「つまりご自身が、虐殺者であると、お認めになるのですか?」


 自分への指摘はスルーか。

 というより気が付いていないな。

 願望に飛びつきすぎだろう。

 いささか面倒になってきた。


「それはあなたが、そう思いたいだけでしょう。

私の評価をしていいのは、ラヴェンナの民です。

それ以外で評価するのは、後世の人たちですよ。

少なくともあなたたちではない。

そもそも、なにを聞きたいのかわかりませんね。

ただ私を貶めたい……強い意志だけはわかります」


 シメオンの顔が赤くなった。

 レッテル貼りをされたと、感じたろうな。

 連中の常套手段だからな。

 敏感に反応するわけだ。


「そのような邪推は止めていただきたい。

我々はなぜ、ラヴェンナ卿が他国の救援に消極的なのか。

その理由を知ってもらおうと、ラヴェンナ卿の考えを伺っただけです」


 伺うもなにも……。

 願望を押しつけているだけだろうに。

 こいつらが情報を独占したらと思うと、ゾッとするな。


「すでに理由は説明したはずです。

どうやらこれ以上の質疑は無意味のようですね。

願望を垂れ流して、私を貶める企みに付き合う気はありません」


 シメオンは慌てた様子で、頭を下げた。


「そのような意図はありません。

くれぐれも誤解なきように。

これはとても大事な話なのです。

この危急時だからこそ、命の大切さを皆が実感しています。

それでもラヴェンナからも、積極的に他国を救援すべき、との声があがらない。

我々は不思議に思っていました。

そこを問いただしたいのです。

なぜ隣人の命を軽んじて、自分さえよければとなるのですか」


 普通そうだろ。

 優先順位はあるわけで……。

 そもそもラヴェンナは特殊な立ち位置であって、既存の社会にそこまで深入りしない。

 されたくもないだろう。

 それでいてピンチの時だけ深入りしろとは、あまりに都合のいい話だ。


「自己犠牲の精神は美しいかもしれませんが……。

それをしない人が、他者に強要するのはとても醜悪ですね」


「強要ではありません。

普通であれば、世間体を気にするなどして救援すべし、と声があがるでしょう。

それもようやく合点がいきました。

ラヴェンナ卿の家臣は、他者の命を奪っても身内で批判されなければいい。

つまり身内の評価がすべて。

それなら世界の危機にも無関心なのは当然かと。

野盗の群れならそれは当然でしょう」


 いい加減にしろよ。

 さすがにこれは我慢出来ない。

 俺が、シメオンを睨みつける。

 シメオンは後ずさりした。

 それでもどこか俺の暴発を期待しているようだ。


「そこまで私の家臣たちを、悪し様に罵られては看過出来ませんね。

私利私欲で命を奪えば、ラヴェンナでは罪に問われます。

それを野盗の群れの如く決め付けるとはね」


「ラヴェンナは、つい最近まで争いをしていたでしょう。

平定から始まり内乱。

そしてリカイオス卿との戦争。

争いに明け暮れ、敵からあらゆるものを奪っていく。

まるで野盗ではありませんか」


 こいつらが、ラヴェンナを敵視するのは直近まで争っていたからか。

 たしかに剥き出しの力は天敵だ。

 メディアが世界を支配したいなら、最も忌むべきものだな。

 そして魔物が襲ってきても、俺が力を温存しているから許せないと。


「どうもあなたたちは……。

争うことすら罪である、と勘違いしているようですね。

相手が襲ってきたら無抵抗で殺されろと。

話になりませんね」


 シメオンの顔が、再び赤くなった。

 俺が暴発しなかったから、腹が立ったのだろう。

 残念だったな。


「罪とまではいいません。

ですが絶対に避けるべきです。

そもそも身を守るためといいつつ……。

手を出すように仕向けることだって悪です。

そのような野蛮なことはせず話し合えばよい。

それですべての物事は解決するはずです。

それが理性的な大人の振る舞いというものでしょう。

辺境の統治者であるラヴェンナ卿にとって、難しい話かもしれませんがね。

いや……。

民が野蛮だからそうならざるを得なかったのか」


 そもそもお前らだって、トマ即位時の混乱に乗じて反対派を殺しまくっていたろうに……。

 

 この場で俺に殺されることを覚悟しての発言か?

 違うな。

 どうも自分は安全だと楽観視しているようだ。


「救援の話から飛躍しすぎですね。

ただ私を怒らせるためなら、なんでもするようですが……。

話し合いですべて解決出来るなら、この世に争いなんて起こりません。

そんな理想を、私に押しつけないでほしいものですね。

それより……。

私の家臣たちを侮辱するのであれば、容赦などしませんよ。

即刻撤回していただきましょうか。

これは脅しではない。

警告です」


 俺の言葉が終わると、モデストが一歩前にでてきた。

 同時にシメオンが、椅子からずり落ちた。

 いや。

 椅子の脚が、音もなく折れた。

 モデストがやったのか。


「わ……我らは、社会の良識を担う立場ですぞ。

今までの質疑は、社会を代表してのものです。

私は義務を果たしているにすぎません。

それを恫喝するとは、如何なものか。

野蛮極まりない」


 なんとも呆れた弁明だ。

 思わず、ため息が漏れる。

 

「良識を自称するなら、相応の振る舞いが求められるでしょう。

地位にあるからではありませんよ。

地位だけで決まったら、世の中悪徳役人なんていないことになりますからね。

私の良識は、それが通じる人にしか適用されません。

悪用する輩には、相応の手段をとるだけです。

さて……。

ひとつ選択する機会を差し上げよう。

ここで自分の言論を曲げて謝罪するか、自分の言論に殉ずるか。

どちらを選びますか?」


 突然、シメオンのへたり込んでいる床が割けた。

 モデストはかすかに、指を動かしただけだが……。

 床までは映らないだろう。

 なかなか巧妙だな。

 シメオンの顔が青くなった。


「多少行き過ぎたかもしれない表現だけで、そのようなことをするのですか……」


「それを判断するのは私です。

あとで言い訳をして許されるなら、殺人だって許されますよ。

そもそも決めるのはあなたではない。

私です。

今、この場で選んでもらいましょう。


 シメオンは怯えた顔をしながらも躊躇ためらっている。

 モデストがわずかに体を動かすと、突然土下座した。


「こ、この度は……。

ご、誤解を招く表現がありましたことを……。

ここにお詫びいたします」


 こと、ここに及んでそれか。


「それではわかりませんね。

どのような意図で、侮辱をしたのか。

そこをはっきりしてもらわないとね」


 シメオンは土下座したままだが、耳まで、真っ赤になっている。

 だからと哀れむ気はない。


「それは……。

話し合いで物事は解決すべきとの熱意が先走ってしまい……。

げ、激励のつもりで言ったのです。

暴力であらゆる問題を解決していては、理性的な民と思われませんから」


 思わず笑ってしまった。

 部屋は静まりかえっていたが、俺の笑い声で、全員が緊張したようだ。


「ほお~。

つまり激励のつもりで、野蛮と表現したと。

それを侮辱と受け取った私が悪いのですかね?

世間一般では、野蛮は激励であるわけですか。

何時の間に言葉の意味が変わったのやら」


 シメオンは土下座したまま震えている。


「そ、そのような意図は……」


「ひとつ教えてあげましょう。

謝罪の言葉に、『誤解を招くような表現』を入れたら本質が、言い訳になるだけですよ。

まあ自分は悪くないと思っているなら、自然と使う言葉でしょう」


「それは余りに極端なおっしゃりようです」


「いいえ。

樽一杯のワインに、スプーン一杯の汚水を注ぐと、樽一杯の汚水になるだけです。

『誤解を招くような表現』とは、スプーン一杯の汚水ですね。

とても飲めたものではない。

つまり受け入れられないのですよ。

ではなぜ、『誤解を招くような表現』と言ったのか……。

そこを伺いましょうか」


 突然、シメオンはうめき声をあげて崩れ落ちる。

 モデストは首をふった。

 なにもしていないようだ。


 ああ……。

 そういえば、こいつはアルカディア難民だった。

 モデストが唇の端を歪めた。


「これで3人目ですか」


 ストレスに耐えかねて気絶したようだ。

 まあ、こいつは退場だろうな。

 かくして今日のインタビューは、中止となった。


 これで連中は、大きなアクションを起こすだろう。

 そこが叩き潰すタイミングだな。

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