831話 個人の問題 組織の問題
俺のインタビュー日になった。
俺は平気だが、周りは心配顔だ。
モデストが俺の護衛として同行する。
インタビューの場で、直接俺を害することはないだろう。
まだ親衛隊は、減ったままなので、道中の護衛は数名のみ。
会場の入ると、嫌な空気を感じた。
メディアの連中が揃っている。
しかしまぁ……。
なんとも嫌らしい笑みを浮かべている。
これが発生源だな。
友好的だと、気持ちが悪いけど。
その中でもイルデフォンソは憮然とした顔だ。
実に低レベルの茶番になる、と察しているのだろう。
かくしてインタビューが始まる。
最初は、アラン王国のメディアか。
つまりは世界主義。
いかにもインテリのような風貌だ。
「私はアラン王国のギャスパル・ジャカールと申します。
ラヴェンナ卿にお伺いしたい。
昨今他種族への疑惑が強まっております。
それでも彼らへの対応を変えるつもりはないのでしょうか?」
わかりやすい詰問調だ。
そもそも世界主義は人間至上主義だからな。
亜人も人間と平等に扱っているラヴェンナに、我慢がならないのだろう。
やっと糾弾する口実を手に入れたわけだ。
「なぜ変える必要があるのですか?
仮にあの噂が事実として……。
個人の罪ですよ。
それを同種族だという理由のみで排斥せよと?
それならば……。
人間が罪を犯したら、人間すべてを排斥するので?」
ギャスパルが、顔を歪めた。
恐れ入らなかったのが不快だったのか。
もしくは揶揄われたと思ったのだろうな。
おそらく両方だろう。
そもそも……。
こんな馬鹿な話に、丁寧な応対をするほど、俺は聖人君子ではない。
やはり一方的に攻撃出来る地位にいる連中は、煽り耐性が低いな。
連中にとっては攻撃こそ正義だからな。
「人間は数が多いでしょう。
とても現実的とは思えません。
亜人たちが少数だからこそ、状況が落ち着くまで距離を置くのが、彼らのためではありませんか?」
俺はわざとらしく肩をすくめた。
「まったく質問の意図がわかりませんね。
なぜ少数なら、距離を置くのが正解なのですか?」
ギャスパルの顔が紅潮する。
「単純な話です。
数が少ないとは犯人である率も高いでしょう。
民衆が恐怖のあまり、彼らに襲いかかることもあり得ます。
なので距離を置くべきかと」
率なんて言いだしたが……。
馬鹿らしいにも程がある。
検証に耐えて確立した理論ではないだろう。
こいつらの醜悪な部分がでてきたな。
配慮しているように見せかけて煽っている。
これで
「それなら人間にも当てはまるでしょう。
出身地で、それなりに違いがあるのですから。
もしくは職業でもいい。
農民に怪しい者がいれば、農民すべてと距離をおけと。
なぜ亜人のみ適用するのか。
その理屈がわからないですね」
ギャスパルが引き
無理に笑ったか。
なんとか冷静さを保とうと頑張っているようだ。
「人間同士では、見た目に大きな差はないでしょう。
だが魔族やダークエルフは違います。
見た目が違えば自然と警戒するものです」
いよいよ本音がでてきたな。
すべてを、ひとつにするなら、見た目が違う亜人は排斥対象だ。
どんな疑惑を、俺に向けたいか明白だな。
「それをさせないためのメディアではないのですか?
噂に踊らされやすい民衆に、正しい情報を提示する。
ところが今はどうか。
まるで危機を煽っているようにしか思えませんね。
そもそも不確かな情報が出回る度に過剰反応するのは、おかしな話です。
個人なら、そんな人はそそっかしいと言われるでしょう。
それを私にさせたいわけですか」
ギャスパルが嫌らしい笑みを浮かべる。
「ただの些細な噂ではありません。
大きな危険に関わる情報です。
そもそも疑わしき集団を、ラヴェンナ卿は受け入れていますね。
もしやシケリア王国で起こっている変事に、関わりがあるのではありませんか?」
噂を情報にすり替えたか。
それにしてもただの願望だな。
思わず苦笑してしまう。
ギャスパルの希望する反応ではないがな。
「つまり私が、黒幕であると告発するのですか?」
ギャスパルは大袈裟に手をふった。
俺の反応は想定内だろう。
「そこまで言っていません。
これは、いらぬ誤解を招く行為ではありませんか。
賢者は、難を避けるものです。
ラヴェンナ卿は賢者として高名でありましょう。
その賢者が、敢えて難を避けない。
これは疑いたくなくても、疑惑が深まるばかりです」
いやいや。
疑いたくて仕方ないからだろう。
いらぬ誤解をしたがる奴らに配慮すべき優先度は低い。
俺にとっては、限りなくな。
「ほう……。
疑惑が深まるねぇ。
それは告発と、大差ありません。
聞き捨てならないですよ。
まずは私が関わっていることを証明していただきましょうか」
ギャスパルは急に狼狽しだす。
反撃を想定していないのか?
俺が今まで、どんな言動をしているか……。
知っていれば、絶対反撃すると予想出来るだろう。
特権意識が招く鈍感さか。
実に救い難い。
救う気もないけど。
「なぜそうなるのですか!?
ただ疑問を呈しただけです」
逃げるつもりか。
そんな逃げ得は許されない。
自分が手袋を投げつけた状態だ、と理解していないようだな。
「疑いをかけておいて、無関係を装うのは認められません。
そして立証責任を果たさずに逃げるのであれば……。
それはただの
ひいては私の評判を落としたいのでしょうかね。
そうするのは結構ですが……。
その覚悟は出来ているのでしょうね」
隣に控えていたモデストが、一歩前にでる。
穏やかにほほ笑んでいるが、その気になれば、瞬時にやるだろう。
モデストの戦闘能力は知らないが、カルメンとライサが、太鼓判を押していたからな。
正面きっての戦いでは、チャールズやヤンに及ばない。
だが……なんでもありなら負けないと。
むしろ強いだろうと。
そうでもないと、生き残れないか。
本能的に、危機を察したのか、ギャスパルは、唾を飲み込んだ。
「げ、言論の自由に対する侵害ですぞ!」
お前ねぇ。
それを声高に叫んだのが、誰か覚えているのだろうか。
「その自由は、貴方たちだけが享受出来る自由ですね。
主語を除いて、
その『言論の自由』を言いだしたのは偽使徒です。
つまり誰も守る必要はない。
そもそも……。
貴方たちは絶対に安全だ。
誰がそう決めたのですか?
普遍の真理などではありません」
ギャスパルの顔が青くなった。
足が生まれたての子鹿のように震えはじめた。
なかなかに滑稽だ。
それにしても……。
逃げ出さないのは、大したものだよ。
逃げたら、社会的に死ぬから逃げられないのだろうが。
「わ、我々を脅すのですか?
そのような横暴な態度をとられては、報道が萎縮してしまいます。
それでは我らの使命が果たせないではありませんか」
傍若無人に振る舞う奴ほど、相手の善意を要求する。
そうでなくては、傍若無人に振る舞えないからだが。
そんな連中を介護する義務はない。
「別にジャカール殿がいなくなっても問題ないでしょう。
代わりなどいくらでもいるのですから。
そもそも……。
使命のためなら、なにをしてもいい世界を望むなら、貴方たちが世界を支配すべきですね。
出来る出来ないは知りませんが。
そもそも他者に統治させて、責任は負わない。
自分たちは、特別な位置から、好き勝手に振る舞う。
そんな存在なら不要ですよ」
「そ、それは曲解です。
そのような意図で申し上げたわけではありません。
喧嘩腰では、実りあるインタビューなど出来ないでしょう。
このインタビューの趣旨をお忘れか!」
悪用する連中のために、俺が我慢して殴られ続ける義理はない。
そもそも俺個人で済む話じゃないのだ。
それにしても曲解ねぇ。
こいつらの常套手段だな。
都合が悪くなると間違って解釈した方が、悪いときたもんだ。
「ではどのような意図なので?」
ギャスパルは上目遣いで、愛想笑いを浮かべる。
「我々は、ラヴェンナ卿のことを案じて確認しただけのこと。
その真心をお察し頂けないとは。
なんとも嘆かわしい。
ラヴェンナ卿は大貴族なのです。
もう少し理性的な対応を願いたいものですな」
思わず苦笑が漏れた。
俺の非を鳴らして、どっちもどっちにしたいわけだ。
そうすれば、俺への疑惑だけが残る。
そんな作戦だな。
「あれは誰が聞いても告発ですよ。
そもそも言葉を仕事とする人に商売道具を扱う技量がないとは……。
これは多くの人に、影響を及ぼす仕事です。
より慎重な扱いが必要だと自覚していますか?
もし保身のための言い訳なら、あまりに不誠実です。
本意と異なる発言だったなら、あまりに無能。
どちらにしても、不適格と言わざるを得ませんね。
貴方たちの中で、誰も疑問を持つ人がいないのですか?」
ギャスパルが怒りのあまり震えだした。
人を怒らせるのは得意だが、自分がされると我慢出来ないらしい。
喜怒哀楽がですぎだよ。
「不誠実だの無能だの……。
あまりに侮辱的な表現ではありませんか。
ラヴェンナ卿が過剰に反応されているだけです。
その証拠に、世間から指摘されたことはありません!」
それは無視するか握りつぶしたからだろう。
耳を塞いで静寂だ、と言い張られてもなぁ……。
「主観を証拠にされても無意味ですよ。
ジャカール殿のみ無能なら、個人の問題です。
それが指摘されないとは、組織の問題でしょう。
つまり丸ごと入れ替えないとダメなようですね」
ギャスパルの顔が赤くなる。
そこにシケリア王国のインタビュアーが、前にでてきた。
「お待ちを。
ここは言い争う場ではありません。
失礼。
私は大アルカディア……。
いえ、シケリア王国の代表で、シメオン・ラヴォーと申します。
ラヴェンナ卿は、この手の質問を、告発と
それはラヴェンナ卿の感想にすぎないのでは?
個人の感想を元に、権力で恫喝するのは軽率の極みでしょう」
アルカディアの連中は、やたらと大とかつけたがるんだよな。
つけたところで、中身が伴わないけど。
その場の感情がすべてだから、そんなことを言っても無意味だな。
それにしても……。
つまらない封殺の仕方だな。
相手が理性的な対応に固執するなら、ある程度は有効だ。
それに付き合う必要などない。
「そもそも……。
その言葉自体が、貴方の感想なのでは?」
シメオンの顔が、瞬時に真っ赤になった。
今にも飛びかからんばかりに震えている。
モデストの目がやや鋭くなったようだ。
動いた瞬間やりそうだな。
ところが突然手を叩く音がした。
イルデフォンソだ。
「どうもインタビューとは言い難い状態だ。
いたずらにラヴェンナ卿を煽るようでは中断せざるを得ない。
ここはラヴェンナ卿の忍耐を試す場ではないのだぞ。
まあ、返り討ちで試されてしまっているがね。
どうも諸君らの忍耐力は、貧民の財布より小さいようだが。
先ほどまでの言動は、世界に
私まで同類だ……と思われては敵わないからね」
ギャスパルが軽く頭を下げた。
どうやらシメオンが怒り狂ったことで、冷静さを取り戻したらしい。
「これは失礼。
ともあれラヴェンナ卿は現時点で、疑念のある種族のことは、気にしない。
そう
種族の疑惑を既成事実化しようとしているな。
それに付き合う気はない。
「その疑念とやらは、どこから来たのですかね。
検討にすら値しない。
それに罪は個人であって、同じ種族までは及びません。
そもそもその程度で対応していたら……。
貴方たちは、とっくにその地位を失っていますよ。
私を失脚させようとする疑惑があるとね。
となれば、私がどのような行動をとるか……。
言わずともわかりますね。
そもそも自分たちは特別だ、と思わないことです」
ギャスパルの顔が赤から青に変化する。
実に面白いな。
イルデフォンソが手を叩く。
「では次の質問に移っていただこうか。
時間は有限なのだからね」
しかし……。
これを見たミルたちが怒り狂っていないか。
そっちが心配だな。
暴走されると困るからな。
強めに叩いておくか……。
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