830話 事後処置

 サロモン殿下へのインタビューが始まった。

 屋敷からも見えるので、高みの見物と洒落込む。

 窓を開ければ、声もハッキリ届くからな。


 イルデフォンソから、インタビュー内容で、指示はないかと聞かれた。

 好きなようにやってくれ、と伝えてある。

 厳しい質問をすると、俺への嫌がらせが加速することを懸念したからだろう。

 だがそれは却って危険だ。それに嫌がらせは変わらないのだ。

 どうせ結果が変わらないからな。

 それなら思い切りやってくれた方がいいだろう。


 アラン王国のメディアは、サロモン殿下の答えやすい質問ばかり。

 人類連合の意義を強調する内容だ。


 シケリア王国のメディアは、アルカディアへの待遇改善を求めている。

 優遇されて当然と思いこむ特性が、モロに出ていた。

 サロモン殿下の回答は曖昧だが、改善を約束してしまう。

 隔離した意味を忘れたのか。

 各地で迷惑をまき散らすぞ。

 もう知らんけど。

 そしてイルデフォンソの番になった。

 

「殿下。

人類が結束する件について、誰しも異存はありません。

ただひとつ。

先のランゴバルド王国からの援軍。

援軍に向かったが、到着が遅く……罵声を浴びて追い返されたでしょう。

この問題は、棚上げになったままではありませんか?

これを解決しなくては、結束などままなりません。

殿下は如何お考えでしょうか?」


 サロモン殿下の表情が曇る。


「不幸な行き違いがあったことはたしかだ。

そこは胸襟を開いて、ラヴェンナ卿と話し合おうと思っている。

そこでなんとか、妥協点を探るつもりだ。

魔物の脅威が迫っている以上、人間同士で言い争う暇などないだろう」


「そもそも到着が遅れることは、援軍派遣の段階で、ラヴェンナ卿が明言されていたでしょう。

これはアラン王国内の意思伝達の問題ではありませんか?」


 なかなか突っ込むなぁ。

 当然ではあるが。

 

 サロモン殿下が眉をひそめる。

 他のメディアから、ヤジが飛んだ。


『そんな細かなことを言い争っている場合じゃないだろう!』


『早くたどり着けば問題なかったのだ!

被害者面をするな!!』


 イルデフォンソはフンと鼻で笑った。


「諸君らが聞かないから、私が聞いたのだ。

そもそも早くたどり着くためには、安全の確保が必要だろう。

そのためにはなにかしたのかね?」


『救援に安全の確保など非常識だ!

今は互いに助け合うべきだろう』


 イルデフォンソが優雅に、肩をすくめる。

 このあたりは、さすが貴族出身だな。


「現地に向かうまでの安全を確保出来なくては、救援の意味がないだろう。

話をすり替えるな。

それに助け合いを強要する者は、ひとつの例外なく、自分から助けることはない。

ただ他人に求め続けるだけだ。

くだらない戯言で、質問を遮るのは止めてもらおうか」


 ヤジを飛ばしていた連中が、顔を赤くして立ち上がる。

 ソロモン殿下は、さすがにマズイと思ったのか、首をふった。


「やめたまえ。

たしか取材陣同士での議論は禁止したはずだ。

今はランゴバルド王国側の質問の番であろう。

諸君らはルールを守るべきだ。

そうでなくては、発言の説得力を失うぞ。

さて……質問された内容については、真摯しんしに受け止めて対応する。

相手があることなので、今はこれしか言えない」


 結局、ゼロ回答のままか。

 わかってはいたが。

 

 隣で聞いていたプリュタニスが、小さなため息をつく。


「なんとも実りのない話ばかりでしたね。

成果は他所のメディアが、ルールを守らない連中だと思わせたくらいですか」


 もともと、実りのある話など期待していない。


「それで十分ですよ。

決定的ではありませんが……。

有効打ですからね」


                  ◆◇◆◇◆


 翌日は、マウリツィオが訪ねてきており、今後の方針のすり合わせを行っている。

 ピエロ・ポンピドゥの愚行を、イルデフォンソが広めたおかげで、冒険者たちがブチ切れているらしい。

 当然だな。

 そこで新ギルドに、移籍を希望する冒険者が増えてきたので、その対応だ。


 俺の役目は、必要な根回し。

 冒険者が増えるとは、仕事を増やさなくてはいけない。

 つまりは、各地に支部を作ることになる。

 旧ギルドの支部がある領主は、当然いい顔をしない。

 なので空いている場所を狙って、支部を設立するのだが……。

 領主同士の人間関係があるからな。

 そのあたりで、アドバイスをすることになる。

 直近の方針を相談し終えたところで、屋敷の外から鐘の音がなった。

 インタビューの時間になると、鐘の音が鳴り響く。


 なので会談を中断する。

 クレシダへのインタビューは見ておかないといけないからな。

 ホールに戻って見物することになった。

 高みの見物とはいかない。

 ただ都合のいい話をするクレシダじゃないからな。


 かくしてインタビューが始まった。

 アラン王国とランゴバルド王国の諍いには、胸を痛めており、両者の間を取り持つと。

 アラン王国のメディアは、偏狭な俺を説得出来る見込みがあるのかとの質問。

 隙あらば、俺を攻撃してくるな。


 クレシダの回答は、可能なかぎりの努力を惜しまないと。

 いざとなれば、王家の力も借りる意向らしい。


 問題はシケリア王家が承諾するかだ。

 難しいところだろうな。

 だが民衆は、そのあたりの機微はわからない。

 だからこその宣言だろう。


 シケリア王国のメディアは、この通信装置を設置する予定の確認だった。

 今は大きな町への設置が終わり、これから村への設置を進めるらしい。


 これを止める口実を俺は持ち合わせていない。

 魔族の異変は、まだ報告がないのだ。

 なにもないのか軽微なので報告がないのか……。

 現状ではわからない。


 この装置が切っ掛けだと思うが……。

 距離の関係があるのかもしれない。

 ここに、魔族はいないからな。

 危険なので、優先的に調査を進めてもらっている。


 この装置は、ラヴェンナにも持ち込まれているが、異変は発生していない。

 クリームヒルトがラヴェンナに到着して、放送を見たそうだが問題なかったようだ。

 異変がないものを持ち込んだのか、ラヴェンナの力なのか……わからないな。


 最後に、イルデフォンソの質問になった。


「魔物の侵攻が激しくなっています。

シケリア王国では、村の住人がすべて姿を消すとの噂を耳にしました。

これはデマなのでしょうか?」


 やはりそこを質問したか。

 だがクレシダなら予測しているはずだ。

 つまりは罠だと思ってすらいる。

 それでも俺は止めなかった。


「その噂があることは、耳に入っています。

いたずらに不安に陥れるのは本位ではありません。

まだ噂の真偽を、慎重に見定めているところですよ」


 イルデフォンソの目が鋭くなった。


「実際に村から、人が消えたと証言する者がいます。

それはご存じですか?」


 マンリオからの情報は流してあるからな。

 それにアントニスやゼウクシスにも問い合わせている。

 クレシダもそれには、気が付いているだろう。

 それでもやや、眉をひそめる。

 罠を張ったか。


「知っていますよ」


 こうなっては罠でも突き進むしかない。

 そもそもイルデフォンソは罠だと思っていないだろう。


「ではなぜ、沈黙を選ばれたのですか?

黙っている情報ではないと思いますが」


 クレシダは、小さくため息をついた。

 いかにも渋々といったところだが……。

 内心ほくそ笑んでいるだろうな。


「怪しげな集団を見かけたとの情報は入ってきています。

ただ真偽を確認してからでないと、大変なことになるでしょう」


「なぜそこまで慎重なのですか?

当然大きな事情がおありかと思いますが」


「まあ……。

怪しげな集団が問題ですわ」


 イルデフォンソは怪訝な顔をする。


「一体どのような?」


 クレシダは、少し躊躇ためらったような様子を見せる。

 すぐ小さなため息をついた。


「魔族の集団だったとも。

ダークエルフの集団だったとか……。

情報が錯綜さくそうしていますの。

この段階で、それを公表すると、どうなりますか?

あら失言。

今までのことは忘れてくださいな。

慎重に怪しげな集団とはなにか……。

調べているところです」


 つまり、集団失踪の疑惑は、俺に向くわけだ。

 ダークエルフの一団を受け入れたことや、クリームヒルトが俺の側室であることは、周知の事実だ。

 俺が、手を回したと吹き込みやすい。


 だがイルデフォンソを押しとどめなかったのは、現時点でクレシダの罠を発動させた方がいいからだ。


 クレシダが自分で発動させるときは、最悪のタイミングだろう。

 それでは事後処置が難しい。

 パニックが広まりきったあとでは、もう止めようがないからな。

 扇動された側も振り上げた拳は下ろせない。

 一度、魔族やダークエルフに、石を投げたら?

 間違いだったと謝るか?

 人は、そんな立派な生き物じゃない。

 自分を守るために、アホな理屈にでも飛びつくだろう。

 もしくは知らんぷりかだ。

 でも石を投げられた側は、決して忘れない。


 実に面倒な話だよ。


 可能なら避けたいが……。

 俺が黙っていたら、クレシダの思うつぼだ。 

 知っていて問わないなら、俺が黒幕だと疑いやすい。

 だからあえて、イルデフォンソを押しとどめなかっただけだ。


 マウリツィオが渋面を作った。


「このような話が広まると、ギルドも動揺しますなぁ。

数は少ないですが、魔族やダークエルフも在籍しておりますから」


 在籍者が不安になるだろうな。

 もしくは魔族やダークエルフがいるパーティーには、依頼をしない。

 なんてこともありえるわけだ。


「どうするつもりですか?」


「本人に非がない以上、排斥する理由にはなりません。

ましてや種族でくくるなど。

冒険者あっての冒険者ギルドですからな」


 それなら問題はない。

 そこがブレてしまっては、後見している意味がないからな。

 ただピエロは、どうするか。

 事なかれ主義だから、安易に迎合するだろうな。

 強く強制されないかぎり、自分の嫌なことはしない男だ。


 騒動が落ち着くまでとか、適当な理由をつけて仕事を回さないだろう。

 表向きは冒険者を守る口ぶりでな。

 ポンピドゥ一族にとって、冒険者たちは、帳簿の数値を生み出す要素でしかない。

 そう思うのは勝手だが、冒険者はそれで納得するか。

 独占していたら、泣き寝入りだろうが……。

 今は違う。

 だからこそ俺は、旧ギルドにとって、不俱戴天ふぐたいてんの敵なのだが。

 独占による自由な行動を阻害しているわけだから。


「旧ギルドは多分違うでしょうね。

追われて、こちらに駆け込んでくる人たちがいるかもしれません」


「ならば受け入れるだけです」


 そうするだろう。

 だが注意喚起だけはしておきたい。

 どこまで、クレシダの手が伸びているかわからない。

 もしくは旧ギルドの甘言に乗る冒険者が現れても、なんら不思議ではないからな。


「それは結構ですが……。

もしかしたら、工作員が混じっているかもしれません。

なにか問題を起こせばいいだけですからね」


 マウリツィオは、厳しい顔で腕組みをした。


「ふぅむ。

事前に見抜けるものでしょうかなぁ」


「難しいでしょうね。

なので問題が起こることは不可避だと思います」


 マウリツィオは、ニヤリと笑った。


「ならば覚悟が問われるわけですか。

それなら問題ありません。

規則を守らせる以上、守っている者は、ギルドが守らねばいけませんから」


 そうなるとあとは俺が、日和ひよらなければいいだけだな。

 それに新ギルドの優位性を示すことが出来る。

 冒険者なくして、ギルドは成り立たない。

 

 旧ギルドにとっては、衰退の決定打になるかもしれないな。


「愚問だったようですね」


 マウリツィオはやや厳しい顔になる。


「小生のことより、ラヴェンナ卿の立場が心配ですぞ。

それこそ非難囂々ごうごうになるでしょう。

お立場が悪くなるのでは?」


 悪くなろうが、どうなろうが、どうしても曲げられないことはある。

 これは、俺の性分だからな。


「面倒になったら矢面に立つのが役目ですからね。

そこから逃げては、領主など務まりません。

だから是非などありませんよ」


 マウリツィオはニヤリと笑った。


「これは愚問のようでしたな。

さすがはラヴェンナ卿。

目先の保身には、まったく興味がないようで。

ピエロの小童とはまったく逆ですよ」


 保身に走る人の気持ちはわかるが、俺はそこまで保身に興味がない。

 それだけだよ。

 たしかに目の前の厄介事は避けるに越したことはない。

 だが……保身で逃げた後悔の方が怖いからな。

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