829話 不穏な提案

 イルデフォンソの娯楽だが、日に日に小道具のグレードが上がっている。

 チャッカリしているなと笑いだしてしまった。


 ホールにいた全員が、怪訝な顔をする。

 そして不機嫌になって、俺に食って掛かるのは……。


「お兄さま。

またひとりで理解していますわね。

白状してください」


 キアラだよなぁ。

 

「簡単ですよ。

芝居や演奏で使っている小道具です。

アッビアーティ商会やフロケ商会で取り扱っている商品ばかりですよね。

宣伝ですよ。

それも無言のね」


「あ~。

たしかに装飾品とか化粧品が、たまに映りますわね」


 ただの小道具で、意図がないように見えるが、あれは計算づくだろう。

 それも、毎回改善を重ねている。

 イルデフォンソは天才なのだろうな。

 恐れ入るよ。


「それなりに値の張る品です。

上流階級のご婦人方にとって、新しい商品を知るのは、口コミか売り込みだけでした。

それを演劇などで知ったとしたら?

しかもさり気なく見せられるのです」


 キアラも、潤沢な資金の出処がわかったようだ。


「絶対に気が付きますわね。

お洒落に鈍感な女性は、上流階級では相手にされませんもの。

問い合わせが殺到しますわ。

しかもほぼ確実に売れます。

つまり売り上げに貢献するから、資金援助をしてくれですか……。

抜け目がないですわね」


 先駆者ならではの強みを、存分に生かしているな。

 平民には娯楽を提供して、注目を集める。

 金をもっている上流階級には、購買意欲をくすぐるわけだ。

 仮に平民の目につくところで、同じものを見せびらかせば?

 絶対に注目される。


 普通の装飾品だと、平民はただ高いものとしか理解出来ない。

 それが理解出来るものだとしたら?

 より注目を集める。

 しかも好感をもたれる役と同じものを身につければ、自然と好感を得られるだろう。

 本人がよほど嫌われていれば、マイナスになるが……。

 そもそも接点がない平民から嫌われることは少ない。

 虚栄心をとても刺激するだろう。


 ただ大衆操作を行うだけでなく、金を引っ張ってくる。

 この手腕は、傑出したものだ。

 貴族階級出身だけに、どんなものが好まれるかよく知っている。

 本当に高価でなくても目立つか……。

 高価だと皆が思い込むものであればいい。


「そもそも従来の売り込みは、本質的に合理的です。

自分の商品の強みを知っていて、買い手の望みも熟知している。

当然完全な客観性はありませんが、それで売り込むなら、合理的な売り込み方をするでしょう?」


 キアラは納得した顔でうなずく。

 取り次ぎ役なので、売り込みをかけられることも多いからな。


「そうですわね」


「セッテンブリーニ卿のやり方は、これとは真逆です。

あらゆる手段で、商品を印象付けようとする。

そのあとで、知的に説明します。

それもさり気なくね」


 キアラは妙に感心した顔でうなずいた。


「たしかに……。

これがいいとは、一言も口にしていませんわ」


「この手法の怖いところは、暗示に似ていることです。

無意識に刷り込んでくる。

漫然と見ていては、容易に術中にはまるでしょう。

見る者の批判力を麻痺させるか、恐怖に訴えていますから」


 アーデルヘイトが驚いた顔になる。


「たしかにあの首飾りはいいなぁ……と思うときがあります。

あ! 別に、旦那様に買ってほしいとかじゃありません。

なんとなくいいな……って思っただけですよ。

それと恐怖ってなんですか?」


 アーデルヘイトは、自分で買えるだけの給料は貰っているが……。

 俺からのプレゼントは、とても喜ぶ。


 だからとそう簡単にプレゼント出来ない。

 ミルたち全員に渡す必要がある。

 この手の配慮は絶対にかかせない。

 

 アーデルヘイトもそれは知っている。

 つい願望が漏れたのだろう。


 落ち着いたらなにかプレゼントしたほうがいいな。

 日頃から協力してくれているのだ。

 それが当然だと思ってはいないからな。


「これも簡単です。

流行に乗り遅れるかも、という恐怖心。

そして体臭や口臭を気にする描写で、女性の恐怖心を煽っているでしょう?」


 アーデルヘイトの頰が引きつった。


「あ……。

臭いのことでイジメられる女性の話がありましたね。

イジメる役の人は、香水の話をしませんけど……。

イジメられる女性を助ける人が、香水を差しだしていました。

銘柄なんかは触れませんでしたけど、特徴のある瓶でしたね」


「商品にいいイメージをもたせるなら、観衆に好かれる人にもたせないとダメですからね。

ほかの手法としては、あるものを買うことで、生涯が突然変化するような空想を刺激する。

そんなのもあったでしょう?」


 カルメンが唇の端を歪める。


「たしかに……。

苦境にある少女が決意するシーンありました。

新しい髪飾りをつけて、生まれ変わるんだって、自分に言い聞かせていましたね。

私は髪飾りをつけたくらいで、人生が変わったら苦労なんてしない、と思いましたよ。

でも……純粋な人や、なにかきっかけが欲しい人には、いい暗示になるんですね。

勉強になります。

人の心を自由に操れる魔王の視点ですね。

それをいい方向に使うと、凄腕の悩み相談相手になると」


 自由にってねぇ。


「白を黒になんて出来ませんよ。

私が出来るのは、本人がそう思いたがっていないと不可能ですからね。

セッテンブリーニ卿は、映像の力で抵抗しない人を、一気に押し流す手法です。

演出は変えていますが、基本的に誘導したい方向への暗示を繰り返していますよ。

私とは手法が違います」


「でもすぐに理解しているあたりは、さすが魔王ですよ」


 キアラは、なぜかフンスと胸を張った。


「それは私のお兄さまですもの。

そこらの人と一緒にしてもらったら困りますわ」


 俺はそこらの人だよ。

 なんだろう。

 最近人外扱いが加速しているような……。

 あだ名が増えなくなったと思ったらこれだ。

 話題を変えないと危険すぎる。


「一見すると……。

セッテンブリーニ卿のやっていることは、個人にへつらっているでしょう。

受け取り手が、重要な人物であるかのように装っています。

これは批判力を鈍らせて、個人的な判断を奪う手法ですよ」


 キアラは一瞬で真顔に戻った。


「お兄さまは危険なものだと思っているのですね。

それで口をださないのは……。

味方だからですの?」


 味方だからではないな。

 そもそも永続的な味方とは思っていない。

 なにかあれば敵対するだろう。


「それもありますが……。

遅かれ早かれ、誰かが思いつきます。

だから味方であるうちに、その手法に慣れておいて、どう対応するか考える。

比較的にも時間的余裕があるからですよ。

これは閣議で考えてもらうつもりです。

そう簡単に、答えは出ないでしょう。

抜け道を探されて、それを埋める。

それを繰り返したとしてもね」


「考えると頭の痛い話ですわね。

簡単に出来ないのが、せめてもの救いですけど。

でもアレンスキーさんあたりが、対抗意識を燃やして実用化しかねませんわ。

早めに考えたほうがいいですわね」


 オニーシム個人だけでない。

 様々な専門家が、知恵を持ち寄るのがラヴェンナ式だ。

 そう遠くない将来に実現すると思っている。


「これから多くの人たちが、真似をしますよ。

怖がってばかりもいられません」


 キアラは苦笑して、小さく肩をすくめた。


「そうですわね。

でもあの中でエルフ殺しが出てきたのは、ちょっと面白かったです」


 カルメンが意味ありげな笑みを浮かべる。


「そうね。

あれはちゃんと扱わないと、死人が出るわよ」


 あれは余計だったよ。

 またバルダッサーレ兄さんから、恨みの手紙が来そうだ。


「まあ、フロケ商会が欲しがったら……。

ちゃんと注意事項を伝えないといけませんね」


                  ◆◇◆◇◆


 クレシダから不穏な提案があった。

 各国の代表が、個別にメディアのインタビューを受けるというものだ。

 人類連合の意義について、質疑応答を受ける。

 

 表向きは民衆に、意義を周知するものだ。

 実態は俺への嫌がらせだろう。


 その話を持ってきたのはイルデフォンソだ。

 渋い顔をしている。


「露骨にラヴェンナ卿を擁護すると、敵に付け入る隙を与えてしまいますね。

とはいえ手をこまねいていては……」


 目下連中の目標は、俺を怒らせて狭量さをアピールさせることだろう。

 それ以外に、崩しようがないからな。

 論理で攻めきれないことは、今までからも明白だ。

 それに挑発なんて、連中にとって最も得意なジャンルだろう。

 それしか特技がないともいうが。


 怒らせれば勝ち。

 怒ることで、民衆には傲慢ごうまんな人物と思われる。

 悪印象さえ刷り込めば完璧だ。

 そうすれば俺の話はすべて悪意をもって曲解される。

 実に厄介な話だよ。


「私を挑発するような質問ばかりを繰り返すでしょうね」


 イルデフォンソは大きなため息をついた。


「ラヴェンナ卿はとても辛抱強いお方ですが……。

立場上、怒って見せなければいけないケースもあるでしょう。

幸い流れる映像に、手を加えられないのだけは救いですよ」


 そこだけは救いだな。

 それを自由にさせると、なんとでも出来る。

 そうなると法規制待ったなしだが……。

 他領から発信されると、規制は及ばない。

 難問山積だ。


「自由に切り貼り出来たら、印象操作をやりたい放題でしょうね。

だからと楽観視出来ませんが……。

とはいえ断る口実も弱い」


「まだ連中の信用を落とすところまで、状況は進んでいません。

まだある程度の信用がありますからねぇ。

行き過ぎた話であれば、我々も介入出来ますが……。

奴らの非礼な挑発をあしらえますか?

難しければ……。

体調不良で欠席などの手段になると思いますが」


 現時点で逃げるのは得策ではない。

 喜々として、俺が逃げたと吹聴するだろう。


「いえ。

そのカードを切る必要はありません。

彼らもある程度は抑制せざるを得ないでしょう。

まだ余裕がありますからね」


 離脱を示唆している以上、クレシダから、かなり釘を刺されているはずだ。

 それでも暴走する可能性はあるが……。

 そのとき、クレシダがどう対応するのやら。

 もし粛清したとして、俺のせいにされては厄介だ。

 これも考えものだなぁ。


 イルデフォンソは芝居がかった仕草で、天を仰ぐ。


「無知蒙昧もうまいで愚劣な連中が、聡明そうめいなラヴェンナ卿をいびるなど……。

とてもいい見せ物ではありません。

ですがお受けになるのであれば、是非もなし。

可能な限り礼節を保つように、手を回しましょう」


 それが限度だろうな。

 あとは俺が、どう対応するかが問題だな。


「それで結構ですよ。

そのインタビューは、いつの予定ですか?」


「1週間後に。

3名ですので、3日にわけて行われる予定です。

おおよそインタビューは1時間程度で。

まずアラン王国。

シケリア王国。

最後がランゴバルド王国となります」



 実にわかりやすい。

 ボロが出やすいサロモン殿下を、最初にしたな。

 曖昧な話で終わらせて、翌日クレシダがそれを補足する。

 最後に、俺を締め上げる腹だな。


「なるほど。

わかりました。

心しておきましょう」


 イルデフォンソの表情が厳しくなった。


「老婆心ながらご忠告をば。

連中は、たしかに愚かですが……。

人を陥れることに関してはプロです。

むしろそれのみに特化していると申し上げてよろしいかと。

軽蔑に値しますが、軽視するのは危険です。

くれぐれも油断なさらぬように」


 まさにそのとおりだな。

 忠告は、ありがたく受け取っておこう。


「忠告に感謝します」


 イルデフォンソは満足げにうなずいた。


「ところで如何でしょうか?

私の働きぶりは」


「ただただ見事の一言です。

セッテンブリーニ卿の仕事に、注文をつけるなど……。

愚行の極みですよ」


「これは幸甚の至り。

ですがまだ序の口です。

こからの働きも、きっとご満足いただけるかと。

私は愚者共と違いますからね。

愚者共は無知な民を啓発する、と息巻いております。

馬鹿げた話ですよ。

民にとって日々の暮らしは、なにより重要ですからね。

それ以外の政治などに本来は関わりたくないでしょう。

その点で、民衆は支配されることを望みます。

ただ上品に支配されたい。

それを知らないのです。

あからさまな押し付けでは……。

人が本来もっている反骨心を呼び覚ますだけですからね」


 悲しいことに否定する材料はない。

 だが俺の立場上肯定は難しい。


 常々自分で考えろと言っているからな。

 俺に出来ることは選択肢を用意するだけだ。

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