828話 危険な代物

 メディアの活動が解禁された。

 ややこちらは出遅れているが、イルデフォンソは慌てなかった。

 相手側のメディアは、朝から昼過ぎにかけて、好き勝手な内容を広める。

 

 その内容を連日聞いていたアーデルヘイトが憤慨する。


「あれはなんですか!

利己心を捨てて、世界のために献身せよって……。

自分たちはただ押し付けているだけじゃないですか」


 なにせ連中の横暴な振る舞いは、逐一報告されているからな。

 アーデルヘイトの憤慨も当然だろう。


「正しいことを押し付けるのは、気持ちがいいですからね。

他人にだけ善行を勧めるなんて、病みつきになるでしょう。

それと使徒の肝いりで創設されましたが、その使徒が偽認定されてしまった。

自分たちの存在意義をつくろうと、必死に活動している努力の結晶ですよ」


 アーデルヘイトは頰をふくらませる。


「あの人たちの行動を知っていると、腹が立ちますよ。

いい暮らしをしているのに、助け合いが大事とか……。

人に寄付をさせても、自分は何もださない。

それどころか、寄付をピンハネとか……。

道徳を説く癖に、自分たちは好き勝手ですよ!

旦那さまの爪の垢を口にねじ込んでやりたいくらいです!!」


 相手が同じ常識人なら、腹が立つだろう。

 ところがそうじゃないのだよ……。


「そもそもの話ですが……。

あの手の業種は、マトモな精神の人は生きていきませんよ。

心を病みますからね。

エリート意識をもった寄生虫が、どんどん濃縮される世界です。

アーデルヘイトは絶対に向かないですよ」


 アーデルヘイトが驚いた顔で、口に手を当てる。


「そうなんですか?」


 関わる者すべてがそうではないが……。

 汚れた水に白い布を浸せば、たちまち汚れてしまうだろう。


「個人なら、善意と情熱のまま活動できるでしょう。

身を守るものは、自分への信頼しかないですから。

ところが組織となれば違います。

組織の存続が、行動規範となる。

組織だけに、その維持には金がかかる。

つまり売れる話題を提供するのです。

なければ捏造ねつぞうしてでも作り出す。

どれだけ刺激的な話題を提供できるか。

それが鍵となりますからね」


 アーデルヘイトが小さくため息をついた。


「たしかにどんどん、過激になっていますね。

誇張や噓も辞さないって感じです」


 これは当然の流れだろう。

 仕組み上、そうなるのだから。


「他人に迷惑をかけずに、地味な話題を提供する。

彼らの世界では悪とされます。

迷惑をかけても、過激な話題を提供せよ。

それが彼らにとっての道徳であり倫理ですよ。

だから迷惑をかけて当然だ、と思っているでしょう。

ただやりすぎて反撃されると困る。

その点、反撃してこない故人や社会的弱者は、彼らの格好の餌食です」


「すごい世界ですね……」


「なにせ彼らの売り物は、一般人が扱うと危険な代物です。

人が理性や社会性などで押さえつけているものですから。

個人でやったら排除されますよ。

それを提供してくれる。

だから皆が飛びつくのです。

あとは本能に突き動かされて、感情に支配されるだけですよ。

ある種の麻薬を売りつける売人と同じです。

いくら大衆が、それを求めていると言っても……。

薬物中毒者に薬物を売りつけるのと一緒です。

そんな商人がマトモなはずはないでしょう」


 アーデルヘイトが額に、手を当てる。


「なんだか頭が痛くなってきました」


「人々は理性や良識で、本能を押さえつけているのです。

その本能は出口を求めて、いつも暴れていますよ。

これはなんらかの形で昇華しないと、心を病んでしまいます。

趣味なんかがそうですね。

その出口を昇華ではなく、ストレートに発散するように仕向ける。

最も効率のいい発散方法ですよ」


「だから皆話を聞いてしまうのですね」


「それは仕方ないことです。

ただ薬物と一緒で、どんどん効果の強いものを求めてしまう。

だからより強い怒りや妬み、好奇心とか正義感を満足させる方向に偏るのは当然でしょう。

商売で売れるものを考えるのと一緒ですよ。

だから私はメディアの仲間入りをするくらいなら、泥棒になったほうがマシだと思っています。

そんな薬物の売人になりたくありませんからね」


 アーデルヘイトの頰が引きつった。

 つい毒を吐きすぎたか。


「この手の話題になると、旦那さまはよく毒を吐きますね。

とても嫌いなんだろうなぁって。

ただ……極端な気がします。

たまには役に立つことだってありますよね?」


 どうもこの手の話題になると、毒があふれでてしまう。


「たまに役に立つときだけは、普通の職業とかわりません。

それ以外では泥棒未満ですよ。

責任を取らず、横暴に振る舞って、他人を扇動する。

害悪以外のなにものでもないでしょう。

彼らが高い社会的地位をもって、好き勝手に出来るようなら……。

その社会は、どうしようもないほど、腐敗が深刻だってことです。

醜く臭いものを売りつけている連中が偉いなんて、どう考えても腐っているでしょう」


 アーデルヘイトは不思議そうに、首をかしげた。


「それでも禁止しないのですね」


 禁止しても、別の形で現れる。

 だからどうしようもないさ。

 それに必要な部分もある。

 かなり毒性が強すぎるだけだ。


「禁止しようがないからですよ。

ただ社会の発展には必要だと思っています。

必要な役割ですが、とても腐りやすいのですよ。

常に手入れをしないとね」


「そんなに嫌いな人たちが、好き勝手言って、旦那さまは怒らないのですか?」


 不快だが、怒る気にはなれない。

 だからといって見逃す気はないがな。


「赤ん坊が泣いて怒る人はいないでしょう

それと一緒です。

それに私が怒れば、彼らはそれをネタにして騒ぎ立てますよ。

『狭量だ』とか『言論弾圧だ』とかね。

今は私が無反応なので、なんとか私を怒らせようと、ムリをしている。

その足を払うだけですよ」


 アーデルヘイトは、なぜか嬉しそうにほほ笑んだ。


「いつも通りの旦那さまで安心しました。

ただのいい人だと、心配になりますからね」


 いつも通りってねぇ……。

 俺はいい人ぶったことなど、一度もないはずだが?


「まあ……。

セッテンブリーニ卿が今のところ、うまくやってくれています。

お手並み拝見といったところですよ」


 アーデルヘイトは不思議そうに、首をかしげた。


「夕方になにか、大々的にやるかと思ったら……。

意外でしたね。

報道はちょっとだけで、それも控え目ですから。

ただ大事なことだけ端的に伝えていますね。

そのかわりに、音楽や短い演劇とか娯楽ばかりですよ。

おかげで皆が見てくれますけど……。

大丈夫なのですか?」


 あれはイルデフォンソの仕掛けだ。

 最初から手口がわかっていないと、あとで痛い目を見るだろう。


「ええ。

その演劇も興味深いでしょう。

なにせ他人に正しい行いを強要する悪党が没落する話……だったりしますからね。

大衆に知られないように、敵対メディアの攻撃をしているわけです」


「あ~。

見ていたら、結構スカっとする内容でしたね。

そうやって、皆に気づかせるわけですかぁ。

しかも他所は願望をしつこく垂れ流すから、だんだん飽きられていますね。

それを誤魔化そうとより過激なことをしていますし……。

あれは私が見ても、ダメだとわかります」


「刺激が商売道具ですからね。

より過激なことを、民衆は求めて、それに応えようとより過激化する。

その過程で、無数の怨嗟えんさを買うわけです。

完全に情報を独占していれば、それでも誤魔化せますがね……。

相手が悪すぎますよ。

セッテンブリーニ卿に、この手の大衆操作をさせたら、私より遥かに上手です。

彼の邪魔をしなければいいでしょう」


                  ◆◇◆◇◆


 キアラから、狂犬の情報が届けられた。

 どうも旧冒険者ギルドに、足を引っ張られているらしい。


 当初、旧冒険者ギルドは積極的に狂犬の援助をしていたようだ。

 旧ギルドのイメージ悪化を誤魔化すために、狂犬をバックアップして、アラン王国を支えている。

 そんなイメージ戦略だったようだ。


 ところが財政難を理由に、援助が縮小された。

 思ったよりギルドの名声が高まらずに、狂犬の名声ばかり高まったのが原因らしい。

 ただなぁ……。


 『手数料は上げない』と、ピエロは公言していた。

 ところが世界復興金とかいう名目で、余分に冒険者から金を取って、大ブーイングを受けている。

 さらにはピエロの声明が、火に油を注ぐ。


『昨今は様々な悪要因が重なって、いろいろ苦しい。

世界を守るための正念場とご理解いただき、冒険者諸氏にも協力をお願いしたい』


 これだけなら、そこまで炎上しないのだが……。

 メディアに、かなりの援助を行っている。

 そして要人との会合を繰り返すが、それも手土産あっての会合だ。

 つまりそっちに金を使うから協力してくれと。

 普通ならキレるだろう。

 それでもこの混乱期に救われて、情報が広まりにくい。

 しかもメディアと結託しており、ピエロに対してはとても優しい。

 肩をもつ報道ばかりだ。


 報告をもってきたキアラは呆れ顔だ。


「今までは検討ばかりで、何もしないから……。

冒険者に対して大きな失点はありませんでしたけど。

これには呆れますわね」


 まあそれだけ、ピエロは素直な人物ってことだ。

 自分に対してな。


「多分偉くなったことを自覚したいのでしょう。

手っ取り早く偉くなったと自覚したければ、人事と要人の面会。

あとは奪って、バラマキをすることでしょうか。

嫌なことはやらないけど、やりたいことは我慢できないわけです。

いい顔をするのは大好きなようですから」


 キアラは意地悪な笑みを浮かべる。


「でも冒険者には、いい顔をしないのですね」


 してもメリットがないからな。

 あの手のいい人ってのは、誰に対しても、いい人ではない。


「身内や同格じゃありませんからね。

いい顔をしたがる人は、自分より格下には、酷薄なものです。

それに冒険者から、金を取るのは当然だと思っていますよ。

だから扱いがぞんざいになるのです。

親子だって、子供が育ててもらって当たり前になると……。

親への対応はぞんざいになるでしょう?」


 キアラは苦笑して、肩をすくめた。


「当たり前って怖いですわね。

でも冒険者の反発を被ることは知っているのでしょう?」


 それで自分が嫌われない、と思うのはロマンくらいだ。

 良くも悪くも、ピエロはロマンほどの逸材じゃない。

 最悪なときの妥協案として選ばれ、最悪の結果を残すタイプだからな。

 妥協した連中は絶望するしかないわけだ。


「それは当然。

知識としてね。

だから対応は、知識ベースになります。

つまりメディアと結託して、異論を封殺する。

冒険者同士で結託することがなければいい。

この動乱で、発言力の強い冒険者が減ってしまいましたからね。

だからなんとでもなると思ったのでしょうが……。

生憎独占はさせていませんからね」


 キアラは、突然クスクスと笑いだした。


「シルヴァーナが聞いたら、キレ散らかしますわね。

結婚したら、抑える人は大変ですわ」


 表情を失ったゼウクシスの顔が、脳裏に浮かぶ。

 つられて吹き出してしまった。


「そうですね~。

高みの見物をしましょう」


 キアラは、なぜかジト目で俺を睨む。


「回り回ってお兄さまに、問題が持ち込まれても知りませんわよ。

ところで……。

旧ギルドと他所のメディアは、どう対抗してくると思いますの?」


 俺に持ち込むなよ。

 絶対にだ。

 念押ししておこう。


 まあ……連中の対抗策は、予想がついている。


「我々の情報が、デマとか誹謗ひぼう中傷だとレッテルを貼って、大声で封殺しようとするでしょうね。

ご苦労なことです」


 キアラは大きなため息をついた。


「のんきなのはいいですけど……。

身辺に気をつけてくださいね。

お兄さまは、ただでさえご自身の安全には無頓着なのですから」


「注意しますよ。

と言っても、会議に出席する以外は、外に出ませんからね」

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