827話 真実は噓より強い

 フロケ商会が創設したメディアの責任者が、面会を求めてきた。

 招集をかけてから、1週間で来るとは。

 実に早いな。


 多少の思惑もあって、即座の面会を受け入れた。

 急いでいることもあるが……。


 キアラは不思議そうな顔をする。


「よろしいので?

かなり異例のことだと思いますけど」


「これひとつで、彼のモチベーションが、大きく上がるのです。

安い投資ですよ。

ここで臍を曲げられても困りますからね」


「わかりましたわ。

正直あの人は、あまり好きではありませんけど……」


 応接室に通したので、俺とキアラで合うことにする。

 俺たちが入室すると座っていた男が立ち上がった。


 イルデフォンソ・セッテンブリーニ。

 20代後半の若者だ。

 色白で茶色の髪と、青い瞳の持ち主。

 痩せた小男で、やや神経質そうな顔つきが特徴。


 ランゴバルド王国の内乱で没落した貴族の次男坊。

 文学で大成を志したようだ。

 だが現実は厳しい。

 芽がでなかった。


 そんな失意の日々を送る中、マンリオの執筆を見たそうだ。

 この程度なら、簡単だと売り込んだが……。

 商会の反応はイマイチ。


 そこでイポリートが、フロケ商会から意見を求められる。

 その時のイポリートは、渋い顔だった。

 本人は門外漢だと拒否したのだが、他に論評出来る人がいない。

 俺同伴ならいい、という意味不明な条件で、論評を引き受けたのだ。


 クネクネしながら潤んだ瞳のイポリートに迫られると、嫌とはいえなかった。



 俺まで同席となると、平の商会員では立ち会えない。

 今回は特別に、イザボーが出席となった。

 子供は夫に預けてきたらしい。

 

 持ち込まれた原稿を読んだイポリートは、小さく首をふった。


「上流階級向けにしては、緻密さや深みが足りないわね。

庶民向けにしては、小難しくて回りくどいわ。

どっちつかずのくせに、作者の自尊心だけが見え隠れしているわね。

ただ……着眼点は素晴らしいと思うわ。

それを活かしきれていない。

そんなところねぇ」


 イザボーが口に、手を当てて笑いだす。


「さすがはウードン師範。

ぐうの音もでませんね」


 イポリートはフンと鼻を鳴らした。


「これなら、マンリオのほうが下品だけど……。

庶民に受ける要素は、きちんと抑えているだけマシね。

あれは金のためでしょうけど、自分を抑えられているもの。

この作者は、芸術を舐めているわねぇ。

自分を曝けだすのが芸術だけど、自分を露骨に見せちゃダメよ。

他人の作品をパクって、切り貼りだけしているキメラ使いよりはマシだけど……。

論外よりはマシってレベルよ。

アタクシなら迷わず、ボツにするわねぇ」


 とまあ芸術に関しては、とても厳しいイポリートだった。

 そんなイポリートが原稿を、俺に差し出してくる。

 読んで、感想を聞かせて欲しいのか。

 一読したが……。

 面白くなりそうな気配はする。

 ただ読むのが億劫になってしまう。

 俺はプロじゃないから論評しようがない。

 思ったままを、正直に話すことにした。


 それを聞いたイポリートは、満足げにウインクする。

 どうやら、自分の評価が間違っていないか確かめたかったらしい。


 持ち込み作品はボツになったが、イルデフォンソは、食い扶持ぶちを稼ぐのに必死だった。

 それでメディア創設に伴う人材募集に飛びついたらしい。


 文字の書ける人程度の認識だったが……。

 こっち方面の才能があったらしく、瞬く間に頭角を現した。

 今や責任者である。


 イルデフォンソの顔を見ると、そんなことを思い出してしまった。



「セッテンブリーニ卿。

随分早い到着ですね」


 イルデフォンソは満面の笑みを浮かべて一礼した。


「ラヴェンナ卿のお呼びとあらば当然です。

なにより感激したのは、すぐお会いいただけたこと。

ラヴェンナ卿の人を見る目は正しい。

その実例を積み上げて、ご覧に入れましょう」


 自尊心が強く傷つきやすい男だ。

 自己顕示欲も並外れている。

 

 ひとことで言えば、面倒くさい男。

 ただ報道の才能はずばぬけている。

 天賦の才だろうな。


「それは頼もしい。

他のメディアの活動を観察してどうでしたか?」


 イルデフォンソは自信満々にうなずいた。


「扇動はそこそこ得意のようですね。

ただ下品すぎます。

あまりに願望が隠せなさすぎでしょう。

『○○か? □□へ』とか連呼しすぎですからね」


 単発なら気を引きたいからだろう。

 連発するなら、願望の垂れ流しだ。


「同じ願望をもつ人たちのみ引きつける効果はあるでしょうね。

そうなってしまうと、もう現実路線に戻ることはできませんが」


 イルデフォンソは興奮気味にうなずく。


「まったくおっしゃるとおりです。

最近だとあれですね。

『ランゴバルド王国、人類連合で孤立か? ラヴェンナ卿、責任を問われて失脚へ』

これが多いですね。

使えば使うほど、願望が見え隠れしてしまいますよ。

先ほどラヴェンナ卿のおっしゃったとおりです。

その願望に飛びつく程度か、それ未満の連中しか寄ってこない。

その他からは白眼視されるでしょう。

かくして自分から、周囲の人を減らし続ける。

滑稽ですが、興ざめも甚だしいでしょう」


 あれは完全に願望だよなぁ。

 本人たちは真実を報道していると、鼻息が荒い。

 思うのは自由だからな。

 それでいて追求されてもいいように、逃げ道を用意している。

 なんとも救いがたい連中だ。


「使えば使うほど……信じる気がなくなるのは同意見ですね。

本人は情報を扱っているつもりでも、その他からの信用を失いますからね。

方針転換を試みたところで……。

誰にも相手にされない。

情報を扱うどころか依存してしまい、抜けだけなくなるでしょう」


 イルデフォンソは唇の端を歪める。


「まったくです。

あからさまに願望を垂れ流す。

これを報道と称する。

なんとも片腹痛い限り。

連中は『噓も100回言えば、真実になると』などとうそぶく始末ですよ」


 アルカディアの連中は、その場の感情がすべてだから噓だと思っていない。

 アラン王国側から漏れてきた話だな。


 情報を独占していれば可能だが……。

 結局独占は、緊張感を失わせて、運用が杜撰になる。

 早晩ボロがでるだろう。

 それを、必死に抑え込むわけだが……。

 杜撰なままなので、抑え込むことがどんどん広がってく。

 結果として、崩壊を招くだろう。

 わかっているなら、割に合わないと自覚して自制するところだが……。

 この世界は、過去と未来を考えない習慣が、1000年続いたからなぁ。

 ムリだろう。


「それには事実の指摘を封殺する必要がありますね。

なにせ事実は、噓の天敵ですからね」


「それは非効率的ですし、愚者の所業でしょう。

なにもわかっていないのです。

ただ連中でもわかっていることがあります。

報道とは人々を誘導する目的があること。

それだけは理解しているようですね」


 その程度は理解するだろう。

 目先の利益には敏感なのだ。


「そもそも情報を流すなら、必ず、なにかの意図がありますからね。

人が介在する以上、それは避けられないでしょう」


 イルデフォンソは皮肉な笑みを浮かべる。


「だからこそ、この目的は気づかれてはいけません。

人々がそれと、まったく気が付かないことが肝要です。

自分で考えたと思うことほど、その人を強固に縛るものはないのですから。

私はそう確信していますよ」


 そろそろ、本題に入るか。

 キアラが、わずかに焦れてきたからな。

 顔には出していないが、なんとなくわかる。


「セッテンブリーニ殿がたどり着いた秘訣ひけつですね。

ところで……。

あの映像と音声は見ましたか?」


 イルデフォンソは、目を細めた。


「ええ。

なかなか興味深い玩具ですね。

あれを我々も使えると思ってよろしいのでしょうか?」


 副作用があっても使わざるを得ない。

 一方的に殴り続けられるだけになるからな。


「ええ。

おそらく順番に使うことになるでしょうがね。

自分たちが先に使うと、他のメディアは断言していますけど」


 イルデフォンソはフンと鼻を鳴らした。


「先にやりたければ、もち時間を減らせ、とわめきますよ。

そこは愚者どもに、先に使わせましょう」


 やはり後の先を取るか。

 任せておいて、問題はないだろう。

 やり過ぎにだけ注意だな。

 今はもう少し自尊心を刺激しておこう。


「先に情報を流せるほうが優位なのは明白ですがね。

なにか考えが?」


「ええ。

そこはご心配なく。

愚者どもが我々に、嫌がらせをしようと努力するのは明白です。

それも下等極まりない嫌がらせが限界かと。

願望を垂れ流して気が付かない連中など、その程度ですよ。

時間を引き伸ばして、我らの出番を削りにかかるでしょう。

それでも問題ありません。

むしろ好機ですよ」


 露骨すぎれば、離脱の口実になる。

 そのギリギリを狙ってくるだろう。

 つまりにはこちらが使えるのは夕刻になってからだ。


 夕刻になれば、人々は疲れているからな。

 刷り込みをかければ、すんなり頭に入ってくるわけだ。


「頼みましたよ。

そろそろ反撃してもいい頃でしょうからね」


 イルデフォンソは不敵な笑みを浮かべた。


「待ちくたびれましたよ。

当面はなにをご所望ですか?」


「彼らの信頼性に、亀裂を入れるところから。

瞬時に破壊は難しいですからね」


「承知致しました。

では優雅に締め上げるとしますか。

真実は噓より強い。

それを示してご覧に入れましょう。

ただ連中は追い詰められると、どんな手を使ってくるかわかりません。

愚者の突飛な暴走力は、良識人にとって及びもつかないのですから」


 当然それは想定している。

 そこは、成り行き次第だろうな。


「心しておきますよ。

根拠のない憶測ですが……。

追い詰められると、あの会議場で、私を弾劾するかもしれませんね。

感情のままに」


 イルデフォンソは眉をひそめた。


「それは由々しき問題です。

そうならないように、連中の信用をなくすとしましょう」


 そうなると活動費が問題になるか。

 フロケ商会の後押しがあるが、まだ中堅どころだ。

 資金も物資も限られる。

 ここは、大手の助力を仰ぐべきだろう。


「もし必要なものなどありましたら、アッビアーティ商会を頼るといいでしょう。

連絡員が常駐していますからね。

私が紹介状を書きますよ」


 イルデフォンソは、ニヤリと笑った。


「あの変わり者の未亡人ですね。

では、お願いしてもよろしいでしょうか?」


                  ◆◇◆◇◆


 イルデフォンソが意気揚々と退出したあと、キアラが大きなため息をついた。


「やっぱりあの人は、好きになれませんわ。

言葉の端々に、他人を見下している様子が見えますもの」


 そもそもイルデフォンソと、相性のいい人はいるのだろうか。

 ただメディアの責任者になってから、女性にモテはじめたらしい。

 人の好みはそれぞれだな。


「不安の裏返しですからね。

ただ……報道の本質を見抜く力は本物です。

私としては有効に活用するだけですよ。

扱いには慎重を要しますけどね」


 キアラは口に、手を当てて笑いだした。


「くせ者を使いこなすことにかけては、お兄さまの右にでるものは、いませんものね。

思えば……。

この手の埋もれていた人材って、お兄さまとクレシダのところにしかでてきませんわね」


 単に掘り起こす奴が、権力者側にいないだけだよ。

 さがせばどこにでもいるだろう。

 問題はその才能を伸ばす適正が、権力者側にあるか。

 それだけだ。


「もっと埋もれたままの人材はいますよ。

意図的に掘り起こそうとしないだけです。

今のような乱世では、そんな人たちが世にでやすいのですから。

ランゴバルド王国にしても、宰相や警察大臣なんて平時なら出世出来ません。

ニコデモ陛下も普通なら、王位を継げなかったでしょう」


 キアラは苦笑して、肩をすくめる。


「その点では、アラン王国は気の毒ですわね」


 王位継承者をロマンにした時点で、滅亡が決まったようなものだからな。

 ただの暗愚に、国は滅ぼせない。

 どんな国でも滅ぼせる、模範的な暗君だと思う。


「ロマン王にクララック王。

使徒ユウによって、根こそぎ人材が狩り尽くされましたからね。

旧ギルドなんてヴィガーノ殿を取り逃がしていますし……。

さすがに教会は、層が分厚いだけに、新教皇という切り札が残っていましたけど」


「そのアラン王国がなくなると、どうなるのでしょう?」


 考えても仕方ないだろう。

 最悪どうなろうが、俺の義務はラヴェンナを守ることなのだ。

 それだけを考えるだけだよ。


「わかりません。

なるようにしかなりませんよ。

今は考えないでおきますか」

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