826話 醜悪な笑み

 クレシダから発表があるらしい。

 個別の会議設立と同時に、大会議場の建設も並行して行われていた。

 つい先日に完成したらしい。

 そこで発表があると。

 

 大会議場に、いろいろなものが運び込まれたと報告を受けている。

 それと拠点の広場に、巨大なオベリスクがたてられた。

 触れると命の保証はない、と警告されている。

 柵で囲われているが……。

 どうなるのやら。


 ここまでくると、クレシダの狙いは明白だな。

 皆は顔を見合わせているが、キアラはひとり得意満面の笑みを浮かべている。


「さすがはお兄さま。

見事的中ですわね」


 アーデルヘイトが首をかしげる。


「聞いていませんけど?」


 クリームヒルトの目が鋭くなった。


「私もです。

説明を要求します。

ことと次第によっては、ミルヴァさまにも報告しないと……」


 なんで俺が悪者なんだよ。


「あれは映像と音声を投影する装置ですよ。

世界中にすべての情報を伝達出来るわけです。

表向きはね」


 クリームヒルトは首をかしげた。


「表向き……ですか?」


 ひとつの目的で、ひとつのことをしない。

 大掛かりな仕掛けだ。

 絶対に、複数の目的を隠しているだろう。


「なにかまではわかりませんが……。

隠された効果があると思いますよ」


 突然、外からざわめきが聞こえてくる。

 窓の外を見ると、オベリスクの上空になにか浮かんでいた。


「なるほど……。

試験運用ですか」


 浮かんでいたのはクレシダだ。

 意味深な笑みを浮かべて、軽く手をふった。

 

『皆さまごきげんよう。

明日この時間に、人類連合からの告知があります。

それをお楽しみに』


 すぐ映像は消えた。

 全員が俺を見ているが……。

 隣にいたクリームヒルトの様子が、少し変だな。


「クリームヒルト。

どうしましたか?」


 クリームヒルトは額に、手を当てている。


「すみません。

ちょっと寒気が……」


 少し息が荒いな。

 これはもしや……。


「もしかしてあの映像が現れてから、急に体調が悪くなりましたか?」


 クリームヒルトは、少し辛そうにしている。

 俺は腰に手を回して支えることにした。

 クリームヒルトが力なくほほ笑んだ。


「わかりませんが……。

違うとまでは言い切れないです」


 これは、放置出来る問題じゃない。


「どうやら裏の仕掛けはひとつではないようですね。

クリームヒルト」


「はい?」


「まず休んでください。

そのあとで、ラヴェンナに戻るように。

これは命令です。

反論は認めません。

ラヴェンナなら大丈夫ですから」


 多分、ラヴェンナが、なんとか守ってくれると思う。

 人の努力出来る範囲を超えているからな。

 クリームヒルトは驚いた顔をしたが、俺の顔を見て、大きなため息をついた。


「わかりました。

途中で戻ることになってすみません」


 俺は笑って首をふる。

 負い目に思ってもらいたくはない。

 今回は不可抗力なのだ。


「いえ。

クリームヒルトは悪くありません。

無理に残って大事になる方が嫌ですからね。

アーデルヘイト。

念のために、クリームヒルトを診てもらうようにしてください」


 アーデルヘイトは即座にうなずいた。


「わかりました。

本当なら私が付き添って、一緒に戻りたいところですけど……」


「教育関係で、即時の判断はもう不要なのでしょう?

付き添って構いませんよ」


 マガリの墓参りもしたいだろう。

 ところがアーデルヘイトは強く首をふった。


「そうはいきません。

旦那さまをひとりにすると、キアラさまに食われてしまうから、

そうミルヴァさまから、言いつけられていますから」


 カルメンがたまらず吹き出す。

 キアラは、わざとらしく舌打ちをした。

 そんなことはないと思うが……。

 説得力ないよなぁ。


「大丈夫……でもないですね。

知らないうちに、私のベッドに潜り込んだ前科がありますからね」


 キアラは途端に視線を泳がせる。


「そ……そんなことありませんわ」


「アーデルヘイトまで戻ると、ミルが心配のあまり……乗り込んでくることになりかねません。

今ラヴェンナには軸が必要ですからね。

クリームヒルトだけ戻ってもらいましょう。

アホカイネン殿」


警護責任者であるアレ・アホカイネンが、すぐやって来た。


「はっ」


 俺はクリームヒルトの体調がすぐれないこと。

 大事をとって、ラヴェンナに戻すことを説明した。


「クリームヒルトをよろしくお願いします。

多少ここの人数が減っても構いません」


 アレの目が鋭くなった。


「承知致しました。

ですが……。

ここの警護が手薄になるのは、よろしくありません。

クリームヒルトさまを、ラヴェンナまで送迎次第、戻ってこさせます。

それと最近キナ臭いので、ここの人員を増やしてもよろしいでしょうか。

ラヴェンナには騎士団もいますし、ラヴェンナに常駐する親衛隊を減らしても問題ないかと」


「そこはジュール卿の判断を仰いでください」


「承知致しました。

出発はいつ頃の予定でしょうか?」


 完全に落ち着くのを待ちたいが……。

 そう言っていられない事情がある。

 装置が動くたびに悪化しては大問題だからな。


「可能なら明日。

あの装置が動く前です」


 アレはうなずいて敬礼する。


「では急ぎ準備させます」


 アレは、慌ただしくホールを出ていった。

 クリームヒルトは、アーデルヘイトに伴われ、部屋に戻る。

 直近の対応は、これでいい。

 問題は……。


「魔族になにか、悪影響を与える類いの仕掛けとは……。

これは面倒ですね」


 プリュタニスは、渋い顔で腕組みをしている。


「人類連合はまとまれと言いつつ、魔族への差別感情を煽る。

下手をすれば、理性を奪って魔物化させるまでありそうですね」


 困った話だよ。


「プリュタニスの見解に同意します。

人々が見て見ぬふりをしてきた問題ですからね。

これを確実に掘り起こしてきます」


 それだけではない。

 もし魔族が迫害を恐れて、ラヴェンナに逃げ込んでこようとしたら?

 状況が状況だ。

 簡単に拒否は出来ない。

 これはこれで、頭の痛い問題だ。


 そして魔族だけに終わらずに、他種族への迫害へとつながらないか?

 民衆が感情に任せて走りだすと、そう簡単には止まれない。

 興奮した牛のようになってしまう。

 そうなっては、理を唱え、冷静にさせようとしても逆効果だ。

 情報が映像で瞬時に伝わる仕組みは、扇動にもってこいなのだから。


 そしてもうひとつ

 石版の民への迫害を掘り起こす可能性すらある。

 そうなったら俺はどうすべきか。


 目の前の流血を避けるなら見捨てるのが正しい。

 だが長期的な視点としてはどうか。

 悪手だな。

 多民族連合のラヴェンナにとって、政治的理由で見捨てられては大問題だ。


 たしかに石版の民はラヴェンナ市民ではない。

 だが後見すると約束したのだ。

 相手に非がない以上……切り捨てることはありえないだろう。

 まだまだラヴェンナの信用は低いのだ。

 この不信感は致命傷になりかねない。

 

 そこで問題となるのはランゴバルド王国だ。

 見捨てる可能性がある。

 宰相は石版の民の後見を拒否して、俺に丸投げしてきたからな。

 明確な拒否ではないが……。

 やはり石版の民がもつ政治的リスクを考えたのだろう。


 そうさせないために介入する必要があるな。

 問題はニコデモ陛下だ。

 ランゴバルド王家はスカラ家とラヴェンナに担がれている形だ。

 担がれているとは、担ぎ手を不都合になれば切り捨てることでもある。

 新たな担ぎ手が、今のところいないのが救いだな。

 そしてスカラ家とは、骨肉の間柄だが……。


 こと石版の民の保護を巡っての王家との対立は望まないだろう。

 俺に見捨てることを要請してくることすらある。

 ここは、かなり慎重な舵取りが必要だな。

 ああ面倒くさい。

 思わず大きなため息が漏れる。


 俺のため息に、キアラが眉をひそめた。


「お兄さま。

あのオベリスクですけど……。

ラヴェンナへの設置を求められたら、どうしますの?」


 キアラの心配はそっちか。

 当然求めてくるだろうな。

 ある意味で好機だ。

 それを見越してラヴェンナには、無害な装置を持ってくる可能性が高いと思うが……。


「認めざるを得ません。

ただしなにかあれば即時停止。

そして解析させますよ」


「わかりましたわ。

すぐに伝えます」


 それと忘れてはならないことがある。

 注意喚起だけはしておかないとな。


「陛下とスカラ家、あとはアドルナート家……そしてベンジャミン殿にも連絡を。

この仕組みは、単に情報伝達だけで終わらない可能性があると。

現時点ではそれだけですね」


 パリス家にはスカラ家経由で伝わるだろう。


「わかりましたわ」


 憂鬱な気分だが、俺にもメリットがある。

 曖昧なまま放置されていた問題を、一気に片付ける好機でもあるのだ。

 ただ世界の情勢に、大きく首を突っ込む話になる。

 すべてハッピーな話などないってことだ。

 それなら誰かがとっくに片付けている。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日、クリームヒルトは、親衛隊に伴われて帰っていった。

 今回の発表は下手をしたら長くなる。

 少しでも距離を離しておきたかった。

 

 いささか憮然としながら、大会議場に向かう。

 大会議場の中央には、怪しげなオベリスクが中心にたっている。

 今回は、メディアの連中まで来ている。

 シケリア王国とアラン王国のメディアだ。

 やはり裏で結託していたか。

 それだけではない。

 ジャン=クリストフとピエロまでいる。

 

 総勢で100人以上いるな。

 これなら、キアラたちも連れてくればよかったか。

 現状護衛はモデストひとり。

 これでは大変だ。

 この件は、警備上の問題として抗議しておく必要があるな。

 

 全員がそろうと、クレシダがオベリスクの前にたった。

 指を鳴らすと、オベリスクが淡く輝きだす。

 

「出席者の皆さま。

昨日もご覧になったと思いますが、これで各地に情報を瞬時に届けられます。

これは人類連合ならではのものです。

メディアの役割も、これで大きくなるでしょう。

今回の計画に関して、世界的に動ける冒険者ギルドの協力は不可欠でした。

今後も期待しましょう」


 ピエロは満面の笑みだ。

 副作用が明確になったとき、どう責任転嫁するのやら。

 クレシダが目配せすると、サロモン殿下が前にでてくる。


「情報が瞬時に伝わるとなれば、世界はより近くなるでしょう。

このような情勢下だからこそ、正しい情報を迅速に届けることが肝要なのです。

なにもわからない不安に怯えることもない。

今は一方通行ですが、将来的には各地から、ここに情報を送れるようにします。

これは偉業ですが……。

国という枠に囚われていては決して出来ないこと。

人類連合だからこそなし得た。

そう自負しています」


 裏の仕掛けには気が付かないままか。

 仮に知っていたとしても無視するだろうな。


 その後、サロモン殿下は、長々と人類連合の意義について演説をはじめた。

 さして聞くべき点もないので聞き流す。


 ようやく演説が終わると、クレシダが指を鳴らす。

 すぐにオベリスクの輝きが消えた。

 クレシダは、全員に芝居がかった仕草で一礼する。


「今回の告知はここまでです。

以降はメディアの報道も、ここで行う予定ですが……。

ランゴバルド王国のメディアが、まだここに来ていませんね。

それでは不公平でしょう。

できるだけ急いで、お呼びくださいな」


 ある意味で脅しだな。

 もう少し情報を集めてほしかったが……。

 仕方ない。

 この映像と音声を送る仕組みは危険そのものだ。

 クレシダとメディアの連中は当然知っている。

 知らなければ話にならないからな。


「そうしましょう」


 突然、ジャンヌのそばに控えていた側近が起立した。

 全員が側近に注目する。


「教皇教皇聖下せいかから、おふた方にお尋ねしたいことがあるそうです。

よろしいでしょうか?」


 会議場は広いから、老齢のジャンヌが声を張り上げるのは厳しいだろうな。

 サロモン殿下が真顔でうなずく。


「なんなりと」


 ジャンヌが側近に、なにか耳打ちした。

 側近が直立不動の姿勢をとる。


「このような大掛かりな仕掛けを、今まで秘匿されていた理由をお伺いしたい。

もしすでに計画していたなら、事前に告知があってしかるべきではないでしょうか。

聖下せいかはそう仰せであります」


 サロモン殿下は困惑顔で、クレシダに視線を送る。

 クレシダが小さく苦笑して一礼した。


「以前から構想はありました。

でも実現不可能だと思っていましたから。

最近になって、ようやく実現出来ました。

それを受けて、急遽計画をすすめた次第です。

ご報告が遅れたことは、ここでお詫びしますわ」


 ジャンヌが何事か、側近にささやいた。

 側近はうなずいて、再び背筋を伸ばした。


「以前から構想していたとは?」


 クレシダが俺に意味深な笑みを向ける。


「偽使徒が使ったでしょう。

ラヴェンナ卿を襲撃したときに、世界中に流れた映像。

あれを再現出来ないかと思っていたのです。

小さき人の身では、マジックアイテムを駆使しないと不可能ですが……。

ただ計画段階でお話しすると……。

先んじて悪用を考える輩が現れる。

そのような恐れがありました。

だからこそ、極秘ですすめたのです」


 わざとらしく俺を見るのがなんとも。

 あれはアイテールに頼んだのだが、みんなは使徒の仕業と思い込んだわけだ。

 どちらにしても隠された副作用が問題だな。

 もちろん表の機能を、メディアが悪用することは、想像に難くない。

 連中が醜悪な笑顔で、俺を見ているからな。

 安全な場所から、一方的に人を攻撃する連中特有の笑い。

 この世で最も醜悪な笑顔だと思っている。


 いいさ。

 お前らの悪行は、俺の耳に入っているのだ。

 じきに、その汚い笑顔を凍りつかせてやる。

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