825話 kind of blue

 モデストとカルメンから、報告が届いた。

 なにか荷物が、ビュトス商会に運び込まれたらしい。

 大きな壺が大量に。人が数人詰め込めそうな大きさだ。

 100個は、軽く超えているだろう。

 当然隠されているが、馬車の数が尋常ではない。これは目立つぞ。

 それからなにかの機材と。

 さらには冒険者たちが、クレシダの屋敷に出入りしている。

 旧ギルド関連だろうな。

 なにか機材を持ち出して、どこかに向かっているらしい。

 それもかなりの数だ。


 それだけ報告して、さらなる調査のため、ふたりは出ていった。


 一緒に話を聞いていたキアラが、眉をひそめる。


「一体なんでしょうね?」


 これだけではなぁ……。

 さすがにわからないよ。


「まだなんとも。

ただ魔物の侵攻とは別でしょう。

もう少し情報が必要ですね。

ビュトス商会を探らなくてもいいですよ。

危険すぎます。

リスクとリターンが釣り合っていませんから」


 キアラが眉をひそめた。


「つまり大した話ではないと?」


 大した話だよ。

 大がかりすぎるのだ。


「わかったところで止められないし、事前に手が打てないでしょうね。

だから危険を冒して得た情報は、『ああ……それね』で終わるレベルです。

きっと大がかりで悪質な仕掛けですよ。

かつ避けようがないでしょう」


 キアラは額に手を当てて、大きなため息をついた。


「頭の痛い話ですわね。

なにをしでかすのか……。

お兄さまほど気楽になれませんわ」


 自分の手の届かないところで悩んでいたら、きりがないさ。

 思わず笑ってしまう。


「冒険者が関わる以上、世界規模でなにか考えているのでしょう。

どんな手で来るか、楽しみにしていますよ」


 キアラが、ジト目で俺を睨んでくる。

 なにか変なことを言ったか?


「実はお兄さま……。

クレシダとの闘いを楽しんでいません?」


 楽しくはないぞ。

 相手がクレシダなのだ。

 わずかでもペースを乱されると、一気に持っていかれるだろうな。


「いえ。

クレシダ嬢は、私を失望させたくないのです。

失望されるとは、クレシダ嬢の価値が下がることと同義ですから。

きっと考え抜いた手を打ってきますよ。

私が楽しんでいるように見えるのは、冷静に対処できるようにしているからです」


 キアラが小さく首をかしげる。


「クレシダは、それを見越して裏をかくとか……しませんの?」


 それはないだろうな。

 自由奔放なクレシダにも、確たる軸がある。

 軸があるからこそ、自由奔放になれるだろう。

 軸のない自由は、ただの無原則だ。


「クレシダ嬢は私ではありませんからね。

そこだけは譲れないでしょう。

結果ではなく、経過を大事にしますからね。

私は政治に関わるので、結果が大事です。

クレシダ嬢はロマンチストですよ。

経過がとても大事なのですからね」


 キアラは頰を膨らませる。


「なんだかモヤモヤしますわ……。

お姉さまに愚痴ろうかしら?」


 まて。

 それはマズい。

 ただでさえ離れている日数は過去最長なんだ。

 変な方向に暴発しかねない。


「それはやめてください……。

私が刺されかねません。

それよりキアラに、頼みがあります。

旧ギルドによって、冒険者が各地に派遣されたと思います。

それだけは追ってみてください。

くれぐれも……」


 キアラは苦笑してうなずいた。


「ご安心ください。

決して無理はさせませんわ」


                  ◆◇◆◇◆


 魔物が各地で大規模な侵攻を開始したと、知らせが入る。

 つまり、どこも援軍などだせない。


 そんな中、ひょっこりマンリオが戻って来た。

 魔物が跋扈して危険だから逃げ帰って来たのだろう。


 アポをとって来たので、翌日面会することにした。

 いつになく真面目な雰囲気だったらしい。


 キアラは怪訝な顔をしている。


「珍しいですわね。

なにかあったのでしょうけど……」


「聞いてみないとわかりませんね」


 翌日マンリオがやって来たので、応接室に向かう。

 部屋でまっていたマンリオは真顔だった。

 こんな顔ははじめてだ。

 ただ事ではない気がする。


「マンリオ殿。

なにかいいネタでも、手に入れたのですか?」


 マンリオは渋い顔で、頭をかいた。


「正直自信がありませんね。

ただ……。

旦那には聞いてもらったほうがいいと思いましてね」


 ただならぬ様子だな。

 自信がないなんて言葉もはじめてだ。


「では聞きましょうか」


「最初はアンフィポリスで、いろいろ探っていたのですがね……。

まったくなにもない状態でしたよ。

ただそこで、嫌な噂を耳にしましてね」


 無理をしない範囲なら空振りだろうな。

 それで噂に聞き耳を立てたわけか。


「噂とは?」


 マンリオは渋い顔のまま、ため息をついた。


「人が少ない村の人間が、まるごといなくなるって話ですよ。

どこかで聞いた話じゃありませんかね?」


 トラウマが蘇ったのか。

 どこかで聞いたもなにも、あれしかないだろう。


 そもそもどうやって半魔にしたのか。

 半魔にする食料は警戒されているはずだ。


「半魔ですね。

それが発生したと?」


「そうとも言い切れないんでさぁ。

半魔なら近隣の村が被害にあったとか……。

村が破壊されているはずです。

それで何度か足を運んだことのある村で、なにか聞けないかと思ったんでさぁ。

都会で発生した誰かの妄想なら、村とは縁がありませんからね。

そっちの線も疑ったわけです」


 そんな危ない話を聞いて、村の危機感を煽ることにはならないだろうか。

 今は、それを咎めても仕方ないな。

 まず話を聞くべきだろう。


「それはいい目の付け所ですね。

それで?」


 マンリオの表情が厳しくなった。


「その村に向かう途中で、妙な連中とすれ違ったんでさあ。

言葉には出来ませんが、直感みたいなものです。

しかもすれ違ったあとで……。

尾行されている気がしました。

分かれ道で大きな町に向かうほうを選んで、そっちに進んだんですよ。

数日後にやっと気配が消えました。

そこで、引き返し急いで村に向かったんです。

物凄く嫌な予感がしたんですよ」


 そのあたりの直感は優れているからな。


「尾行されているとなれば……。

穏やかではありませんね」


 マンリオは得意になるかと思ったが、自嘲の笑みを浮かべた。


「勘の良さで、今まで生き延びてきましたからね。

それで村についたらびっくりですよ。

全員がぐったりしていましてね……。

その場にへたり込んで動いていないのです。

ユートピアで見た光景と似ていましたよ」


「同じではなかったと」


 マンリオは真顔に戻って、強くうなずいた。


「ええ。

数人は眠っていましたね。

道の真ん中や、扉の前です。

前に村に行ったとき……。

五月蠅く絡んできた餓鬼は、眠ったまま動かない有様でした。

叩いても全く動く気配がありませんでしたよ……。

あれでは死んでいるのとかわらないですぜ」


 なにか複雑な事情がありそうだな。

 それにしても子供か……。


「子供や体の弱い人程、そんな状態だったと」


 マンリオは重いため息をついた。


「よくおわかりで。

眠っていたのは、そんな連中ばかりでした。

助けようにも、どうしていいかわからない。

それに連れ出して、万一半魔になっても困ります。

なんでまた村の外れに潜んで、様子を窺うことにしました。

近隣の村といっても、徒歩で1週間はかかりますからね。

そっちを調べてもよかったのですが……。

待っていたほうが、なにかわかると思ったんです」


 そうせざるを得ないだろう。

 近隣の村が無事とは限らない。

 万が一無事だとして……。

 駆け込んでもパニックになるだけだ。

 もしくは運悪く、怪しい連中と出会うことだってありえる。

 

「それでどうでした?」


「数日後にあの連中が戻ってきました。

なんか大きな壺やらなんやら、大量に持ち込んできましたね。

人が数人入れるような、でかいやつです。

それが10個以上あったと思いますよ。

どう考えても普通じゃありません」


 ここでも壺か。

 サイズもピッタリだな。

 半魔で壺と来たら考えられることはひとつだ。

 だが先走るのはよそう。


「ふむ……。

それでどうなりました?」


 マンリオはしばし、言葉に詰まる。

 小さくため息をついてから、首をふった。


「なにか燃やしていましたね。

見てはいませんが……。

あれは絶対に、人が焼ける匂いでした。

ユボーの旦那のところにいたとき、さんざん嗅ぎましたからね。

間違えようがありません」


 やはり、そうなるか。

 壺の中身は、もうあれしかない。


「なるほど。

それでどうなりました?」


「その日のうちに、連中は引き上げていきました。

隠れていたのが風下だったので、壺からなにか匂いがしてきましたよ。

あれはなんの匂いなのやら。

おっと……旦那に聞いても仕方ないですね。

忘れてくだせぇ」


 瀝青れきせいなのか、それとも類似したものなのか。

 さすがのマンリオでも、瀝青れきせいの匂いは知らないだろう。


「それで村はどうでしたか?」


 マンリオは気持ち肩を落とす。


「もぬけの殻でしたよ。

あの五月蠅かった餓鬼もいませんでした」


 どうも神妙なマンリオ相手だと、調子が狂う。

 少し吐き出させてやるか。


「ふむ……。

マンリオ殿の見解を聞きましょうか」


 マンリオは驚いた顔になる。


「旦那が私の意見を聞くなんて珍しいですね。

連中は、村人全員を壺に入れて焼いたと思います。

ただ焼けたあとの匂いが違っていました。

それにしても……。

40人以上を焼くのに数時間で済むなんて早すぎます。

もっとかかるはずなんですがね……。

あれはなんなんですかねぇ」


 その回答が知りたいのだろう。

 大きなわだかまりになっているとさえ思う。


「多分燃える土か水ですよ」


 マンリオは首をかしげた。


「燃える土か水ですか。

半魔を燃やして出来るんですかい。

旦那はなんでそんなことまで……。

愚問でした。

ただちょっと気になります。

燃えるのなら、全部燃えてなくなりませんかね?」


 素朴な疑問だな。

 だがそうならない。

 ドラゴンが半魔を焼き尽くしたあとに、黒い湖が出来たくらいだ。


「魔術的な炎で焼けば平気なようです。

少なくとも焼くだけのためなら、壺は不要でしょう。

焼いた骨が必要なら、木箱のほうが運搬効率はいいと思います。

容れ物の重さが違いますからね」


 マンリオは小さなため息をついた。


「どちらにしても……。

なんだか憂鬱な気分ですよ」


 キアラが意外そうに、首をかしげた。


「あら?

どうしてですの?」


 マンリオは自嘲の笑みを浮かべる。


「私は自他ともに認める屑ですよ。

ただ屑は屑なりに超えてはいけない一線があるんでさぁ。

屑であっても外道にはなりません。

立派な人生を生きる旦那たちには、決してわからないでしょうがね。

大差ないと思うでしょうが……。

私らにすれば、大きな違いなんですよ」


 住んでいる世界が違うのはたしかだな。


「わかる……とは軽々に言いません。

ただ人にはそれぞれ基準があることは知っていますよ」


「すみません。

旦那を責めたわけじゃないんですよ。

屑がどう死のうとも自業自得です。

ところが屑とは比べ物にならない、マトモな連中がああなるなんてね。

村の連中は、いい奴らでした。

あの糞餓鬼だって、生意気で腹がたったけど……。

死ぬほどの悪さをしたわけじゃないですよ。

それが外道に殺された。

やりきれないと思いませんかね」


 キアラは、少しバツが悪そうだ。

 まともな理由だったのは予想外だったのか。


「そうでしたの……」


 マンリオは深いため息をつく。


「だからと私には、村人たちを助ける力はない。

あれは非道だと糾弾できるほど、私は立派じゃないです。

誰も本気になどしないでしょう。

消されて終わりですよ。

そんな危ないことを他人に頼める義理じゃない。

誰が屑の頼みを聞くんですか?

聞かないのが当然なんです。

それを承知でも、屑な人生しか送れないのが私なんですよ。

だからなんとなく憂鬱なんです」


なんとなく憂鬱kind of blueですか。

私なりですが、その気持ちは理解できます。

明言は出来ませんが……。

マンリオ殿の情報は、しっかり使わせてもらいます。

その村と、なにか個人的な関係があったのですか?」


 なぜかkind of blueが浮かんでしまった。

 なんだろうな。

 転生前の記憶は失っているけど、染み付いたものは、ふとした拍子に浮かぶのかもしれない。

 どこか物悲しいような曲とともにな。


 マンリオは怪訝な顔をしたが、すぐに肩をすくめた。


「まあ……。

私が家令だった頃の知り合いが、引退後に故郷に帰ったのですよ。

私もたまに土産話をもって訪ねていましてね。

だから余所者には口が堅くても、私にはいろいろ話してくれるんです。

糞餓鬼はそいつの息子でしてね……。

なんにせよ、個人的な話ですよ」


 だからか。

 これは有用な情報だな。


「なるほど。

では報酬を支払いましょう」


 金貨30枚を、テーブルの上においた。

 キアラの目が丸くなる。

 それ以上にマンリオの目が丸くなった。


「こんなにいいんですかい?」


「村人たちの葬儀代込みですよ。

どうせ柄にもなく、花でも手向けるんでしょう?」


 マンリオは一瞬顔をしかめたが、すぐに大笑いした。


「花なんて柄じゃないですぜ。

安酒がいいところです。

でも有難く頂いておきます。

それと私がいうのはおこがましいですが……」


「なんですか?」


 マンリオは真剣そのものだ。


「こんなことはもう起こらないようにしてほしいものです。

旦那に頼む筋の話ではありませんがね。

ラヴェンナでは絶対に起こらないでしょうし。

私に出来ることがあれば、なんでも言ってください。

おっと……。

いただくものは、ちゃんといただきますよ」


 マンリオは照れ笑いして、指で丸をつくった。

 そもそもタダ働きさせる気はない。

 報酬をださない限り、こちらはなにも要求できないのだ。


「それは当然でしょう。

では旧冒険者ギルドを探ってください。

内容の指定はしません。

それなら安全でしょう」


 マンリオは神妙な顔で出ていった。

 ふたりきりになると、キアラがジト目で俺を睨む。


なんとなく憂鬱kind of blueなんて、どこからでてきたのですか?

初耳ですわ」


 それは、俺が聞きたい。


「わかりません。

なんとなく思い浮かびましたから」


 キアラは、小さくため息をついた。


「そういうことにしておきますわ。

お兄さまのポエム癖がでただけですものね。

それにしてもマンリオに、あんな一面があったのですね」


 ポエム癖ってなんだよ。

 たまに失言するだけだ。

 それにしてもマンリオだって、自分の人生を歩んできたのだ。


「そんな面がないと、全員から爪はじきにされますよ。

それにしても……。

クレシダ嬢は、一体なんのために使うのやら」


「あれは燃やすと、体内魔力を放出しますよね。

大掛かりなマジックアイテムを使うのでしょうけど……。

その顔は、なにか心当たりがありそうですわね」


「多分、人前にだして問題ないものでしょうね。

動かすのに、膨大な魔力が必要なのでしょう。

その範囲は世界規模と。

それにしても……。

人を燃料にするため、動けない半魔にするとはねぇ」


 キアラが、ジト目で俺を睨む。


「また話が脱線しそうですわよ」


 半魔のほうが、気になって仕方なかったのだよ。

 動かない半魔を燃やして、果たして同じ魔力が得られるのか。

 もしかしたら違う可能性だってある。

 まあ現時点では、なにも判断できないが。


「可能性のひとつは結界です。

ただ壺を各地に輸送しないのであれば、ちょっと事情がかわってくるかもしれません。

各地で結界を張るにしても、道具を使える人が必要です。

結界である可能性は低いでしょうね」


 キアラは納得した顔でうなずいた。

 結界は実現性が低いからな。


「他の可能性は?」


 クレシダが今までやってきたことから推測できる、有力な選択肢がひとつある。


「まあ……。

あれでしょうか」


 俺の説明に、キアラが怪訝な顔をする。


「そんなことのためですの?」


 それだけじゃないだろう。

 もっと悪辣あくらつな企みも潜ませているはずだ。


「表向きは。

もしかしたら、なにか仕掛けがあるのかもしれません。

罠みたいなものですよ。

それにしても、ミツォタキス卿とガヴラス卿は気が付かなかったのか……。

確認の書状をだしてください」


 気がついていないのか、知りつつも動けないのか。

 魔物への対応。

 クレシダ派を抑える。

 やることが山積みだからな。


「クレシダの勢力圏だから、手がでないのかもしれませんわね。

でもお兄さまの示唆があれば無視できませんものね

クレシダも今後はやりにくくなるでしょう」


 そんな甘い相手なら苦労しないよ。


「べつにかわりませんよ」


 キアラが、眉をひそめる。


「なんでですの?」


「必要な分は、もう確保していると思うからです。

半魔がエネルギーになる件は、私も知っていますからね。

私にも見せたとなれば、呑気に補充なんてしませんよ」


「ではアラン王国からですの?」


「それも難しいでしょう。

そもそも魔物の侵攻が激しくて、輸送など難事ですからね。

だから補充しないと思います」


 クレシダの行動が、次のステージに進んだか。

 徐々に古代人の技術を、人前で使っていくのだろうな。

 やっぱり面倒くさい相手だよ。

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