823話 薄情な連中
俺たちを乗せた馬車が屋敷についた。
マウリツィオは屋敷が違うので、ここで別れることになる。
中に入ると、モデストが早速カルメンになにか耳打ちした。
ノータイムで暴露するなよ!
カルメンはそれをキアラにリレー。
ちょっとひと休みしたいのだが……。
そんなことはお構いなしのようだ。
キアラは獲物を狙う目でほほ笑む。
「さてお兄さま。
ちゃんと教えてくださいね」
結局同じことを話す羽目になってしまった。
俺が睨んでも、モデストは涼しい顔だ。
「カルメンまで敵に回すのは、私にとってマイナスですからね。
自明の理でしょう」
さいでっか……。
かくして全員に囲まれながら、一通り説明をした。
予想通り、キアラは机に突っ伏す。
「む、難しすぎますわ……」
女性陣は、全員額に手を当てている。
そりゃ難解だろうさ。
いきなり、レベルがあがった感じさえするだろう。
ただ……。
これをクリアすれば、あとは問題ないと思う。
ひとり難しい顔で、腕組みをしていたプリュタニスが、小さなため息をついた。
「サロモン殿下は、プレヴァンに依存してしまっているわけですか……。
それで切り離すのは不可能だと?」
残念ながらな。
サロモン殿下に恩義を感じているゾエには悪いが……。
俺の個人的な感傷で、判断をかえることは出来ない。
「ええ。
サディストとマゾヒストが結合すると……。
説得で切り離すのは不可能ですよ」
プリュタニスが腕組みをして、ため息をついた。
「でも最初は、アルフレードさまに依存しそうな雰囲気でしたよね」
だからいろいろと、助言を求めてきたのだろう。
ただなぁ……。
「本人がそうしたくても、立場上不可能です。
私は他国の人間ですからね。
周囲が納得しないでしょう」
国の壁が立ちはだかる。
家臣たちは絶対に納得しないだろうからな。
常識的なサロモン殿下は、それを無視など出来ないわけだ。
「なるほど……。
でもアルフレードさまが諦めるくらい、両者の結合は密なのですか?」
サロモン殿下を切り離して、こちら側に寄せることは不可能だろう。
少々嫌なたとえだが説明しておくか。
「かなり気分の悪い比喩をします。
これが最もわかり易いですからね。
妻に暴力を振るう夫は、残念なことに存在します。
これは完全なサディズムの表れです。
大体は暴言もセットでしょう。
『いつでも出て行っていい』
『そうしてくれたほうがいい』などね。
それでも妻は、家をでることが出来ない。
もし妻が勇気を振り絞って『家をでる』と宣言したら……。
どうなりますか?」
カルメンが苦笑して、髪をかき上げた。
「そんな話は、たまに聞きますね。
貴族同士は家の結婚なので、滅多にないですが……。
平民同士の夫婦ならいくらでも」
「それはほぼ同じ結末を迎えませんか?
妻は出て行かないでしょう」
カルメンは唇の端を吊り上げる。
「よくおわかりで。
そんな時は決まって、夫が態度を豹変させます。
『出て行かないでくれ』とか哀願しますね。
『心から愛している』とか、『おまえなしでは生きていけない』だの……。
心にもないことを、口にするそうですよ。
途端に妻は出て行くこと諦めます。
仮に逃げても、夫に懇願されてまた戻りますね。
絶対にかわらない……と説得してもダメでしたよ。
結局改善されないままで、何度も繰り返します。
ホントあれはバカバカしいですよ」
カルメンは探偵もやっているからな。
そんな相談が持ちかけられることもあったろう。
かなりフラストレーションがたまっていたようだ。
「もし妻が依存していなければ、なにも言わず逃げますよ。
もしくは夫を殺して、地獄に終止符を打つでしょう。
依存しているからこそ……。
宣言しないと決心がつかないのです」
「私も逃げないなら、殺せばいいと思いますよ。
理不尽な虐待を受けていて、それが嫌ならおわらせないのか謎です。
そもそもなんで宣言するのか意味不明です。
大体そんな宣言する人って、なんでもそうですけど……。
未練タラタラなんですよね。
引き留めて欲しいのかわかりませんけど。
すぐ理由をつけて戻りますよ」
「自分を追い込むためでしょうかね。
そんな状態なので、目の前で懇願されるともうダメです。
宣言の正当性が薄れますからね。
でて行かない理由を口にしますが、他人にすれば甘すぎる見通しでしょうね。
ギャンブルに依存した人の、『次は勝てる』と同じですよ。
これを引き離すのは、第三者が実力行使にでないと不可能でしょうね」
カルメンは口に手を当てて笑いだした。
「アルフレードさまは、そんなことまで知っているのですね。
今更驚くほうが可笑しいですけど。
何年生きてきたのかってくらい、人生をよく知っています。
まあ……アルフレードさまだからいいですけど。
サロモン殿下とプレヴァンは、そんな関係に近いわけですか?」
なんだその意味不明な安心感は。
だが突っ込んだらやぶ蛇だ。
この話題に関しては、全員が薄情だからな。
俺の味方はひとりもいない。
ミルでさえもだ。
話を本題に戻そう。
「プレヴァン殿はあからさまに罵ったりしません。
ただ言外に、自分なしではダメだろう。
そう何度も言い聞かせるでしょうね」
プリュタニスは首をひねっている。
「たしかにプレヴァンはかなりの自信家に見えましたね。
そんな態度に依存するのでしょうか?」
自信満々の態度だから依存したわけではない。
それにあの自信は、虚勢にしか見えなかった。
もしあの議論で、自分の過ちに気が付いて即時軌道修正してくる相手なら……。
もっと警戒したろうな。
やろうとしていることは危険そのものだが……。
俺に悟られないように、計画を進める力量がない。
「プレヴァン殿の本質は、なんとなく見えています。
権威主義的性格の典型ですね。
そしてサディストです。
だからこそサロモン殿下は依存してしまった。
そう見ています」
プリュタニスは怪訝な顔をする。
「権威主義的性格ですか?
どこかで聞いたことがありますね。
それはどんな意味ですか?」
あまり聞かない話だからな。知らなくても仕方ない。
権威主義的性格だからこそ、世界を統制したいと思うのだろう。
「上からの命令や指示を、善悪の判断より優先させるべきだ。
そんな考えです」
プリュタニスは、渋い顔で頭をかいた。
「権威がなによりも大事と。
預言者団を思い出しますよ……。
あれも原理に従うことを、建前にしていましたが……。
それより自身の権威を大事にしていた。
そんな気がしていますから」
そのあたりは混同しがちになるだろうなぁ……。
「単純に権威が大好きなわけではありません。
プレヴァン殿は既存の権威を憎み、反抗しようとしますが……。
同時に権威に憧れてもいるのです。
常に極度の孤独感と無力感、そして罪悪感に満ちていると思いますね。
出来るはずのことが出来ないのは、彼にとって罪なのですから。
一方で激しい支配欲をもっています。
このような矛盾から、内面の安定を絶えず求めているでしょう。
その求め方が、サディズム的傾向として現れている。
私はそう見ています」
プリュタニスは、難しい顔で肩をすくめた。
いくらプリュタニスでも、そう簡単に理解出来ないか。
非合理の話は、まだ苦手のようだからなぁ。
「そういえば、サディズムとマゾヒズムの根元は同一だ、と
孤独からの逃避だと」
アーデルヘイトがビシっと挙手をする。
「旦那さま。
支配するほうが、依存って理解出来ません。
逃げられそうになってから態度が豹変するのは、その場しのぎの噓だと思うのですけど……」
普通はその場しのぎだ、と思うだろうなぁ。
サディストが口にすると、その意味がかわってくると思う。
そうは思えない。
「ああ……。
『心から愛している』とか、『おまえなしでは生きていけない』ですか。
本当にその場しのぎだと思いますか?」
アーデルヘイトは驚いた顔で、口に手を当てた。
「もしかして本気なんですか?
ますますわかりませんよ」
「サディズム的傾向が強い人は……。
彼が支配していると感じる人を、心から愛していますよ」
「支配しているから……ですか?
奥さんだからではなく?」
「そうですよ。
妻に限りません。
子でも他人でも同じですよ。
支配対象を愛していると思います。
彼なりに、心から愛しているし、感謝さえしているかもしれません。
もしかしたら支配するのは愛しているからだと……さえ思っているかもしれませんね」
クリームヒルトは大きなため息をついた。
そんな連中の内面をのぞいてもいいことはないだろう。
ついどんなものか想像してしまったのかな。
幸いそんな経験はなかったようだ。
あればすぐに俺の言葉を理解したろうからな。
「なんだか気味の悪い考えですね……」
「普通はそうでしょう。
実態は孤独感からの逃避です。
ひとりが怖いから、相手を支配して自分のものにする。
そしてそれを常に確認しないといけない。
そうすることで、安心感を得るのです」
カルメンが首をかしげる。
「あれ?
そんな支配しようとする人だけでなく……。
相手を痛めつけた揚げ句、殺してしまうタイプもいますよね。
それはサディズムと違うのですか?
依存するにしても、相手を殺してしまったら、元も子もないですよ」
ちょっと誤解させてしまったか。
「同じサディズムですよ。
支配下に置いて依存するのも殺してしまうのもね。
どちらも、孤独感からの逃避を目的としていますから」
カルメンは眉をひそめた。
過去に、そんな事件を扱ったことがあるのだろうか。
妙に食いつきがいいな。
「依存自体がサディズムのすべてじゃないのですか?」
それは、目的に至る手段でしかないからな。
「そうです。
殺すまでいくのは、かなり極まった人ですからね。
ただ……殺すとは、究極の支配とも言えるでしょう。
支配欲に突き動かされる衝動であることは、どちらもかわりませんよ。
相手を絶対的に支配する。
これは相手の自己を抹殺する行為です。
王ですら、そこまで支配は出来ないでしょう?」
「心までは支配出来ない……。
なんてよく聞きますね。
実際そうですから。
え? まさか……!?」
カルメンがドン引きした顔になるが……。
まあそうなるよな。
「ええ。
自分の力は至高だ。
無力ではないし、ひとりではないとね。
そうやって安心感を得るのですよ。
ただこれは薬みたいなもので永続性はありません。
相手を殺すタイプのサディストは、次々と相手を探すでしょう?
殺さずとも虐待するサディストは、一度で虐待をやめますか?
一度で終わるケースは、ほぼないはずです。
薬が切れて不安になると、また確認するのですよ。
差は殺すか、痛めつけるかの違いでしかありません」
カルメンは真顔でうなずいた。
「それは聞いたことがないですね。
それにしても……。
よくこんな気持ちの悪いことを分類して考えようとしますね。
しかも普通なら、胃もたれする話ですよ」
見なければ解決などしないからな。
しかも俺はどこか壊れている。
共感しすぎて心を病むことはない。
見ることに困難を感じないのさ。
意外と適した使い道だろう。
そもそもの話だが……。
あくまで個人の視点で話をしたが、これが集団にも適用されうる。
一種の社会現象にすらなりえるからな。
いずれ集団も感化される話をすべきだろうが……。
まだ早いな。
「人に対する興味ですよ。
人が歴史を作ると言われますが、歴史が人を作る面もあります。
歴史好きで人に興味がないなら、それは暗記が好きなだけだと思っていますよ。
なんにせよ人が鍵ですよね。
では人とは、どうやって作られるか?
それは社会的環境によるものが大きいでしょうね」
カルメンの目が鋭くなった。
「環境で人格が決まるわけですか?」
環境の及ぼす影響は大きいだろう。
正と負、どちらに転ぶかわからないが……。
「時が止まった1000年の間は、人の性格に大きな違いはないでしょう。
ではもっと前と、今の人は同じ性格でしょうかね。
極端なことを言えば……。
もっと文明が未発達の時、今と同じ性格でしょうか?」
プリュタニスが渋い顔でうなずいた。
プリュタニスの先祖も、故郷を追われてから性格に、変化があったろうからな。
それを思い出したのかもしれない。
「違うでしょうね」
つまり個人をひたすら追いかけるより、社会的な背景を探るべきだろう。
そのあとで個人が来る。
俺には、それがどうしても必要だったのさ。
「ならば社会的背景とそれによって作られる人を知るのがいい。
そう考えました。
少なくとも新しい秩序を構築するならね。
それに相手を策に嵌めるなら……。
人がどんなものか知らないと、応用が利きませんからね」
カルメンが苦笑して、頭をかいた。
「やっぱり魔王ですね。
そんな視点をもつこと自体が突飛すぎますよ」
これには全員笑う始末だ。
実に薄情な連中だ。
なんでも魔王にしやがって。
この程度で魔王になったら、未来は魔王だらけだぞ。
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