816話 閑話 ヤクザのスピリット

 ランゴバルド王ニコデモは憂鬱な表情で、いつもの夕食会を催していた。

 主催者が憂鬱な顔なら、本来は誰も出席したくはないのだが……。

 

 宰相たるティベリオ・ディ・ロッリ。

 警察大臣のジャン=ポール・モロー。

 このふたりは、直々の指名なので出席を余儀なくされている。

 陛下の悪趣味な夕食会。

 その常連メンバーであった。


 適度な世間話をしながら、ニコデモは憂鬱な顔でワイングラスを回す。

 普段から気怠けだるげだが、今日はそれがより顕著だ。


「宰相に警察大臣。

我が友からの書状を、どう考えるかね?」


 こんなときは、地位の高いティベリオから回答するのが礼儀だ。

 ジャン=ポールにとって、ある理由から実に有り難い話である。

 ティベリオは眉をひそめた。


「人類連合を離脱ですか……。

ラヴェンナ卿のことですから、軽々な判断ではないでしょう。

ただ問題は、領主たちが離反する口実になりかねない……。

そこだけが不安点です」


 離脱の可能性と、アルフレードの見解が届いたのである。

 援軍を巡るトラブルも届いており、サロモンに対して、厳しい評価が定着しつつあった最中のことだ。

 ニコデモはワイングラスを回しつつ苦笑する。


「余の権威を無視する要求は頑として撥ね付ける。

さらには離脱も辞さない……。

国王の代理任としては、完璧な立ち回りだ。

それをすぐ、余に知らせてきたこともな。

問題は国内の掌握が、まだ道半ばといったところだ。

謀反は軽症だが、その軽症が致命傷になりかねない。

宰相の懸念は最もだな。

警察大臣はどうか?」


 ジャン=ポールは、恭しく頭を下げた。


「臣も陛下と宰相殿の見解に、異存はありません。

ただ……。

ラヴェンナ卿と命運を、共にしてよいものか。

そこが懸念であります」


 ニコデモは、わざとらしく驚いた顔をする。

 このジャン=ポールは、自己顕示欲が強い。

 故に逆張りをすることが多々ある。

 そのほうが目立てるからだ。


 そこで、わざとらしく驚いてやるとムキになる。

 そうでないと、さっさと逃げてしまう。

 実に面倒くさい家臣であった。


 自己顕示欲の強さは、明確な弱点だが……。

 その弱点は、有能さにも直結する。

 むしろ見える欠点があるだけ、ニコデモは気が楽だった。


 アルフレードのような一分の隙もない人間が近くにいると……。

 精神的な圧迫を受けてしまう。

 これほど頼りになる家臣はいないが……。

 絶対近くに置きたくない心情もあった。


 ニコデモが、アルフレードを個人的に好きではない、と明かして以来……。

 ジャン=ポールは、隙あらば讒言めいたことを口にする。

 ニコデモにとってストレス解消の部分もあったので、あえて咎めなかった。

 それはジャン=ポールも心得ており、根拠のない讒言はしない。


 ニコデモは、楽しそうに目を細めた。


「それは如何なる意味かね?」


 ジャン=ポールは真面目腐ってせき払いする。


「宰相のおっしゃる通り、領主たちが反抗する口実になりかねません。

今は他国と協力すべきだと。

平時であれば容易に鎮圧出来るでしょう。

現在は遺憾ながら違います。

魔物への対応が、最優先となっていますから」


 ニコデモは意地の悪い笑みを浮かべた。


「そのような謀反をしても、あとに続くものがいるのかね?

孤立して魔物に襲われたのでは自殺行為ではないか。

謀反を起こした領主は、特別待遇で魔物に襲われない……と信じているのかね?」


 ジャン=ポールはニコデモに笑い返す。


「謀反を起こすものが、総じて思慮深いとは限りません。

陛下は事態を収拾するため……きっと妥協なさる、と勝手に信じ込むのが関の山でしょう。

多くは自分にとって都合のいい妄想に溺れ、成功を信じて疑わないものです。

不利益はなんの根拠もなく楽観視する。

自分のところは大丈夫……と考えるでしょう。

まさに愚者の熟慮ではないかと」


 ニコデモは苦笑しながらうなずいた。


「警察大臣の言には、一理あるな。

それでは……どうすべきかね?」


 ジャン=ポールは、わずかながら身を乗りだした。


「サロモン殿下に抗議した上で、人類連合に留まるのが宜しいかと。

決裂しては、関係の修復が出来ません。

我が国だけが孤立する危険を呼び込みますぞ。

将来、アラン王国がシケリア王国と手を組んで、我が国に圧力をかけてくることすらあります。

そうなると少々厄介なことになりましょう。

貸しをつくれば、逆にアラン王国と手を組んで……。

シケリア王国に圧力をかけることも可能ではありませんか?

少なくとも、アラン王国の上に立つことは出来るでしょう」


 ニコデモは苦笑しながら、首をかしげる。


「その可能性は否定出来ないな。

ただ……この書状の差出人は我が友だ。

そのようなことを考えず、このような書状を送ってくるかね?」


 このふたりのやりとりに、ティベリオは渋面をつくる。

 ジャン=ポールの意見は、火遊びに思えたからだ。


 まだ懲りていないのか。


 そんな思いが、顔にでたのである。

 引火すると、いつも後始末をさせられるのは自分なのだ。


 しかもアルフレードは、火遊びについてなにも言わない。

 それがティベリオの胃を締め付ける。


 なにかを考えているのかわからない。

 言わないからと調子に乗ると危険だ。


 そう本能的に察知している。

 だから気が抜けない相手なのだ。


「怒りのあまり冷静さを失うとも考えにくいですね。

そうなると……。

ある可能性が考えられます。

今後もサロモン殿下が、こちらに譲歩を強いる。

それが最大の問題と考えたのではないでしょうか。

臣はそのように愚考します」


 ジャン=ポールは、小さく首をふった。


「宰相殿のお考えに、異を唱えるわけではありませんが……。

踏み込まれてから拒絶するほうがよいと思います。

一線を越えたからと、大袈裟に反応するのは、如何なものかと。

話し合いが出来ない国だ……と思われかねません。

狭量ではないかと、世人は噂しましょう。

それだけではなく……。

支配体制に余裕がないのかと、足元を見透かされかねません」


 ティベリオは小さなため息をついた。

 ジャン=ポールが有能であることは、ティベリオも認めている。

 だが上流階級の出身ではないため、その価値観に無頓着なときがあった。

 今回も、その無頓着故の判断だろう。


「警察大臣は庶民の出身だから、わからぬのは仕方ないが……。

貴族とは舐められたら、そこで終わりなのだよ。

傘下の貴族や臣下たちは、踏み込んできても守ってくれないと思うものだ。

サロモン殿下は王族で、それを熟知している。

その殿下が、一線を越えてきたのが問題なのだ」


 舐められたら終わり。

 バカにされても舐められるな。

 これは貴族に生を受けて、最初にたたき込まれる常識であった。


 この世界の貴族は、ある意味ヤクザのような面がある。

 儀礼や体面を重視するが、本質はヤクザに近い。

 特にランゴバルド王国はその面が強かった。

 故に他国からは野蛮だ、と陰口をたたかれている。


 使徒の平和が到来したことによって、そんな野蛮人も上品な振る舞いを身につける余裕が出来た。

 儀礼や建前に通じたヤクザへと変貌していったのだ。

 それは蛮族が着飾り、化粧をするかのようだった。

 最初は滑稽だったろうが、1000年も経てば馴染なじむだろう。

 ずっと昔からこうであったかのように振る舞うのだ。


 使徒の平和が崩れると共に、このような飾りは剥がれ落ちている。

 儀礼を大過なくこなせば、それだけで権威となった時代は終わった。

 だからと無用の長物になったわけではない。


 服はすべて破けたわけでもなければ、すっぴんになったわけでもなかった。

 部分的には残っている。

 都合がいいときは、思い出したかのように使うだけだ。


 その振る舞いは、平民出身のジャン=ポールにとって理解不可能だった。

 都会の平民は、ヤクザのスピリットを忘れて久しいためだ。

 昔の貴族と平民は、ヤクザであることに違いがなかった。

 親分と下っ端ではあったが。


 貴族がヤクザのスピリットをもち続けたのは理由がある。

 貴族は本人や家族のみならず、守るべきものが多い。

 そこに虚栄心など様々な要素が重なる。

 結果的に舐められないことが最優先されたのだ。

 

 田舎でも他の村に舐められたら終わり、という風習は残っていた。

 ただし貴族のように、名誉は重要視されない。

 利益を失わないための威嚇である。


 貴族は、実を捨てて名を取ることが多い。

 名を捨てて実を取る貴族は、ほぼ確実に軽蔑される。


 田舎では、名を捨てて実を取るのが常であった。

 実を捨てて名を取ろうものなら、集団の長であっても追放されかねないのだ。


 都市平民のジャン=ポールの視点は平民である。

 上流階級と接しても、それは変わらない。

 都市平民に相互扶助的なコミュニティーは存在するが、それは自衛的な面が大きい。

 舐められたら終わり、とまでは思わないのだ。

 それは庇護してくれる貴族の役目だった。


 昔は喧嘩ひとつが大規模な戦争につながったが……。

 教会が、このような獣を人にすべく努力した。

 結果として、平民は利己的だがかつての凶暴さは失われていく。

 闘争のエネルギーを抑えきれない者は、冒険者になっていった。


 平民は常に実を求める。

 名を求める余裕などないからだ。


 商売で大成した平民は名を求め、上流階級の仲間入りを目指す。

 これは例外である。


 貴族からすれば、実にこだわるさまは、まさに平民根性だ、と蔑視すべきものであった。

 平民も見下されっぱなしではない。

 貴族が名にこだわるさまは、見えっ張り以外の何物でもない。

 そう内心バカにしている。


 決して交わらない思想であった。


 冒険者がこの世界で重宝されるのは、どちらの価値観も有しているからだ。

 つまりどちらとも話が通じる。

 どちらにも完全に属さないが故に、引退後の生活は厳しい。

 完全な仲間とは見なされないのだ。

 

 ジャン=ポールにとって、実を捨てて名を取るのは、ただの見えっ張りに他ならない。

 愚かな行為だ、と考えている。


 だが警察大臣となってから、人並み以上に虚栄心が湧き上がってきた。

 中途半端に名を追いかけて失敗することがあるのは、ご愛嬌あいきょうというべきか。

 完全に実を諦めきれないからだが。


「なにか成果を求めるあまりの焦りではありませんか?

そこは貸しにしても宜しいかと」


 ジャン=ポールはサロモンの行動が名を求めるあまりの焦り……と見ている。

 ならこちらは実を取ればいい。

 貸しをつくっておけば、見えっ張りの上流階級は別のなにかで譲歩するだろう。

 個人的にも、目の上のコブであるキアラが、他国に嫁いでくれれば万々歳であったが……。

 アルフレードが決して許可しないことは承知していた。


 アルフレードがラヴェンナの価値観を守るために反対した動機も、実利面から推測している。

 諜報力が落ちることを嫌ったのだろう。

 ならばサロモンの顔が立つ形で断ればいい。

 なにも人類連合の離脱まで匂わせる必要はないだろう。

 これではサロモンの顔に泥を塗るようなものだ。

 そんな認識である。


 それとは違う認識をもつティベリオは、腕組みをして首をふった。

 ティベリオにとって、サロモンの要請はとんでもない話なのだ。

 価値観の話までは思い至らないが、危険性そのものは理解している。


「貸しだと思えばよいがな。

必ずや与しやすいと思うだろう。

さらに要求を重ねて来ることは必定だ。

例外は次の例外を呼ぶと相場が決まっている。

殿下が満足しても、その家臣は満足しないからな。

そもそもサロモン殿下は、一国の王ですらないのだ。

そのような身で、陛下の権威を軽んじるのは問題であろう」


 ジャン=ポールは驚いた顔になる。

 ティベリオは趣味人で、軽薄な男。

 そんな認識だった。

 ここまで舐められないことにこだわる、とは思っていなかったのだ。


「宰相殿がそこまで気骨のあるお方とは、思いもよりませんでした。

ですが窮地にあるサロモン殿下を拒絶するのは、如何なものでしょうかな。

世人の評判も宜しくないでしょう」


 ジャン=ポールは平民出身なだけに、サロモンの申し込みを断ったアルフレードが、庶民からは理解されないと考えている。

 人類連合のメディアなる存在が、病的なまでにアルフレードを、目の敵にしているからだ。

 アルフレードがなにも言ってこないので、今のところ放置しているが……。

 きっとどこかで一網打尽にする気なのだろう。

 そう思って、メディアの活動を注視するに留めていた。

 

 ティベリオはフンと鼻を鳴らした。

 そもそも非常識な要請をしたほうが悪い。

 それがティベリオの認識である。


「窮地にあるからと踏み込んでよいものではない。

舐められていると同義であろう。

一度舐められたら、際限なく一線を越えてくる。

そうなってから反発しても遅いのだ。

味方からはほぼ見限られる。

その後の苦難は、より大きいぞ」


 ニコデモは苦笑して、肩をすくめる。

 内心はティベリオの見解に同意見だったからだ。

 そしてアルフレードが、独自の価値観を守るために反対したと見抜いている。


 ではなぜジャン=ポールに、長々と話させたのか。

 単にストレス解消のためではない。

 違う視点からの意見であれば、見落としに気がつける。

 そう考えたのだ。

 まったくもって食えない王である。

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