第25章 憧憬の行く末

815話 勝ち筋

 ホールで皆と歓談していると、気になる報告が届いた。

 クレシダがサロモン殿下と内密に会談したことだ。

 

「近々動きがありそうですね」


 だろうな。

 クレシダが、大きく動きだした。

 アラン王国なら手を突っ込みやすいだろう。


「それより……。

アラン王国の動きが、気になりますわね。

サロモン殿下が思うような成果をだせていませんから……」


 キアラが、眉をひそめた。

 他の王子たちから、遠回しにサロモン殿下を非難する声が届いている。

 これは故意に流したのだろう。


「他の王子たちも、色気をだしはじめましたわね。

わざわざお兄さまに声を届けるあたり……。取って代わる気満々ですもの」


 たしかに問題は多い。それでも乗り換える理由にはならない。

 それに乗り換えさせるには、俺が人類連合に深く食い込まないとダメだ。

 食い込むにしても時期尚早だな。


「なかなか面倒なことになりそうです」


 キアラは、楽しげに目を細める。


「どうされますの?」


 この王子たちの蠢動も、誰かに唆されたのだろう。

 クレシダか世界主義、どちらだうろか。

 どちらにしても……。

 関わっては、ろくなことがない。


「他の王子は無視していいでしょう」


 キアラは、驚いた顔になる。


「いいのですか?」


 罠のひとつだろう。

 俺が手をだせば、儲けものってやつだ。


「下手に焦って手をだしても、こちらが火傷するだけです。

そもそも他国の問題ですからね。

それにクレシダ嬢が、サロモン殿下に手を伸ばしたのです。

色々思惑はあるでしょうが……。

考えても推測にもならない話ばかりですからね。今は様子を窺いましょう」


 思わず、ため息が漏れた。

 キアラは怪訝そうな顔をする。


「お兄さまのため息なんて、珍しいですわね」


 ため息をつきたくもなる。


「これはクレシダ嬢が、私に送ってきたメッセージですからね。

面倒なことをしてきそうです」


「まだやり返さないのですか?」


 今やり返すと、泥仕合に持ち込まれる。

 それでも勝ち筋はあるが……。


「私に考えがあります。

ある程度はクレシダ嬢の思惑にのった方が楽ですよ」


                  ◆◇◆◇◆ 


 数日後、サロモン殿下からある要請が届いた。

 これは皆に知ってもらう必要があるな。

 ホールに全員を集めた。

 全員そろったところで、要請内容を明かす。

 一様に困惑顔だ。

 プリュタニスが腕組みをした。

 まったく予想していなかったのだろう。

 

「サロモン殿下が、キアラさまを花嫁として迎えたいですか……」


 アーデルヘイトが心配そうな顔で、俺とキアラを交互に見た。


「旦那さま。

どうするつもりですか?」


 そんなものは決まっている。


「断ります。

キアラの意志はわかりきっていますし……。

統治面でも代役がいませんからね。

受け入れる理由がありません」


 アーデルヘイトとクリームヒルトは、胸をなで下ろした。

 俺が断るとわかっていても、実際に明言するまではどこか不安だったようだ。

 プリュタニスは、気まずそうに頭をかいた。

 この要請が予測出来ないことに、忸怩たる思いなのか。

 それはムリだろう。

 クレシダとの面会で決めた話だからな。


「そんな素振りは、まったくありませんでしたよ。

普通なら……。

私にキアラさまの話題をふって、それとなく打診するでしょう。

いきなりですか……。

やはりクレシダの差し金、と考えるべきでしょうか?」


 それ以外に有り得ない。

 良くも悪くも、サロモン殿下は常識人だ。

 世界主義の連中も、思想はお花畑だが……。

 一応は常識人だ。


「そう思いますよ。

元々断られることを、前提の打診でしょうね」


 モデストが静かにうなずいた。

 俺と同意見のようだ。


「そもそも家格が釣り合いませんしね。

ニコデモ陛下が許可しないでしょう。

ランゴバルド王国にとってはデメリットが大きい。

断られることは織り込み済みでしょう。

申し込んだことに、意味があるわけですね」


 ここでは、申し込んだことが大事だからな。

 内々の申し込みと言っているが、明日には広まっているさ。


「そう思います。

まずひとつは、人類連合として融和の演出ですね」


 カルメンが首をかしげた。


「それって……。

家格にとらわれない新しい秩序をつくる、と宣言しているようなものですね。

国同士の利害も考慮しないつもりですか。

平時なら周囲から反発を受けますが……。

今は微妙ですね。

従来の価値観が揺らいでいますから。

その延長線上であれば、納得しやすいわけですね。

少なくとも……。

ラヴェンナの価値観よりはずっと受け入れやすいでしょう」


 話が早くて助かる。

 カルメンは思考が柔軟だからな。


「断られることは想定済みです。

あくまで姿勢を示すためのポーズですよ。

将来を見据えた布石でしょう」


 皆が、突然言葉に詰まる。

 聞きたいことはあるが聞きづらいのだろう。

 プリュタニスが頭をかいた。

 こんなときの聞き役だな。

 本来はキアラが、その役目になるが……。

 当事者だからな。


「仮にアルフレードさまが受けたら、サロモン殿下はどうするつもりですかね?」


 そうなれば儲けものだろう。

 俺にとって、なんのメリットもないが……。

 血迷って受けるか、キアラが俺を困らせないため……受けるかもしれないからな。


「協力してラヴェンナの情報を流すならよし。

そうでないなら軟禁しておく。

不都合になったら殺す……。

そのあたりでしょうね」


 プリュタニスは怪訝な顔になった。

 俺より、サロモン殿下に接しているからな。

 性格は熟知しているだろう。

 俺の予測は、サロモン殿下の性格と大きく異なるからな。


「サロモン殿下がそこまでしますか?

いくらなんでもそこまでしては大問題ですよ」


 サロモン殿下はそこまで決断出来ない。

 基本その手の処理は、家臣がやるからな。


「サロモン殿下の意向なんて、どうでもいいでしょう。

クレシダ嬢でなくても……。

側近がそうするだけのことです」


 プリュタニスは腕組みをして考え込んだ。

 やはり納得出来ないか。

 これはサロモン陣営の勝ち筋を考えると必然なのだが……。


「サロモン殿下はまるでお飾りですね……。

まだ釈然としない点があります

ポーズのためだけに、アルフレードさまの反感を買うような行為に及ぶのですか?」


 この決断をした時点で、俺の反感なんて些細なことだ。

 関係悪化は、覚悟の上だからな。


「もうひとつは世論づくりでしょうか。

援軍への詫びのような形で、婚姻話を持ちかけるのです。

家格で考えれば、ラヴェンナにとっては破格の厚遇ですよ。

これで私が断れば狭量だ、と吹聴するためですよ。

特に庶民は、政治的な機微を知りません。

わかりやすいイメージに、もっともらしい説明がつけば……。

簡単に飛びつきますからね」


 プリュタニスは、少し不機嫌な顔になった。

 俺がはぐらかしていると思ったかな。


「庶民からの共感を得ても、なんの益もありませんよ。

アルカディアのような選挙なんてないのですから。

可能性としては武装蜂起ですけど……。

アルフレードさまが狭量だ、と憤慨して武器を持って立ち上がらないでしょう」


 ある意味で正しい。

 この目的は長期的だ。

 これはメディアが創設されたことで、効果が見込める。

 なんとなくの合意づくりだ。

 世界主義の思惑としては、魔物の討伐後に俺を敵として纏まるつもりなのだろう。


 それより、もっと大きな目的がある。

 その目的を成就するためなら、反感なんて些細な問題になるだろう。


「まだあります。

それは将来を見据えたもので、もっと大事な目的があります。

ラヴェンナの独自性を認めない。

つまり既存の支配層が迎合しやすい未来を提示したわけです」


 クリームヒルトが額に、手をあてる。


「頭が痛くなってきました……」


 ちょっと説明が飛びすぎたか。

 前提から説明しないとダメだな。


「既存の社会で、別の集団から婿を取る場合……。

要職にある人を指名しません。

名誉職であれば話は別ですし、結婚に箔をつけるためならよくあることです。

そんな暗黙の了解があることはわかりますね?」


 クリームヒルトは納得した顔でうなずいた。

 ここは理解出来るだろう。


「それはそうですね。

統合する前提ならありですけど……。

相手の家に情報が筒抜けになりますね。

ラヴェンナの外にでてわかりましたけど……。

友好的な顔で付き合いながらも、どこか警戒していますね。

縁戚関係を強化しても、実権を持っている人は引き抜かないですからね」


 今までキアラへの結婚申し込みがなかった理由だな。

 水面下での打診は幾つもあったが、すべて断っている。

 無論、キアラに確認してからだが。


「その点でキアラに婚姻を申し込むのは、大変不作法だと思われるでしょう。

下手をしたら敵対行為と受け取られかねない。

だから他家は、キアラに結婚を申し込まなかったのです」


 クリームヒルトは首をかしげる。


「それだと不作法で終わりですよね。

ラヴェンナの独自性を認めないことに、どうつながるのですか?」


 ひとつ大きな差がある。

 ラヴェンナとそれ以外の、大きな差がな……。


「既存の社会で、この認識は男性にのみ適用されます。

女性は表向き要職につきませんからね。

そんな女性をめとりたいと願う例は、多々あります。

だから女性が本当の要職につくことはない。

でもラヴェンナは能力主義なので、性別は無関係でしょう。

それを無視したわけです。

つまりは……。

女性が公的な地位につくことを認めない意思表示です。

認めないから、地位がないことになる。

だから求婚は不作法とはならない。そんな理屈ですよ」


「これってラヴェンナにとっては譲れない問題ですけど……。

他所からは、なぜこだわっているのだ、と思われそうですね。

積極的な支持は期待出来ませんね……」


 それを想定しての申し込みだろう。

 なかなか手が込んでいるよ。


「そう思われても譲る必要はありません。

これを大きな問題とせずに、なあなあで解決すると……。

次はもっと踏み込んできます。

それも際限なくね。

配慮や譲歩は、それが通じる相手にのみすべきでしょう。

一方的に、相手から取れるだけ取ろうとする相手に譲歩しては……。

かえって調子に乗せるだけです。

子供の我が儘と同じですよ」


 クリームヒルトは大きなため息をついた。

 その差を失念していたようだ。


「やっぱり政治の世界は難しいですね。

バカげた婚姻要求にも、こんな意味が隠されているなんて……」


 すべてに深い意図が潜むわけではない。

 今回はクレシダが、俺にメッセージを送ってきたからこそだ。


「普段からここまで込み入ったものはすくないですよ。

個人的感情が主ですから」


 今まで黙っていたキアラはほほ笑んだ。


「断るにしても、そのあと……。

どうしますの」


 カルメンは意外そうな顔になった。


「キアラは怒ると思ったのに……。

ご機嫌なの?」


 キアラはフンスと胸を張った。


「当然ですわ。

この話を聞いたとき、お兄さまが不機嫌になりましたもの。

それだけで十分ですわ」


 第一報で俺に湧き上がったのは不快感だ。

 不機嫌が顔にでたかもしれないな。

 カルメンは呆れ顔で、手をふった。


「ハイハイ」


 このまま脱線しても面倒だ。

 俺は、わざとらしくせき払いをする。


「断ったあとですが……。

今まで通り接しますよ」


 キアラは不思議そうに、首をかしげる。


「それってなにか考えがありますの?

別の王子を推すとか、プレッシャーをかけてもいいと思いますけど」


「それは無意味ですよ」


「あら……。

どうしてですの?」


 絡んでいるのがクレシダなのだ。

 どうなるかは明白だろう。

 数人いる王子を吟味して、サロモン殿下を選んだと思う。


「簡単です。

クレシダ嬢に全員消されるからです。

かくしてアラン王国の王位継承者を、ソロモン殿下ひとりにする。

そうやって、私に選択を突きつけるでしょうね」


 キアラは驚いた顔で、口に手をあてる。


「もしかして以前、お兄さまが言っていた……。

ラヴェンナを主流にするため、世界を支配する話ですの?」


 嫌なら、お前が実権を握れ。

 そう言っているのだろう。

 サロモン殿下はもう引けないからな。

 受け入れるか打ち倒すか……。

 その選択になるだろう。


「そうです。

次々と既成事実を積み上げて、ラヴェンナの独自性を無効化する方向に走るでしょう」


「それでも今まで通りと?」


「そうですよ」


 カルメンが突然笑いだした。


「アルフレードさまは相変わらず魔王ですね。

サロモン殿下はきっと、疑心暗鬼に陥りますよ。

そうすると焦る余りに、なにか失策をしでかすでしょうね。

キアラに手をだしたから、アルフレードさまから敵認定ですかぁ。

怖い兄ですねぇ」


 プリュタニスは複雑な表情だ。

 協調してやっていきたい思いだったろう。

 だが相手から、手袋を投げてきたのだ。

 如何ともし難い思いなのだろう。


「敵認定は構いませんが……。

ただ待つのですか?」


 相手の失点を待つが……。

 それだけではない。


「ただ待ちませんよ。

打てる手は打ちます。

ラヴェンナの独自性を否定されてまで、アラン王国の存続を願う義理はありませんからね。

キアラ。

ニコデモ陛下に書状をだしてください。

『最悪人類連合を離脱する可能性がある』とね」


 キアラは苦笑してうなずいた。

 怒っていないのは幸いだが、他人事のような感じだな。

 感情的にならないのは助かるが……。


「わかりましたわ。

ラヴェンナを認めたニコデモ陛下の否定につながりますものね。

それにしても……。

陛下はお兄さまに抱きついたばかりに、こんなときに巻き込まれるのですね」


 ああ。

 ニコデモ陛下が抱え込む問題を面白がっているのか。

 ある意味一蓮托生だからな。


 皆は苦笑しているが、ひとりプリュタニスは首をひねっている。

 やはり割り切れない部分があるか。


「援軍の件で抗議されて窮地なのはわかりますが……。

そこまで追い込まれていたのでしょうかね?

ちょっと冷静さを失っているように思えます」


 普通の心理状態なら……どうだったろうな。

 だがクレシダも、タイミングを計っていたろう。


「多分、クレシダ嬢から吹き込まれたのでしょう。

『アラン王国を存続させたいなら、人類連合の盟主になるしかない。

自分も協力を惜しまない』

そんなところでしょうか」


 プリュタニスが腕組みをして、ため息をついた。

 理解したくない心情だろうな。


「それにしてもいささか突飛だと思います」


「そうでもありません。

出席者の中で、唯一の王族ですからね。

血統はバカになりません。

それに弱っているところに、半魔から助けてくれた恩人からの誘いです。

そこに顧問が賛同したら?」


 キアラはため息をついて、肩をすくめる。


「つい聞いてしまいますわね。

しかも一度動きだしたら、あとにも戻れませんわね」


 それを知らないのは、サロモン殿下ただひとりだろうな。


「他王子たちの蠢動も、誰かの差し金でしょうね。

色々と血迷う条件はそろっています。

ここまで明白に踏み込んだのなら、動きは活発になるでしょう。

そろそろ対決も本格的になりそうですよ」


 シケリア王国は、クレシダに同調しないだろうが……。

 機能不全に陥る可能性があるな。


 モデストが腕組みをしてアゴに手をあてる。


「ラヴェンナ卿の見解に異を唱えるつもりはありませんが……。

いささか不可解な点があります」


 やはりそこに突っ込んでくれたか。

 忌憚なく疑問を呈してくれるのは本当に有り難い話だ。


「なんでしょうか?」


「感情的な暴走なら落とし所も考えずに敵対行為に走りますが……。

そうではないでしょう。

クレシダ嬢は、サロモン殿下に勝ち筋を提示したはずです。

それが不可解ですね。

ラヴェンナ卿を、力で押さえ込めると考えるほど楽観的ではないでしょう。

ロマン王ならいざ知らずね」


 プリュタニスも強くうなずいた。


「そこは私も引っかかっていました。

シケリア王国が全面協力すると誤認しても、先の戦いではラヴェンナに勝てなかったのです。

それがランゴバルド王国全体を敵に回して勝てると思うのか……。

そこまでバカではないでしょう。

少なくともサロモン殿下は平均以上の知性は持っていますよ」


「あくまで推測ですが……。

外れても笑わないでくださいよ」


 アーデルヘイトが頬を膨らませた。


「むしろ黙っている方が嫌です。

外れても笑いませんよ」


 モデストが珍しく声をだして笑った。


「そうラヴェンナ卿を責めないでください。

男の性ってやつですから。

つい見栄を張って、確証のないことは口にしたくないのです。

女性陣は、推測でも教えてくれるほうが嬉しいのでしょう。

ですが男はよほど相手に依存しない限り、不確かなことをベラベラ口にしたくはないのですよ。

もしくはマンリオのように、ゴシップで飯を食いたい場合ですかね……。

それ以外では、単純に口が軽いタイプでしょうかね

ラヴェンナ卿のように、とても誇り高い人にとっては難事なのですよ」


 カルメンが驚いた顔で口をあんぐりと開けた。


「驚きました。

モデストさんが、男の心理なんて語るのなんてはじめてですよ」


 モデストが苦笑して肩をめた。


「柄にもないことを言ってしまいましたね。

それで勝ち筋とは?」


「ラヴェンナを従来の社会からはじきだすことです。

関係を持つなら、従来の価値観に従え。

従えないならでていけ。

それなら実現可能だと思いませんか?」

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