809話 可能性のひとつ

 世界中に衝撃の走った新教皇即位だが、俺のやることは変わらない。

 気にすることは……。

 オフェリーが、アレクサンドルの見舞いにいきたがることくらいだ。

 口には出さないだろうがな。


 だがそれを認めることは出来ない。

 道中のみならず、教皇庁とて安全ではないのだ。


 俺自身……薄情を超えて、冷酷な部分があるからなぁ。

 見舞って病状が、よくなるならいいのだが……。

 余計に気を使わせて、負担をかけたら無意味だろう。


 そんな考えが根底にあるので、心配の余り見舞いにいく発想がない。

 他の人はそう考えないから、相手を傷つけないように見舞うことはある。

 本心からではなく、計算上の動きだからなぁ。

 自分の判断が正しいとも思えなかったので、周囲に相談することにした。


 回答は『いけなくても、仕方がない』だ。


 なのでオフェリーには、いかないように指示を出しておいた。

 これなら、オフェリーが薄情だの言われないだろう。


 それより新教皇が、どう動くか。

 こちらのほうが問題だ。

 人事の話題は、いつも早く広まる。

 新枢機卿は9名。

 各国3名だ。

 知らない名前ばかりだが……。

 まあ妥当だろうな。

 

 そんなことを考えていると、リッカルダが面会を求めてきた。

 面会すると、予想のひとつが的中した。


 キアラは驚いた顔をしている。


「新教皇が、お兄さまと会うために……。

ここに来るですって?」


 リッカルダは真面目な顔でうなずいた。


「はい。

いきなり押しかけるわけにもいきません。

ラヴェンナ卿の意向が大事ですから」


「それは構いません。

ただ……。

いつ頃かわからないと、予定を空けることもままならないですよ」


「来月上旬で、ご都合のよい日は?」


 来月上旬か……。

 かなり早いな。


「上旬後半を開けておきましょう。

そう新教皇にお伝えください」


 リッカルダは、俺を興味深そうな顔で見てから苦笑する。


「承知いたしました。

それにしても……。

驚かれないのですね」


 驚くことを想定していたのか。

 そんなことでは驚かないよ。


「可能性のひとつでしたから」


 キアラが、ジト目でにらんできた。

 言わなかったからな。

 可能性なんていくつでもある。

 それを、いちいち話す気はなかった。

 

 リッカルダは妙に感心した顔でうなずいている。


「ラヴェンナ卿を驚かすのは難事のようですね。

では教皇聖下せいかには、そのようにお伝えします。

あと……この件はご内密に」


 新教皇は、俺を品定めしたいようだ。

 当然に思える要求だが、裏の意図が隠されているな。


「当然の希望ですね。

もちろん誰にも話しませんよ」


 リッカルダが帰ったあと、キアラが大きなため息をついた。


「お兄さま。

なにかいうべきことは……ありませんの?」


「ないですよ。

予測と妄想の境目が、曖昧な話をしても仕方ないでしょう?」


 キアラが頰を膨らませた。


「そうですけど……。

なぜそう考えたのですか?」


「物事は相手が驚いたときに、一気に進めるほうがやりやすいのですよ。

そうやって既成事実化すべきでしょう。

じゃないと、ただ驚かせて終わりですよ。

それなら意味がない。

だから私なら、そうするってだけです。

ただ……。

高齢ですからね。

しかも教皇職は激務でしょう。

さらに負担を増すような遠出なんてするかなと。

腹心の派遣のほうが、実現性は高いかなと思いましたよ。

その予測は話したでしょう?」


 キアラが拗ねたように、口をとがらせる。

 この場にミルがいたら、絶対に張り合って喧嘩していたな。

 仲がいいのは結構なんだが……。

 たまにふたりの喧嘩は、本気か加減しているのかわからなくなる。


「それはそうですけど……。

なんか納得がいきませんわ」


 俺が口にする推測には、基準があるのは知っているだろう。


「そこは納得してください。

思ったことを垂れ流していたら、皆が混乱してしまいますよ」


 キアラは、小さく、ため息をついた。

 どうやら、気が済んだようだ。


「それで会談の目的ってなんでしょうか?

側近の派遣なら……。

あの件の謝罪と、人類連合の出席だけですよね」


 側近なら、そこまでの話だ。

 自ら出馬となれば、もっと大きな成果を取りに来る。

 それでも普通は根回しをして、会談にこぎ着けるものだ。

 この場合、会談はセレモニーだ。

 よほど自信があるのか、それとも違う目的があるのか……。


「教皇自ら出馬となれば、その程度で済ませる気はないでしょうね。

こちらが断りにくい話を持ってくると思いますが……。

正直想像がつきませんね。

なにを欲しているのか。

それが明確ではありませんからね」


 キアラは小さなため息をつく。


「荘園を放棄した対価。

簡単に思いつくのはそれですけど……。

要求するのは、筋違いですものね」


 そんな、馬鹿な要求が通るはずはない。

 その程度の人物が切り札では、本格的に教会を見捨てることも、視野に入れなくてはいけないなぁ。

 それは面倒だから出来るだけ避けたい。


「それだと面会は大失敗確定です。

教皇自らの出馬ですよ。

絶対に成功させるつもりでしょう。

こちらがのめる条件を出す。

そこまではわかりますけどね」


 キアラが、ジト目で俺を睨む。


「本当に?」


 これは、根にもつパターンだ……。


「本当ですよ。

なにせ油断出来ない人ですからね。

読めませんよ」


 キアラは苦笑して、肩をすくめた。


「ああ……。

他言無用の話ですわね」


 この場合受け入れ準備のために、クレシダとサロモン殿下には伝えるのが礼儀だ。

 それ以外には話してはいけない……。

 普通ならばだ。


「私がどう対応する気か、今後の判断材料にするつもりですよ。

そもそも……。

私が漏らしても問題ないわけです。

なかなかいい撒き餌ですよ。

目のつけ所が違うでしょう。

それよりも今回の話で、大事な部分があります。

それはわかりますか?」


 キアラが、意地の悪い笑みを浮かべる。


「本来なら教会の話ですものね。

ラ・サールに伝えさせますわ。

これは完全に切り捨てられるでしょうね」


 なかなかに、意地の悪い話だ。

 クレシダとしても、こうなっては新教皇の意向を受け入れるほかないだろう。

 今は人間社会の善意を悪用する立場だ。

 まだ踏みにじるときではないだろう。


「しかもラ・サール殿に伝えてすらいないでしょう。

これは見物ですよ。

ただ……。

破門状の件で、新教皇を問いただすことも出来ないでしょうね。

そこの対処も考えてくるでしょう」


 キアラは困惑顔で、ため息をついた。


「なんとも厄介な相手ですわね」


 厄介であるほど、プラスも大きい。

 今回は、プラスの面が強いだろう。

 だからこそ、どんな要求をしてくるのか……。

 怖いところではあるがな。


「そのかわり、大きなメリットがあります」


「あら?」


「話し合いが出来る相手です。

大事な要素でしょう。

それと教会内の統率もしてくれます。

使徒騎士団の統率もね。

さらにはマリー=アンジュ嬢に、手を出さなければ有り難いでしょう?」


 キアラは曖昧に苦笑しただけだった。

 ジャン=クリストフは話の通じない相手だ。

 あしらえるが、相手をすると疲れる。

 

 新教皇なら話は通じるだろうが、油断ならない相手。

 どっちがマシなのか、答えが出なかったのだろうな。


「新教皇がお兄さまに太刀打ち出来るのか……。

お手並み拝見といきますわ。

魔王と鉄の聖女の対決なんて面白いですもの」


 全然違うことを考えていたようだ……。


「教会組織を甘く見ないほうがいいですよ」


 キアラは意外そうな顔をする。


「気になる人はルグラン特別司祭くらいですよね。

あと……いましたっけ?」


「伝統ある組織は、優秀な人材をプールしておく余裕があるのですよ。

先生だって教会関係者です。

教会は優秀な人を輩出していますし、可能性のある人を抱え込むことだって可能ですよ」


 キアラは不満げに、眉をひそめる。


「ここ最近の醜態は、目に余りませんこと?」


 まだ、視野が浅いか……。

 仕方のない面でもあるがな。


「それは教会全体ではなく、システムにガタが来ているだけです。

有能でない人材が出世して、幅を利かせているのですからね。

でもそれは、全体の質低下とは無縁です」


「全体の質ですの?」


「ラヴェンナと教会が戦うとは……。

新興の成り金と、由緒ある金持ちが争うようなものですから」


 キアラが、頰を膨らませる。


「ラヴェンナが成り金なんて、そんな下品なものには思えませんわ」


「あくまで例えですよ。

教会からはそう見えているでしょうね。

話を戻します。

この両者が争った場合……。

成り金が持っている財産は、見えているものがすべてです。

そこはいいですよね」


 キアラは不承不承うなずいた。

 ラヴェンナに愛着を持ってくれているのは嬉しい。

 だが相手は、そう見ないのだ。


「まあ……そうですわね」


「ところが伝統ある金持ちは違う。

倉庫に死蔵しているものだって、価値があるでしょう。

なにげない飾り物にだって、価値があるかもしれない。

つまり見えない財産が眠っていると考えるべきです。

しかも人脈は広い。

少々不利になったところで見捨てられない。

信用がありますからね」


 キアラは眉をひそめる。


「つまり成り金は、信用がないから……。

ちょっとでも不利になったら見捨てられると?」


「そんなところです。

長期戦になったら勝つことは難しいでしょう。

だから荘園押収などで、貴族をこちら側に引き入れたのです」


「経済圏などで協調をしているのも、信用作りの一環ですのね」


「そんなところです。

なにせラヴェンナには、信用がない。

だから色々と世話をして、信用を積み重ねているわけです。

まだ途中ですよ」


「待ってください。

信用はわかりました。

でも財産とは、人材でもありますよね。

価値があっても……使わなければ無価値ですわ。

有能な人材は、登用されなければいないも同様、とおっしゃっていましたよね」


 覚えていてくれたか。

 こうやって反論してくれるのは、嬉しいものだ。


「言っていました。

逆に登用されれば……いることになります。

現にそうなりましたよね」


 キアラは眉をひそめた。

 俺の意図が理解出来たようだ。


「それを警戒しているのですわね」


 新教皇がマトモなら、埋もれていた人材を抜擢するだろう。

 今までとは動きが変わるはずだ。


「ここまで教会が醜態をさらしても、組織としては存続していたのです。

相応の人材が支えていたのでしょう。

それに上層部は、いざというときの切り札がある、と思っていたのでは?

無意識に安心した結果、醜態をさらしただけ。

そうとも考えられますね」


「決して油断してはいけないのですね。

よくわかりました。

歴史のある組織と対するには、相応の警戒が必要と……」


「常にそれが必要ではありませんよ。

状況によります」


 キアラは大きなため息をついた。


「ほんと……お兄さまは、簡単な答えを出しませんわね。

それってなんですの?」


 意地悪をしたわけじゃない。

 現実が複雑だから、簡単な答えがないだけだ。


「使徒がもたらした言葉で、『コストカット』を覚えていますか?」


「ありましたわね。

ムダなことを削れば、余計なコストがかからない。

そんな意味合いでしたっけ。

ある意味当たり前ですよね」


「それをやりすぎている組織は、怖くありません。

見えているものが、すべてになりますからね。

むしろ脆弱そのものでしょう。

それは埋もれていた人材と、いざとなれば頼りになる人脈も切り捨てることです。

見えない財産の維持にかけるコストなんて、ムダに見えるでしょうからね。

適度な見直しは必要ですが、やりすぎると危険ですよ。

たとえは悪いですが……。

ダイエットみたいなものです」


 キアラは苦笑した。

 俺がこんなたとえを出すとは思わなかったか。


「珍しく俗なたとえですわね。

たしかにやりすぎると、不健康になりますわ。

病気にもかかりやすくなりますわね。

逆に太りすぎもよくないと……。

結局はバランスに行き着くのですわね」


 そうなのだが……。

 はき違えると、怖いものがある。


「人は偏る生き物ですからね。

それを意識しないと、ダメってことです。

それもバランスばかりに固執してはダメですよ。

あくまで手段であって目的じゃないのですから」

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