800話 仲のいいふたり
今後の方針を相談したいという名目で、俺が会議の招集をかけた。
正式ではないので、とくに出席者の制限はかけない。
招集した側なので、俺とモデスト、マウリツィオは先に会場で待機する。
モデストは無言だったが、どこか興味深そうだった。
最初に入ってきたのは、ジャン=クリストフ・ラ・サールとピエロ・ポンピドゥ同時だ。
ふたりでニヤニヤと笑っていた。
なにを考えていたか、手に取るようにわかる。
破門の撤回を、俺が要請すること。
その要請に、言を左右にしてお茶を濁す。
ジャン=クリストフが破門したわけではない、と言ってな。
サロモン殿下かピエロあたりが、仲裁をして俺に譲歩を強いる筋書きだ。
そんなものに付き合う義理はない。
マウリツィオの姿を見て、その場に立ちすくむ。
破門の撤回を望むなら、マウリツィオがこの場にいてはならない。
破門された相手と関わることを禁じられる。
それが弱点になることに気がつかなかったようだ。
俺は真面目腐った顔で、
「どうされましたか?
早く中に入られては?」
ふたりは、顔を見合わせる。
マウリツィオがそれを横目に皮肉な笑みを浮かべた。
「なにか後ろ暗いことでもあるのではないでしょうかなぁ。
あとから来る人の邪魔になります。
立ち止まるなら、廊下にしてほしいものですな。
そもそも彼らが、不在でも問題はないでしょう」
ふたりはマウリツィオを睨むが、マウリツィオはガン無視である。
思わず吹き出しそうになった。
ふたりヒソヒソ話をして、渋々入室する。
多分、特例とするか……。
マウリツィオをいないものとする気なのだろう。
次に来たのは、クレシダとメイド。
クレシダは意味深な笑みを浮かべた。
なにをするか理解したのだろう。
次は、サロモン殿下とエベール。
サロモン殿下はどことなく申し訳なさそうな顔をしているな。
あえて、気がつかないフリをする。
マウリツィオを見て足が止まった。
全員揃っていることで戸惑いながら着席する。
全員が着席したところで、俺が会議の目的を説明する。
半魔避けの流通についての話だ。
関税などの免除要請などを含んだ提案。
輸送の護衛に関して、冒険者を起用するなどの提案を含むが……。
ジャン=クリストフとピエロ・ポンピドゥは、なぜかじれている。
粛々と議題を進めて、俺から会議終了を伝えた。
突如ジャン=クリストフが立ち上がる。
「これで終わりですか!?」
やっと食いついてくれたか。
まあ……。
食いつかなければ、これを既成事実にしてしまうから、問題はない。
食いついてくれた方が面白いよ。
「そうですが?」
ジャン=クリストフがマウリツィオを指さす。
「このヴィガーノには、大変不名誉な噂があるのですぞ。
このような会議に出席することすら許されない。
それをご存じなのですか!」
俺はしらじらしい顔で、マウリツィオを見る。
「なにかありましたっけ?」
マウリツィオもとぼけた顔で、首をふる。
「存じませんなぁ……。
妄想ではありませんかな?」
俺は、しらじらしい笑みを浮かべる。
「不名誉な噂だけではわかりませんね。
具体的に言ってもらわないと」
マウリツィオは苦笑して、肩をすくめた。
「ボカして相手に推測させるのは、小心者の常ですからな。
それを望むのは酷でしょう」
ジャン=クリストフの顔が赤くなる。
煽り耐性ゼロだなぁ。
まあ攻撃的な連中は、基本的に煽り耐性ゼロだけど。
今がすべてのタイプに、総じて多い存在だ。
活力を持て余しているからこそ、その発散として攻撃を選択する。
そして今がすべてなので、過去の言動との矛盾があっても無視。
攻撃衝動が勝るからな。
結果自分はいいけど、他人はダメで終始する。
マトモな人たちから敬遠されて、類友だけで固まってしまう。
集団化すると、純粋競争が起こり……ひたすら先鋭化する。
常識的な意見を述べようものなら、裏切り者として糾弾されてしまう。
そこで離脱しても、周囲からは浮いたままだ。
得なことなど、なにもないからな。
それなら今の集団にいることを望むのは、人として普通の行動だろう。
だからどんどん攻撃を繰り返す。
攻撃が仲間内で称賛される行為だからなぁ。
さらに周囲から浮いてしまう。
このループだな。
顔を真っ赤にしたジャン=クリストフは、マウリツィオを睨みつける。
「貴様の名誉のために、曖昧な言い方をしたのだ!
それを小心者とは、なんたる侮辱か!」
マウリツィオはフンと鼻で笑った。
「小生にそんな噂があるなど初耳です。
そもそも……。
そんな心遣いなど頼んだ覚えがありませんなぁ。
要らぬ親切の押しつけで、大きな顔をしたら嫌われるでしょう。
両親からそう躾けられたことがないとは……。
なんと気の毒な」
煽りまくるなぁ。
絶対にノリノリだよ。
ジャン=クリストフはさらに顔を赤くする。
「破門の噂だ! 破門された者は、公的な場にでてくることを許されない!
それを知らないのか!」
今まで黙っていたピエロが、
暴走しないように落ち着かせるつもりらしい。
「先例からも噂がでた時点で、身を慎んで公の場には、姿を見せない。
これが常識でした。
それを無視するのは、如何なものかと思いますね。
ラヴェンナ卿の権威を笠にきた、横柄な振る舞いと疑われますよ」
マウリツィオはこれも、鼻で笑った。
「
その先例は、第4使徒62年であろう。
それは警告を受けた時だ。
小生はなんの警告も受けておらん。
根も葉もない噂で、いちいち謹慎などしていられるか」
ピエロは渋い顔で、下を向いた。
具体的な年までだされては勝てないと踏んだか。
ジャン=クリストフが顔を歪めた。
「根も葉もないとは、なんという言い草だ!
拙僧は、破門状が届いたと聞いている!」
破門状の威力を盲信しているなぁ……。
数年前までなら、それでもよかったのだがね。
変事になったからこそ、自分たちが世にでることが出来た……とまでは気がつかないか。
マウリツィオは唇の端を歪めた。
「破門状? そんなものは届いておりませんなぁ……」
「そんなはずはない!
そうか……。
シラを切るつもりか!
これは教会権威への挑戦だぞ!!」
マウリツィオはとぼけた顔で、首をかしげる。
「はて……。
ああ! なんか先日、怪文書が届きましたなぁ。
身に覚えがないから、塵紙にしようと思っていましたぞ」
煽るのがうまいなあ。
モデストはクスリと笑ったようだ。
俺だって笑いたい。
クレシダは扇子で口元を隠しているが、笑みが浮かんでいることは、すぐわかった。
サロモン殿下は呆然としている。
エベールは憮然とした表情。
ピエロは、目を丸くしている。
ジャン=クリストフはふるえはじめた。
「いうに事欠いて、怪文書とは何事か!
神聖なる破門状だぞ!」
教会の人間だからこその発想か。
しかも原理主義なら、教会の絶対性を信じるわけだ。
自分たちは絶対の正義。
それ以外は間違いと決め付ける。
そこで世界を2分しない。
教会と俗人の差は意識する。
上位の教会の中で自分たちが正しく、より上位であると信じるわけだ。
なので俗人が教会に反抗すると、一番激しく反応する。
自分たちのヒエラルキーを脅かす行為だからな。
3階層が2階層では、有難みが減るわけだ。
マウリツィオは大袈裟なため息をついた。
「正当性はそれが、正しい手続きで行われるから正当なのですぞ。
間違ったものなら、塵紙にしかなりますまい。
まさか教会からでたものは、すべて神聖などと
さらに煽るなぁ……。
ジャン=クリストフは血走った目で、マウリツィオを睨んだ。
「俗人が神聖を語るな!
聖職者の手になるものは、すべからく神聖であろう!」
誘いに引っかかっちゃったよ。
ここから嵌める気満々だな。
上流階級ならここから先には踏み込まない。
だがこの爺さんは戦闘モードだからなぁ……。
俺を煽ったが、自分が突っ込みたかっただけじゃないのか?
マウリツィオが驚いた顔をする。
「おお! それは知りませんでしたなぁ……。
聖職者の小便も神聖ですかぁ。
もしや教会の売っている聖水とは……。
シスターの小便ではありますまいな?」
そこに突っ込んだよ。
しかも危ない隠語に絡めやがった。
聖職者って結構、性欲強いのが多いからなぁ……。
知っていたら、思いっきり反応するが……。
ジャン=クリストフは、目を丸くした。
ああ……ビンゴか。
「へ、
そんなことを言っているのではない!」
ピエロが困惑顔で、身を乗り出した。
「それより正当性を論じるとは不遜でしょう。
俗人が教会の正当性を問うなど許されないことかと」
普通はそうだよな。
教会から敵視されて得なことはない。
教会が正しいとすれば、俗人はそれに異を唱えない。
それ故に、正当性を巡る教会内の論争が、比較的活発だ。
ただ使徒教徒は、議論が得意ではない。
感情的な罵り合いになることが多いからな。
基本的に、議論を避ける傾向にあると聞いた。
つまり根回しやコネなどで、ほぼ決まる。
このジャン=クリストフは、それらを排除して議論を挑むことで、カリスマになったのだろう。
この正当論争は教会の管轄として、マウリツィオを非難したピエロの判断は悪くない。
ただし相手にもよる。
当のマウリツィオは苦笑して、肩をすくめた。
「明らかに見当違いの内容なら、正当性を問うのは当然であろう。
正気でだしたとも思えないからのぅ。
仮に正気なら、頭が悪すぎる」
安い挑発だが、十分すぎるだろう。
むしろ高い挑発だと、相手にわからない。
こんな踏み込んだ話は、事なかれ主義のピエロには荷が重いだろう。
案の定、ピエロは下を向いてしまう。
これに踏み込みと、正統派論争に首を突っ込むことになるからな。
ジャン=クリストフがマウリツィオを睨みつける。
よくそんな怒っていて、血管が切れないな。
「その行為が不遜だと言っているのだ!
民であれば平伏して従うべきであろう!」
まあ教会は
たとえ間違っていても、この前提から追認される。
無理筋でも押し通したのは、このためだろうな。
考えなしに送りつけたわけではない。
だから教会は、原理主義的な過激な連中を、表にださないのだろう。
使徒ひとりが限界だろう。
引き際と妥協を心得ているというべきか。
さてと。
どこで俺が介入して、決着をつるべきかな。
もう少し見守っていてもいいか。
ジャン=クリストフが怒り狂って卒倒してくれても面白いからな。
マウリツィオは俺が静観しているのを見て、ニヤリと笑った。
「小生は公人でしてな。
それを私人に適用する破門状を送るなど……。
正気ではないと思いますぞ。
それとも小生は、私人だと言い張りますかな。
それなら正当性を考慮しますぞ」
これも罠だな。
私人だと言い張れば、俺との対決になる。
この見え透いた罠にかかるかどうか。
ピエロが、ジャン=クリストフの袖を引く。
見かねたらしい。
「なんと……。
私人宛てだったのですか。
それはおかしなことですねぇ」
まあ惚けるのが、ここでは定石だろう。
知っていたら追求されるからな。
最低限の立ち回りは出来るようだ。
マウリツィオも想定しているだろう。
大袈裟にうなずいた。
「左様。
おかしなことであろう。
だから塵紙と言った次第よ」
ピエロは、苦い顔をしている。
ここが引き際と判断したようだな。
「なにかの手違いだったのかもしれません……」
手違いで破門状が出回ることは有り得ない。
それでも普通ならここで手打ちにする。
マウリツィオは俺をチラ見して、
「手違いであれば致し方ありませんな」
バトンタッチの合図だな。
「破門状は手軽に発行出来るものではないでしょう。
このような重要書類の取り扱いで手違いが起こるほど、教会が混乱しているとは……。
なんとも嘆かわしい。
そんな組織では、この先交渉相手として不適格になるでしょうねぇ」
このような逃げは想定している。
そう簡単に逃がすつもりはない。
ジャン=クリストフは、ピエロを睨みつける。
足並みが揃っていないじゃないか。
「手違いと決め付けるのですか!」
「では教会の公式見解として、ヴィガーノ殿を私人としたのですか?
私は公人として遇していますよ。
それを無視すると?
こうなっては教会に、是非を問うことになりますね」
サロモン殿下が慌てて、腰を浮かせる。
「ラヴェンナ卿、今はそれどころではありません!」
「いいえ。
このような時期だからこそ、見解の不一致を見過ごせないのですよ。
異なる指示が現場に伝えられたら、どうするのですか?
確認する猶予などないのですよ。
そもそも私を責めるのはお門違いです。
このような怪文書をだした者こそ責められるべきではありませんか?
このような時期に、このような行為は……。
背信以外のなにものでもないでしょう」
サロモン殿下は言葉に詰まってしまった。
このような仲裁は、もっとお互いが疲れた瞬間を狙うものだよ。
経験不足がモロにでたな。
王族なら普通こんな場面には出くわさないから仕方ないが。
ジャン=クリストフが俺を睨みつける。
「
ラヴェンナ卿まで怪文書よばわりとは何事ですか!」
「これが正式な文書であると断言するなら、教会に真意を問いただします。
違うなら怪文書でしょう。
まずこの問題を明確にするべきです。
それまで一切会談には応じられません」
途端に、ジャン=クリストフは口ごもる。
やはり上層部にまで話が及ぶと、都合が悪いのだろう。
最も権威のあるアレクサンドル特別司祭にまで話が届くと……。
速攻で切り捨てられる。
それは理解出来ているのだろう。
俺は、わざとらしいため息をつく。
「私とことを構える覚悟もない。
ただの嫌がらせのような書状を、正気で送ってきたとは思えませんね。
教会を騙った不届き者の仕業かもしれません。
だから怪文書扱いがせいぜいでしょう。
それとも……。
この破門状について、心当たりがあるのでしょうかね?」
「せ……拙僧は知りません。
ただ教会の権威に挑戦する言動を見過ごせなかっただけで……」
逃げに入ったか。
だがもう遅いんだよなぁ。
「それならそのような噂を止めるところからはじめるべきでしょう。
教会は意味不明な破門状を乱発する、と知れ渡っては困ると思いますね」
ピエロがやや身を乗り出した。
「お待ちを。
そもそもその破門状は本物なのですか?
偽物なら、それを我らに伝えなかったラヴェンナ卿に非がありましょう」
どっちもどっちでことを収めようとする計算か。
破門状の真偽など、とっくに確認済みだ。
限りなく本物に近いが、わざと書式を外していることもな。
貴族なら、破門状について当然教わる。
細かい書式などもな。
いつ狙われるかわからないからこそ……。
自衛の手段として必須なのだ。
家宰が買収されるケースもあるから、本人が確認出来るようにする。
もし俺が普通の貴族なら、こんな手は使ってこないだろう。
既存の社会とは異なることをしているから、興味がないと思ったのかもしれない。
マウリツィオも正式な破門状は見たことがないから騙せるともな。
仮に発覚したとしても……。
最悪、偽物だとして逃げるつもりだったろう。
正式な破門状であれば、主教も連帯責任を負うが、だれかに偽造されたとすれば逃げられる。
そんな大それたことをするヤツがいるとは思わなかった。
そう惚けられる。
揚げ句の果ては、内部で調査するとして
混乱時なので、犯人不明で済ませることだって出来る。
俺がそれを追求しようとしても、人類連合の和を乱すなと、周囲を巻き込んで黙らせる算段だったのかもしれない。
それ以上に、俺への憎しみが勝ったのか。
そこまで、このふたりがバカだとは思えないのだ。
ただ明らかに、感情に流されていることはわかる。
理性と感情を隔てる堤防は薄いからな。
なにか些細な切っ掛けがあれば、容易に決壊する。
それも可能なら調べたいところだが……。
今はこのふたりを、どう料理するかが優先。
あとで考えよう。
「破門状を偽造する不届き者が存在するのですか?
教会の封も刻印も、正式なものだと思いましたけどね」
ここは、あえて惚けてやろう。
ピエロは驚いた顔をする。
「そこまで知っていて、なぜ怪文書などと
教会権威の侮辱ですぞ」
本物を怪文書よばわりしては、そうなるだろう。
実際は偽物だけどな。
内容からして怪しいのだ。
筋が通っていたら、こんなことは言わない。
仮に本物と俺が認めたら、そこをついて俺の間抜けさを宣伝したろう。
断念ながらそうはいかない。
そもそも連中のプランで、これが怪文書扱いされるのは想定外だったろう。
だから教会権威で脅したうえで、本物だと認めさせたい。
そんなところか。
俺はわざとらしく、ため息をつく。
「ではポンピドゥ殿は……。
封と刻印が正式なものであるから、すべて権威ある教会のものだ、と
ピエロは
「当たり前のことではありませんか」
マウリツィオは呆れ顔だ。
「バカなヤツだ。
その言葉の意味がわからんのか。
怪文書の真偽に関わらず、教会が責任を追うことになるのだぞ。
やはり保身しか考えない男に、攻撃は役者不足か」
暗にこの破門状は本物だ、と明言してしまったのだ。
俺を攻撃出来ても、自分に飛び火する。
真贋を見抜けない間抜けなギルドマスター、と悪評がたつからな。
ピエロの顔が青くなった。
保身本能が働いたようだ。
「いえ。
私は世間一般的なことを申し上げただけで……」
マウリツィオは首をふった。
「もう通らないな。
貴人に向かって啖呵を切って、あとで逃げても遅いわ。
冒険者相手になら今まで通り誤魔化せるがな。
あの瞬間から、
このままジャン=クリストフが黙っていると、ピエロの言葉が教会の言葉になってしまう。
破門状は本物である、と断言してはマズイのだ。
偽物を本物だと認めてしまうからな。
少なくとも教会内部で大事になるだろう。
そして少数の原理主義組織を守ってくれる人たちはいない。
ジャン=クリストフは、渋い顔をする。
苦虫をかみつぶした顔でピエロを睨みつけた。
「これはギルドマスター個人の発言。
教会の発言と思ってもらっては困ります。
ならばヴィガーノ殿。
貴殿の聖水発言はラヴェンナ卿の発言。
そう思ってもよろしいのですな?」
ピエロは抗議の表情を浮かべる。
いつもは、ハシゴを外してきた男だからな。
今回自分が外されたわけだ。
やるのはいいけど、やられるのはダメってタイプだなぁ。
ジャン=クリストフはピエロを、あえて無視することにしたようだ。
なんと仲のいいことか。
それよりも攻撃の隙を見つけたとばかりに……。
勝ち誇ったような顔をしている。
俺がハシゴを外すと期待しているのだろう。
そんな顔をさせてもつまらない。
そもそも見当違いだよ。
自分のやることは相手もやると信じて疑わない。
その程度の想像力ではなぁ……。
だから議論が下手くそなんだよ。
ここは俺が回答すべきだな。
「結構ですよ。
それよりことの発端となった破門状の確認が先です。
正式に教会からの書状であると、ラ・サール殿は認められますか?」
ジャン=クリストフは俺の即答に、目を丸くした。
そんな些末な問題をほじくり返して、議論を
そんな流儀が、俺にも通用すると思ってもらってはなぁ。
社会的地位の高さから、俺が本気で議題を固定すれば動かすことは出来ない。
より上位の王でもないかぎりな。
ジャン=クリストフは、頭をふった。
どうも破門状にビビって恐れ入ることが前提だったらしい。
教会の中にいると、世間の変わりようがわからないか。
引くべきか進むべきか迷っているようだ。
突然、マウリツィオが顔を歪めた。
「おっと失礼」
懐から破門状を取り出して、鼻をかみはじめた。
破門状を本当に塵紙にしたよ。
かみおえて、スッキリした顔をする。
「塵紙と評しましたが……。
硬くていけませんな。
これは塵紙にもならないようです」
ジャン=クリストフは、目の前で起こったことが理解出来ないようだ。
ピエロも呆然としている。
普通はそうだよな。
サロモン殿下も茫然自失。
クレシダだけは肩をふるわせている。
絶対笑いを堪えているな。
ジャン=クリストフが顔を真っ赤にする。
「き、貴様! 神聖な破門状を、なんと心得るか!
私人の破門だろうが、内容に誤りがあろうと問題ではない!
破門どころではないぞ! 異端審問にかけてやる!」
ジャン=クリストフは破門状の
マウリツィオの行動に、その余裕さえ吹き飛んだようだ。
自分たちの権威が、塵紙にされたとあっては、到底我慢など出来ないからな。
煽り耐性ゼロなら、絶対に安全な場所に居座って攻撃すべきなのだが……。
糾弾されたマウリツィオは、平然としている。
「つまり正式なものだと認めるわけですな。
これは大変ですぞ。
ラヴェンナ卿。
どうしたものですかなぁ」
まあ、あそこまで冷静さを失っていて、無関係とはいかないだろう。
逃がすつもりもないがな。
「いやぁ……。
だって中身が偽物ですからねぇ。
書式が微妙に間違っていますし……。
私人と公人の区別すらついていない。
ラ・サール殿は詳しく確かめていないのに、よく内容に誤りがあるとわかりましたね?」
怒りのあまり、致命的なミスを犯したな。
私人宛ての部分だけ口にすればいいのに……。
これ以上攻撃されたくないあまりに先回りしたようだ。
ジャン=クリストフが硬直する。
「いや拙僧は……」
これ以上、茶番を続けても仕方ない。
「それとポンピドゥ殿も、このような不確かな情報に乗ってしまったわけですか。
随分と軽率ですね」
ピエロの顔が青くなった。
再び保身本能が働いたのだろう。
下手な返事をすると、自分の地位が危ういとな。
既に危ういことには気がついていないようだが。
「私は偽物だとか、そんな話を聞いていません。
それに聖職者の言葉を疑うなど失礼でしょう」
今度はピエロが、ハシゴを外しにかかったか。
ジャン=クリストフはもの凄い形相で、ピエロを睨む。
ハシゴを外す同士、仲のいいふたりだ。
俺は、わざとらしく
「追求すべきことは、沢山ありますが……。
今はそんな時間がありません。
ひとつ言えるのは、ラ・サール殿とポンピドゥ殿は、代表としては不適格。
今後このふたりが出席される会議は無意味と判断します。
早急な対処をお願いしたいところですね」
あくまで破門状は偽物で、教会は関知していない。
嫌がらせをするなら、そこまでが限界だ。
それ以上踏み込むと、悪戯では済まない。
逃げるつもりだったが、煽り耐性ゼロな性格が災いしたな。
これで、ジャン=クリストフの教会内での地位は失墜する。
破門状にケチがつくとなれば、教会内でも深刻な問題として捉えられるからな。
ピエロもギルドマスターとしての資質に、疑問符がつられた。
偽物と知っていたなら背信行為。
知らなければ、能力不足。
どちらにしても大問題だ。
俺相手に、喧嘩を吹っかける余裕などなくなるだろう。
ふと見るとサロモン殿下は呆然としていた。
黙認したにしても、とんでもない火遊びだったと気がついたのだろう。
これで俺に協力を要請出来なくなったろうなぁ。
奇策に頼るよりは正攻法がいい。
焦るあまりに判断を誤ったか。
同情しなくもないが……。
政治とは結果責任だからな。
つくづく不幸な人だよ。
クレシダは他人に気付かれないように、エア拍手をしていた。
どうやらこの茶番劇を、お気に召していただけたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます