799話 破門騒動

 アラン王国の悲惨な状況が届けられている。

 魔物の襲撃は激しさを増し、壊滅する村や町が多数あるようだ。

 これが伝わったのはメディアの力ではない。

 連中は危ないところに、自分たちではいかない。

 逃げてきた人の証言が広まったものだ。


 わざと人を逃がして、話が伝わるようにしているな。

 俺への圧力にするつもりだろうが……。

 最終目的を捨ててまで、目先の安心を選択出来ない。


 そもそも魔物が来るかもしれないのだ。

 さっさと安全と思える場所に避難すべきだった。

 口にはださないが、俺はそう思っている。


 生まれ育った土地から離れたくない思いはあるだろう。

 避難に関しても、アラン王国が積極的に動かなかった面もある。

 それなら守れる体制を作るべきだった。


 つまり留まったのは、彼らの選択だ。

 その選択のツケを他人が払う必要はない。

 アラン王国民が非難すべきは、アラン王家に対してだ。


 救援が遅れた他国民ではない。

 救援はするが、救援する側が多大な犠牲を払う必要はないさ。


 救援が遅れたことを非難する連中が現れるだろう。

 しかも自分たちは安全なところにいながらだ。


 奇麗事を口にして、他人に命をかけさせるのは……。

 さぞかし気持ちがいいだろうな。

 そんな連中の自慰行為に付き合う気もない。


 アラン王国民が全滅するという最悪の事態も視野に入れている。

 それを想定した上で、俺は安全策を選択した。

 この結果は、なんであれ甘んじて受け入れる。


 アラン王国民から恨まれるだろう。

 他者から、自国の勢力の保全だけを考えている、と非難されるな。


 俺は死ねと命令出来る立場にいる。

 明確な説明が出来ない理由で、指示をだす気などない。

 他人の評価を気にしないだけに、自分で納得出来ないことはしたくない。


 こいつはクレシダとの我慢比べだな。


 俺は、人類連合の枠組みを崩壊させても構わない……とさえ思っている。

 クレシダは人類連合に、人々の希望を集約させてから壊すつもりだろう。

 だからどこかで、この我慢比べを降りるだろう。


 問題は……。

 クレシダだけを見ていいとはならない。

 とくにサロモン殿下の焦りは大きいからな。


 そう考えていると、キアラが報告書を持ってきた。

 報告書を一読したが……。

 ため息が漏れる。 


「搦め手から攻めてきましたか。

ヴィガーノ殿を狙い撃ちとはねぇ」


 マウリツィオが破門されるかもしれないという噂だ。

 この破門の威力は絶大。

 コミュニティーからの追放を意味する。

 一種の追放刑。


 信徒は破門された人との関わりを禁じられる。

 人間で社会的地位の低い者は、ほぼ信徒だ。

 破門を食らうと、生活に影響がでてしまう。


 貴族階級は形ばかりの信徒で、便宜的な意味合いが強い。

 教会からの干渉を嫌うからだ。

 それでも面だっての対立を避けるから、表向きは教会を尊重する。

 教会も今までは、それで満足をしていた。


 キアラは、物憂げにため息をついた。


「破門なんて穏やかではありませんわね。

それだけ余裕がないとも言えますけど……」


「けっこうムリな解釈をしていますからね。

ただ脅しで済ませる気はないと思いますよ」


 これは世界主義の差し金か、ストルキオ修道会の差し金かはわからない。

 私人の破門なら、管区の司祭でも出来る。

 上司にあたる主教への報告義務があったな。

 どちらかに関係する主教なら認めるだろう。


 私人の破門はそれなりにあった。

 大罪を犯した逃亡犯に宣告されるケースが多い。

 もしくは反抗的な民に宣告されることもある。

 悪徳商人などへはとくに効果が大きい。

 取引先が逃げてしまうからな。


 この破門は、永続的なものではない。

 一時的で懲罰的意味合いが強い。

 長くても数ヶ月でゆるされる。

 相手が降参するからだ。


 公人の破門は事情が異なる。

 これは大破門と呼ばれるもので、過去実施されたのは数件程度。


 そもそも影響が大きいので、司祭の判断で出来ない。


 公人の分類がそもそも特殊なのだ。

 王族や貴族、大臣など公的な役職についている者は公人に分類される。

 冒険者ギルドも公的な組織という扱いだ。

 そこの幹部も公人とされる。


 公人の破門には教皇の裁可が必要。

 教皇不在の場合、枢機卿団の裁可が必要とされる。

 そんな大破門は、儀式までして大々的に宣告することが決まりだ。


 今回の噂は上層部の裁可がない破門だな。

 つまりマウリツィオを私人としているだろう。


 新ギルドが正式に教会から認可されていない。

 だから私人として破門出来る、と考えたようだ。


 たしかに、教会から正式な認可をもらっていない。

 だからと否定もされていないしな。


 そもそも教会の許可が必要だとは思っていない。

 必要だとしても、無視するつもりだった。

 旧ギルドが教会に働きかけて、認可を妨害するのが目に見えているからだ。

 認可は取れるだろうが、かなり引き延ばされるだろう。

 そんなものに付き合っていられない。


 もしかして旧ギルドは、教会に認可しないように働きかけていたかもしれない。

 ところが新ギルドは一向に認可を得ようとしない。

 妨害工作が、空振りに終わった可能性がある。

 それでは教会としても面白くないだろう。

 だから誰も破門に反対しなかった可能性もある。


 さらにはマウリツィオの言動も影響したろう。

 使徒に諫言して更迭された過去がある。

 その件で謝罪をしていないからな。


 使徒に対して不遜だと断ずることが出来る。

 つまり破門する大義名分があったわけだ。


 思わず笑ってしまったが……。

 キアラはジト目で、俺をにらむ。


「暢気な顔をしないでください。

ここでギルドが動揺すると、お兄さまの発言力の低下につながりますわ」

 

 まあそうなのだが……。

 ギルドの統率は、マウリツィオの領分だ。

 それが出来ないようでは、パートナーとして不適格だろう。

 いい機会だ。

 変事にどのように対応するか、お手並み拝見といこうじゃないか。

 状況によっては介入するがな。

 こっちから、お節介をする気はない。

 そもそも噂レベルなのだ。

 実際に破門状が届いたなら、話はかわってくる。


「そうですね。

私が抗議して撤回するまでは織り込み済みでしょう。

それで周囲が萎縮して、私への協力が消極的になる。

そんな思惑でしょうね」


 俺への間接的な圧力だな。

 新ギルドの顧問が破門になれば、影響は大きい。


 修道会の背後にはクレシダがいる。

 だが今回はクレシダの発案と思えないな。

 効果が薄すぎて、嫌がらせ程度にしかならない。

 そんな温い手を使うとは思えないからだ。


 やはり世界主義が有力かな。

 破門撤回の条件として、人類連合へのさらなる協力を提示してくるだろう

 つまり俺に危険地帯を奪回しながらの救援をさせる。

 アラン王国を救いたいからではない。


 ランゴバルド王国の戦力を削っておきたいからだ。

 俺の立場が弱くなればさらに万々歳。


 世界主義の差し金なら、サロモン殿下が関与している可能性がある。

 きっと共犯にしているはずだ。


 サロモン殿下にすれば、なんとしても即時の救援がほしい。

 一応の目的は一致するからな。

 だから黙認せざるを得ないだろう。


 マウリツィオは、俺の方針に異を唱えない立場だ。

 ところが立場を変更して、救援に賛同されると……。

 俺も無下には出来ない。

 

 どうにもいやらしい攻撃だ。

 これは……。

 黒幕を見つけてお仕置きしないとダメだな。


 そんな話をしていると、噂のマウリツィオが面会を求めてきた。

 破門に関する話だろうな。

 俺に状況を説明して、今後の方針を相談したい。

 そんなところだろう。

 ごくごく常識的な反応だな。

 すぐに会うことにする。


 応接室で待っていたマウリツィオは……。

 元気そのものだ。


 キアラは拍子抜けした顔をしている。

 俺もだよ。


 用件を聞くと、まったくの予想外。

 シケリア王国での新ギルド支部設立に関する話だ。

 同席しているキアラは、ずっと微妙な表情をしている。


 破門の話を知らないのか?

 キアラから聞いてくれと、無言の圧が強い。

 さすがのキアラも、マウリツィオの暑苦しさは苦手のようだ。

 聞かざるを得ないか。

 

「ヴィガーノ殿。

教会から破門されるとか……」


 マウリツィオは怪訝な顔をしたが、すぐに鼻で笑った。


「ああ。

そんな紙切れが来ましたなぁ」


 破門状が来ていたのかよ。


 それを気にしていないらしい。

 普通は気にすると思うが……。

 キアラは、目を丸くしている。


「は……破門ですわよ?」


 マウリツィオは、ニヤリと笑った。


「あんなもの無効ですぞ。

職員にもそのように言いつけております。

ご心配には及びません」


 無効ってなんだ?

 もしかして……。

 キアラも、同じ考えに至ったらしい。

 やや、表情が硬くなった。


「偽の破門状でしたの?」


 マウリツィオは一瞬驚いた顔をした。

 あれ? 見当違いだったのか?


「正式なものですぞ。

いくら正式でも、条件を満たさないと成立しないでしょう。

借金のない相手に、正式な督促状など無意味ではありませんか。

それに小生は公人です。

私人にしか適用出来ない破門など笑止千万。

そう思いませんか?」


 それはそうだが……。

 その判断は、教会がするんじゃないのか?

 キアラは、目が点になっていた。


「でも……。

教会は私人と判断したのですよね?」


 マウリツィオは苦笑して、手をふった。


「これに署名したのは司祭でしたなぁ。

たかが司祭の署名など意味がありませんぞ。

その上位者たる主教の判断も、同じく無意味です」


 呆れるくらいの鋼メンタルだな。

 この爺さん……。

 破門状を塵紙程度にしか思っていないぞ。

 自分は公人だから、そもそも条件を満たさない。

 だから無効だと、理屈をつけられてもなぁ。

 普通のメンタルなら、気にするだろう。


「大破門でないかぎり、考慮に値しないわけですか」


 マウリツィオは意外そうな顔をする。


「大でも小でも、今の破門になんの意味がありましょう。

昔のような権威がないのですぞ。

それがどうした、と答えてやりますとも」


 これは苦笑するしかなかった。

 空気を読まないと聞いていたが……。

 ここまでくると脱帽だ。

 落差の激しい人生を送ってきたからな。

 この程度は屁でもないようだ。


「たしかに昔ほどの権威がありません。

教皇も空位のままですしね。

昔の権威があったら、こうはいかないと」


 マウリツィオは苦笑して、肩をすくめた。


「いえ……同じですなぁ。

そもそも破門など……。

手垢にまみれた伝家の宝刀です。

使いすぎて錆びているのですよ。

それと公人を私人と解釈して破門した事例は、過去に幾つもあります。

それが覆った先例も、山ほどありますぞ。

ただの嫌がらせでしかないのです。

そもそも小生を私人と強弁するのは、新ギルドを認めないと公言するようなものでしょう。

ラヴェンナ卿の権威に対する挑戦ですぞ。

すぐに有耶無耶うやむやにして誤魔化すでしょう。

ラヴェンナ卿と喧嘩をする度胸などありますまい」


 ギルドの先例に詳しいから、嫌がらせ程度と知っているようだ。

 それにしても……。

 膨大な先例を把握して、メンタルが強い。

 マウリツィオは思った以上の傑物かもしれない。


「そうですね。

それを認める気はありません。

ヴィガーノ殿はれっきとした公人です」


 マウリツィオは大袈裟にうなずいた。


「ラヴェンナ卿の毅然きぜんとした振る舞い。

小生感激する次第であります。

この手の脅しは、摩擦を恐れる小心者になら、効果はありますがね。

ラヴェンナ卿が抗議すると、すぐに引っ込めますよ。

どうせポンピドゥめらの入れ知恵でしょう。

自分たちの基準で、物事を考えますからな。

自分がやられて嫌だと思うからするのです。

小役人らしい発想でしょうなぁ」


 黒幕まで、見当がついていたのか。

 それなら尚更恐れ入らないだろうなぁ。


「黒幕は旧ギルドですか」


 マウリツィオは真面目腐ってうなずいた。


「ギルドが依頼人や冒険者を脅す際に、よく使っていた手でもありますからな。

ストルキオ修道会は、そのような手続きに通暁していないでしょう。

そのような発想もなかったはずです。

もし知っていたら、とっくに乱発していたでしょうなぁ……」


 言われてみるとそうだな。

 少数派で司祭職になるものも少ないだろう。

 原理主義的な集団なら、破門なんて乱発しそうだ。

 実は旧ギルドが絡んでいたか……。


「これは面白いことが聞けました。

脅し得になられても困りますからね」


 マウリツィオは嘆息して、天を仰いだ。


「破門を気にする者は、まだ多いですからなぁ……」


 気にしないアンタが異常なだけだよ。

 ただここまで、歯牙にもかけないなら……。

 面白いことが出来そうだ。


「意趣返しをする必要がありますね。

ヴィガーノ殿。

少しばかり協力していただいても?」


 マウリツィオは、身を乗り出した。


「小生でお役に立てるならなんなりと」


 突然キアラが、大きなため息をついた。


「お兄さま。

また魔王スマイルが浮かんでいますわ。

やり過ぎには気をつけてくださいね」


 マウリツィオは笑って、首をふった。


「いやいや。

キアラ嬢。

連中は鈍感なのです。

ラヴェンナ卿相手に火遊びをすると、どうなるか……。

想像力があれば、子供でもわかるでしょう。

焼き印を入れるほどでないと、反省などしません。

なので思いっきりやってくだされ!」

 

 それにしてもこの爺さん……ノリノリだろ。

 この展開は、誰も想像していなかったろうなぁ……。

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