798話 遠慮するタイプ

 警察大臣ジャン=ポール・モローから、密書が届いた。

 キアラの渋い顔から、いい話でないことはわかる。


 密書を一読して、苦笑が漏れる。


「なるほど……。

王都で張り切っている人たちがいるようですね」


 シケリア王国とアラン王国のメディアが、活発に活動をはじめたらしい。

 半魔襲撃と魔物の侵攻の情報を流すのは大前提だが……。


 それより自分たちの主張を述べることが、メインになっていた。

 シケリア王国のメディアは、人類の危機を煽っている。

 アラン王国のメディアは、人類の結束を促す内容だ。

 

 どちらも、俺を暗に非難するものだな。

 まずは下地づくりなのだろう。

 

 ジャン=ポールの書状にしては珍しく、自分の推測を述べていた。

 思ったより、尻に火がついているようだな。


「笑い事ではありません。

お兄さまの悪評を広めてる準備ですわ。

たしかにお兄さまのおっしゃる通り、表現が短くなりましたね。

ひたすら感情に訴えてくるようになったのは面白いですけど」


 こんなことをするのはわかりきっていた話だ。

 驚く話ではないだろう。

 それに報道の文字数が、どんどん短くなると予想したなぁ。


「大衆を相手にする場合、理論より感情に訴えるのが最適解ですからね。

理性は人によって差が大きいです。

でも感情の差は然程ありません。

それなら感情に訴えるのが効率的でしょう。

感情に訴えるなら、表現は短く煽るような表現になりますからね」


 キアラは小さなため息をつく。


「そのあたりの知恵だけは回るみたいですわね。

だからこそ厄介なのではありませんこと?」


 普通に考えたらそうだろうなぁ……。

 だからこそ連中は、好き勝手にやるわけだが。


「同じ言論の場で戦うなら厄介ですね。

多くの人は、感情が先に来て、理屈は後付けになります。

そんな状況では、なにを言っても無意味ですからね」


「違う方法で戦うとおっしゃるのですわね」


 当然だろう。

 思わず、笑みがこぼれた。


「当然ですよ。

相手が紳士的な戦いをすると思い込むのは自由ですがね。

それを悪用する相手に、遠慮など愚策ですよ。

つけあがらせるだけです」


「お兄さまの魔王スマイルがでましたわね……」


 なんだその命名は……。

 この話を続けると、ろくなことがない。

 話題を変えなくては。


「この件は、状況を注視しましょう。

それにしても警察大臣からの密書となれば……」


「モローは今も、世界主義とつながっているのでしょうね」


 いくつか、パターンは考えられる。

 そもそも表向き密書なのか。

 本当に内密なのかでも変わる。

 現時点で判断は保留しておこう。


「そう思わせたいだけかもしれませんよ。

もしくは自分の価値を再確認させたいのかもしれません。

現時点で結論に飛びつく必要はないでしょう」


 キアラは物憂げなため息をついた。


「モローがこんな小細工をするなんて、珍しいですわ

王都で暗闘が繰り広げられていそうですね」


 楽観など出来ないことは知っているのだろう。

 だからと悲観することではない。

 それだけのことだ。


「そこに手を突っ込む余裕はありません。

そもそも私が、手を突っ込む場所ではありませんからね。

それに私が手を突っ込むときは、大きな問題になったときですよ」


 メディアの活動以外にも、さまざまな暗闘があるだろう。

 王都にメディアが入り込んだことで、争いが複雑化している。

 体制派と没落貴族が主体の反体制派、世界主義の争いだ。

 しかも単純に派閥で分類出来ない……個人間の因縁まで絡んでくる。


 体制派でも嫌いな相手を攻撃出来るなら、反体制派と組む。

 その逆もあるし、状況によっても変わる。


 反体制派は愚痴を言い合うだけの集まりだったが……。

 魔物の襲撃以降、集まりの質が変わったらしい。

 そっちの対応までは、手が回らない。

 それどころか俺が手を突っ込むと、体制派の一部を反体制派に追いやりかねない。


 今は、ニコデモ陛下のお手並み拝見といったところだ。

 だがなにかあれば介入出来るようにしたい。

 そのために、情報だけは得ておく必要がある。


「そうなると皆さん戦々恐々としそうですわ。

でも本当によろしいのですか?」


「まだ此方こちらの間合いに入ってきませんからね。

驚かせては逃がしてしまいますよ」


 キアラは小さなため息をついた。


「それはわかっていますけど……。

お兄さまを見ると、モヤモヤしますわ。

自分の悪口を言われても、平然としているのですもの」


 キアラは自己の責任で決断するとき、しっかり冷徹な判断が出来る。

 多くの実績が、それを証明していた。


 俺が最終的な決断をするときは、気楽に思ったことを口にする。

 それで構わない。

 キアラは、年齢に不相応な重責を担っている。

 ときには甘えてもいいだろう。


「怒ったところで、なにも解決しませんからね。

どうせ仕返しするなら、効果の大きいほうがいいでしょう」


「じゃあこのまま静観するだけですの?」


 それじゃあ仕返しの大義名分が不足する。


「まさか。

警告だけはしますよ」


 キアラは、引きった笑みを浮かべる。


「そんなことで止めるはずはないですよね」


 警告で踏みとどまれる相手なら、行き過ぎた行動を取らない。

 それどころか……。

 仲間内でビビったと思われたくないだろう。

 ある種のマウント意識が働く。

 より過激になるだろう。


「それどころか、警告が行動を加速するでしょうねぇ」


 俺の含み笑いに、キアラは呆れ顔だ。


「警告したことが、大義名分になるわけですのね。

実態は煽りなのでしょうけど。

それは鎮火出来る火事ですの?」


「当然ですよ。

メディアは空気をつくることしか出来ません。

そして抜かりなく保険をかけていますよ。

もし危険を感じたら……。

扇動した人々の梯子を外して、知らんぷりを決め込むでしょう」


 キアラは人の悪い笑みを浮かべた。


「容易に想像出来ますわ。

踊らせてから踊りすぎないよう……形ばかりの制止をしますわね。

自分は止めたという保身のためでしょうけど……。

その程度で、お兄さまから逃れられるのでしょうか?」


「その程度の保身で自分たちは安全だ、と思うのは自由です。

それをどう判断するかは、此方こちらの自由ですよ。

果たしてその程度の想像力があるのか……。

見物ですね」


「まだお兄さまの怖さを知っている人は、少数ですものねぇ。

リッカルダさんからの情報が、ここで役に立ちますわね」


 あの情報を、鵜呑みにしたわけではない。

 だがなにもないのとは雲泥の差だ。

 完璧性を問うより、どう活かすか。

 完璧でないから使わない……そんなバカげた話はたまに聞くがな。

 それは慎重と違う。

 ただの保身だ。


 完璧ではなかったが、十分有用。

 それが俺の判断だった。


 メディアとつながる連中がでてくるだろう。

 その個人から人脈をたどれば、把握が容易になるからな。


「あれで人脈が丸わかりですからね。

裏も取れています」


 裏も取れており、多少の手直しで事足りた。

 リッカルダの有能さは明らかだ。

 キアラは苦笑して、意地の悪い顔をする。


「これでスッキリするといいのですけどね」


 願望だな。

 世の中そう簡単にはいかない。


「さすがにそうはならないでしょう。

慎重な人は踊りませんからね。

周囲で手拍子をする程度ですよ。

そんな手合いほど厄介ですから」


                  ◆◇◆◇◆


 翌日の朝、ホールに降りるとライサがいた。

 モデストとなにか話していたようだ。

 珍しいな。


「ライサさん。

珍しいですね」


 ライサは微妙な顔で、頭をかいた。


「ああ。

アルフレードさまに相談したいことがあってね。

終わったら寝るよ」


 その顔は、俺に頼みたいことがあるからだな。

 面倒見のよいタイプにありがちで……。

 頼られるのは得意だが、頼るのは苦手。


 なかには優越感を得たいから、人に頼らないタイプもいる。

 ライサはそのタイプじゃないな。

 マウントを取りたいわけではない。

 慣れていないのがひとつ。

 あとは自分でなんとかしたがる。


 この手のタイプは、手の打ちようがなくなるまで、自分で抱え込みがちだ。

 そこでようやく頼ってもどうにもならない。


 それと頼り慣れていないから、加減がわからないだろう。

 結果的に、うまくいかないケースが多い。


 そして……より人に頼らないループに陥る。

 今回は、そんな状態でないといいが……。


「なんでしょうか」


 ライサはモデストをチラ見して観念したように、ため息をついた。

 俺に相談するよう勧めたな。


「私の親戚縁者なんだけどさぁ。

魔物が大量発生して、住み処が安全でなくなっているようなんだ。

今は平気でも将来わからない。

新天地を探そうにも……。

適した場所は、ことごとく魔物の巣窟。

人里近くも難しい。

半魔のお陰で余所者には冷たいだろ?

八方塞がりって話さ」


 これは、ライサ個人の手に余る状態だな。

 俺と関係のあるライサならといった、相手側の期待もあるか。

 どこまで相手がラヴェンナのことを知っているか……。

 それはわからない。


「それで移住するアテがないか、と頼られたわけですか」


 ライサは憂鬱そうに、ため息をついた。


「そんなところさ。

こんな話をもってこられてもねぇ」


 モデストは珍しく苦笑する。


「こう見えて、姉上は遠慮するタイプですからね。

ラヴェンナ卿に相談しようにも、踏ん切りがつかなかったわけです。

なので私が引き留めていました

こうやって、ラヴェンナ卿にお話しするタイミングをつくった次第ですよ」


 移住か。

 エルフを受け入れた以上、ダークエルフを除外するつもりはなかった。

 除外しては、種族によって対応が変わると思われてしまう。

 そもそもラヴェンナの将来に、よくない選択肢を残すことになる。

 ただ……。

 此方こちらから探して提案する気はなかっただけだ。


「なるほど……。

集団の人数はわかりますか?

いつもの条件を受け入れることが大前提ですけどね。

数人なら即決で許可しますよ。

ある程度の大所帯なら、準備が必要ですから……。

少し時間をもらいます」


 ライサは渋い顔で頭をかいた。

 どうやら、それなりの人数がいそうだな。


「100名程度だねぇ。

それにしてもいいのかい?

このご時世で、受け入れも大変だろう」


 半魔騒動で余所者は警戒されるからな。

 だがこのご時世だからこそ追い詰められたのだろう。


「ラヴェンナはもともと多民族で構成されています。

それにエルフたちを受け入れましたからね。

ダークエルフも受け入れるつもりでしたよ。

なによりライサさんの功績は大きいです。

ライサさんの頼みであれば、無下になど出来ないでしょう。

さすがに、なんの功績もない人から頼まれても難しいですけどね」


 功績のある人が頼むこと。

 これが大前提だ。

 ある意味移民とラヴェンナをつなぐ窓口になるからな。

 相応の発言力が求められる。


 その窓口になんの功績もないと、説得力がない。

 移民たちを制御出来ないだろう。


 ただ可愛そうだから、と情緒的な動機で受け入れるのは愚策だ。


 情緒的動機は、移民の全肯定につながる。

 それではマズい。

 移民たちが感謝するのは一瞬。

 すぐに自分たちの慣習を押し通すだろう。

 移住前と同じか、よりよい環境を求めるからな。

 全肯定とはそれほど怖いものだ。


 それは受け入れた側から我が儘に映る。

 相手に譲歩を強いるから我が儘なのだ。


 当然ながら不満に思う。

 ところが情緒的な理由で受け入れた場合……。

 不満をもつことすら否定されるだろう。


 情緒の世界は0か100の世界だ。

 従って不満を認めると、情緒の否定につながる。

 認めるはずもない。


 そうなると大勢が不満をため込む。

 結果としてトラブル多発が必至なわけだ。

 それは移民への嫌悪につながり、排外主義に傾く。


 将来を考えると、新しい血を入れる道筋はつくっておきたい。


 モデストは妙に感心した顔でうなずいている。


「たしかにラヴェンナはとても開放的ですね。

条件を満たせば受け入れてくれます。

それが他所からはとても異質に思えるでしょう。

警戒される最大の要因ですね」


 他所はそもそも受け入れないからな。

 だが決して狭量なのではない。

 理由がある。


 亜人はいるが、ごく少数派だ。

 つまり人間による単一民族国家だ。


 それは人間による人間のための社会。

 積み上げられた慣習や常識の上に立っている。

 それも地域に適した慣習のものだ。

 どんなに移民側がその常識に違和感をもとうと、それに順応することが条件。

 だから亜人の集団は、人の社会に入ってこない。

 魔物の大量発生でも入りたがらないだろう。


 受け入れる声はチラホラあがってはいるが……。

 安易に前提条件を壊してしまうと、社会秩序崩壊の苗床になるだろう。


 現在の不安から、労働力や戦力として受け入れるとしても……。

 摩擦を嫌い、移民たちをある種隔離するのも危険だ。

 移民たちは、仲間を呼び込んで自分たちの集団を大きくするだろう。

 少数のまま露骨な異邦人扱いは不安なのだ。

 もしくは外から同胞のいる場所に逃げ込んでくる。

 それは自然な行動だ。

 するなというのがムリ。


 さらにタチが悪いのは、社会の少数派と移民が結びついて問題を大きくするだろう。

 少数派単体では発言力がない。

 移民の集団と結びつくことで発言力を得る。

 道義的優位に立てるし、承認欲求も満たせる。


 移民の発言力が大きくなるとどうなるか。


 社会とは金や土地などリソースの分配に他ならない。

 少数派が移民の代弁者として、譲歩を迫るだろう。

 もともとの社会で浮いていた少数派は、賛同を得ないから少数派なのだ。

 それが移民を盾に主張をごり押ししてくる。


 普通なら腹が立つだろう。

 結果的に衝突は不可避となる。

 

 単一民族が移民を受け入れることは、それほどに難しい問題なのだ。

 単に人手が足りんないから、と安直に受け入れる筋の話ではない。


 幸いなことにラヴェンナは、多民族で構成されている。

 受け入れることを前提にすべきだろう。

 それに見合う制度設計をしたのだから。


 ライサは安堵あんどと照れが混じったような笑みを浮かべた。


「恩に着るよ。

疎遠になっちまったけど……。

それでも頼ってくるってことは、よほど切羽詰まっていただろうからねぇ。

さすがに簡単に見捨てたら、寝覚めが悪いのさ。

ともかく聞いてみるよ」


「そうですね。

遺恨を持ち込まないと言いましたが、今までの過去があるでしょう。

当然配慮はします。

エルフたちの隣に住め……なんて言いませんよ。

それなりに離れた場所になるでしょう」


 ライサは苦笑して、頭をかいた。


「いろいろ気を使ってもらって悪いね」


 これは、当然の配慮だろう。

 そうしないと俺の自己満足のためだけに、双方に我慢を強いることになる。

 まずこちらが最大限の配慮をしないと……。

 問題が起こったとき、解決が難しくなるからだ。

 

「受け入れるなら、ある程度の配慮は必要ですからね。

そうしないと、双方に不満がたまって……。

受け入れないほうがよかった、となりますからね」

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