797話 クレシダの罠
半魔騒動は最初の挨拶だろう。
すぐに次の挨拶が飛んでくる。
予想通り、魔物の活動が活発になった。
とくにアラン王国への攻撃が激しい。
大規模襲撃があって、小さな町がいくつか壊滅した。
プルージュ包囲線で見せた、あからさまな知性を感じる攻撃ではないらしいが……。
故意に数名逃がす形にしたと思われる。
それとランゴバルド王国側にも、襲撃があった。
状況がなんとなく見えてきた気もするが……。
決め付けるのは早計だな。
かくして緊急の会議が招集された。
緊急なので、各国の代表のみが出席することとなる。
サロモン殿下の提案らしい。俺がゴネる要素を除外したのだろう。
余計な出席者を混ぜると、俺が文句をいうからな。
教会の出席を除外するかわりに、新ギルドの出席も認めない。
苦心の折衷案なのだろう。
挨拶もそこそこに、サロモン殿下から説明があった。
侵攻が止まらないことに対する救援要請だ。
クレシダは即座に快諾したが、俺をチラ見する。
「ランゴバルド王国も襲撃で大変でしょうけど……。
なにが起こるかわかりません。
救援の準備をお願いします」
この表向き真っ当な発言こそ厄介だな。
「準備はしますが……。
最短距離でいける旧アルカディア方面は魔物の勢力範囲内ですよ。
救援どころか奪回になるのでは?
避けて巡礼街道から回ったとしても、時間がかかりますよ」
「奪回していただいてもよろしいのでは?
力を入れれば可能だと思いますわ。
アラン王国の民も勇気づけられるでしょう」
無知を装っているから、タチが悪い。
ニュース的に、善玉になりやすい言動を、あえて選択しているな。
「魔物の総数がわからないのです。
無謀な救援で全滅すると大変ですよ。
その後の防衛と反撃が、より困難になりますからね」
サロモン殿下が顔色を変えて、腰を浮かせる。
俺の言葉から、救援に消極的だと感じたのだろう。
実際のところ消極的だからな。
完成までの費用がわからない工事を、誰がはじめるのか。
金ならともかく、人命をかけるのだ。
正確な情報なしで、軍事行動には移れない。
防衛ではそうも言っていられないが……。
だから無計画のままでいい、とはならないだろう。
「ラヴェンナ卿。
お待ちを。
それではアラン王国を見捨てる……と
「そうは言いませんよ。
ただ一時撃退して……。
その後に蹂躙されるほうを望みますか?
再度の侵攻だってあり得るのです」
サロモン殿下は肩を落として、椅子にもたれかかる。
最悪は見捨てるが、それを口にだすと、面倒なことになる。
発言の一部を切り取って広める連中が
追い払えるならいいが、そんな連中は味方の顔をしている。
排除には大義面分が必要だからな。
現時点で言葉の選択には、慎重にならざるを得ない。
クレシダは
「せめて耐えているアラン王国民に、希望がもてるように動かれては?
ラヴェンナ卿のお言葉では……。
アラン王国の方々が、不安に陥るでしょう」
ランゴバルド王国の力を削ぐのが目的だろうからな。
そう簡単には引き下がらないか。
「具体的に……なにを望まれるのですか?」
クレシダは、わざとらしく困惑の表情を浮かべた。
「最短ルートで救援に向かうのが最善ではありません?
安全な道を通って救援など手ぬるい、と思います。
最大限の力を結集すれば、それも可能ではありませんこと?」
クレシダの発言が厄介なのは、人類連合の趣旨からズレないことだ。
つまり無関係な第三者にとって、受けのいい言葉が並ぶ。
だからこそメディアなどを、手元に置いているのだろう。
「そして今度は、傷ついたランゴバルド王国が、魔物に蹂躙されると。
そのとき……アラン王国は、こちらの救援ができるのですか?」
サロモン殿下は驚いた顔をしたが、すぐに力強くうなずいた。
「見捨てるなどできません。
可能な限りは、救援に赴きます」
そう言わざるを得ないだろう。
現実を無視すればだがな。
「では可能なのですか?
シケリア王国から助力を受ける現状で、他国の救援をする力があるとは思えません。
サロモン殿下がどれだけ意気込んでも、領主や兵士が動きますか?」
絶対に動かないだろう。
まずは自分の安全を確保するのが最優先だからだ。
我が身を省みず、他者を助ける人は語り継がれる。
いないからこそだ。
それも個人の行動ならギリギリ可能。
国であれば自分の虚栄心のために、他者にその対価を払わせる行為だろう。
それが可能となるのは、圧倒的な支配力がないとムリだ。
「それは……」
当然、サロモン殿下は言葉に詰まる。
それを見たクレシダが苦笑した。
「ラヴェンナ卿。
サロモン殿下を責めるのは酷でありませんこと?
ランゴバルド王国に変事があれば救援する、と明言されたのです。
現時点ではそれが精一杯かと」
その言葉ひとつで、無計画な冒険をはじめる気はないってだけさ。
そもそも今回の救援、ランゴバルド王国は動けない。
それなのにここまで食いついてくるのは、明確な意図があるのだろうな。
「責めてなどいませんよ。
そもそも魔物の総数だってわからないのです。
積極策など採用できないでしょう」
クレシダは、わざとらしいため息をつく。
「つまり助けはするが、様子を窺うと
それではあまりにも消極的ではありませんこと?
多少の犠牲を甘受しても、ここは人類連合の趣旨に則って、救援を優先させるべきでしょう?」
よくそんな建前を心底軽視していて、臆面もなく使ってくるよ。
ある意味で感心する。
「助ける側が倒れては本末転倒でしょう。
最終的な目標を忘れていませんか?」
クレシダは真面目な顔で首をふった。
なかなかの演技力だな。
この演技力で周囲の人間を欺いてきたのだろう。
「最短経路の土地を奪回できれば、今後の反攻にも役立ちますわ。
ランゴバルド王国はこの騒乱で、自国力の保全を第一としている。
そんな噂まで広まりかねませんわ」
広めるの間違いだろう。
「つまり無計画に救援して自滅するのが、世間的な受けはいいと?
そもそもアラン王国の防衛と領土奪回ですよね。
ランゴバルド王国民の血を使って回復せよ、と言われるのですか。
よしんば回復したとして……。
アラン王国に維持が可能なのでしょうかね。
またことが起これば……。
こちらが血を流して取り返すなり……守らなければならないと?」
やや語気を強めて問い返すと、クレシダは悪戯っぽく舌をだす。
「あら失言でした。
忘れてくださいな。
たしかにアラン王国の土地を取り返すのは……。
アラン王国が主役でないといけませんわね」
安い挑発に、俺が乗るとは思っていないだろう。
大義のために殉じろなど……。
その手の言葉に酔えない俺には、言えるセリフじゃない。
そもそもこの挑発は、危険極まりない。
救援をアラン王国の領地奪回にすり替える気満々だろう。
奪回となれば、その地はアラン王国に帰するものになる。
ランゴバルド王国が、血を流して取り返した土地を、アラン王国に進呈……。
そうなれば大問題だ。
国内の統治が揺らいでしまう。
そんなことのために出血を許容する領主などいないからだ。
その土地をランゴバルド王国に編入できるなら、まだなんとかできるが……。
それは不可能だろう。
『この機会を利用して、各国に攻め込むか、弱体化を目論まないこと』
結成時にクレシダの提唱した理念が、これを許さない。
領土の減少は、弱体化に直結する。
俺が引っかからないので、冗談めかして引き下がったのだろう。
その日の会談は、これで終わった。
翌日にある知らせが届く。
シケリア王国は、ペルサキス卿に救援の指揮を執らせると発表。
本腰を入れての救援に見える。
珍しく、まだ起きていたライサは、その知らせを聞いて苦笑した。
アーデルヘイトのために、精神の落ち着くハーブティーを用意してくれていたな。
この面倒見の良さが、裏社会でも一目置かれていた要因なのだろう。
「本気で救援する気かい。
ご苦労なことだねぇ」
この知らせを聞けば、そう考えるだろうな。
「実行されれば……。
ですね」
ライサは驚いた顔と欠伸を、同時にしてみせた。
器用だなぁ……。
「へぇ。
アルフレードさまは、ポーズだけだと思っているのかい?」
「根拠のない予想ですがね。
実際に派遣されることはないと思います。
ただこのポーズをとったことで、クレシダ嬢の発言力が高まるでしょう」
ライサは首を鳴らしながら、欠伸をかみ殺す。
寝ていてもいいと思うが……。
「理由をつけて、救援に赴かないわけだ。
その理由次第では、発言力の低下にならないかい?」
その認識は正しいな。
それを踏まえた上での予測だ。
「余程の理由なら大丈夫ですよ」
「それ込みでの今回の発言ってことかい」
俺の力を削る気なのは明白だからな。
素直に、救援をだす気はない。
「根拠はありませんがね。
まあ……。
すぐにわかりますよ」
ライサは意味深な笑みを浮かべた。
「アルフレードさまが、そんなことをいうときは……。
大体的中するんだよねぇ。
自信がないときは、そもそも口にしないだろ?」
よく見ているな。
個人なら思いついたことを、口にしてもいい。
ところがなぁ……。
俺の身分で、そんなことをしても無意味だ。
むしろ、マイナスにすら働く。
「よくおわかりですね。
どのみち答え合わせは、すぐにでます。
こちらの救援準備の指示だけはだしましたが……。
受けた側も、本気で準備をしないでしょう」
ライサは再び、欠伸をかみ殺しながら頭をかく。
「比較的安全なルートを通って救援なんて、どれだけかかるんだって話だよね。
かといって最短ルートだと、魔物の群れを突っ切るから、途中で全滅もあり得ると。
なんとも面倒な話だねぇ。
クレシダはこれで、発言力だけを高めるってことか」
「でしょうね。
そこは阻止するポイントではありませんから」
ライサは苦笑して、肩をすくめる。
「まあ……。
そっちはアルフレードさまの戦いだからね。
お手並み拝見させてもらうよ。
そうそう。
半魔の件、もうちょっとで答えがだせるよ」
首謀者まではたどり着かないだろう。
それでもなにかとっかかりがあれば、打つ手が増えてくる。
「色々と手かがりもすくなくて大変でしょうけど……」
ライサは笑って、手をふった。
「だからこそ私に頼んだんだろ?」
◆◇◆◇◆
数日後にシケリア王国で、魔物が大量発生したとの話が飛び込んできた。
そうだろうなぁ。
こんなことだろうと思っていたからな。
シケリア王国の救援は少数になり、ペルサキスの派遣も取りやめに。
そしてランゴバルド王国に、救援の要請が回ってきたわけだ。
報告を持ってきたキアラは困惑顔だった。
「どうしますか?」
「救援には動いてもらいますが……。
強行突破はさせません」
キアラは、驚いた顔をする。
「最悪救援が間に合わなくてもいいと?
急ぐポーズだけでもとったほうがいいと思いますけど……」
そのケースを想定した上での話だ。
それに強行突破するフリをさせるのは危険だ。
そこに、魔物を大量に配置していた場合……。
こちらに攻め込まれる恐れがあるからだ。
これも、罠のひとつだよ。
「そうです。
そもそも難しいから、シケリア王国が救援する、となったのです」
キアラは大きなため息をつく。
「間に合わなかったら非難されそうですわね……。
とても腹立たしいですけど」
当然、そうなるだろう。
そのためのメディアなんだからな。
この件で、たとえアラン王国側の死者が増えても、仕方がないだろう。
「そもそもの話……。
私は救援が容易な位置まで後退すべきと、サロモン殿下に進言しました。
それを拒否したのはサロモン殿下ですからね。
この話を受け入れたら、国内で、非難
そのメリットをとったのです。
救援が間に合わないデメリットも受け入れるべきですよ」
キアラは心配そうに、眉をひそめた。
「ですけど……。
お兄さまへの非難が凄いことになりそうですわね」
まあ……。
かなり悪く言われるだろうな。
それこそ、スプーンを床に落としても、俺のせいにされる位に。
生憎その手の虚栄心は持ち合わせていないからな。
「でしょうね。
クレシダ嬢は私がどちらを選んでも、損をしないのです。
高みの見物をするつもりで、今回の選択を仕掛けてきたと思いますよ」
「どう対策されますか?」
俺は笑って肩をすくめる。
「一応は考えていますよ。
クレシダ嬢の出方次第ですが」
黙って殴られ続ける気はない。
目には目と歯を。
俺のルールだが……必要なら他人にも適用するだけだ。
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