793話 馬鹿馬鹿しい話
人類連合の会議に出席するため、俺たちは馬車に揺られている。
モデスト、マウリツィオが今回の出席者。
半魔騒動が確実に議題に上がるだろう。
半魔出現情報が各地に広がって、パニックが起こりはじめている。
人類連合など一般人にはイメージできないのが、不幸中の幸い。
なんか協力体制で揉めている程度の認識だ。
いくらクレシダでも、この人類連合に幻想を持たせることは不可能だろう。
幻想を持たれると、ことは厄介になる。
結成すれば、半魔も魔物の問題も解決するような幻想だ。
結成に色々と注文をつけている俺が、悪の象徴にされるからな。
俺だけならいいが、ラヴェンナ市民にまで累が及ぶ。
それは無視できない。
そうなっていないことは不幸中の幸いだ。
そう思っている間に、馬車が会場に到着した。
すぐに会議場へと案内される。
すでに俺たち以外は揃っていた。
俺たちが遅れたわけではない。
恐らく事前に集まって、意識合わせをしていたのだろう。
出席者は事前に打診されていたとおりだ。
クレシダと……。
いつも陰のように付き従っているメイドはいないようだ。
代わりに若い男性がいた。
噂のボアネルジェス・ペトラキスだろうな。
あとはサロモン殿下とエベール・プレヴァン。
ジャン=クリストフ・ラ・サールと左右にひとりずつ。
内ゲバで仲良く争っている連中だろう。
そして旧ギルドマスターのピエロ・ポンピドゥと、その他数名。
多いな。
6人パーティーか。
ピエロひとりだと心配なのかもしれない。
俺たちが着席すると、クレシダが立ち上がる。
「本日は急遽お集まりいただいたこと、大変感謝しますわ」
そのあとクレシダが男に合図を送る。
やはりボアネルジェスだった。
半魔によって動揺した民衆への対処が議題となるが……。
現状の説明は見事なものだ。
理論整然としていて、実に簡潔。
現状の問題を、的確に指摘している。
半魔騒動によるデマが広まって、疑心暗鬼が広がっている。
それだけではない。
半魔が寄ってこないお守りを売り出すなど……。
詐欺まで流行りだした。
異常事態にこそ、人の欲望は表面に浮き出るからな。
不安だからこそ簡単に騙せると好機に思えるのだろう。
それが人々の不安と疑心暗鬼をましていく。
それだけではない。
流通にも影響が出はじめて、経済に大きな影響がではじめている。
それに伴う治安の悪化なども挙げられていた。
見事な現状認識だ。
これを生み出したのがクレシダである点を除けばだが。
それに問題がわかったからと……。
手持ちのカードがマッチするかは別問題だが。
ボアネルジェスは、時折こっちをチラ見してくる。
いや……。
他所の全員が、俺をチラ見してくる。
クレシダは明らかに、俺の反応を楽しみにしていた。
サロモン殿下は不安げだな。
他は俺の出方を窺っているといったところか。
報告を中断させる気はないので、目で続けろと合図をした。
報告が終わると、クレシダが
「それは早急に対処しなければいけない問題です。
人類連合の結成で、最初に対処すべき項目と言ってもよろしいかと。
なにか良案がありましたら、
全員が俺に注目するが……。
思うところがあって、あえて発言を控えた。
マウリツィオは怪訝な顔をしたが、何も言わずにいる。
沈黙に耐えきれなくなったサロモン殿下が、ため息をつく。
「半魔を目の当たりにした恐怖は、いまだに忘れられませんよ。
そもそもアレを、どうやって倒すのですか?
外から押し寄せてくるなら、対策はあります。
でも中で発生しては手の打ちようがない。
クレシダ嬢が全部片付けるわけにもいかないでしょう」
クレシダは苦笑して肩をすくめる。
クレシダが全部倒したことになっているからな。
アイテールの姿を見た者はいないらしい。
シケリア王国で半魔が出現していれば、なぜ何もしなかったのかと言われるが……。
発生はアルカディアのみだったからな。
このあたりも抜け目がない。
「私はここを守らないといけませんから」
ジャン=クリストフが神経質に身じろぎした。
「そもそもアレは、なぜ発生したのか。
大いに疑問が残ります。
何者かの意図があるのでは?
拙僧は、そう思えてなりません」
わざとらしく俺を見る。俺が犯人だと思いたいのか。
もしそうなら思った以上に愚かだろう。
理念的な支柱らしいが……。
議論が得意なのは、特定の条件下だけかもしれない。
ピエロがわざとらしく驚いた顔をする。
この男は自分から意見を言わない。
必ず誰かの言葉に乗っかる。
失点しないことを美徳する男の行動原理だろうな。
「ラ・サール殿には心当たりがあるのですか?」
ジャン=クリストフは、重々しくうなずいた。
「いえ。
ただ気になるのです。
ラヴェンナ卿が関係する屋敷だけ、半魔が寄りつかない。
実に不可思議ではありませんかな?」
ピエロは俺に視線を合わせずに、深くうなずいた。
俺を見ると、なにか言われると思っているのだろう。
本人からすれば賢い行動でも浅はかすぎる。
余計反感を買うぞ。
「たしかに妙ですなぁ……」
俺はまだ黙っている。
発言するタイミングではないからな。
ジャン=クリストフが挑発的な笑顔になる。
「ラヴェンナ卿。如何ですかな?
なにか申し開くことがある、と思いますが」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、罠の存在を疑ってしまう。
「別にありませんよ」
ジャン=クリストフが驚いた顔をする。
もしかして、必死に弁明すると思ったのか?
そんな場面でつるし上げるのは得意なのだろうが……。
「では認めると?
半魔を引き入れた張本人だと」
サロモン殿下が焦った顔で立ち上がる。
「やめたまえ!
証拠もなく首謀者と決めつけるなど、疑惑の種を蒔くだけではないか。
そもそも半魔が人為的だという証拠はないだろう」
ジャン=クリストフが真面目腐った顔で、首をふった。
「殿下の
ですが、不可解な事象が起こったのは事実。
自分で巻き起こしたから寄ってこない。
そのように疑われるのは当然でありましょう」
原理主義的な思考に陥るタイプは、客観性に欠ける。
内輪での議論にだけ、強いタイプなのだろうか。
あの問題の件から、俺を敵視していることが原因かもしれない。
冷静さを失ったのか。
どちらにしても罠の可能性は低いな。
サロモン殿下が首をふった。
「その決めつけが短慮だと言っている。
ラヴェンナ卿。
このままでよろしいのですか?」
あまりに滑稽で笑いそうになる。
笑いを堪えたら、欠伸が出てしまった。
「ああ……。
すみません。
あまりに馬鹿馬鹿しい話でしたからね」
ジャン=クリストフが顔を赤くして立ち上がる。
「拙僧は、疑惑を指摘したのです。
それを馬鹿馬鹿しいとは非礼ですぞ!
そもそも……。
そんな態度を取るのは如何なものか」
こうも簡単に引っかかると、かえってつまらない。
使徒教徒の救いがたい性だな。
相手に落ち度があると思うと、一挙手一投足まで監視して文句をつける。
ただ相手を叩きのめしたいから、粗探しをしてしまう。
そもそもこの攻撃自体……反撃できない相手にのみ有効な手段だ。
もしかしてお仲間が増えて多数派になった。
だから反撃されないと錯覚したのか。
「こんな騒動を起こしても、なんらメリットがないからですよ。
疑惑とやらは疑惑にすらなっていません。
動機の説明が出来ていませんよ。
結果から議論を組み立てるのは結構ですがね。
最初に間違った結果に飛びついては……。
どんなに頑張っても、間違いを重ねるだけですよ」
「動機など……」
さすがに思いとどまったか。
ここで俺にしかわからないとか言えば、完全に決めつけたことになる。
今でもダメだが、ギリギリまだ引き返せるからな。
サロモン殿下もそれを悟ったのだろう。
顔色が変わった。
「そこまでにしたまえ。
ラヴェンナ卿。
実は私も、不思議に思っていたのです。
これについて……なにかされたのでしょうか?」
「ええ」
今度は、ピエロが驚いて立ち上がる。
「なんですと!
なぜそれを、ご自身だけで独占したのですか!!
道義的に如何なものかと思いますぞ」
突然マウリツィオが笑いだす。
「この
自分の言ったことを忘れたか?
小生より早く耄碌するとはなぁ。
スラムの件で、ラヴェンナ卿が懸念を示されたとき、何と言った?
『大袈裟に騒ぎすぎです』
つまり軽視したではないか。
それを今更独占だの道義的だの……。
片腹痛いわ。
耳を塞いだ自分の落ち度を棚に上げるとはな」
ピエロはヘナヘナと椅子に座った。
絶好の好機と思ったのか。
この手の天秤の支柱が偏っているタイプは、往々にして自分を省みない。
今がすべての生き方をしないと、非現実の皿に思い込みを載せられないからな。
今だけバランスが取れればいいのだ。
だから過去の言葉が、ブーメランとして返ってきても止められない。
今がすべての生き方しか出来ないからな。
今度はどんな非現実を載せてくるのやら……。
「それとこれとは、話が違います。
半魔のハの字も、口にしていなかったではありませんか……。
聞いていたら違います。
私は半魔のことなど聞いていません」
マウリツィオがフンと鼻を鳴らした。
「たわけが。
そこから半魔の危険を訴えようとしたのだぞ。
それを聞かなかったのお主らではないか」
ピエロの側近たちが小声でなにか言っている。
ピエロは、厳しい顔つきになった。
人の話をよく聞くか。
今は側近たちの言葉をよく聞いているのだろう。
それでもやや自信なさげな顔をしている。
「ならばもっと真剣に訴えるべきでしょう。
そうすれば、状況は変わったはずです」
側近の入れ知恵も大したことがない。
なんとも役に立たない弁解だ。
マウリツィオは唇の端をつり上げる。
ピエロは、この燃えさかる老人に燃料を投下したらしい。
「ほう?
再度ラヴェンナ卿は忠告しようとしたではないか。
やはり自分の発言を忘れておるなぁ。
『もし何もなかったときの責任は取れるのですか』と、誰が言ったのだ?」
側近たちは一様に下をむく。
それを見たピエロは力なく下をむいた。
「そのような意味で言ったのでは……」
「他にどう取れというのだ。
誤解した相手が悪いと言わんばかりだな。
違うなら
そんなヤツが代表になる組織は終わっているぞ。
その場を取り繕うなら、もっとマシなことを言わんか。
危機を訴えれば聞こうとしない。
危機が訪たあとになれば、もっと真剣に訴えるべきだ。
実にバカげた話ではないか。
保身に汲々とする小役人のやり方そのものだ。
ここではそんなもの通用せんぞ」
容赦がないなぁ……。
内々の揉め事を避ける組織なら、わりと有効だけどな。
自分のやり方が世界標準だと盲信しているのだろう。
サロモン殿下もその場にいたが、ことを大きくしないことばかり考えていたな。
さすがに俺に向かって、文句を言わない。
バツの悪そうな顔をしているだけ、ずっとマシだよ。
サロモン殿下は小さく、ため息をついた。
「ラヴェンナ卿の警告を軽視したのは、我らの落ち度です。
その点と非礼に関しても謹んでお詫び申し上げたい。
ただ半魔に効果があるなら、予防として周知してもよかったのではないでしょうか」
「これは有効な手段だったか、確証がありませんでしたから。
ぶっつけ本番ですよ。
そんな提案を聞きますか?
失敗したら責任を取れなんて言われます。
そんな相手に確証のない対策を誰が勧めるのですか」
サロモン殿下は
「それは……。
難しいですね」
この話は、これで片が付いたな。
それを待っていたであろうボアネルジェスが、身を乗り出した。
「ラヴェンナ卿。
実際に効果があったのです。
それを我々にも共有していただけないでしょうか。
少なくとも予防になるなら、民心も落ち着きましょう」
「それは構わないですが……。
問題は数が足りないことですよ。
現状問題とされる詐欺行為が、これによってより活発となるでしょう。
さらには優位な立場を利用して、暴利を貪ろうとする不届き者もでてくるかと。
これらへの対策が必要でしょう」
ボアネルジェスは、難しい顔で腕組みをする。
すぐにクレシダと目を合わせてからうなずいた。
「なるほど……。
必要なコストなどを、お教えいただけますか?
製造から流通……色々と問題はありましょう。
こちらでも協力は出来るかと思います。
ラヴェンナ卿ばかりに負担を掛けさせては本末転倒ですから」
正攻法できたか。
クレシダにこの情報が渡るのは避けたい。
改良しかねないからな。
だがこう正面から来られては誤魔化せない。
こちらも正攻法しかないな。
「それは助かります。
ただ現時点での半魔には有効とだけ言っておきます」
ボアネルジェスは怪訝な顔つきになった。
「現時点とは?」
「人為的なら、それを克服する可能性があります。
病気だとしても、今まで効果のあったものが効かなくなる。
そんなこともあり得るかと」
ジャン=クリストフは不満げな顔をしている。
この手のタイプは、変わりゆく現実に即して対応を変えることが、苦手なタイプだ。
つまり恒久的な手を好む。
それだと現実に即さないが……。
自分のイデオロギーを押し通すためには、問題そのものになかったことにするだろう。
つまりは粛正と隠蔽だな。
ピエロは困惑顔。
どう立ち回れば、失点が少ないか考えているのだろう。
サロモン殿下はやや落胆している。
恒久的な対策を誰よりも欲しているからな。
ボアネルジェスは納得した顔でうなずいた。
切れ者との評判を裏付けるようだな。
「なるほど。
これがゴールではない。
たしかに
これは原因の究明が急務になるでしょうね……。
残念ながら手がかりがありません。
スラムの出入りなど、誰も気にしませんから」
この件については、ライサとカルメンに調査を頼んでいる。
ただクレシダの注意を引くのは、よろしくない。
すぐに気付かれるだろうが、それを可能な限り遅らせたい。
「でしょうね。
この件で、あらゆる町からスラムの浄化運動が始まりそうですよ」
ボアネルジェスは表情を曇らせた。
「残念ながら……。
すでに発生しております。
町を追われて野垂れ死ぬ者も目立ってきておりますから。
なにがしか打てる手は打っておきたいのです。
多くの領主は見なかったことにしていますが……。
実に卑劣で情けない限りです。
ことが大きくなってから、ようやく対処しても手遅れでしょう。
それすらわからないのですから」
やはりそうなったか。
これでも半魔が発生したら、どうなるか。
完全にパニック待ったなし。
ただ簡単にはいかないだろうな。
それにクレシダが、半魔に固執するとは思えない。
あくまで道具の一つだ。
そして領主たちを、バッサリ切ってきたな。
気持ちはわかるが……。
断罪したところで、状況はよくならない。
この言葉で奮起するヤツなんて、ごく少数だからな。
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